第59話 決戦 前編
レイ視点
「レイ様、お着替えをお持ちしました。」
「置いておいてくれ」
世話役の侍女が、風呂や着替えをと急かしてくる。
そのくらいひとりでできる。
扉の前で押し問答をしつつ、
今は一人にしてほしいと言って何とか追い出した。
広い部屋には、レイ一人
レイの小屋が軽く10は入るだろう広さだ。
領主の女となってからこの部屋に連れてこられた。
部屋の前には見張りの騎士と魔法師が2人ずつ。
逃げるつもりはない。
「広すぎるな」
今日の夜にはあのデブ領主に抱かれるだろうな。
そういうことにあまり関心がなかったが、
あれには抱かれたくないな。
そんなことを考えながら椅子に座る。
部屋は広いが、
そこには椅子と机と衣装棚のみがあるだけだった。
「……ナツキ」
不意に漏れた言葉にレイは苦笑した。
ナツキはうまくこの街を離れられただろうか?
ナツキの身分は知られていると考えていいだろう。
少なくともあのレグルスとかいう男は知っているはずだ。
それだけに不安でもあった。
元奴隷の末路など多くがロクなものではない。
ナツキを助けようとして、
この街に連れてきたのに、
とんだ迷惑をかけてしまった。
ナツキはあれでしっかりしているが、
とんでもなく危なっかしい面もある。
まず常識を知らなさすぎる。
それに運も悪いと思う。
この街に来るまでに何度も魔物と遭遇したことには驚いたものだ。
そんなに経っていないのに、
昔のことのように思い出す。
おそらくそれは一日一日が濃かったからだろう。
人と話す生活などとは縁遠かったからな。
ナツキは――
ナツキが――
ナツキ――
考えれば考えるほど思考は加速していき、
それでも尽きることはない。
さらに、手紙。
アレを思い出すと、
恥ずかしさと己に対する憤りでいっぱいになる。
恩を金で返す。
なんて最低な行為だ。
私はなんて最低なんだ。
私の知る限り、
恩を無償で受けたことはない。
常に対価が伴った。
傭兵時代に学んだ教訓の一つだ。
そして街で生活していても、
それは常に正しいと証明され続けていた。
それなのに、ナツキはまるで違った。
その恩人に対して――
ナツキは怒っているだろうか?
いや、ナツキは優しいからきっと許してくれるかもしれない
――ッ!!
ガンッ
机に思いっきり突っ伏したレイ。
その音を聞きつけて先ほどの侍女が部屋に入ってくる。
「失礼します。
レイ様、どうしました?」
「ん?
ああ、なんでも――」
「レイ様!?」
つつーーとレイの頬を何か温かいものが伝った。
手でそれを確かめてみれば、
それは赤かった。
「大変!?
少しお待ちください!!」
「大したことはない。
放っておけば、じき治る」
「いけません」
侍女は治癒魔法の使える魔法師を呼びに出ていった。
許してくれると考えるなど――――
最低だ!!
昂る感情を抑え、冷静に考える。
ナツキ自身、ラープの街に残る理由はない上、
何か目的があるように感じだった。
ならいずれナツキは街を離れるだろう。
別れのカタチこそ、こんなことになってしまったが、
大金をナツキに渡すことができた。
それだけが今回、唯一の救いだった。
救いだと思うしかない。
たとえナツキにどう思われていようとも。
レイらしいその考えとは裏腹に、彼女の手は少し震えていた。
**********
ナツキ視点
今日の晩餐会の主役はレイだ。
ということは、
一番目立っているだろうと予想できる。
それでなくてもあの容姿だ。
目立たない方がおかしい。
レイは美人さんだからな、
そこは仕方ない。
よってこそこそと近づくのは、
難しいだろう。
なら!!
行くしかあるまい。
現在、晩餐会会場の入り口。
扉1枚隔てた向こうにレイがいる。
出し惜しみは無しだ。
俺は決断した。
勝利のために。
最速で最短でこの場をきり抜ける!
