「初めまして」
「我々サポーターは魔獣使い見習いであるあなた方を全力で支えていくことを理念とし」
ホワイトボードには笑顔の魔獣と人の絵が描かれ、それを背にロングヘアーの女性は説明し続ける。
私は背を伸ばしながら彼女の動きに目を合わせているが、時々俯いて小鼻を膨らます。
他の9人の中にも私と同じようにしている者もいる上、彼女に臆せずに彼女を見据えながら欠伸をしている者さえいる。
案外肩の力を抜いてもいいかもしれないと、伸ばしていた背筋の力を緩めた。
「…ああ、申し遅れました。私の名前は北野芳江、と申します。皆様今日だけのお付き合いですがどうぞよろしくお願いいたします。」
まるでお手本のようにまっすぐとお辞儀をする彼女に軽く会釈をすると、後ろのほうで大きく拍手をするのが聞こえた。その拍手をした人に反射的に視線を向けると、そこにはほぼ全員からの視線によって顔を熟したさくらんぼのように真っ赤にしている少女がいた。
先ほどの拍手は彼女一人だけのものだったようで、彼女の隣にいる前髪で目を隠している青年は肩を震わしていた。
「かっかっか…馬鹿じゃねえのお前」
「クスクス…」
彼女を小ばかにした笑いで干からびていく植物のように縮まる彼女は一言ひっくり返りながら謝罪をした。
(なんだろう)
その様子を見ていると、どうしようもない腹立たしさが脳みそを覆いつくす。
彼女をにやにやとしながら笑う彼らにも、その笑いに体を縮まらせている彼女にも。
3列になっている中で1番前の右端にいる私は対角線の先にいる彼女に体を向け、にっこり、と自分にできる限りの笑顔を作った。
「気持ちのいい拍手だね」
そういいながら私も大きく彼女に向って大きな拍手をした。
「!」
そこですぐに前を向く私のチキンな心は目をつぶろう。うん。
(いや怖いよ何あの目隠し野郎すごい目隠れてるのに眼光がびっしばっし伝わってくるよ何あれすごい。背中に!背中に矢が!!矢が127本ぐらい刺さってるうおお抜きたい!今すぐ抜いて翼をくださいを熱唱したい。つまりこの部屋から脱出してトイレに引きこもりたい)
背中に脂汗か冷や汗かわからない汗が滝のように流れていく。
その代わりに、さっきまであった不快感は無くなっていた。
「…」
(これで、いいのかな)
手のひらをじっとみつめながら自分自身に問いかける。
(これで、いいんだ)
きっと、と自分自身の言い聞かせた。
「それでは皆様にはこれからパートナーとなる魔獣を選んでもらいます。魔獣は1人につき1匹を原則とし、お互いの了承を得てから正式な契約へと移ります、それではまいりましょう」
部屋を出ていく際に、私を通り過ぎた目隠し野郎がちら、と私に視線を送ったのを感じた。
(どうか刺されませんように)
そう願って私は北野さんのすぐ後ろに並んだ。
「…」
白で統一されていた廊下の窓ガラスには、芽吹き始めた緑色で埋め尽くされていた。
黄緑の光が法頬にすり寄り、目を細め腕にもうつっている光を指でなぞる。
人工物とは思えないほど豊かな自然は魔獣たちにとって心地よいのだろうか。
「こちらです」
「!」
案内された扉は大きく分厚い構造で、人の力では開けるものではないだろう。
それほどまでにこの中にいる魔獣は価値があるものだと思い知らされる。
「それでは皆さん、いってらっしゃいませ」
彼女が壁にある赤いボタンを押すと、思い音を立てて扉が開き、光が差し込んでくる。
扉と比例するように聞こえなかった鼓動がどんどんと大きくなるのを感じた。
「……!すごい…っ」
完全に開いた扉の先は、まるで思い描いたままの楽園だった。
もしもこの環境が人の手ではなく自然によって形成されていたのなら、ここを本当の楽園と呼べるのだろう。
「…ん?あれ?」
いつのまにか周りにいた人たちはいなくなっていて、取り残された私に北野さんが微笑みかけて無言でお前もいけやと促してきた。うぃっす。
無機質な白い廊下からサク、と軽い草の感触がする草野原に足を踏み入れる。
風が青臭い草の臭いや潮の香を運び、魔獣の鳴き声が耳をくすぐる。
血管に血が巡るのが、熱さで感じられた。
広すぎて、どこに行こうかと足が踏みとどまられる。
森の入り口も見えるが、海の方に続く道もある。
(…今までの私なら海に行く)
少し進みかけていた足を戻し、私は森のほうへ進んだ。
きょろきょろと周りを見渡しても、人は見当たらずこちらを見る魔獣しか見つからない。
興味ありげに見てくる魔獣にがおっと威嚇の真似をしてみると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
どうしようか、と思案していると鳥の鳴き声が頭上から聞こえてきたので上を向いた。
レモンイエローの鮮やかな二羽の鳥は木の上で何か青いものを突いていた。
「……?」
(青い…透明な……スライム…?)
