第11話 夜の瘡痕
「タケル。起きろ。もう着くぞ。起きろ」
眠い…
確か、仮眠室で目を覚まして、洗面所で顔を洗って歯磨きをして。借りたジャージから自分の服に着替えてたらソフィアが迎えに来て、朝食にパンとコーヒーをくれたんだ。
「もう数分で着くぞ」
車内の時計は6時半を過ぎたとこ。時間通りって所だろう。元々が寝不足だったせいだろうが、朝食後、ソフィアと軽い打ち合わせをしてる間に、また眠くなってしまった。我慢してたつもりではいたんだが、運転して貰ってるのにパトカーに乗り込み次第寝てしまってたみたいだ。
「悪い。寝てた」
ソフィアの同僚と近い署からの応援は既に現地入りしているとの事。道路を検問で抑えて屋敷自体を遠目から包囲。7時を待って更に包囲を狭めながら乗り込む予定となっていた。
ふと、窓の外を見ると雪がちらついていた。雪だらけのロシアも雪の無いロシアも面白く無い。と思って、ちょうど季節の変わり目に来たかいがあったかな。これなら積もって町を白く染め、ロシアらしい風景を見せてくれそうに思えた。
瞬夜くんは雪が好きだろうか。日本では多くの子供がするように、気持ちが高揚して家を飛び出したり雪で遊んだりするんだろうか。案外、ロシアでは見慣れすぎていて、こんな空を見てはため息をつくのかも知れないな。
「雪、積もるかな?」
「午後には一帯が真っ白になっていると思う」
瞬夜くんが雪を見て喜ぶかは分からないが、隣の相棒は心なしか少し嬉しそうにそう答えていた。
途中二つの検問を抜け、封鎖が完了しつつある屋敷へと到着した。なるほど厳重な包囲だと思えた。俺は車を降りると、支給された防弾ベストを着て腰には警棒をさしてみた。こういうのってやっぱり、それなりにフィット感と言うか、戦闘態勢だぞって感じがして文字通り身が引き締まるんだな。と、同時に本物のマフィアの本拠地なんだとの恐怖感と緊張感も高まる。まさかこんな事態になるなんて、旅を始めた時には思いもしなかったし。雪がチラついてるだけあって息も白かった。
屋敷へと到着。と、ソフィアも言ってたし、俺もそのつもりで車を降りて準備を整えたんだけど、どこに屋敷があるんだろう。と言いたくなるくらい塀が高い長い。俺が逮捕された公園なんて、それと知らずに入っちゃうくらい簡素な物だったのに。赤いレンガが積み上げられた上には鉄製のお洒落な柵がつけられ、ちょっと前も後ろも見えない程度に長く続いていた。そしてその塀沿いに通る道路をパトカーが何台もひしめき合っていた。
「ソフィア、これ、屋敷って言うか公園とか政府の特別な研究施設って感じの広大な敷地なんだけど。俺のロシア語がおかしいのか? 建物はどこにあるんだよ」
近くにあった大きな門の先にも建物は見えない。
「私も来たのは初めてだが、本当に凄いな。建物自体は大戦前に作られた政府高官の住居だったらしいが、10年程前にセーラーが買い取り大規模な改築をした際に土地面積も数倍に… って、タケルも昨日の会議に参加していただろう?」
「日があけていたから今日だな」
「どうして覚えていない」
「残念だが、俺には寝ている間の記憶は無いんだよ」
「まぁ、疲れていただろうから仕方ないが…」
なんだか責めるに責め切れない、釈然としない、といった表情のソフィアだったが俺の背後に目をやると、途端に真面目な顔で敬礼をしながら挨拶を交わし出した。
「おはようございます」
「おはようソフィア。タケルくん少しは休めたか?」
振り向くとソフィアの上司が立っていたから、念の為、俺も敬礼しながら挨拶を交わす事にした。えっと確か名前は…
「おはようございますロジャーさん。結構寝れました」
ソフィアが俺の頭を叩いて訂正する。
「ロージャだ。本名はロジオン。それにお前は敬礼も必要ないだろう」
「どちらでも良いよ。日本の方にはロシアの名前は分かり辛いだろう」
そう言うと、ロージャは清潔感溢れる笑顔で俺に微笑んだ。アニメだったら白い歯がキラリと光ってそうだ。
「すいませんロージャさん。どうも物覚えが悪くて」
「気にしないでくれ。今、門を開けてくれるとこみたいだから、もう一度車に乗り込んでおいてくれ。玄関前まで車で行こう」
