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第12話 石に咲く泡沫の花

 ステンレス製の大きなテーブル。


 恐らくプロが使う業務用の物で、頑丈に作られていて簡単には動かないような重さだと、その見た目からも想像出来た。その上、床のパネルにしっかりとボルトで固定されていたから何度持ち上げてもピクリとも動かなかったし、そこそこの頻度で移動する事になるだろうに、こんな重たい物をボルト外してまで動かして、とか有り得ないだろうと思って諦めかけていた所に、拍子抜けする程あっさりと地下への階段がご登場。なんとかいだんをみつけた! だね。


「お金持ちって凄い……」

 そう素直な感想をこぼした俺を無視するかのようにソフィアが廊下に向かって大きな声を上げた。

「地下への階段が見つかった!」

 その声に反応したのだろう。程なく、偶然近くにいたらしいA班の二人が駆け付けてくれた。これで五人。地下ダンジョンへのパーティーとしては上々の人数かも知れない。もっとも職業が、警官、警官、警官、警官、旅人。と、前衛4無職1みたいな偏ったスタイルなのは目をつむっておこう。


「なぁ、俺は回復魔法とか使えな」

「ダメです! 無線も携帯も使えません!」

 俺のボケにかぶせるように、合流した警官から悲痛な声が聞こえて来た。と、同時に屋敷の上階からか、乾いた破裂音とドタバタと走り回る音が響いて来る。

「入口の発見が引きがねとなって銃撃戦が始まったのかも知れない。外は十分な人数で包囲しているし銃声を聞きつけて援軍も来るだろう。私達はこのまま階段を降りて少年の捜索にあたる。後ろから敵が来る可能性も十分考えられるしタケルくんを真ん中に隊列を組んで進もう」


 そんな、ロジャーさんの冷静な声に導かれ、俺達は地下階段をゆっくりと降りていく。A班二名が前、俺、ロジャーさん、ソフィアの順だ。外が雪だからだろうか。それとも地下にあるせいだろうか。深く掘り進められた階段を降りる程にジメジメとした湿気が肌にまとわりついてくる。先程までは汗ばむような温かさだったが、心なしか少しずつ冷えてきている気がしていた。落とし穴だらけのやたら長い洞窟を抜けたら更に地獄のような真っ白な世界が広がっている事があったりするのだろうか。


 何事も無ければそれが一番良い。

「ここで挟まれたら洒落にならないな」

「しかも、無線の妨害まで準備されてるとは。慎重に進もう」

 警官達のため息まじりの会話はみんなの心も代弁している。

「ソフィア、後ろは大丈夫?」

 そう、俺が振り向いて声をかけると、

「物音がしたような気がする。少し戻って確認して来る」

 そう告げ、一人、調理場へと戻っていった。



 三階分くらいは降りただろうか。階段を下り切ると廊下が真っ直ぐに伸びていて、そのまましばらく歩いていると両側に幾つかのドアが見えて来た。警官二人は腰から拳銃を抜いて構えると、一部屋ずつ中を確認してまわった。中はベッドやテーブルがある小部屋になっていて、生活の痕跡はあるものの誰かや何かを発見する事は出来なかった。が、途中、小部屋の1つで子供用の鳥類図鑑を見つけた。


「これは、ソフィアが用意した瞬夜くんの図鑑です。隠し持っていたのか……」

 まさか、誘拐されるとは思っていなかっただろうけど、警官に促され病室を出る僅かな時に図鑑をどこかに隠し持ったのだろう。そんな幼い少年の姿を想像するとなんだか微笑ましい気持ちにもなったが、既に部屋を移動しているらしい事実と、先ほど、調理場でソフィアが耳をすませた時に聞いた破裂音の存在が焦燥感をかきたててくる。


「急ごう」

 そんなロジャーさんの声に頷き廊下へと戻ると、前方から二人の青年が現れた。暗がりから浮かび上がるように現れたその表情はどこか虚ろで無表情に見え不気味だった。俺は後方へと少し下がりつつ腰にさしていた警棒を抜き強く振るう。警棒は金属音と共に三段階ほど長く伸びた。前に立つ二人の警官が銃を構えて警告する。

