殺人犯と殺人犯の娘
ジョーは、村で殺人犯として扱われて育った。なぜなら、母親を殺した相手を殺したからだ。
『あの子は殺人犯なのよ』
そう蔑まれて育った。
『母親を殺されたのよ、仕方ないわ』
『でも、相手を殺さなくてもいいんじゃないの?』
(僕なんて、誰も助けてはくれないんだ)
ジョーは、金色の髪を一つに結い、フードのついたマントを被って歩き出した。青い目は、ギラギラ光って見えるようだった。
「あれから五年も経つのか……」
母親の死んだ夜、血の付いたナイフを握ったあの日。
「忘れられるわけがないよね」
リュックを背負い、人の多い街に紛れるように歩いていた。
しばらく歩くと、潮の香りのする、海の近くへ着いた。
「魚が安いよ、捕りたてだよ」
海の近い町だったので漁師をよく見た。
「にいちゃん、にいちゃん、買っていったらどうだい」
ギロリと睨んでやった。
「そんなに怒るなよな」
相手は、一歩引いてそう言う。殺人犯として扱われていたのだから、必要な時以外は愛想を振りまかないようにしている。
(どうせ、あいつもこいつも素性を知ったら近寄りもしないくせに)
心の中でそう思っていた。
「そこのフードを被ったにいちゃん」
怪しい男が声をかけてきた。
「何の用だ?」
「俺たちの仲間にならない?」
それは、暗黒の誘いだった。
「断る」
「そう言わず、話だけでも聞いてはくれませんかね?」
「欲しいのは、僕の金か?」
「いいや、金なんてどうでもいい、あんたみたいな目をした奴を逃すわけにはいかないんでね、俺たちのギルドは、暗殺ギルドなんだけども……」
「僕が殺人を犯すような人間だと言いたいのか?」
「そうだ。お前は、殺しているだろう?」
「なぜ、そう思う?」
「その目さ、俺は、ランディと言う、よろしく言っておくな」
男は、ランディと名乗ったが、本名ではなさそうだった。
「それで、ランディ、僕もギルドに入れる気かい?」
「そうだ」
「断る」
「待ってくれよ~、にいちゃん~」
騒いで追いかけてくるランディを振り切ろうと歩き出した。
「もし、興味があるのなら、またここに来てくれよな」
ランディは、しつこく追いかけてくる。
「しつこい! 僕がもう一度来るわけがないだろう」
「そうかな? だって、お前は殺したそうにしているよ」
「はっ、そんなわけがない」
急いでその場を去った。
『お前は殺したそうにしているよ』
それは、本当だろうか、五年も前にあった殺し、決して、良い思いはしなかった。それなのに、殺したいのだろうか?
疑問に思う自分を責めた。
思うのは、非があるからだ。
心を一回閉ざした。
街に出ると、人が多く、歩くたびに色々な人に会う。高いドレスを着た貴夫人がいたと思えば、乞食がいる。そんな街だった。
(僕も昔は乞食だったからあの子達の気持ちがわかるな、あの頃は、仕事が中々なかったから)
今は、ジョーの年も十五才を超えたので、その日暮らしの手伝いをして、なんとか暮らしているのだ。
(今日は、どこに泊めてもらおう)
ジョーは、宿を探していた。納屋で眠ることにすら慣れてしまっていたので、ふらふらと納屋のありそうな宿を探していた。
「今日の宿は、『フォクス』にしよう」
歩いている時、たまたま看板が目に入ったと言うのもあったが、納屋があり、高額なお金を取る宿屋ではなさそうだったと言うのも、決めた理由だ。
ドアを開けると、チリンチリンとベルが鳴る。
「はい、お客様ですね」
赤茶色の髪をした娘がはつらつとした声で聞いてくる。
「あの~、実は、お金がないので、納屋かどこか、屋根のある場所に泊まれないものですかね~」
フードを外して、顔を出し、いい人のふりをして、そう言った。
「あなたは、きれいな髪をしているわね」
「そうですか?」
「素敵な金色ね、ところで、あなたは、馬の世話ができる?」
「はい」
「厩に泊まって、馬の世話をしてくれない? 人手が足りないの」
「わかりました」
「後で食べ物は持っていくわ、よろしくね」
「はい」
赤茶色の髪をした娘は、そう言って、番台で笑っていた。
(は~、やっといい人の演技をやめられる)
ジョーはため息をついた。
(いい人に見えないと、泊まらせてはくれないからな)
いろいろなところを渡って手に入れた技術だった。
リュックを背負って厩に行くと、黒い馬と茶色い馬がいた。