ロージャは映画のように首をかしげ肩をすくめると、両手のひらを上に向け軽くため息をついて見せた。そして、そんな気はしていたが、やっぱり門からも車で移動するんだな。俺がある日突然、何かの拍子にこの屋敷を手に入れる事があっても、コンビニに行くだけで手間がかかりすぎて、すぐに売り出す事になるだろうな。通販頼んでも嫌がられそうだし、なんなら屋敷だけ別途送料の請求をされそうだ。
「タケル?」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
いつの間にかパトカーに乗り込んでいたソフィアが心配そうな顔で、窓からこちらを見上げていた。寝不足がたたってるのか無駄な妄想が多くなっているみたいだ。
車に乗り込み門を越えると整備された見事な敷地を通り、数分後、玄関前のロータリーへと辿り着いた。玄関まで門を越えてから数分後って…。そこでは屋敷の人間らしいスーツ姿の男が、先行していたパトカーを誘導している。愛想も良く余裕を感じさせるが、人身売買に売春に誘拐までしてるマフィアだと思うと、その余裕にもちょっと腹が立つ。
車を降りると、玄関前で警察官と屋敷の人間が何か話をしている。ロータリー付近では既に着いていたロージャさんの周囲に多数の警察官が集まっているので、そちらに歩み寄ると、それに気がついたロージャさんが大きな声で指示の確認を始めた。
「A班は私とタケルくんを含む7名で屋敷に。B班5名は屋敷の玄関前に。C班8名は3名が玄関前に待機し、周囲に5名と別れて出入りを確認。塀の周囲にいるD班8名は状況に応じて対応とする」
改めて人数を聞くとかなり大がかりな作戦である事が分かるし、検問してる警察官も含めるともっとだろう。心強い。ロージャさんの指示を聞いて警察官が散っていった。
「昨日の打ち合わせでも話したが」
と、前置きをくれたソフィアの説明だと、俺らは瞬夜くんの保護の為にA班として内部に入る事になるが、万が一不穏な空気を感じた場合は速やかに離脱。入れ替わりに玄関前のB班が突入する。って事になるそうだ。もっとも、B班は何者かが逃げ出すのを防止する蓋の役割であって、中で何かが見つからない時もB班は突入して内部の捜査を手伝う事になる。
今もロージャさんの周囲に残ってるのが玄関前のB班と内部担当のA班なのだろう。まずはマフィア協力の元で家宅捜査だ。なんだか家宅捜査って響きの割には規模がでかい。
「タケルくんは俺とソフィアの傍を離れず。くれぐれも無理はしないでね」
「そうさせて下さい。ありがとうございます」
ロージャさんは、こちらの緊張を感じ取ってからか、優しく俺の背中を叩いて声をかけてくれた。それを汲んでか、他の警察官達も「よろしくな」「ちゃんと守るから安心してくれ」と、みんなにこやかに挨拶を交わしてくれた。警察署内での温かな歓迎ムードを思い出す。
ソフィアは少し離れた位置から、嬉しそうに礼を告げる俺を見ていた。
「皆さんありがとうございます! フラれたくらいで女性の歯を折る奴の仲間なんかボッコボコにしてやって下さいね」
そう調子良く俺が言うとA班らしい3名から、
「あれはダサいよな」
「許せないよな」
「当然だ!」
との声が笑い声と共に次々上がった。
俺はソフィアに視線を送る。
その目線に寂しそうな表情で答えたソフィアは腰から拳銃を抜くと、3名の名を呼び上げながら銃を向けた。その表情は、まだ見た事の無い苦々しいものへと変わっていく。そして続け様に声を張り上げた。
「この3名は内通している疑いがあります! 拘束を!」
楽しく談笑していた現場を一気に緊張感で包み込むその声に、他のA班は不思議そうな表情をしながら3名との距離を取り、B班は一人か二人がゆっくりと銃を抜いて構える。少し距離を置いているソフィアから銃を向けられている3名は口々に「おい、何を言ってる」「突然何を言い出すんだ」と怒り混じりの不満をぶつけてくる。
「説明してくれるか?」
ロージャさんは真剣な顔で俺に事情を尋ねて来た。
「俺からも確認させて下さい。大家の息子は口を割っていないんですよね?」
「あぁ…」
「皆さんには本当に申し訳ないと思ったんですが、大家の息子の尋問が終わってから警察署に戻る前に、ソフィアに頼み事をしていたんです」
