第14話 死の真相
「どこに…… いくんですか?」
そう尋ねる瞬夜が歩いているのは、洞窟をくりぬいた大きなホールのようだった先程の場所から伸びる、小さな滝の横に作られた細い通路だった。セーラーの横には眼帯の給仕が常に控えていて、その後ろには瞬夜が。そしてその後ろを何人かの部下がついて来ていた。
「すぐだよ。もう着いた」
セーラーのその言葉に瞬夜が前方を覗くと、先ほどのホール入口にあったのと同じように美しい彫刻を施された大きな両開きの扉が見えた。給仕が小走りに駆け寄ると力を込めてその扉を開いて一同を招き入れる。
「作ったのは私では無いのだけれどね。中々だろ」
「うわ、すごい……」
誇らしげに話すセーラーの言葉を裏付ける瞬夜の感嘆。壁や天井は先程同様、鍾乳洞のようにゴツゴツとした岩肌をしていたが、目の前には細長く美しい赤いカーペットが敷かれていた。長く伸びたその先には数段の階段と、その壇上にそびえる石のような素材で出来た大きな玉座が控えている。そしてその背後には、戦争をしているような風景が描かれた巨大な絵画が飾られていた。その神秘的な光景は由緒ある教会のようでいて荘厳な王城のようでもある雰囲気を漂わせていた。
「象牙の玉座の後ろ。絵の中央に少し大きく描かれた、剣を持った逞しい髭の男性がいるだろう。彼は私の祖先でイヴァン4世。この大きなロシア最初の皇帝、またはイワン雷帝とも呼ばれている。まぁ本当に祖先なのかどうかは怪しいと思っているけれどね」
セーラーはそう言いながらも、瞬夜には話の半分も理解出来ないだろうと思っていた。ただ、瞬夜と、そして普段はここまで連れてくる事の無い背後の部下達の驚いた顔に、セーラーは自慢げで満足そうな笑みを浮かべながら説明を続けた。
「少年に椅子を壊されてしまったからね。それに、ここは部下でも普段は簡単には見せる事の無い、私にとっては中々に特別な場所なんだよ。まぁ奥には私の寝室もあるしね」
セーラーは話しながら階段を登り玉座へとつく。いつの間にか姿を消していた眼帯の給仕がどこからか現れそれに付き添うと、手にしていた特製の野菜スムージーを玉座へと腰を下ろしたセーラーに手渡した。それを見ていた瞬夜は少し疲れてもいたのだろう。玉座へと続く赤いカーペットの上に直に腰を下ろした。無礼であるとでもいうように、眼帯の給仕が慌ててそれを諫めようと声を出しかけたが、一瞬早くセーラーが手で制した。
何となく空気を察した瞬夜は心配そうな表情を玉座に向けた。
「ごめんなさい。すわっちゃだめでしたか?」
「構わないよ。残念ながら客用の椅子は用意して無いしね。さて、早速お話をしようか」
瞬夜は膝を抱えて座りながら大きく頷いて見せる。
「私はね、神だとか占いだとかの非科学的な伝承が大嫌いなんだ。ほとんどは効果効能どころか何の役にも立たないし、誰かの為の誰かのついた嘘が元になっているから試すだけ無駄だと思っている。そんなものを信じている人間を気持ち悪いと嫌悪さえしているんだ。だから私はそんなものに頼る事無く、日々、適度に運動をし、こうして健康的な物をとって生きているわけだ」
セーラーは手にしているスムージーをかかげていやらしく微笑む。
「この、イワンの子孫だ。なんて話だって、私の両親やその親あたりがそれなりの金で買ったような実に怪しい話であると思っている。けれど不思議なもので、偶然、本当に偶然に買おうとしていた屋敷の地下をリニューアル出来るか調査していた時。自分の祖先と呼ばれる人間が使っていたと思われる、こんな美しい玉座が眠っていると知った時には…… 私もつい運命を感じてしまってね。すぐに大金を積んで買ってしまったよ。それに、地下で人材を育てているのも…… まぁ、そんな話は後で良いか」
そう言いながら、こんな話は分からないだろうね。と飽きれて見せたセーラーを、何を言っているのか分からない。と国境を越えて伝わる不思議そうな表情を瞬夜は返してみせた。
「私が少年に聞きたい事は一つだ。君が先ほど呼んでいた青く光る鳥、シーニィと言ったか」
「うん」
「あれは、一度死んでいる者なのか?」
その問いかけに悲しそうな顔をする瞬夜が口を開こうとしたその時、セーラーの目に入口の扉がゆっくりと開いているのが見えた。
