第68話 セシリア・オルト・ハーメリック 前編
「はぁ~疲れた」
「セシリア様、はしたないですよ」
「はぁ~(うるさい)」
セシリア・オルト・ハーメリックは深いため息をつく。
身だしなみや礼儀など、
この世話係は何かとうるさい。
そんな小言に慣れつつも、
毎日聞けば、ため息の一つもでる。
それにしても、
と先ほどの戦闘を思い出す。
魔族が現れた。
その知らせを連合軍選抜隊のエルタニア王国待機地で聞き、
急いで駆け付けた。
ところが、
セシリアが見たのは
想像していた光景とはかけ離れていた。
誰もが息がある。
死んでいない。
ここ数年、
あの激戦だった7年前を境に
明らかに魔族側の動きが変わってきている。
特にここ数年は一向に攻めてこない。
上層部は暢気なもので、
これを人類の勝利ととらえているようだが、
セシリアはそうは思っていない。
嵐の前の静けさ、
そう考えていた。
だから、4か月ぶりに魔族が攻めてきた
と聞いて“ついに来たか”と思ったものだ。
攻めてきた魔族には覚えがあった。
7年前、大戦時に後方で指揮をしていた魔族軍の幹部クラスのはず
確かガールとか言う名前だったか……
まぁもっともそんなことは、
本当は割とどうでもよかったりする。
セシリアには守りたいものがあった。
それを守れるなら、
魔族だろうとなんだろうと相手にする。
そんなことを考えていると、
部屋に1人の部下が走り込んできた。
世話係も部下も部屋も
すべてエルタニア王国からの貸し出しモノだ。
セシリアに対してではない。
人類の“勇者”に対してである。
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勇者の話をしよう
もともとセシリア・オルト・ハーメリックは、
エルタニア王国の下級貴族、ハーメリック家の四女として生まれた。
ハーメリック家に仕えていた女性が、
当主と関係を結び、セシリアを生んだのだ。
セシリアの母はセシリアを生んだときに亡くなっている。
セシリアの誕生は、あまり喜ばれなかった。
当時、人魔大戦が激化の一途をたどり、
貴族といえど、子供を何人も育てるのは苦労する状況。
母のいないセシリアは、
ハーメリック家を離れることになったある夫妻に預けられることとなった。
5歳まで、という条件付きで。
ただ、それが建前なのは夫妻もわかっていた。
殺すには忍びない。
捨てるのは貴族としての体面が悪い。
なら、預けることにしよう。
ちょうどハーメリック家を辞めて田舎に帰る夫妻がいる。
そういうかたちで話は進んだ。
預けられた夫妻は3人家族。
父 ラッツ・バレック
母 ラン・バレック
セシリアより1つ上の長男 ユリウス・バレック
バレック夫妻は2人の幼い子供を育てながら、
農業で生計を立てて、質素に暮らしていた。
暮らし始めて一年後、
セシリアの誕生より、二年後、
バレック夫妻は女の子を授かった。
その子はユリアと名付けられた。
5人は貧しいながらも幸せに暮らしていた。
セシリアは5歳になったころから農業を手伝い、
兄とともに剣を振って遊んだ。
そのころからだっただろうか。
セシリアはヒトよりも力が強いと意識し始める。
セシリアはそれを隠しつつも、
兄をゆー兄と慕い、
妹をユリアと可愛がり、
幸せに暮らしていた。
セシリアにとって、
8歳の時、転換点が訪れる。
教会が神託を授かり、世間に公表された。
人類を救う救世主が現れたと。
名をハーメリックというと。
ハーメリックという名は、
珍しいというわけではないが、
それほど多くもない。
エルタニア王国とルミア連合にまたがって数家確認されていた。
教会及び、シェルミア王国をはじめとする連合は、
血眼になって神託の“救世主”を探した。
そして見つかった。
見つけられてしまった。
当時8歳のセシリアは、
剣術も魔法も習っていなかったが、
それでも騎士団1つを相手に完勝する実力があった。
セシリアは救世主となった。
否、そうなるべくして、
彼女の“戦い”が始まった瞬間であった。
バレック家の生活も一変する。
エルタニア王国によってバレック家は下級貴族へと昇格し、
王都での暮らしを強制された。
事実上王国の管理下に置かれた。
兄、ユリウスはセシリアだけに戦わせられないと騎士を志願。
のち、政治的なことも絡み、
シェルミア王国の騎士学校に入学することとなる。
そして一年後、彼女―セシリアはこう呼ばれることとなった。
人類の勇者、ハーメリックと。
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