そう言う俺をロージャさんが、そして周囲の警察官も息を飲んで見守っていた。
「それは聞いている。シャワーと武装、つまりここへの帯同だろ?」
「もう一つ、一部の情報を報告しない事を頼みました。どうしても警察内部の内通者が怖かったので」
念の為、俺はA班3名と距離を取り、周囲をも伺いながら説明を続けた。
「大家の息子は、過去に売春婦の女性に手を出すもフラれ、借金と暴力を盾に恋人と別れさせ追い込みをかけた事がありました」
周囲の警察官が少しずつ3名へと銃を向けていく。ソフィアが言葉を継いだ。
「偶然その事を知った私は女性を保護しました。しかし、既に歯を何本も失う程の暴行を受けた後でした。もちろん多数の証拠はあったのですが、本人の希望と安全を優先する為、事件化を避け報告はしませんでした。大家の息子は現在も証言をしていません。つまり、その事を知っているのは、私と、タケルと、逃げた女性とその恋人。後は、実際に暴行を行った大家の息子と、大家の息子から話を聞いた、その仲間達だと思われます」
ソフィアの言葉にもう一度俺が続く。
「黙っていて申し訳ありません。勿論、他の方から話を聞いていた可能性もあるとは思いますが、これからの事を」
そう説明をしている俺をロージャさんが遮った。
「いや。十分だ。細かい取り調べは後ですれば良いし、今は疑わしい人間を中に連れて行くべきではない。と、言う事だよな。二人は良くやってくれた。気の良い奴らではあるが、今はそんな事を言ってられる状況でも無い」
苦しそうな顔でそう告げると、ロージャさんは3名の逮捕を指示した後、B班から3名をA班に補充した。B班にはD班からの合流があるとの事だ。
俺は指示を出し終えたロージャさんに頭を下げた。
「何も言わずに勝手な事をして申し訳ありませんでした」
「いや、本当に二人は良くやってくれた。ありがとう」
いつの間にか隣に来ていたソフィアも俺に続き頭を下げる。
「そう言って頂けると。ありがとうございます」
3名がパトカーで運ばれ各班の再配置も整ったようだ。敵の本拠地へいよいよ。と言う所で内通者の可能性をまざまざと見せつけられた現場の雰囲気はとても重い。
屋敷内へと新たなA班7名で向かう。そうは離れないが、2名、2名、そして俺、ソフィア、ロージャさんの3名と、三組で動く事になる。
建物の外観は、歴史学的に貴重そうな古い貴族のお屋敷。と言った佇まいだったが、玄関を入った瞬間、貴族の時代へとタイムスリップしたかのような錯覚がする程、新しく美しく高級そうなインテリアの数々に囲まれた。と、言うか高級なホテルにさえ行った事が無い俺は、本当に赤い絨毯が敷かれている場所があるって事実にまず驚いていた。
「ゾンビが出そう」
「え?」
独り言が口から出ていたようでソフィアに聞き返された。
一応、屋敷の人間は誘拐も事件の関与も否定しているし、車の誘導も行っているくらい家宅捜索には協力的だった。勿論、内通者からの事前連絡があった上での余裕なのだろう。道路の封鎖は行っているものの、マフィアもバカではないだろうから、何らかしらの対応を既に行っているんだろうし、最悪の場合、既に瞬夜くんは他の場所へと移動させられている可能性もある。これ以上時間をかける訳にはいかない。僅かな隙さえ見逃さないようにしなきゃだ。
が、見つからない。
突入後、全ての部屋を確認したはずなのだが、どこにも瞬夜くんの痕跡が見つからない。焦れて大声で呼んでみたが反応も無い。建物の中は必要以上とも思える程に暖かく、焦りと苛立ちもあって汗がにじむ程だった。
また、外観からは分かり辛かったが、三階建てになっている上に客室が多く、全ての部屋を見るだけでも手間だった。途中、屋敷の広さにため息をつきながらロージャさんは他班から増援を要請したが、それでも何かを発見する事は出来なかった。
大家の息子は「地下に監禁できる施設があるんだよ」そう話していた。だから一階から地下に降りる階段等が無いか重点的に探していたし、屋敷の外からも入れる場所が無いか調べて貰っている。それなのに見つからなかった。絨毯を剥がしたり、本棚の裏やタンスの裏側も見たし、屋敷の外と内部と比べて隠れてる部屋が無いかも調べて貰ったが全て空振っていた。焦りと時間だけが増していく。
