第62話 脱出 前編
上手くいった。
レグルスの目が見開かれるのを俺は眺めつつ、
床にそのまま倒れ込んだ。
回復魔法を使わなかった、
というか使えなかったためだ。
魔石があとひとつでもあれば!
そう思っても仕方ない。
今は、
意識を持っていかれないようにするだけでもやっとだった。
どうだ!
レグルス!
あんたには、
あの魔力球が消えたように見えただろうな。
だが、消えたわけじゃない。
レグルスの剣に当たるその刹那、
魔力球は“落ちた”
消えたと見間違うほど
垂直に、
高速で。
そう、あれは、
単身アメリカに渡り、
のちに偉大なるメジャーリーガーとなる、
背番号56を持つ男の投げる球を
俺なりにイメージしたものだ。
名付けて、
”マジカル=ジャイロホーク”
これが本当の魔球だ。
落ちた魔力球は、
床すれすれを高速低空飛行し、
そして、
レイの足に当たった。
*******
来る!
ナツキが腕を振り上げる。
その動作を見ながらレイは時を待つ。
ナツキを信じると決めた。
何をするのかはさっぱりわからないが、
何が起きても対処できるように、
対応できるように準備する。
レイの目からみると、
魔力球はレグルスに斬られたように見えた。
だが、それでもレイは信じ続けた。
必ず“来る”と。
そして来た!!
何が起きたのかわからなかったが、
体中から力が溢れてくる。
魔法による身体強化だろうが、
今までに経験したことのないほどの力が漲っていた。
レイはその場で1回転。
足に枷られている鎖を引きちぎり、
そして、
領主の左顔面へ
渾身の一撃をくらわせる。
「ぎぁ!!」
カエルの潰れるような悲鳴を上げながら
吹っ飛ぶ領主。
そして、
レイは近くにいた騎士から剣のみを抜き取り、
すかさず領主へ一投。
剣を取られた騎士も、
殴られた領主も、
まわりの騎士も
誰も反応できなかった。
ただ一人、レグルスを除いて。
ほんの一瞬の放心状態から立ち直り、
レイ以上の速さで領主の前に躍り出て、
剣を叩き落す。
この瞬間、
レグルスの意識が逸れる瞬間に、
レイは跳躍し、
ナツキの前に降り立った。
「ナツキ!」
「レイ!」
*******
レイさん、マジ、パナイっす
「ごめんレイ、少し遅くなったよ」
「私のほうこそたくさん謝らなければならない。
でも今は言わせてくれ。
ありがとう」
なんか照れくさいな。
「勝てそうか?」
俺じゃレグルスには勝てない。
「勝つのは厳しいだろうな。
ナツキは動けないか?」
せっかくの再開に申し訳ないが、
もう少し床から離れることができないだろうな。
「面目ない。
あ、そうだ
背中の剣を使ってくれ。
店長からだ」
「わかった」
店長ご自慢のシンプルな剣をレイが受け取る。
俺も何か武器は!?
と思ったら
一つあるではないか!
ファナにもらった短剣が!
魔法を覚えてからすっかり忘れていた。
「隙を狙って逃げるのがいいだろうな」
レイはレグルスを見据えたまま、提案する。
確かに、それが一番いい。
ムリにあんな強敵と戦う必要はない。
俺も目的はレイの奪還だ。
まぁ今はレイに守られているけどね
なんというか締まらないよな
「相談は終わったかの~~??」
来た、
レグルスだ。
「少しなら持ちこたえられる」
レイは踏み出し、加速。
レグルスへ斬撃を繰り出す。
その速さは、
もう、俺にはわからん。
だって視認できないレベルだから。
レグルスとレイの剣がはじき合う音のみが
聞こえるだけで、
二人の剣はまるで見えない。
数秒の斬り合いが終わり、
一端両者が下がる。
レグルスの鎧の一部に細かい線が走っている。
レイのつけた傷だ。
一方のレイは、
頬や腕、足に浅い傷を作っていた。
赤くにじみつつある。
いくら魔石で身体を強化したといっても
やはり限界があるのだろう。
地力の差が出始めている。
マズい、何とかしないと!
ポケットにあとひとつ、
魔石があることにはある。
だが、それは使いたくない。
レイが形見と言ったモノだからだ。
俺が使えば間違いなく壊してしまう。
短剣を握りしめ、
そして、気が付いた。
今ならわかる。
幾度となく見てきた、
使って来た“石”が
そこに、はめ込まれていた。
気が付いた時には、すでに行動に移していた。
レイを信じていたから出来たことだ。
魔石を投げ、
《特殊閃光》
会場を100万カラデン以上の光が包み込む。
レイもレグルスも領主も騎士も例外なく。
会場の俺以外の人間は目を潰された。
俺は光を見ないように
しっかり目をつむり、
両腕で隠し、
丸まっていたかいあって無事だ。
「レイ!!
三歩下がって!」
その言葉に即時反応するレイ。
なんとか立ち上がるまでには回復した俺は、
レイにお姫様抱っこさせてもらう。
俺がレイを、ではない。
レイが俺を、である。
いつか“俺が”しよう必ず。
そうレイの腕の中で俺は誓った。
「レイ、
そのまま走って
窓から外に出るけど大丈夫?」
「問題ない」
まだしっかり魔法が効いているのだろう。
それなら安心だ。
窓の近くになり、
「飛んで!」
「ああ、
しっかり捕まってろ」
三階の高さからの跳躍、
浮遊間が襲ってくる。
俺とレイは会場を脱出した。
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