鳥たちは一体何を突いているのか、としばらく眺めていると強い風が吹いた。
べちゃりんこ
「あぁあ゛あああああ!?」
「もぎゅっ…」
瞬間、私の顔面にその青いものが落ちてきた。
「!?、??…!!ぶはっ」
つかもうとしてもぬるぬるとした液体のせいでうまく掴めなかったが、なんとか掴んで顔から引き離すとそれは短く鳴いた。
「もきゅう」
「は、え?何これ…」
青いぶよぶよとした透明な、
「なめくじ?」
「むぎゅう」
それが横に頭をふったのに驚き、再度見つめる。
頭に触覚のようなものが2本、白い縦模様が背中にある。それに黄色い尻尾(?)
「………う…うみ、うし?」
「きゅう!」
ウミウシ(?)は大きく首を縦に振った。
私はウミウシを抱え上げるのを止め、下に降ろそうとした瞬間に鳥の威嚇する声で肩を大きく揺らした。
「チチッ!!」
「チチチチチっ」
「いた!いった!やめ、!?」
鳥は私の腕を中心に突いてき、鋭い嘴は私の皮膚を裂く。
おそらく、鳥たちは餌をとられて怒っているんだろう。(これ食べてもおいしいのかな…)
「分かった、返すから!だからその弁慶の泣き所を突くのはやめろ!!から揚げにするぞ!!」
ウミウシを地面に置こうと膝をついて腕を降ろそうとした瞬間に
「うきゅう…」
「」
ウミウシは私に体をこすりつけ、懇願するように一声鳴いた。
「助けて」
「…っ!」
私は走り出した。
「チチ!?チィーーーー!」
「チッ!!」
(おい舌打ち止めろ)
森の外に向かって、ひたすら走り続ける。
腕の中のウミウシにできるだけ負荷をかけないように、鳥たちからウミウシを隠すように上体を丸めながら。
鳥たちはターゲットをウミウシから私に変えたようで、私の頭やら顔を容赦なく突きやがる。
「唐揚げ!つくね!照り焼き!とり天!!」
そう叫んでも鳥たちの攻撃は止まらない。後で鳥料理山ほど食べてやろうと心の中で誓った。
「!!」
走っているうちに潮の香を感じ始めた。
青い光も見え始め、疲れで重くなっていた足取りも軽くなってくる。
「はあっ、っあ゛あ!!」
思い切ってジャンプするように一歩を踏み出すと
「きゅわ」
「え」
腹の底からふわり、と浮遊感が感じられた時サーっと体温が頭の芯から下がった。
私が飛び越えてしまったのは陸と空中の境界線だったことに気づいたのは視界が反転した時で、気づいたらもう遅かった。
「っうそだーーーーーーーー!!」
「きゅう」
ウミウシを抱えているせいで崖に手を伸ばすことも叶わず、ただ頭から海へと落ちていく。
ジェットコースターとは比べ物にならない程の浮遊感、不安定感、そして恐怖。
この高さだと、よくて骨折。最悪死亡。
というか、死なない?と冷静な私が呟いた。せやな。
「っっっっっ!!」
私はダンゴムシのように丸まり、涙で歪む視界でも真っすぐに海を見据えた。
(死ぬ)
ごめん、青葉。
(けど、こいつだけでも)
ドボーーーーーーン!1
「」
私は海に入った瞬間に水の衝撃で気を失った。
「蒼葉、蒼葉」
誰かが、泣いている。
「頼む、目を覚ましてくれ」