「お前たちは、ご主人様がいていいな」
毎日、食事を与えてもらえるのだ。この馬達だって、多少の労働はするべきだと思うのだ。
よく整えられた毛並みから、中級のお金持ちの馬か、馬を大切にしている人に飼われているのだろう。おとなしくしてくれているので、隣にいて気分がよかった。いつの間にか、うとうと眠くなっていた。
そんな時に夢の中で、ランディにこう言われた。
『殺したそうにしているよ』
思い出して頭を押さえた。
(殺したい訳がない、あんな思いをしたいわけがない)
夢の中で、昔の嫌な思い出が駆け巡る。
(う~、う~)
厩に横になってうなされていた。
「ヒヒン」
「あっ、ここは……」
汗が多量に出ていた。
「お前達は、なぐさめてくれるのか?」
馬の頭を撫でてそう言う。
(悲しいな)
風の噂だが、母は、子供のいる男と不倫していたらしく、殺した相手には、娘がいたのだ。
(一つ、心残りだ)
そう思い朝日が昇ったのを確認した。
朝食のパンを食べて、リュックを背負い、フードを被って、またふらふらする。
(次はどこに行こう)
ふらふら歩いているうちに、昨日の海辺に来ていた。
(ここは、暗殺ギルドの男がいたところだ!)
気が付いたときには、遅かった。
「やっぱり、来たね」
ランディは、楽しそうにそう言う。
「僕は、殺しなんてしない」
「そうか、お前がそう言うのなら、一つ条件がある、お前の殺したい相手を探してやると言うのはどうだ?」
「僕は、殺したくない」
「そうか、気にならないのか?」
「何をだ?」
「殺した相手の関係者、俺なら、一人残らず殺すね」
ランディの血走った顔に、恐れを感じたが。
「僕はお前とは違う」
「まあ、腕も細いし、多量に殺せなんて言わないから」
ジョーは、別に殺すつもりはないが、殺した相手の娘に謝りたかった。
「それでは、エルド・ガーラルの娘を殺したい」
「そうか、さがしておく」
急いでランディがいなくなった。
そして、数日が過ぎて、ランディが情報を持ってきた。
「エルド・ガーラルの娘は、アイリーン・ガーラルと言う、母親に捨てられて、森の中で暮らしているようだ」
「森の中で暮らしているのか」
「ああ、塔の周りに畑を作り自給自足で生活をしているようだ」
「そうか」
森の中で暮らすと言う事は、街や村でいい思いをしなかったのだろう。
勝手にそう思っていた。
(彼女だって、殺人犯の娘なんだ。きっとつらかっただろう)
一人でアイリーンを憐れんでいた。
「この女は、何かが怪しいんだ」
ランディがそう言った。
「何が怪しいんだ?」
「何度も殺人者リストに名前が載っていたんだ」
ランディは、声を低くしてそう言った。
「それは、父親が殺人犯だからか?」
「そうじゃない、同業者らしい」
「暗殺者なのか!」
その時、恐怖が体中を駆け巡った。
彼女は、父親を殺されて、そういう道へ行ったのか? だとしたら僕のせい? 嫌、母のせい?
頭の中で、申し訳ない気持ちがわいてくる。
「止めなくちゃ」
「おっ、同業者つぶしか?」
「ああ、そうだよ、僕が殺しをやめさせる」
「それは、お前が殺すと言う事だよな?」
ランディは、怖い笑顔でそう聞いてきた。
――アイリーンを探してもらった相手は、暗殺ギルドの人間だ!
(つまりそれは、殺さなければいけないと言う事だ)
体がガタガタ震えた。
怖い、怖い。
五年前の恐怖が頭に映る。
「お前、ちゃんと殺せるのか? 相手は、殺し屋だぞ」
ランディの怒った声が聞こえる。
殺されるか、殺すかなのだ。
「まあ、お前が殺せなかった時は、別に気にしなくてもいいぞ」
――僕は捨て駒と言う事か!
ランディにとって、死んでも生きてもどうでもいいのだ。
「じゃあ、明日、アイリーンの所へ向かう馬を用意しておくな」
ランディがそう言っていなくなった。
(やらなければいけないのか……)
ガタガタ腕が振るえる。
次の日、ランディは、茶色い馬を二頭用意して待っていた。
「馬に乗った経験はあるか?」
「何度もある」
ジョーは強気に答えた。
「お前の名前は?」
「ジョーだ」
「ジョーか男らしいな」
「ああ」
ジョーは馬にまたがり、手綱を握った。
「さあ、行くぞ」
ランディは、勢いよく出発した。
馬は、街を抜け、林に入った。
「迷子になるなよ」
「おう」
急いで、塔まで向かって行った。
(アイリーンは、一体どんな姿なのだろうか?)
