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無能お荷物の逆転!!異世界転移  作者: 今日も晴れ
第4章 セントフィル都市連合編 ~俺もそれなりに強くなります~
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幕間 葉山結衣 前編・後編

 



 ガイナス帝国

 帝都


 丑三つ時、

 帝城内は静まり返っていた。

 帝城を囲む3重の堅牢な外壁。

 そしてそのすべての出入り口には当直の騎士の詰所があり、

 常に外へと目を光らせている。


 もともとラグ大陸北西に位置するガイナス帝国は

 その西と北を海で囲まれ、

 東にはスルガル大山脈がある。


 それゆえ、

 他国からの侵略を心配する必要がなかった。

 よって帝国の保有する騎士団や魔法師団は

 そのほぼすべてが帝国南部に集中している。

 そのような理由から平時、

 帝都内には、近衛騎士団以外の騎士は存在しない。

 その近衛騎士団も外壁にて侵入者の監視をするのみで、

 帝城内の監視は行われていない。




「ふぅ~

 相変わらず財務書類ばかりね」


 自室へと戻った葉山は、

 お得意の魔法を解き、

 その姿を現した。


 ナツキの出立よりひと月後


 葉山は度々魔法を駆使して

 帝国内部の資料を漁っていた。


 基本的に持ち出すことはしない。

 気になるモノは日本から持ってきていたメモ帳にメモする。

 どうしても必要であれば、

 スマホで写メを取る。

 そう決めて、

 何度も帝城内部を調査していたが、

 すべて空振りであった。


 わかったことといえば、

 帝国はその自治をかなりの部分各領主や貴族に委ねていて、

 皇帝自身はそれほど関与していないということだ。



 ――あとは地下と3階以上の部屋ね。


 3階以上の部屋は皇帝陛下の住まいがあるらしく、

 少数だが見張りもいる。

 ということで葉山は比較的楽な地下の調査から始めることにした。






 ************




 ――ある夜


「お願いします

 どうかお願いします」


「もうやめてくれ

 あんな奴別にいいだろ」


 ある部屋の前で男女が、

 まだ幼さの残るメイド服を着た少女と部屋の主の男が押し問答をしていた。


「少しだけでいいのです

 他の皆様にも――」


 男――日本から召喚されたナツキのクラスメイト田中大吾は

 その少女――リアを軽く突き飛ばした。


「いい加減にしてくれ

 俺はこれでも忙しいんだ」




 ――また別の夜


「どんなことでもいいのです

 何かご存じありませんか?」


「すまない。知らないな

 それよりも君、

 当てがないなら僕のところのメイドにならないか?」


「い、いえそれは――」


「言っては何だが、

 彼に君はもったいないよ

 彼は臆病で不勉強だ

 そんな男に義理を果たすことはないだろうに」


「あ、あの、

 ありがとうございます

 でも――」


「いやいやいいよ

 言わなくても

 君の気が変われば僕はいつでも歓迎さ」


 退出する少女――リアを

 その部屋の主――坂本瞬は笑顔で見送った。




 ――さらに別の夜


「あーし

 ちょーいそがしいんだけど」


「すみません

 あのお話だけでも――」


「だいたい時給10000リグ的な!?」


「そ、そんなに」


「勇者とその一行しょ?