泣いて、る。起きて涙をぬぐってあげないと。
「あお、ば」
私はその頬に手を伸ばした。
「もきゅっ」
「……お前」
もっちりした頬はまるで水ようかんのように私の手に引っ付いて、放そうとすると頬は餅のように伸びた。すごい粘着、というか離れない。
「確か崖から落ちて…ここは砂浜、か」
立ち上がってその場で足踏みや手を握ったり開いてみたりするが、動かない所も痛む所も全くない。
濡れた髪は磯臭く、絞って適当に一括りにする。耳に水も溜まっているせいか音もガラス越しのように聞こえる。
「きゅきゅわ、もっも」
片足でジャンプをして水を取っていると、ウミウシが私の足によじ登ってきた。
「ああ、お前が助けてくれたの?」
「っもっきゅう」
「あはは、ありがとう」
ウミウシを抱きかかえ、問うと触覚を交互に揺らしながらウミウシは答えた。
「これで貸し借りなしってことで、じゃあね。次からは気をつけなよ」
砂浜にウミウシを置き、とりあえず着替えようと出口に向かう。
「ふぎゃっ」
足に何かが絡みつき、私はバランスを崩して転んだ。
「もきゅ、きゅ」
「…今日は怪我してばっかだな」
背中に冷やっこいウミウシが頭の方に来るのを感じながら膝の熱い痛みに眉を顰めた。
ウミウシは頭の上でもぞもぞと動いていたが、落ち着く場所を見つけたのかしばらくすると動かなくなった。なんだこいつ。
「…お前意外と重いのな。満足?じゃあ退こうね」
砂を払いながら立ち上がり、ウミウシを頭から降ろす。
「じゃあ、っぶ!またか!いい加減にしろ!!」
ウミウシは性懲りもなく私を転ばせてきた。(引っかかる私も私だけど)
「あのね、私行かなきゃいけないの。これからパートナー探すワケ、分かる?」
立つとまた転ばされそうなので座り、ウミウシと向かい合いう。
「むきゅるるる」
「え?うん?ごめん分からない。これから私魔獣使い見習いとして旅にでるんだけど、そのパートナーをここで見つけるわけね。ここまではわかる?」
「むう」
「ん?魔獣使いとは何だって?いい質問だワトソン君。魔獣使いとは魔法を使える魔獣の力を借りて働く人。仕事はまあ色々あるけど、大体犯罪者の相手をするのだね」
「きゅわわ」
「そして魔獣使い見習いとは、その魔獣使いになるため修行をしている人たちの事。修行とは各地の門の試練を受けたり、本部からの見習い用の仕事を受けたりだね」
「むあー」
「うん?何でなろうとしたのかって?…まあそれはまた話すよ。兎に角分かった?そんじゃバイバ」
「むきゅ!」
「ぐぎゃ!お前話聞いてた!?ウミウシといえど食えるって知ってた!?」
またまた転ばされ、いい加減腹が立ってきたのでウミウシに掴みかかると、ウミウシは私の指に触覚を絡ませた。
「むきゅあ」
「……お前、私と旅したいの?」
いつの間にか怒りは消え去り、ウミウシのガラス玉のような水色の瞳を見つめていた。
「むきゅ!」
何度も頭を縦に振り、ウミウシは私の手にすりすりと頬をこすりつけた。
「」
(こいつと、一緒なら)
「…うん、そっか。よろしくね」
私はウミウシを紺と名付け、契約することにした。




