第6話 ガイナス帝国 後編
ガイナス帝国
帝城地下
この場は、皇帝をはじめとしたごく限られた人物のみ、存在を知っている。
地下3階のそこは、帝国の保有する魔道具の倉庫のひとつでもあった。
ナツキたちが召喚されるおよそ一か月前。
その地下室には、2つの影があった。
「マースよ。
此度の召喚、どの魔道具を使う?」
影の一つは、現帝国皇帝――ドルモンド・ザーク。
もう一方の影は、現帝国宰相――マース・ワース
皇帝は、魔道具の倉庫のある一角を見つめながら宰相に尋ねた。
その一角とは、魔道具の保管されている場所だった。
一般に“契約の魔道具”と呼ばれている魔道具がある。
それは、通称ステータスプレートと呼ばれている。
このステータスプレートとは、どんな魔道具なのか。
国に住まう一般の国民や、冒険者、傭兵などにとって、ステータスプレートは、自身の出自や能力を証明する身分証である。
しかし、ステータスプレートは単なる身分証ではない。
“契約”と冠されていることからわかるように、
それは、ただ一方的に権利を享受できるわけではない。
義務が発生する。
その義務や権利は魔道具毎に異なっている。
自国から出たことない国民の多くが誤解しているが、
ステータスプレートとは、契約の魔道具の総称であり、その数は数百から数千以上と言われ、現在多くの国やギルドなどが所有している。
位の高い貴族は、自身でステータスプレート(魔道具)を購入し、メイドや奴隷に契約させていることもある。
義務は、どのようなものがあるだろうか?
有事の際、戦力として戦うことを課している場合や、ある一定の労働を課している場合など実にさまざまである。
契約の仕方は2種類ある。
魔法による契約と血による契約だ。
魔法による契約は、簡易契約とも呼ばれる。
権利を享受し、義務が課せられる一方で、契約した双方のどちらかの一方的な破棄が認められている。
つまり、国王と国民の契約の場合、不都合があれば、どちらからでも契約破棄できてしまうということだ。
平時に権利だけ享受して、有事に契約破棄し、義務を逃れることも可能になってしまう。
血の契約は、双方の血を使い契約をする。
この契約では、契約破棄をする場合、双方の同意が必要になる。
(日本の世界でたとえるなら、クレジットカードを思い浮かべてほしい。
カード会社によって特典や受けられるサービスが違うように
ステータスプレート毎に恩恵や権利が異なる。
またカード会社によって年会費や会員条件が異なるように
契約したステータスプレートによってそれぞれ義務が生じる
クレジットカードの契約では、保険証や免許証、学生証を使う。
異世界では”血”がそれの代わりとなる
)
「陛下、これなどいかがでしょうか?」
マースの持ちだしたステータスプレートは、“継承”と“守護”のステータスプレートだった。
「マースよ
これなら、今、我と臣民を結ぶ、“譲渡”と“保護”のステータスプレートと同じではないのか?」
「いえ、陛下。
“譲渡”により得たチカラは、所詮借り物。
有事の際には役立ちましょうが、それまでです。
一方で“継承”であるならば、受け継ぐチカラは陛下自身の血肉となりましょう。」
「うむ。なるほど。」
陛下の納得された顔を見て、マースも満足そうに頷く。
そして言葉を続けた。
「召喚の際には、できる限り急いで血の契約を行うことを進言いたします。」
契約を行えば、皇帝のさじ加減一つで召喚者の能力を奪うことができる。
それゆえに、“血の契約”は最重要事項であった。
「それがよいな。
“血”についても慎重に頼むぞ」
「はい、“血”が変わってしまっては大変ですからね
そのあたりはこちらで上手く事を進めます。」
この世界において、他人と“血”が交わることは、自身の“血”が変化すると考えられていた。
ケガなどからキスや性行為などに至るまで、血や体液の交わりは、ステータスプレート契約時から1か月間は禁止されることが一般的であった。
契約に使った血が変化してしまう。
そう考えられていたためである。
宰相は、この問題を召喚者たちに伝えることなく、進めようと考えていた。
何かしら理由をつけ、一ヶ月間帝城で生活させればいいだけの話である。
「それより、マースよ
本当に召喚者を子供にするのか?」
「はい、ご安心ください陛下。
“大人”では、我々に敵対する可能性があります。
未熟でチカラをもつ“子供”こそ、一番適しているのです。
もっとも、準備は怠りませんが。」
召喚当日、宰相は召喚の間を宮廷魔導士と騎士団で取り囲む予定だ。
召喚者が反攻の意を示せば、直ちに行動に移る。
そう言う手はずになっている。
血の契約が完了するまで一瞬も気が抜けない。
こちらを警戒するようなそぶりを見せた者には、遠距離から魔法を打ち込む。
少し、体調が悪くなり、疲労感や倦怠感で身体が動かせなくなる程度の魔法だ。
「準備は着々と進んでおります
ご安心ください陛下」
それを聞いた皇帝は、大きく頷く。
「うむ」
当日、皇帝と宰相の思惑通りに事が運ぶこととなる。
数名の体調を悪化させた。
中には効果の出が遅い者もいたが、それは些細なことだった。
唯一の気がかりは、属性の無かった男だ。
そんなことは、未だかつて一度もない。
だが、それを深く考える者はいなかった。
有能ではなく無能である。
それがわかれば十分だとでもいうように。
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