「撃たなくて良いが備えろ。お客様が見えられたようだ」
その声に答えるよう、部下達は冷静に素早く移動すると入口を半円形に囲み銃を構えた。
「あぁ~全然ダメ。バレてるみたい」
完全に囲まれた扉からは、銃を向けられている緊張感も荘厳なこの場に相応しい重みも持たない。それでいてどこか愛嬌のある軽くて間抜けな声が聞こえてきた。
「ね~、中の人聞こえる? 日本語でオーケー? 英語? ロシア語? 武器も持たないから一人だけ入って良いかな? 入るよ?」
僅かに開いた扉から、何も持たない両手だけがヒラヒラと現れてから、次いでまだ若く見える東洋人の青年が姿を現した。
不思議そうな表情で扉を眺めていた瞬夜の顔が輝きに満ちる。
「タケル兄ちゃん!!」
その声を受けた相手も負けないくらい明るく元気な声で、
「瞬夜くん! 遅くなってごめんね。お詫びにチーズケーキ買って来た」
と言ってのけた。タケルと瞬夜、一日ぶりの再会だった。
「初めまして。大崎尊と申します。大家さん? それともセーラーさんとお呼びするのが良いですか?」
丁重に頭を下げて挨拶をしたタケルに、少しイラついた表情でセーラーが答える。
「セーラーでいい。私の息子を逮捕したのはお前だね」
「はい、そうですそうです。俺は警察官では無いんですけどね。良くご存知で。瞬夜くんを探すのに息子さんには大変お世話になりまして。あ、実際の息子さんでは無いんですよね」
「その中途半端で気持ち悪い喋り方はやめて貰えるか?」
苛立ち、そう言い放つセーラーを気に留めず、タケルはゆっくりと瞬夜の近くへと歩み寄ると鋭い視線を跳ね返すよう強く睨み付けた。
「じゃぁ、普通に話すよセーラー。瞬夜くんを返してもらおう」
タケルは瞬夜の隣に着くと膝を下ろし頭をゆっくりと撫でながら優しく語りかけた。
「良く一人で頑張ったね。怪我とかはしてない?」
瞬夜は頭の感触とその言葉を気持ち良さそうに受け微笑んだ。
「大丈夫! でも一人じゃないよ。シーニィとセシュカが守ってくれたんだ」
「セシュカ? それって病室に来てた女の子?」
「うん…… でもぼくを守ってケガをしちゃった」
タケルは悲しそうな表情を見せた瞬夜の頭をもう一度、今度は少し強く撫でた。
「彼女なら大丈夫。扉の向こう側でソフィアに簡単な治療を受けてるよ」
二人のやり取りに苛立ちを隠さずセーラーが口を挟んだ。
「おい、その辺にしてもらおうか。こっちの話が先だ」
「少し聞いてたよ。ねぇ瞬夜くん俺も一緒に聞いていいかな?」
「うん……」
セーラーは少し苛立ちながら問いかけた。
「あの青く光る鳥は一度死んでいるな?」
悲しい出来事を思い出す勇気を振り絞るよう、瞬夜はタケルの服の裾をぎゅっと掴むと少しずつ話し出した。
「うん。シーニィは、ママと一緒に死んじゃった」
セーラーは予想通りではあったものの僅かに眉を上げ驚きながら質問を続けた。
「では何故呼び出せるんだ」
瞬夜は首にかけられた銀の十字架を手のひらに乗せて見せた。小さな少年の大きなその瞳に少し涙を浮かべながら。
「ママとシーニィが死んじゃった時、二人の体からお風呂の水の中に二人がまざって流れて行っちゃったから。これを持って、行かないでってお祈りしたの。いっしょにいてって。そうしたらこのなかに入ったの」
不思議な話を懸命に理解しようとするタケル。その一方、セーラーは神妙な顔で頷きながら何かを理解したように口を開いた。
「やはり神の子供達か」
「神の子供達? おい、それは何だ。瞬夜くんの誘拐に関係してるのか?」
「お前に教えてやる義理は無いな。だが、この場所については教えてやろう」
セーラーはそう言うと玉座から立ち上がり、スムージーを飲み切ったグラスを眼帯の給仕に手渡すと、背後の大きな絵画を眺め語り始めた。
「私の祖先イヴァン4世は大公の嫡子として産まれたが、大きな戦争の勝者と敗者の血縁による婚姻は教会に邪悪な子とされた。実際、3歳にして父を失うと、その強大な権力を争って貴族同士の血で血を洗う激しい戦いが勃発し、イヴァンは何とか生き残るものの長らく続いた争いのせいで、8歳の時には家族も後ろ盾も失い孤児となってしまった。そこの少年と同じ年齢さ」