「動くな! それ以上近寄ったら撃つ!」


 初めて体験する銃撃戦を知らせる声に緊張感が高まる。俺は警棒を何度か握り直し感触を確かめた。青年達は強い警告にもその無表情を崩す事なく、こちらへゆっくりと歩を進めてくる。そして、警官と青年の距離が2メートル程となると、突然、身を低く落としそれぞれ警官へと飛びかかった。


 それと同時に、構えられた銃から轟音が2発響く。青年の一人はどこかに命中したのだろうか。飛びかかった勢いそのままに頭から床へと崩れ落ちて行く。しかし、対峙していた警官も何故か膝から崩れ落ちた。もう一人の青年は警官の眼前に迫ると、いつの間にか手にしていたナイフを一閃、銃を持つ警官の手を斬りつける。叫び声と共に、警官の指が何本か飛ぶのが見えた。俺は咄嗟に踏み込むと、警棒で青年の頭を殴りつける。が、更に腰を落とし避けられてしまう。そして低い姿勢から突き出されるナイフが俺の顎元へと迫って来る。のを何とかのけ反って避けるがバランスを完全に崩してしまった。


 まずい。次は避けられない。

「タケルくん! どちらかに避けてくれ!」

 ロジャーさんの射線に入っているのだろうか。しかし、避ける余力は無い。ナイフが再び俺のみぞおち当たりへと突き出されてくる。その時、再びどこからか大きな銃声が一発。二発。三発。と響くと同時に、青年の体が音に合わせ振動した。


「に、日本人。助かったよ」

 そう言ったのは指を飛ばされた警官だった。残る指で拳銃を支えて何とか撃ってくれたようだが、懸命に微笑むその表情は青ざめ痛々しい。もう一人の青年を見ると、最初の一撃を頭部に受け即死しているようだ。膝から崩れ落ちた警官に目をやると、太ももに小さなナイフが刺さっていた。最初に飛びかかると同時に放たれていたのだろうか。多量の出血が見られる。死者二名に怪我人二名。窓の無い地下の廊下はむせかえるような血の臭いに溢れていた。幸い、こちら側に死者は出なかったものの二人には引き返して貰った方が良いだろう。


 ロジャーさんは足元に落ちた指を拾い集め警官へ渡すと、

「二人とも歩けるか? すぐに治療すれば指も繋がるはずだ」

 そう告げながら、未だ無線が繋がらない事を確認していた。

「大丈夫です。戻れます。二人とも、気を付けて……」

 二人に階段の下まで肩を貸すと何とか自力で階段を登って行った。その姿を見送ってから血生臭い廊下へと戻って行く。


「タケルくんと二人になってしまったがソフィアが応援を呼んでくれているはずだ。このまま奥へと進むが私の後ろに下がり、無理せず、いざとなったら逃げて欲しい」

「ありがとうございます。分かりました」

 似たようなドア、似たような小部屋。恐らく何も無いんだろうと思ってはいても、万が一、そこに敵が潜んでいたら、そこに瞬夜くんが拘束されていたら。焦る気持ちを一つ二つと吐き出し、慎重に確認しながら進まなければならなかった。しかし、地下に幾つもの小部屋を作ってセーラーは一体何をしていたのだろうか。セーラー自体もあだ名ではあるが、大家のあだ名もここからついたのかも知れないと思った。