 とーぜんじゃね」


 1万リグもの大金を払えるわけもなく

 リアが黙っていると、


「この時間も無駄っしょ」


 リアを突き飛ばし、

 部屋の主――山本奈々は

 リアが転ぶさまを執事と共に笑って見ていた。




 薄暗い廊下でよろめきながらリアは立ち上がる。

 何度か転びそうになりながらもゆっくり歩みを進める。

 今日はもう遅い。

 寝て、明日がんばろう。


 彼女の日々は過酷だ。

 朝から洗濯や掃除、裁縫などをこなしている。

 ざっと10人分以上を。


 ナツキの消息が途絶えて以降、

 彼女は仕える主がいなくなったということで

 今まで以上に本来彼女の仕事ではない仕事をさせられるようになった。


 メイド長や勇者一行の指導に当たっている騎士に

 何度もナツキの捜索をリアはお願いした。

 しかし、それが叶うことはなかった。


 ナツキ失踪からひと月が経つころ。

 次にリアが考えたのは、

 クラスメイトに対しての直談判だ。


 日々の仕事をすべて終える頃には日が沈み、

 勇者たちは夕食を終えている。

 夕食後から各部屋のメイドや執事とのいわゆる夜遊びまでの短い時間が、

 リアにとって他の勇者一行の部屋を訪れることのできる唯一の時間だ。



 それからは日々の仕事を頑張り、

 なんとか仕事を早く終えることで時間を作り、

 ひとり一人にお願いをして回った。


 結論から言うと成果は上がらなかった。


 それどころか皆、口々に言うのだ。

 あいつならいらない。

 あんなやつ放っておけばいい

 無能にかまけている時間はない。

 努力もしないお荷物



 でも、彼女は知っている。

 彼の努力を。

 彼の優しさを。

 彼に仕えると決めた。

 メイドは最後まであきらめないのだ。


 リアは袖で目元を拭い、

 そして歩き始める。


 明日に成果が上がると信じて。




 ***********




「リアちゃんっていう子

 なんとかできないかな?」


 深刻そうにつぶやくのは日咲紅里。


「難しいだろうな」


 返答するのは大沢僚。


「まぁ帝国側だからね

 今はどうしようもないよ」


 大沢の意見に賛成するのは葉山結衣。


 3人は恒例になる密会を行っていた。


 場所は大沢の部屋。

 葉山の魔法で日咲と葉山は姿を消し、

 毎回大沢の部屋までやってくるのだ。


 そして話題は、

 ナツキのメイドリアのことについて。


 ナツキの出立後、

 鬼気迫るように彼女は頭を下げていた。


 事情を知る3人は、

 思うところがないわけではない。

 何とかしてあげたいと思いつつも、

 帝国の人間に教えることが踏み切れないでいた。


 重くなった雰囲気を変えるため、

 葉山が明るく言った。


「それにしても、もう4ヶ月

 そろそろね」


 ナツキの出立から4ケ月。

 各々は自身の担当を確実にこなしていた。


 日咲は治癒魔法をかなり極め、

 先日最高位なるクラスに昇格した。

 レベルも40となり、

 女子の中ではトップクラスだ。


 大沢は近接戦闘、とりわけ体術を磨き、

 最上級へと昇格した。

 ちなみに剣術は苦手らしく、

 北帝流は未だ中級だ。

 レベル49で男子の中では中堅といったところだ。

 ちなみにトップクラスの坂本、松浦はレベル80台となっている。


 そして葉山結衣は様々な魔法を習得し、

 現在の階位は高位である。

 もっとも本人は自身の手の内を見せないように実力をかなり抑えていたが。

 レベルは現在クラス最下位の8である。

 これはスキルで“成長”ではなく“魔法”を選択したためである。


「そうだな。

 でもナツキとの約束の期日の前に遠征があるだろな」


 そう、遠征である。

 いろいろあって大規模な遠征が来月予定されることとなった。

 今までにも小規模な、2日3日程度の遠征は何度かあった。

 しかし今度は2週間かけて行うらしい。


「強い魔物もいるって話だしなんだか怖いよ」


「そう?