タケルは瞬夜の隣でその肩を抱きよせながら話を聞いていた。
「それとここと、何の関係があるって言うんだ」
「まだ先がある。孤児となり、迫害され満足な食事さえ得られなくなったイヴァンの周囲では相変わらず貴族達の戦いが続いていた。しかし逆境の中でもイヴァンは様々な事を学び力をつけながら周囲の邪魔な人間を逆に蹴散らしていった。やがて名実ともにロシアで最初のツァーリとなった」
「あんたのご先祖様が凄い人だってのは分かったが」
そう話そうとしたタケルを遮るようにセーラーは続けた。
「イヴァンが優秀で必死だったから。とする表向きの歴史の一方で、イヴァンはある組織に作り上げられた。とするような、裏の歴史の存在についても噂されていたようだ。実際、それ以前にも似たような記録があったようだ。多くの沢山の優秀な人間達を集め、鍛え、競わせる事で秘められた才能を研ぎ澄ませ磨き上げ、そして開花させる、ある種の呪いのようなものだと一部の世界では伝え続けられていたのだ。イヴァンの場合、偶然か意図的かは分からないが、全滅した親族を含めた多くの貴族達による権力争いがそれにあたるのだろうな」
何となく話を理解しているようにも理解していないようにも見える深刻そうな顔をした瞬夜の横で、タケルは怒りに声を荒げていた。
「おい、お前がここでやってる事って」
セーラーは再び玉座へと座ると大きく頷いた。
「そうだ。イワン雷帝の復活、いや再現、再来、と言っても良いだろうか。幸い、私の場合は裕福な両親の元でなに不自由なく産まれ育った。そして、莫大な権力をも手にしていた両親はその金と権力を生かし、優秀な教育者を多数集めると私に帝王学のようなものを叩き込んだ。あのイヴァンのようにね。実際、そのおかげから物心ついてしばらくした頃には両親の能力を遥かに超えてしまった私は、20歳になる頃までには親類縁者を全て殺し終え、一族の財産を独占すると今の組織の地盤のようなものを作り上げる事に成功した。まぁ呪いが達成したってよりは私の才能だと信じているがね」
「おいおい…… 言ってる事は分かるけど、やってる事が何ひとつ理解出来ないんだけど。親類縁者皆殺しにしておいて財産や権力を独り占めにしたって事か?」
「君に同意を求めるつもりはないよ。それにこんな事は世界中で太古の昔から起きている。アジアなら中国でも日本でもモンゴルでもね。ただの弱肉強食とも言えるだろう。とにかく私は私が知った方法を用いて成長し、同様に育てた優秀な人材を世界中に送り出した。政治家や弁護士、軍人に警察官。そうだ、ロージャは扉の向こうにいるのかな?」
タケルは苦い顔で答えた。
「死んだよ。俺を殺そうとして」
その言葉にセーラーは目を見開き大袈裟に驚いてみせた。
「君が? 本当かい?」
「残念ながら俺じゃない。が、あんたと違って友達に恵まれているんでね」
「それでも大したもんだ。そうかロージャは死んだか。彼は数少ない地上へ上がった子の一人でとても優秀な警察官だったんだが」
「そうらしいな」
「話がそれてしまったな。まぁ、私は優秀な人材を世の中の為に役立つよう育て送り出していたのだが、その方法を私に教えた人間がいるんだよ。私の子供の頃にいた教育者の一人で本名は今も知らないんだが、裏の世界ではシーカーと呼ばれる男さ。すっかり話が長くなってしまったが、少年、君の母親を殺した男の名前だよ」
その言葉に瞬夜は表情をこわばらせうわ言のように呟いた。
「ママを…… ころした…… シーカー……」
そんな瞬夜の表情を見てセーラーは気持ち良さそうに微笑み何度も頷いた。
「うんうん。そうだそうだ。シーカーだよ。よく覚えておくんだ。シーカーだ」
タケルは瞬夜を強く抱き寄せセーラーへ不満をぶつける。
「おい、その男、シーカーはどこに居るんだよ!」
セーラーは笑い声混じりに答える。
「知らないよ。どうして私が知るもんかね。昔はともかく、今はもう年に数度会うか会わないかだ。この間だって私は連絡を受けて手配はしたけれど直接会った訳じゃないんだからね」
「なら、お前が瞬夜くんをさらった理由はなんだ。それに、瞬夜くんのお母さんは何故シーカーなんて奴に殺されなければならなかったんだ」