残りの魔石4セットを一気に消費する。
《回復魔法》《身体強化》
使い慣れたそれで、まず全身を強化する
《回復魔法》《硬化》
強化された身体にさらに硬化を施す
《回復魔法》《器官機能上昇》
動体視力や反射など各種器官の機能を底上げさせる
《回復魔法》《風操》
そして、最後に風を纏う。
どれくらいの時間かはわからないが自在に風を操れる。
そんなイメージだ。
水や氷、炎ではなくなぜ風なのか
それは風のもとが空気であるから。
空気ならどれだけ使っても補充が効く
その上、透明つまり色がない。
視認できないというのは、
大きなアドバンテージになるはずだ。
「風よ!」
大気の風が矢のように飛び、入り口の扉をぶち抜いた。
会場を目視。
強化された視覚で辺りを把握していく。
会場は大きく分けて2つ。
俺の扉に近い会場半分側には、
円形テーブルが等間隔に正面5、奥に4ずつ。
奥側会場半分は、
縦長のテーブルが一つのみ。
そしてさらにその奥。
一際おおきな人の塊。
その中心。
いた。
レイがそこにいた。
一瞬、目が合ったように感じたが、
今は目的の場所が分かった、
それだけで十分だ。
切り替えて、
俺は駆けだす。
護衛や会場警備の騎士は風の矢で無力化していく計画だ。
動かれる前に先手を打ち続ける。
先手を打ち続ける限り、俺に負けはない。
風の矢をイメージして作る。
と共に、
――1歩目、右足
眼前、騎士2人へ左手払い、
一投。
無力化
――2歩目、左足
右前方、剣に手をかけようとした騎士へ右手払い、
一投。
無力化
――3歩目、右足
左前方、走り出そうとした騎士2人へ右手払い、
一投。
無力化
――4歩目、左足
前方、身体強化だろう魔法発動の光に包まれ始めた騎士へ左手突き出し、
一投。
無力化
――5歩目、右足
前方、奥。
事態収拾へ動き出そうとした騎士へ右手振り下ろし、
一投。
無力化
5歩の跳躍で会場半分を突き進んだ。
その間、進路上目についた騎士7名を無力化。
6歩目
領主と思しきデブとレイの姿をはっきり捉える。
その領主へ右手振り下ろし、
一投。
その矢は一直線に飛び、
今までと同じように標的に命中するかに思われたが、
矢は――
斬られた。
中年の騎士。
他の騎士と比べて装飾が少ない。
が、それがまるで体の一部であるかのような洗練されている。
そう、俺は感じた。
他の騎士と比べて何かが違う。
圧倒的な威圧感。
それが無意識に俺の足を止めた。
そのことに止まってから気が付いた。
「恋人を取り返す騎士かのぉ~
実に威勢のいい
だが、覚悟が足りんの」
そう言って中年の騎士は、俺の今まで倒してきた騎士に視線を向ける。
その騎士はすべて“生きている”。
「威力を調節して、
急所を外す
実に見事だが、
甘い。
甘すぎる」
俺がここまで来るのにおよそ3秒。
会場の人々はやっと事態を把握し始める。
そこで聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ナツキ!?」
懐かしい。
会っていないのは、
ほんの1日2日程度なのに、
こんなにも懐かしいなんて……
そのレイの叫びに重なるようにして、
「レグルス何をしている!?
早くその男を殺せ!!」
デブの叫び。
感動の再開を台無しにしやがって。
でも、そうか。
この男がチート野郎のレグルスなのか。
魔法も剣もすごい上に、頭も切れると評判の。
俺とは正反対のなんでも持ってる男だ。
実にうらやましいが、
不思議と以前のような負の感情は沸き上がってこない。
最も戦いたくなかった男――
そのレグルスとの戦い。
ここが正念場だ!!
お読みいただきありがとうございます
今日も晴れ