とても美人なのか、かわいいのか、それとも、普通なのか、もしかしてブスなのだろか?
色々考えてしまっていた。
(別にどうでもいいか)
馬が急に止まった。
「わっ!」
「着いたぞ、畑に」
そこは、アイリーンの作った畑が広がっており、緑色の葉がたくさん伸びている。雑草はまるでない。
(アイリーンは、マメな子なのだろう)
手入れは完ぺきだった。
「さあ、ここからは、一人で行けよ、二人で行ったら怪しまれるからな」
「おう」
ジョーは、決意して、塔へ向かう。
黒い塔は、高く、優に十メートルを超えていた。見上げていると、中から音がする。ぱちぱちと暖炉の火が燃えている音だ。
(急に来たら、どう思うだろう)
自分の父を殺した人間とは会いたくはないだろう、しかし、ここまで来たら戻れないのだ。フードを外して。
「こんにちは」
営業スマイルで戸を叩く。
「何かしら?」
出てきたのは、茶髪を美しく伸ばした。美少女だった。目は、栗色で、ぱっちりしている。
「あの、道に迷ってしまって……」
「そうなの、入っていいわよ」
アイリーンは、快く中へ入れてくれた。塔の中は、普通の家の様に、ソファや木で出来たテーブル、鏡台があった。
「丁度、お湯が沸いているから、お茶などどうですか?」
「お願いします」
アイリーンは優しそうな女の子だった。
(この子が暗殺者?)
ウソのような話だ。
「どうぞ、オリジナルブレンドです」
アイリーンは、ニコッと笑った。
(これを飲んでもいいのか?)
「あら、飲みなさらないの?」
「あっ、その猫舌でして……」
「そう」
アイリーンは、そう言って、奥の部屋に入って行った。
(何を考えているんだ?)
少し油断したその時だった。カキンと音がして、ティーカップが割れた。
「あなたは、どこの刺客かしら?」
アイリーンはナイフを持っていた。
「道に迷っただけです」
「うそをつかないで、分かっているのよ、お茶に薬が入っていると見抜いたんでしょう? 迷子なら、すぐにお茶を飲むはずですもの」
「それは、猫舌で……」
「言い訳は結構、戦いましょう」
アイリーンは、ナイフを向けてそう言ってくる。
「話を聞いてくれないか?」
アイリーンは、じりじりと近づいて来ている。
「嫌に決まっているじゃない」
その時だった。大きな音がした。ドンドンドーンと。
「きゃ!」
アイリーンは、ナイフを落とした。
「雷か!」
アイリーンは、ガタガタ震えている。
「君は、雷が怖いんだね」
「ええ、そうよ、殺せばいいで――」
ドーンドーン。
「キャー」
何とも拍子抜けである。
(なぜ、こうもタイミングよく雷が鳴るのだろうか、もしかして、神様がくれたチャンスなのかもしれないな)
アイリーンの近くへ行った。
「大丈夫だよ」
頭を撫でてあげた。
「殺しなさいよ」
「僕は、君を殺しに来たんじゃないんだ」
アイリーンは、少しばかりジョーを信じたようで、ナイフを拾ったが、下げて、おとなしくしてくれている。
「君みたいな、細い腕の女の子が、ナイフを人に向けちゃだめだよ」
「でも、殺らなかったら、殺られてしまうのよ」
「僕は、君を殺さない、これだけは、信じて」
「わかったわ、あなたは殺さないと認めるわよ」
アイリーンは、渋々認めた。
「そもそも、僕は、人を殺せないんだ」
「!」
「五年前、母親が殺された。その時、実は、僕の母親は、最後の力を振り絞って、君の父親を道連れにしたんだ」
「私の父は、子供に殺されたと聞いていたわ」
「それは、僕が、ナイフを拾っちゃったから、そう言われただけだよ」
「じゃあ、殺していないの?」
「ああ、だから、人の殺し方なんてわからないんだ」
ジョーは、遠い目をしてそう言った。
「ただ、殺しによって、ひどいレッテルを張られた人の気持ちは、誰よりもわかるつもりでいるんだ。君も同じだろう?」
「でも、私は、手を汚してしまっているわ」
「そう、でも、もう殺しはやめてくれないか、例え、殺人犯だとしても、僕達の両親は、近くで見ているはずだから」
「そうかしら、見ていないかもしれないわよ」
「それでも、誰かは見ているよ」
「そうね」
アイリーンは、落ち着いた様子でそう言った。
そして、雨が降って来た。
「外で、ランディが待っている」
「殺し屋?」
「ああ」
「それなら、雨が降っているのは、丁度いいわ、私があなたの服を破って、ナイフで刺した後を作る。血は水で流れて、体温は、雨で冷える。ランディにあなたが死んだことにしてもらいましょう」
そう言って、服に穴をあけて、外にアイリーンが投げてくれた。
(よしよし)
ランディは、走ってきて。
「あっ……死んだか」
ナイフの後を見て去って行った。
(これで、死んだことになっただろうか?)