唯一地下に降りる事が出来たのは、本格的なレストランが開けそうな程の調理場にあった、食料を入れる地下貯蔵庫だった。食料が無かったとしても大人一人がやっとの規模で、念入りに調べたものの通路らしきものは何も見つからなかった。それ以外にも、階段の下、絵画の裏、彫刻を回してみたりもしたが隠し扉が現れるような事は無かったし、用途不明のクランクや紋章が見つかる事も無かった。
「くそっ参ったな…」
一階を調べつくし、玄関前のロビーに置かれた椅子に腰かけた俺が分かりやすく愚痴をこぼしているとロージャさんも同意してくれた。
「広さもさる事ながら、調度品が豪華過ぎて迂闊に触る事も出来ないね。この壺とか落としたら一生タダ働きしても払えないくらいだろう」
例え話でも無職のバックパッカーには恐怖でしかない。
「タケル、やっぱり調理場をもう一度調べてみないか?」
とのソフィアの言葉にロージャさんが真剣な顔で返す。
「時間的にはそろそろ限界だ。急ごう」
調理場で怪しいのは巨大な冷蔵庫と、床にある大きな貯蔵庫だった。それだけに複数人が入れ替わり立ち替わり何度も何度も調べたんだが何かを発見する事は出来なかった。天井、壁、床、コンロ下、と改めて見回して見たがおかしな点も無い。中央に置かれたステンレスの大きなテーブルの下は気になったけど、水場が併設されているせいかボルトで固定されていて動かす事が出来ないようだった。ロージャさんは腕時計を見て溜息をついている。もう9時を過ぎている。何かが出れば時間は気にしなくて良いとの事だったが、こうまで何も出ないと情勢は不利なのだろう。
ふとソフィアが居ない事に気がついた。
「ソフィア?」
「ここだ」
床にある貯蔵庫から声が聞こえた。覗き込むとソフィアが貯蔵庫内の壁に耳を付けていた。
「何か聞こえるのか?」
「いや、何も聞こえない」
「そうか…」
「ただ、タケルの足音が場所によって違う気がする」
「足音?」
良くドラマとかで見る、壁とか床を手で叩くと反響音で中の空洞が分かる。的なあれだろうか。それは俺も他の警察官も何度もあちらこちらで試していた。
「正確に言うと、足音の響き方、くらいの小さな変化なん…」
そう説明しかけていたソフィアが急に大きな声を出した。
「地下から、パーンと銃声のような破裂音が聞こえた!!」
慌てて俺も地下貯蔵庫に上半身だけを投げ出すと、ソフィアが耳を付けていた壁に耳を付けてみた。しばらくは何も聞こえなかったが、数秒後、確かに破裂音が聞こえた。
ロージャさんが駆け寄ってくる。
「ソフィア、何の音だ? 銃声か?」
「分かりません。ただ、その様にも聞こえました」
ソフィアの言葉に俺も同意する。しかし、その後に耳を澄ませても再び音が聞こえて来る事は無かった。ボイラー等もあるだろうし機械設備の音と言われたらそうなのかも知れないと思った。
俺は上半身を引き上げると床を大きな音で踏み出し始めた。
「ソフィア、音の確認をしてくれ」
「分かった」
部屋の床を順番に大きな足音を立てて踏み抜いて行くと、ステンレスのテーブルの周りで音が変わる事が分かった。ソフィアの話だと空洞がある感じでは無いが、何かが違うとの事だった。
「蛇口と排水溝があるから、そのパイプの音だろうか」
そうロージャさんが推理立てる。確かにその可能性も高そうだ。しかし、さっきの音が気になる。ステンレスのテーブルを持ち上げて見るが動かず。横にずらして見ようにも動かない。床は大きなパネルが何枚か敷かれているデザインになっていて、そこにしっかりとボルトで固定されているんだ。床のパネルは全て左右対称、等間隔に並んでいた。
このボルトが外れたら、とも思ったが、そんな手間をかけて移動なんてするだろうか。テーブルの足を1つずつ確認して持ち上げたりずらしたりしてみるが、動く気配は無かった。
「タケルくん、ソフィア、残念ながらそろそろ限界だろう」
ダメか…。ソフィアも貯蔵庫から出ると蓋を閉めながらため息をついていた。床ばかり見ていた俺も首の痛みに気がつき軽く音を立てながら回していると自然とため息がこぼれた。警察官がこんなに大勢で来て見つからないのなら、もう瞬夜くんに迫る糸口は残されていないのだろうか。
俺は天井を見上げながらもう一度大きなため息をついた。
