第87話 決意と偶然と必然と
私は、人付き合いが得意な方ではない。
師匠と名乗る人に育てられ、
“生き方”を教わった。
両親の記憶はある。
一緒に遊んでくれた母。
優しく頭を撫でてくれた父。
ある日私の住んでいた村は
帝国に焼かれた。
それ以来、
私の世界から色が消えた。
生きることは大変だ。
師匠は妥協を許さなかった。
私も妥協を許さなかった。
なぜなら、
妥協は即、死につながるからだ。
狩りの仕方
火のおこし方
簡単な魔法の使い方
汚い水の浄化の仕方
食べられる山菜の見分け方
魔法を使わない生活の仕方
それらは私の人生で何一つ欠けていては困るモノだ。
そしてもう一つ。
戦い方を教わった。
強くなくては生きてゆけない。
それが世界の常識だ。
弱いものから淘汰されていく。
師匠と過ごしたのは短い間だったが、
いろいろなことを教わった。
でも、
人との付き合い方は教わらなかった。
私は他者にさほど関心を示さず生活してきたし、
これからもそうなると思っていた。
だから人との付き合い方など不要だと考えていた。
そんな日々を過ごし、
気が付けば、
“銀狼”と呼ばれるようになった。
そんな私にも転機が訪れた。
ナツキだ。
彼との出会いをきっかけに
私は確かに自身が変わっていくことを自覚していた。
日々、生活は楽しく
それまでとは考えられないほど
充実していた。
でも、
そう、
なにか、
ナツキが危険に直面したとき、
自分でもわからなくなるくらい
心の奥から感情があふれ出してくる。
“守りたい”
今思えば、
初めて会った時、
ナツキが魔獣に追われていたときも
私は“死んでも助けたい”そう思っていたかもしれない。
ナツキと出会ってから
今に至るまでの私の行動は、
ユニコーンの言葉を聞いた後
どこか納得してしまえるモノだった。
なぜなら、
納得した今をもってしても
身体は、心は、
ナツキを守ることだけを考え続けていたから。
「これが、因子とやらのチカラか」
剣を構え、
気を伺う。
たとえ、
刺し違えてでも殺す
「そうだ
カカカ
自覚しようとも、
考え方を変えようとも、
貴様は変わるまい。
そういう存在だからだ
カカカ」
*********
遠くから
レイとユニコーンの戦闘を伺う。
なにかしゃべっているのだろうか
時折、言葉が聞こえてくるが、
聞き取れなかった。
それからしばらくして、
レイが今まで以上に加速する。
対するユニコーンも
今までとは一線を画すようなキレのある動きで
迎え撃った。
一瞬の交錯。
レイは強い。
俺はどこか安心しきっていた。
今回もレイが何とかしてくれる。
ラープの街を出てから、
山賊や魔獣、誘拐犯に至るまで、
レイの強さは通用した。
だから、
その光景は、
その事実は、
俺にとって受け入れがたいものだ。
だが、
今まさに
レイの腹部に刺さっていたユニコーンの角が抜かれ、
こと切れたようにレイが倒れる
――その事実は到底受け入れられるものではない。
「ああ!?
―――――――ッ
ぁ…………
レ、レイ!!」
「カカカ、
ほれ」
ユニコーンは前足で器用にレイを放った。
レイの身体はいとも簡単に宙を舞い、
そして、当然のごとく
落下した。
「レイ!!」
すぐさま駈け寄る
ああ――
(……………………カエ……)
身体が一気に冷える
そんな感覚に襲われた。
息はある。
でも――
腹部に開いた穴から
血がとめどなくあふれる。
咄嗟に手でふさぐも、
かなわない。
(ポ……ョ…………ツカ……)
血の海は刻一刻とレイを飲み込み、
沈めていく。
クソッ!!
クソッッ!!
ああああああああ
(ポーションヲツカエ)
ポーション!!
右のポーチに入っていたありったけのポーションを取り出し、
その半分を傷口に、
もう半分をレイの口に含ませる。
「レイ!!
クソッ
頼む飲んでくれッ」
既に意識が朦朧としているレイは、
ポーションを口に含ませるも、
ほとんど、のどを通ることなく、
口からこぼれ落ちる。
「レイ、すまん」
俺はレイに含ませる分のポーションを
自身の口に含み、
レイに口移しで飲ませた。
レイの喉が鳴るのを確認する。
これで間違いなく
体内からも吸収されるだろう。
レイの傷口から蒸気が出ている
ふりかけたポーションが働いているようだ。
血も止まっている。
まずは一安心
リュックから予備のポーションを全て取り出す。
塗タイプのポーションを傷口近くと右足に塗る。
足の火傷も、赤くただれ、
見るも堪えないありさまだ。
残るポーションは
左のポーチにある3本分と
固形タイプ1個だ。
「カカカ
一時をしのいでも
貴様らに未来はない。
保有者も継承者も生かしては返さんからな
カカカ」
「てめぇーは必ず殺す」
3本一気飲み。
持続時間と回復速度が高まることは
既にエルマから聞いている。
限度はもちろんあるが、
3本なら相乗効果範囲内だ。
《 《 《身体強化》 》 》
魔石3個消費の重ね掛け
身体を極限まで強化させる。
先手必勝
否、すでに俺は、俺たちは後手に回っている。
レイがいとも簡単に吹き飛ばされ、宙を舞った。
そのことからも生半可な攻撃は通用しないだろう。
魔石にも限りがある。
頭に昇る血を抑え、
冷静に確実を期すために
まず“敵”の足を止める。
《泥沼》
“敵”の足元を泥に変え、すかさず
《水弾》
《水弾》《水弾》《水弾》《水弾》
水弾の嵐を注ぐ。
間髪入れずに、
《稲妻》
不純物を含む水が、
電気を通す。
そして稲妻はユニコーンの体表面を焦がした。
体表面を焦がしただけにとどまった。
「カカカ、効かん」
焦がした体表面も
炎に包まれるとその傷が癒えていく。
炎の鎧
これをどうにかしない限り
生身にダメージを与えることは不可能だ。
「では、死んでもらおう
保有者と継承者よ」
死ぬ?