少し不安に思っていると、アイリーンが。
「行ったわよ」
中に入れてくれた。暖炉に当たっていると。
「あなたは、何と言う名前なの?」
「ジョーと名乗っている」
「ジョーと言う事は、男なの?」
「いいや、ジョセフィンが本名だ」
「女なのね」
「ああ」
「それなら、僕と呼ぶのは、やめた方がいいんじゃない?」
「そうかな? 男らしく見えない」
「そうね、初めは、男だと思っていたのよ、だけどあなた、服を脱いだ時、さらしを巻いていたじゃない」
「ああ、そうだね」
「それで、女って気が付いたわけ」
ジョーは、笑って。
「ランディは、僕の事を、完全に男だと思っていたみたいだったけど、ばれていないかな?」
「大丈夫よ、あなたは、演技がうまいのね」
アイリーンは、ニコッと笑った。
そして、今度こそ普通のお茶を淹れてくれたと思った。
「はい」
アイリーンは、笑顔で渡してきた。
「ありがとう」
一口飲むと、体がしびれた。
「何を!」
「あなたは、私の父親を殺した女の娘なのよ、許すわけがないでしょう」
アイリーンは、そう笑っていた。
(アイリーン……)
意識が遠くなる。二度と目が覚めない物だと思っていた。
「……ろせないわよ」
意識が戻って来た。すると、涙を流しているアイリーンがいた。
「殺せないわよ」
そうつぶやいて、ナイフを持つ手は震えていた。
「私の父さんのせいで、この人だって、ずっと苦しんできたはずなのよ、殺せるわけがないわ」
アイリーンは、今まで殺しをやって来たのだ。ためらわないで殺すと思っていた。しかし、やはり、情と言う物は誰にでもあるようだ。
「アイ……リーン」
「目が覚めたの」
アイリーンは必死な顔をしていた。
「私は、何人も殺してきた。なのに、なぜ殺せないの」
アイリーンは、ナイフを握りそう言う。
「やめなよ、アイリーン」
「ジョセフィン」
「ジョセフィンか……、みんな、ジョーって呼ぶから、そう呼ばれるのは本当に久しぶりだなあ」
「私は、殺そうとしているのよ」
「わかっているよ、でも、アイリーンには出来ないよ」
ジョーは、笑っていた。
「何で、こんな私を信じるの?」
「殺人犯の娘だからだよ、僕だって、アイリーンを殺せないよ」
「でも、あなたは、人を殺していないじゃない」
「だから、殺すのって怖いだろうな、嫌だろうなって余計わかるんだ」
その時、ジョーの髪を束ねていた紐が切れて、ジョーの鮮やかな金髪が広がった。
「きれいね」
「? 何が」
「あなたが」
アイリーンは、ナイフを捨てた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「アイリーン……こちらこそごめんね」
ジョーは、立ち上がりアイリーンの頭を撫でた。
(ああ、アイリーンは、弱いんだな)
泣き崩れるアイリーンにそう思った。
「アイリーン、この塔で、私も暮らしてもいいだろうか?」
「ええ、いいわよ」
「あいにく、行くところがなくてね」
ジョーは、おどけたようにそう言った。
「なんか変なの、さっきまで、殺そうとしていた相手にそう言われるなんて」
「確かに、とっても変なことだ」
「しかも、父親を殺した人の娘だよ」
「君は、母親を殺した人の娘だ」
「私達は、誰よりも分かり合える気がするの」
「そうだね、だって殺人犯の娘なのだから」
ジョーは、アイリーンに向かってウインクした。
アイリーンもジョーに向かってウインクした。
その後は、この塔は、誰にも見つからず、アイリーンは暗殺業を辞めた。残ったのは、二人の明るい娘だけだった。
(了)