「先程の二人は優秀でね。心強かったのだが……」

「怪我、回復すると良いですね」

「あぁ。恐らくは大丈夫だろう。足の傷も大きな血管は避けていたようだ」

「しかし、誘拐犯はここにいるとしても、レイプ犯は一体どこにいるんでしょうか」

 俺のその言葉にロジャーさんは足を止め振り向かず聞き返した。

「レイプ犯がここにいないと何故分かるんだい?」

「え? 違うんですか? 誘拐とレイプは無関係の犯人による別の事件ですよね」

 しばらくの沈黙のあと、ロジャーさんは突然笑い出し振り向いた。

「ははは、なるほど。君のその慎重さは素晴らしいな。また、いや今度は、私を試そうとしたんだね?」

 目論見がバレてしまった俺は照れくさそうに頭をかき答える。

「いや~バレちゃいましたか。ソフィアが言ってましたよ。ロジャーさんは切れ者だって。やっぱり流石ですね~!」


 しかし、そう笑う俺に一歩近寄ると、今度は真剣な目で見つめて来る。

「タケルくん……」


 一瞬の沈黙の後、

「私のあだ名は、ロージャだ」

 そう言うと、再び前方を見て、大きな笑い声をあげ歩き出した。

「ああああぁ、失礼しました。どうも名前を覚えるのが苦手で」

 その声に、俺もつられて大きな声で笑いながら問いかけた。

「でも、ロージャさん、セーラーと内通してますよね」

 再び、ロージャさんは足を止め、振り向かずに話し出した。


「タケルくん? どういう事だ?」

「さっきの戦闘、なんで援護してくれなかったんですか?」

「それは君が私の射線上に……」

「優秀な切れ者の貴方が咄嗟に動けなかったんですか? そんな事考えられない。何か理由があったんですよね?」

「理由?」

「例えば、俺を殺したいから、ってとこですか?」

 少しの無言の後、再びロージャは笑い出した。

「なんで私が。君の事は認めているし尊敬しているんだよ。それに、君のさっきの引っ掛け、私が君しか知らない情報を知っているかってテストには合格したんだろう?」

「そうですね。皆さんには報告してませんでしたが、レイプ未遂の犯人は俺とソフィアで拘束してたんですよ。念の為の罠だったんですが、空ぶっちゃいました」


「なら私を信用して」

 そう言いながら振り向こうとしたロージャの頬に、俺は伸ばした警棒を当てその動きを禁じた。

「動かないで下さいね。でも、それはもうどうでも良くなったんですよ。ここに来た時、マフィアの連中、車の誘導までして随分余裕がありましたよね。内通者がいて警察官が来るのが分かっていた。とは言えですよ。笑顔で出迎えなんて有り得ますか? すぐ地下に、見られたら困るようなバカげた巨大監禁施設を抱えてるのに、ですよ」


 深く考えるかのように少しの間を置いてロージャは答えた。

「それは、階段が見つからない自信があったからだろう」

「そう思います。でも、あの階段。テーブルを持ち上げるのに、力がほとんど必要無かったんですよ。俺一人でも大丈夫なくらい、ガチャッ、す~って簡単に。そんなので安心出来ますか?」

「それは君が上手く発見してくれたからだろう」

「それなんですよ。マフィア共が見つからないと自信を持っていたはずのギミックは、見つけてしまえば、人ひとりで動かせるようなものだったんですよ」

「わ、分からないな。タケルくん。君の言いたい事が分からないよ」


「あのギミックは、ボルトで固定されている床パネル()()テーブルが持ち上がるのがポイントなんですよ。テーブル近くにあるのに持ち上がらない床パネルは、テーブルと固定されていない一枚だけ。そこを足場にテーブルを持ち上げないといけない仕組みになっている」


 俺はロージャが動き出しても対応出来るように緊張感を保ったまま説明を続けた。

「固定されている床パネルに乗った人間がそのままテーブルを持ち上げても勿論動きません。また同様に、他の誰かがボルトで固定されている床パネルのどれか一枚にでも乗っていると、例え固定されていない床パネルからテーブルを持ち上げようとする人がいても、乗られた人の体重分、簡単には持ち上がらないんですよ。実際、持ち上げ始めだけは少し引っかかるような重さがありましたし、固定床パネルに乗った大人一人分の体重でもあれば、人ひとりだけでは持ち上げられない仕組みなんでしょうね」


 ロージャは前方を向いたまま大人しく説明を聞いている。

「まだあります。内通が発覚したA班の人間は3名。A班7名は2名2名と俺ら3名の3チーム。それに後から突入してくるB班1チームと合わせて4チームで屋敷内の捜索任務でしたよね。後から来るBチームには状況報告しながら案内するとか言って1人送り込む。後は残った二人の内通者が2名チームに1人ずつ居れば、どのチームが調理場を調査する時にもこっそり床パネルを踏んでおけるんですよ。そうしたら、絶対に入口は見つからない。でも、それだと僕らのチームだけ床パネルを踏んで妨害出来なくなっちゃいますよね。それに内通者に担当させる命令を出す人も必要です」