もう我慢が出来ないとでも言うようにセーラーは吹き出すと大きな声で笑い出した。
「子供なのに白髪ばかりの綺麗な髪をしているだろ。それに顔立ちも美しいしまだ若いじゃないか。境遇だって不幸にまみれていてとても素晴らしい。きっとここで教育してあげたら、その力を美しく開花させてくれると思ったんだ。それだけさ……」
そう言うとセーラーは先ほどまでの笑みを浮かべていた表情を消しさり、嫌悪感を込めた眼差しで瞬夜を睨み付けて続けた。
「じゃなきゃ誰がこんな気持ちの悪い力を持った子なんて欲しがるかね。噂程度にしか知らないが、きっとシーカーが持っているのと同じ力だろう。そんな力があると知っていたらさらったりしなかっただろう。少年、君は死んだ人間の姿を見る事が出来るんじゃないのか?」
その言葉にセーラーを除く全ての人間が驚きの表情を浮かべた。いや、あるいはセーラーの告げている全ての言葉に、常に驚いていたのかも知れなかったが。タケルは精一杯優しい笑みを浮かべながら瞬夜に問いかけた。
「瞬夜くん、君は死んだ人の姿が見えるのかい?」
瞬夜は再び瞳に涙を浮かべると大きく首を横に振った。
「わからない。わからないけど、ぼくにしか見えない人がたくさんいるの。ずっと誰も、ママも、信じてくれなくて。でも、けがをしてる人が色々な所にたくさんいて」
「瞬夜くん……」
「ねぇ、タケル兄ちゃん、ぼく、ぼくおかしいのかな。どうしてみんなに見えない人達が見えるのかな。ぼくもぼくにしか見えない人達みたいになっちゃうのかな。誰にも見えないで同じ場所にずっといるだけの人達と同じになっちゃうのかな」
タケルはあぐらをかいて座ると膝の上に瞬夜を乗せ強く抱き締める。瞬夜はその小さな胸にずっと抱いていたけれど向き合う事が出来なかった不安を初めて人前で口にした。そして、口にしてしまった事でそれがハッキリとした恐怖であったのだと、今、強く認識した。そしてタケルにしがみつく手に、込められるだけの力を込めると、嗚咽をあげ、泣いた。
「タケル兄ちゃんこわいよ。こわいよ」
「大丈夫だよ。大丈夫。俺は信じてるよ。一緒にいるよ。大丈夫だよ。大丈夫」
タケルは瞬夜の背を肩をさすりながら、この小さな肩に背負う事になった運命を打ち払いたい気持ちだった。
体を寄せ合い、必死に悲しみに打ち勝とうとする二人にセーラーは嫌悪の言葉を向けた。
「何が大丈夫なもんか抱き合って気持ち悪い。極限状態に追い込まれると人間は爆発的な成長を起こす時があるってのは分かる。死にたく無ければ強くなるしかない。実に分かりやすい話だ、そうだろう? けれどお前らはなんだ。神だか霊だか魂だか知らないが心底理解に苦しむね。その抱き合った姿も本当に気持ち悪い! だが青い鳥のおかげでシーカーのやりたかった事が分かったよ。少年、君のその力だ。君の秘められた悪魔のようなその力が全ての原因なんだよ」
その言葉の先を察したタケルはセーラーを睨み付けて叫ぶ。
「セーラー、もういい。分かった。やめろ!」
「何をやめるって? 大好きなママが死んだ理由を聞きたかったんだろう少年は!」
タケルは瞬夜を床に下ろし立ち上がると、腰に差していた拳銃を引き抜きセーラーへと構えた。そしてそれと同時に鋭い発砲音が数発響いた。発砲したのはタケル達の背後に控えていたセーラーの部下達だった。背中に致命の一撃を数発受け、タケルは膝をつく。しかし、タケルはそれでも懸命に声を振り絞った。
「やめろ、やめてくれセーラー!」
セーラーはタケルのその姿を満足そうな笑みで見下ろして叫んだ。
「もう分かるだろう少年。不幸を背負わせ、追い込んで、その呪われた悪魔の力を強く増す為だけにお前の母は殺されたぁぁぁ!」
「やめろお! セーラー!!」
「お前のせいだ! お前のその力のせいでママは死んだんだ少年!!!」
「ママ、ぼくのせい」
「そうだお前のせいだ!」
「違う、違うよ瞬夜くん…… 君のせいじゃ……」
そう言いながらタケルは前のめりに倒れた。
そして、
「ママとシーニィ…… ぼくのせい」
そう言いながら瞬夜は仰向けに倒れ、その目を天井へ泳がせた。
「ぼくが」
「ころした」