「残念だが署に戻って作戦を練り直そう」
そう言うロージャさんの提案にソフィアも悲しそうに同意する。
「分かりました」
諦め切れない俺は、何となく天井を見上げ続けていた。ステンレスのテーブルに乗って押したりもしてみた。中央に僅かな傷がある以外は、特にこれといった異常も無かった。他の警察官だって調べていたようだ。
「傷…」
「タケル行こう」
いつまでも天井を見上げている俺が泣いているようにでも見えたのか、ソフィアは俺の背中に触れながら優しくそう、声をかけてきた。
「なぁ、ソフィア、あの傷なんでついたんだと思う?」
「傷? どこに傷があるんだ?」
「天井の真ん中。ほら、少し丸く凹んでる感じの」
「あぁ、あるな。何度も調べたが異常は無かった」
「そうじゃなくて、何で凹み傷がついたんだろう」
「分からないな。何かを投げたのか、ぶつけたのか?」
「ぶつける? 何を?」
天井までの高さは3メートルとちょっとくらいか。ステンレスのテーブルは腰のあたり迄だから1メートルと少し。これは包丁とかで下ごしらえを行う為の物だろう。そこから何かを天井に向かって、投げる? ぶつける? 何の為に? 掃除していてモップが当たる訳じゃないし、何かを運び入れた時に傷がついたのか? だとしたらステンレスのテーブルが固定される前? 一体何を運び入れようと持ち上げたらあそこまで届くんだ。冷蔵庫なら届きそうだが、それにしては傷が浅い気がするし、簡単に持ち上げられるサイズでも無いから、かえってとても慎重に搬入しそうだ。それにこの傷自体はそこまで古く感じないし、やや丸いのが気になる。ボール遊びでもしていて当たった。って事は無いだろう。し、そんな固いボール…
「ボールか」
俺のつぶやきにソフィアが反応する。
「ボール? 遊ぶボールか?」
「違う。料理に使うボールだよ。ボウル。えっとロシア語だとなんだ。チァーシァ?」
「意味は伝わっている。何でボウルを天井にぶつけるんだ」
「違うぶつけたんじゃない。テーブルに乗せていたボウルがぶつかったんだ」
俺の言葉にソフィアもロジャーさんも不思議そうな顔をしている。俺はもう一度、床を這いずり回り調べ始めた。テーブルの足は全てボルトでしっかりと床のパネルに固定されている。簡単に外れる気配は無い。が、一つ気がついた事があった。一ヶ所だけ、2枚のパネルにまたがってボルト固定されていない足があった。他の足は全て2枚のパネルにまたがってボルトで固定されているが、一ヶ所だけ、一本のテーブルの足だけ、一枚の床パネルだけに固定されていた。
何故ここだけ一枚に固定されているのだろう。床のパネルは全て左右対称で等間隔に並べられているのだから、反対と同じ様に2枚のパネルにまたがって固定されているべきはずだ。俺はその足が固定されている床パネルを良く見た。周囲のパネルより少しだけ長いのか? 慌てて見比べてみる。確かに幅が少し太い気がする。
「二人とも部屋の入口に移動して!」
そう張り上げた俺の声に二人が移動する。俺は少し大きい床パネルのひとつ横のパネル。つまり本来ならそこにもボルトが固定されていたであろう、床パネルの上に乗ると思いっ切りステンレスのテーブルを持ち上げた。
すると拍子抜けする程あっさりと、ステンレスのテーブルはボルトで固定された床のパネルごと、3メートルちょっとの天井ギリギリの高さまで上昇した。そして床パネルがあった場所からは何本もの柱が伸びており、それに滑車のような物が取り付けられ、テーブルが床パネルごと簡単に上昇出来る仕組みになっているようだった。
そして、その柱で囲われた場所には、コンクリートで固められた地下へと降りる階段が姿を現した。
「おい、マジかよ」
正直なんの根拠も自信も無かった俺は素直な感想を口にした。
「タケル!」
「タケルくん!」
「本当にゾンビが出てきそうだ」
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更新遅くなって申し訳ありません。
次回は、07月07日(土)19時頃の更新を予定しておりますが、
日曜更新が無いので早く完成したら早く公開致します。
ここまで読んで下さった皆様に心より感謝申し上げます。