第73話 事後処理
結局ナツキは皆を助けることを選択したようだ。
全ての牢屋から少女を助け出す。
助け出したはいいものの、
これからどうするか悩んでいるナツキを見て
ああ、なにも考えていなかったのね
とセシリアは思う。
もっとも考えていたとしても時間切れなのだが。
「動くな!」
「えっ?」
ナツキの間の抜けた声が響く。
少女たちはみな、おびえたような表情になった。
レイとセシリアだけは、
この地下に近づいている人の気配を感じ取っていた。
レイはセシリアの訳知り顔を見て行動は起こしていない。
武装した騎士が10人ほど地下室に入ってくる。
それに続いて、他とは装備の違う女性が入って来た。
彼女は状況を一瞥し、
ナツキとレイと、
そしてセシリアを見て、こう言った。
「エルタニア王国所属の騎士団です
密売の検挙に来ました」
その女性はセシリアの世話係の女性だったが、
ナツキとレイがいるのを見て、
ひとまずセシリアとは面識のない風を装った。
セシリアは勇者だが、
名が知られているのはハーメリックのほうである。
一般人は勇者の実の名、セシリアの部分を知らない。
情報伝達の発展していない世界では、
勇者の容姿はさまざまに語り継がれていた。
それゆえ最前線で戦う騎士や魔法師など以外は
セシリアの正確な容姿を知る者は少ない。
「え?
ええ?」
「私が事前に呼んだのよ」
「あ、なるほど
セシリアは頭いいな」
ナツキは何度も頷く。
頷きながら訳の分からないことを言っている。
110ばんしても――とか
けいさつが――とか
そもそもでんわがない――とか
セシリアには聞いたことがない単語が多く含まれていた。
「ひとまず、皆様の身柄は保護させていただきます
イリオス州にあるエルタニア王国保有の場所にまず移動になります」
騎士たちがひとりひとりの少女の容体を確認し、
ケガなどがあれば、治癒魔法をかけていく。
問題なければ、建物の周囲に停めてある馬車に少女を案内する。
「一件落着だな」
ナツキは嬉しそうにして、
騎士の手伝いをしていた。
そんなナツキを見て任せておけばいいのにとセシリアは思う。
「レイ
何見てるの?」
部屋の最奥、
男が何かしていた場所をレイが見つめていた。
「ああ、これを見ていた」
レイの視線の先には、
色とりどりの髪の毛の束が置かれていた。
「感応者の髪ね
これも高値で売れるらしいけど――
あれ?」
紫、赤、青、緑、金、銀、白、黒、混合色と
さまざまな色の束を見ていたセシリアが
ある髪の束で目を止めた。
「おかしいわね
これだけ感応者の髪じゃないみたい」
「本当だな
魔力が微かにしか感じられない」
レイものぞき込む。
「にしてもこの色は珍しいわね
あまり見かけないわよ」
その色の髪をセシリアはほとんど否、
見かけたことがないといっても過言ではなかった。
「確かに珍しい
でも、私は見慣れたな」
2人の視線の先には、
黒髪の束が置かれていた。
「ナツキが黒髪だもんね
出身地が同じなんじゃない?
ナツキはどこの出身?」
レイは帝国と答えようとして、
辞めた。
本当かどうかもわからないし、
たとえ本当に帝国出身だとしても
あの国から逃げてきたナツキにとってあの国を出身というのは嫌だろう。
そう考えた。
「いや、私は知らないな」
そのあと、話題はレイやナツキの馴れ初めに移り、
再び、髪の話題に戻ることはなかった。
その後、
騎士団は、感応者の髪を回収した。
その場には黒髪のみが残された。
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イリオス州立中央病院
休憩室
休憩室では、
数名の医師や看護師が談笑していた。
部屋の奥には仮眠室もある。
休憩室に小走りで入って来た若い看護師は、
奥の仮眠室に直行する。
「失礼します」
その若い看護師は一言断りを入れながら
仮眠室の扉を開けた。
「先生、リーナ先生」
「あら、急患?」
寝ぼけ眼をこすりながら
リーナ先生と呼ばれた女性が起き出した。
若い看護師が説明をすると
リーナは血相を変え、
慌てるようにして休憩室を飛び出していった。
リーナと入れ違いに中年の医師が入って来る。
「リーナ先生慌ててましたな」
「えっと急患依頼の説明をしただけなんですけど……」
いつも落ち着いている彼女からは想像もできない慌てようだった。
「君、最近入ってきたばかりの子でしょ?」
会話に割って入るように休憩室で談笑していた若い医師がそう言った。
「はいそうです」
「なら、ひとつ覚えておいて
あの先生の前で“感応者”って言葉は使わないように」
それで中年の医師は納得の表情を浮かべた。
「あ~
感応者って言っちゃったのか」
「はい、えっとまずかったでしょうか?
さっきエルタニアの駐在所から連絡員の方が来まして、
密売の一斉摘発で密売されていた感応者を保護したから
その治療に医師を派遣してほしいってことをお伝えしたんですけど」
「あの先生はね
娘さんが感応者だったらしいんだ
それで娘さんを探すためにここで働いているんだと」
「そ、そうだったんですか」
「まぁもう5,6年も前の話さ
先生はまだあきらめていないみたいだけど」
言葉を区切る中年の医師。
それに続く言葉は誰もが予想できたが、
口には出せなかった。
「5,6年前と言えば一番感応者の摘発が多かった時期だ。
その時期にリーナ先生は娘を6歳まで育てたんだ。
リーナ先生の娘さんだってきっとどこかで生きているさ」
力強く言い切る
若い医師の言葉でその話は締めくくられた。
イリオス州の夜が明けてくる。
東の空は明るくなり出していた。
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今日も晴れ