ふざけんな
地面に両手を付け、
魔石を発動させる。
「《 《 《 《 《生成土槍》 》 》 》 》」
地中から出てきた
幾本もの槍が
ユニコーンめがけ
殺到――
「《 《 《雷撃》 》 》」
光の速度で放たれた3本の雷閃が
土槍を追い抜き
ユニコーンの炎を吹き飛ばす。
炎の無くなった体表面なら
土槍も貫通できる。
これで――
「カカ《劫火》」
一瞬にして
雷撃が霧散し、
ユニコーンから球状に衝撃波広がる。
それにより
土槍は塵へと変えられた。
マズい!!
咄嗟にレイをかばう形で前に出て、
「《 《 《空圧障壁》 》 》」
大量の空気を圧縮し、
さらに圧縮
圧縮圧縮圧縮
大気の壁を作った。
「ああああああああああああ!!!」
衝撃波と、大気の壁の激突――
蒸気で辺りの視界は一気に悪くなる。
ふ、防ぎきった……か
はぁ、はぁ、
服はボロボロで半分溶けているような状態、
左右に付けていたポーチはどこかへ吹き飛ばされた。
近くに置いておいたリュックも同様だ。
真後ろのレイに被害は出なかったのがせめてもの救いだ。
両の手のひらを見る
痛みというか感覚がなくなっていたからだ
大気の壁と直接触れていた
その両の手のひらは皮が溶け、
変色していた。
赤黒い。
これでも痛みを感じない。
いや、感じられる痛みを超えたということか。
アドレナリンが大量に出ていることも大きいだろう。
「カカカ、
よくぞ防いだ
見事見事カ」
「レイだけでも見逃してくれ」
(…………ゾ……ク……)
「カカカ、
できない相談だ」
「そうかよ」
(……キ…………ゾク……)
俺は何を言っているんだか……
ここまでなのか!?
膝は身体を支え切れなくなり、
地面へと接地する
頭が回らない。
意識が遠のく
(……キン……ゾクヲ)
立っているのもやっとだ。
(キンゾクヲツカエ)
ああ、金属か
それはいい手かもな
でもどうやって!?
錬金術みたいに生成できるのか?
まぁいい
たとえ生成できたとしても意味がない。
なぜなら先ほどの攻撃で魔石なんてとても握れる状況じゃないし、
そのうえ魔石のポーチも吹き飛ばされた。
拾いに行ける体力はもうない。
万事休すってやつだな。
前のめりに倒れなかったのはせめてもの意地だ。
ユニコーンはゆっくりこちらに向かってくる。
地面に腰を下ろした俺は、
ふと違和感に襲われた。
ズボンの右後ろポケット
そこに何か入っている。
ポケットには何も入れてなかったはずなのに。
手のひらが痛まないことをいいことに、
それを取り出すことにした。
「クッ!」
さすがにモノに触れると激痛が走った。
神経はまだ生きているんだな
そんなのんきな考えが頭を過ぎる
「クマ!?のふくろか」
小さなそれは、
クマの刺繍が入った巾着
薄い布で出来たその中身を取り出す。
ああ。
これなら
勝てるかもしれない。
その可能性が僅かでもある
それは金色に輝く石――
魔結晶石だった。
一度魔法が使える。
一度だけ。
たった一度だ。
金属を作ることができても
それでどうにかできるわけじゃない。
一度しか使えないなら
土槍や雷撃では意味がない。
左右の手のひらが蒸気を上げて、
再生を始めている。
ポーション3本は伊達じゃないということか
「カカカ
貴様の悪あがきもここまでだな
カカカ」
ユニコーンは近づく。
一歩、一歩と確実に。
もう10mもない。
「カカカ
貴様が使った雷撃と稲妻
それらが根本的に同じだとすら気が付いていないように見える
カカカ
貴様に“保有者”としての自覚があったなら
ヤツらも手を貸したであろうな」
ユニコーンは意外と大きかった。
一瞬で縮められる距離。
まずい有効打が思いつかない。
「カカカ
ヤツらより
いや、あのいけ好かない魔術使いのババアより
貴様を先に見つけ、屠れることは何よりだ
カカカ
例を言うぞ
今代の保有者よ」
ユニコーンの言葉は右から左に聞き流す。
朦朧とする中、頭を必死に回転させる。
“コトン”
「ぇ?」
音がした。
そして光を発したように見えた。
目を向ける。
そこには小さな光の結晶が舞っていた。
その決勝はキラキラとひかりながら、
次第に消えていく。
俺の右手の近く
ほんの十数cm右
そこに先ほどまでなかったモノがあった。
考えるよりも先に、
手は動く。
激痛を無視して左手を閉じる。
魔結晶石を発動!!
右手にあったモノ――
金属で出来たと思われる薄い小さなメダルを掴み、
それを弾く。
《線形加速物質砲》
弾かれた金属の弾丸は、
光の速度にも達しようかという勢いで
ユニコーンに迫る。
ユニコーンがどうなったか
もうそんなことを気にすることもできない。
急速に意識が遠のき、
そして途絶えた。
お読みいただきありがとうございます
今日も晴れ