 ピクリとロージャの肩が動いて見え、俺は警棒を握る手に力を込めた。念の為、自分の背後を確認してからゆっくり呼吸し説明を続けた。

「もう少しで説明終わるんで、まだ動かないで下さいね。階段を見つける方法、正直、自信無かったんですよ。それでも念の為、貴方とソフィアにどいて貰ったら見つけてしまった。実は、俺はそれより前にも、本当に偶然ですがボルトで固定されていない床パネルに乗ってテーブルを持ち上げていたんですよ。かなり早い段階で。でもその時は動かなかった。だから入口を見つけたと同時に気がついたんです。俺らの3名チームにも床パネルを踏む役目を持った内通者がいるって事に。で、それが貴方ですよね?」


 ロージャは肩を小刻みに震えさせると、再び大きな声で笑いだした。

「そんな事に、良く気がついたもんだね」

「ありがとうございます。でも、貴方を疑っていなかったら分からなかったかも」

「そうなのか! 参ったな。いつから疑っていたんだ?」

「最初からですよ」

「最初?」

「ソフィアと警察署に戻ってきて、会議室で初めて貴方と会った時です」

「そんな時から…… 私は一体どんなミスをしていたんだ?」

「貴方はミスなんてしていませんよ。ただ」

「ただ?」


「どこの国の警察が、多少の事情があろうとなかろうとですよ。海外から来た一般人に、警棒と防弾チョッキを渡してまで家宅捜索に同行させるんですかね? 手を回せる警察以外の人間な上、知り過ぎてるから邪魔だってとこだと思うんですが、同行の許可が下りた時点で、誰かがドサクサ紛れに俺を殺そうとしてるんだなって思って怖かったですよ」

「そうか! そりゃそうだ! はっはっは。本当にその通りだ!」

「以上です」

「全く素晴らしいなタケルくん。どうだ、私と一緒に働かないか?」

「子供を誘拐するお仕事ですか? 世界の半分をくれても嫌ですね」

「そう言わないでくれ。私はここで育ったんだ。どんなに酷い場所だとしてもここは私にとって故郷なんだよ。さっき襲って来た二人もそうだ。いずれ共に働く兄弟のようなものだった」

「ここは一体何なんですか? どうしてこんな施設が必要なんですか?」

「人身売買だけなら何処でも良いだろうに、どうして地下が必要なんだろうな。とにかく私達は拾われ、集められ、育てられ、競わされ、必死になって地上を目指した。やがてほんの一握りの人間だけが地上で名前と肩書きと大きな仕事を任された。大家の息子とか言われて調子に乗っていたあいつだって、ここ出身の人間では無い」

「マフィア養成所って事ですか?」

「タケルくんから見たらそんな所かも知れないね。けれど、私はいつでも、ロシアの市民を守る正義の警察官のつもりなんだよ。この命を懸け、力の無い人々を悪から守る為に育てられたしその事に誇りだって感じている」

「だったら何故……」


 俺の疑問を遮るようにロージャは笑い呟いた。

「主義や思想なんて関係無い。自分を育んだ故郷は守るべきものだと思わないか?」

 俺は自分の国を、そして瞬夜くんを思い浮かべた。

「それは、誰かから大切な故郷を取り上げたとしてもですか?」

「分からないか」

「分かりません」

「そうか。残念だ。君が大好きになってしまった。殺したくないな」


 ロージャはそう言いながら前方へ飛ぶように転がると、素早く回転しながら起き上がりつつ振り向きながら、拳銃をホルスターから抜き俺へと狙いをつけた。


 その瞬間、大きな破裂音が地下の廊下に何度も響き渡る。


「俺も残念です。ソフィアが悲しむような予想、外れてくれたら良かった」

 体中に何発もの銃弾を浴びた自分の姿を眺め、驚いているロージャの視線の先は俺の後ろに向けられていた。そこには、気配を隠し、既に銃を構え終えていたソフィアとマッチョな警官の姿があった。


「こ、ここまで…… き、君の、予想通りか?」

「いえ。銃を抜かなければ拘束するつもりでした」

「本当に君が…… 大好きだよ……」



 ロージャはそう微笑みながら崩れ落ちると、再び口を開く事は無かった。


 一人の警察官の死。

 それは出会ってまだ間もない俺に意外な程の喪失感をもたらした。

 この地下施設が何の為に存在しているのか。


 彼は何を守って死んだのだろうか。


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