 魔法の使えないナツキじゃあるまいし

 余裕よ」


「あ、相沢君は大丈夫なのかな」


 紅里は魔物と聞いて思い出す。

 先の小規模な遠征で紅里も魔物と戦った。

 魔法があればこそ、取るに足らないと言えるが、

 魔法がなければ、そう考えただけでも恐ろしい。

 ナツキが魔法も使えないことを知っている紅里にとっては心配せずにはいられない。


「ま、大丈夫でしょ

 しぶとさだけが売りみたいな男だしね

 あいつは」


「そうだな、

 ナツキなら何とかするだろう」


 その日も特にこれと言った話をするでもなく、

 雑談をしてお開きになった。



 そんな日の翌日。


 帝都の近くの都市で何らかの催し物が開かれるらしく、

 皇帝をはじめとした多くの者が出払っていた。

 皇帝一行の帰りは4日後になるとのことだ。


 葉山は考えた。

 これはチャンスだと。


 帝城の地下を探索し始めた彼女はあることに困っていた。

 それはその地下の複雑さだ。


 要人を逃がすために作られたらしいその場は迷宮と化していた。

 魔物が出るでも宝箱があるわけでもないが、

 限られた時間でそれらを攻略するのは骨が折れた。



 その日は通算5度目のトライ。

 それまでであらかた地下1階は調べつくせた。

 今日中に地下2階ないしはそれ以降を攻略。

 皇帝の帰ってくる4日後までに地下を調べ上げること。

 これらを目標として葉山は地下へと乗り出した。


(いつもと変わらないわね)


 地下は倉庫だ。

 いくつもの部屋があり、

 たいていその部屋に木箱が積み重ねられている。

 それらを一つひとつ調べていくのは

 いくら魔法の使える葉山でもかなりの重労働&時間がかかった。


 最後の部屋を調べ終え、

 日が変わったのではないかという時間帯。

 明日のことも考え、

 今日は引き上げようと地下1階へと上がってきたその時。


 通路の奥の端。

 行き止まりのはずのそこから

 微かな明かりが漏れていることに気が付いた。



 葉山は姿を消したまま、

 その場に近寄る。

 注意深く見る。

 すると行きどまりだと思っていた通路の壁

 それ自体が扉になっていることに気が付いた。


(隠し扉ね)


 閉めた際、しっかりと閉じられなかっただろうと考えられる。

 もっとも明かりをつけて移動していたのでは、

 この微かな明かりは見逃していただろう。


 葉山は今、

 暗闇の中を魔法による夜目強化を使うことで移動していたのである。



 扉の奥に人がいる可能性も考慮しつつ、

 慎重に扉を開く。

 攻撃性の魔法の準備も忘れない。


 扉の先は、通路だった。

 いくつか微かにランプの油が残っていて、

 火を灯し続けていた。


 日中誰かここに来たってことかしらね

 ランプの油が無くなれば、火は消える。

 だからわざわざ消さずに放置したのね。


 一人納得し、その通路を進んでいく。


 また部屋がたくさんある……


 少し進むと左右にいくつも部屋が現れた。

 そのことに辟易(へきえき)しつつも、最初の部屋に入る。


 部屋の中央に机。

 左右に木箱。

 部屋の奥には武器や鎧が散乱している。

 机の上には、空き缶とペットボトル。

 本が数冊。


 さっそく木箱の物色からはじめようとして、


「え」


 声が出てしまった。


 違和感があった。



 部屋を見た時は普通だと感じた。

 でもそれは普通ではない。

 最近、見なくなったものがあった。

 それは、葉山にとって、

 日本で暮らしていたころにとっては

 ごくありふれた普通のモノ。


 でも異世界では、ありえないモノ。


 思わず声も出てしまった。


 自身の目を確かめるように

 それを手に取る。


「な、なんで――」


 空き缶だ。

 見たことはない種類の、

 英語で書かれたその缶は、

 やはり地球の物で間違いないだろう。

 ペットボトルには見覚えがある。

 よくある天然水のモノだった。


「どうして?」


 混乱する葉山にさらなる衝撃が走った。

 視線を机の上に移すとある文言に吸い込まれた。


 震える手で

 その文言の書かれた本を手に取る。


 その本にはこう書かれていた。








『異世界人召喚実験及びその考察について』









 口の中がカラカラに乾いていた。

 何か飲み物が欲しい。

 そう訴える渇きを抑え、

 震える手を抑え、

 混乱する頭を抑え、

 その本を葉山は読み始めた。




 ――――――――――――――――――――――――――――


 神聖歴711年


 4の月 10

 古代より長らく未知とされてきた魔術理論の研究・解明が進み、

 魔法陣の作成・起動にわが帝国は成功


 6の月 8

 既存の魔法陣を応用することにより、

 かねてよりその存在が示唆されてきた第3外域時空次元の同定に成功


 神聖歴712年


 1の月 5

 ついに準備が整った。

 魔法陣起動後、外域への干渉に成功し、

 異世界の無情報体の召喚に成功


 ――――――――――――――――――――――――――――


「……うそ

 え?なに……これ」


 よくわからない単語が含まれていたが、

 なんとなくこの本の内容は察しがついた。

 つまりこれは異世界召喚の記録だ。

 本当にタイトル通りの内容だった。


 それからページをめくり続ける。

 何年のいつにどんな実験をして、

 どんな形状のものを召喚できたのか

 それらが詳細に記述されていた。


 貴金属、皿、球状のモノや、棒状のモノなど。

 時にはスケッチと共に書かれている。



 ―――――――――――――――――――――――――――

 神聖歴719年


 3の月 21

 有情報体の召喚実験に成功

 大きさ10cmほどの生物。

 全身が黒く、大きな角と小さな角を持ち、

 手足が計6本。

 我が世界では見ないほどの小さな生物だ。

 その後の解剖により、羽を持つことが判明。


 7の月 5

 有情報体の情報度を上げ、召喚に成功。

 大きさ1mほどの4足歩行の生物。

 全身を黄色い体毛で覆っている。

 解剖よりかなり発達した脳を持つと推測される。


 ―――――――――――――――――――――――――――



 その日を境に生物の召喚記録が記述されるようになった。


 スケッチもあり、どのような生物か推測で来た。

 カブトムシにトラだろう。

 猫や犬、サル、シマウマなどの記述もある。


 頭ではもうやめろと信号が送られてくる。

 でも手は動く。

 次のページへ次のページへと。


 そして見つけた。


 “ヒト”という文字を。



 ―――――――――――――――――――――――――――

 神聖歴725年


 7の月 15

 有情報体の情報度をヒトと同等へと設定。

 実験を行う。

 この召喚実験は失敗に終わった。

 召喚できたのは男性と思われる下半身のみであった。

 上半身の切れたそれから推察するに、

 第3外域時空次元においても“ヒト”か

 それに近しい種族が存在していることが予想される。

 実験失敗の要因としては、魔法供給量の不足と考えられる。


 ―――――――――――――――――――――――――――


「うっ」

 その後は幾度となく失敗を繰り返していた。

 その度、生々しい記述が書かれている。

 どの部位がどの程度召喚できたのかを。

 思わず葉山は手で口を押さえる。


 ―――――――――――――――――――――――――――

 神聖歴729年


 2の月 11

 魔力親和性の高い種族である魔族を多数用いることで

 魔力供給の問題は解決された。


 そして今日、ついに異世界人召喚実験は成功をおさめた。

 完全体である“ヒト”の召喚に成功。

 しかし、召喚された男は発狂しながら、

 攻撃を開始。

 やむなく、彼を殺すこととなった。

 その際その場にいた魔法師5名が死亡。

 17名が負傷した。

 のちに異世界の“ヒト”の攻撃手段が金属の玉を飛ばすことであったと判明。

 また彼が死に際『ハイル・ヒトラー(ヒトラーバンザイ)』と叫んでいたこともわかっている。


 ―――――――――――――――――――――――――――


「ハ、ハイル・ヒトラーって」


 ヒトラーと聞いて思い浮かぶはただひとつ。

 第二次世界大戦中の独裁者だ。


 どういうこと?

 どうなっているの?


 わからない。


 心臓の音がうるさい。

 少し冷静になろう。

 葉山はその時になって自身が汗だくになっていることに気が付いた。


 額の汗を拭い、

 次のページをめくる。


 知らず知らず冷静さを欠き、

 熱中していた葉山は気が付かなかった。


 自身の背後に迫る影に。




 以後、

 葉山結衣はその日を境に消息を絶つこととなる。

 ナツキ出立の4か月と半月のことであった。





お読みいただきありがとうございます

今日も晴れ


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