第52話 俺、大切な何かを失う
少し汚い表現があります
お食事中の方、お気をつけください
やっちまったよ!!
思わず、気が付いたら、それはもう、
デカい火球を全力でぶっ放してしまった。
左手は練習のかいあって回復魔法を発動させていたため、
気絶したり、動けなくなったりすることはなかった。
さすが領主軍、
無傷とはいかないかもしれないが、すぐに立て直し始めた。
死者は出なかったようだと安堵するもつかの間、
俺は騎士や魔法師の視線を集めていた。
当然だ。
彼らにしてみれば通りがかりにいきなり火球をぶっ放されたのだ。
これからの展開はサルでもわかる。
俺は―――
全力でその場を逃げた。
「追え!!!
奴を追えーーー」
「頭のおかしい奴だ!!
容赦は要らん!!」
「生死を問わず捕らえろ!!!」
怖いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!
せめて命は取らないで!!
俺にも人権があるんだ!!
ヒトとしての尊厳をもって対応してもらいたい!!
どの口が!?というようなセリフを頭に浮かべながらも必死で逃げる。
領主の屋敷西側に向って全力で逃げる。
魔石がもったいない、そんなこと言ってる場合じゃない。
《回復魔法》《身体強化》
同時使用し、彼らの追跡からギリギリで逃げ、
俺は屋敷西側から少し離れたところにある井戸のようなものを見つけた。
「くさ!!」
なんて臭さだ!
幅1メートルくらいの竪穴のそれは、
遠くから見て井戸だと思ったが、
どうやら肥溜めだったようだ。
肥料にするため家畜や人の排出物を溜めておく場であるそこは、
知識にある肥溜めとは少し違っていた。
中を除けば底は、ゆっくりとだが、
確かに流れがあった。
これはもしや、この世界の“下水道”ではないだろうか!?
あたりは起伏の多い土地で、
所々が畑になっている。
ここならすぐには見つからないだろうが、
相手はプロだ。
いつまでも悠長に構えてはいられない。
もう領主の屋敷の例のイベントにも参加できないだろう。
それどころか、指名手配されているだろうから、
街中さえ歩けないかもしれない。
この下水道の流れは領主の屋敷のほうから、
遠くにみえる川のほうに向かっていた。
そう、つまりこの下水道を使えば、侵入でいきるかもしれない。
領主の屋敷に――
男ならやらずに後悔よりやって後悔!
覚悟を決め、俺はその“下水”にダイブした!
****
下水道の中は――
地獄だった。
直系1mほどの円柱経路が続いているが、
およそその半分は”水”につかっていた。
もちろんただの水じゃない。
臭いし、暗いし、うん、もういや。
この世界に優れた下水処理技術などあるわけもなく、
そこは形を残したままの排出物が流れてくる。
そこを水の抵抗を受けながらもずんずんと進んでいく。
「おえええぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーー」
溜まらず、吐き気に襲われ、
立ち止まり、それでも歩いていく。
一歩、一歩、進むごとに俺はヒトとしての大切な何かを失っているような気がした。
5分くらい歩くと、
目の前には金網が現れたのだが、
それは幸いなことに壊れている。
イベントのおかげで、
こういうところの修復が後回しにされていたのだろう。
金網の水と空気の境目の部分がかなり錆びていて、
もろくなっていたのだろうその場所が、くり抜かれるようにして壊れていた。
……………………………!?
そう、そこを通るには“しゃがむ”必要があった。
しゃがむのである。
この場で!
おそらく、肩は浸かるだろうな~
…………これはきっと超えてはならない最後のラインだ。
俺にはそう思えた。
俺が躊躇していると、
不意にゲスな奴らの会話が頭の中で再生された。
――――ッ!!
怒りが沸々と沸き上がる。
タイムリミットは今日の晩餐会!
今がだいたい4時くらいだろう。
晩餐会って何時だ??
7時か、8時か、9時か……
あと4時間ほどでレイが――
クソッ
やってやるよ!
*****
ヒトは慣れる生き物である。
この言葉を俺は平泳ぎしながら実感していた。
もはや、あの金網を抜けたあたりから心が抵抗をやめてしまったのだ。
あれから少し歩けば、屋敷に近づくほど段上に深くなっていた。
それゆえ、俺は今、平泳ぎで進んでいる。
そして、たどり着いた。
開けた空間に。
3mほど上から光が射していた。
おそらく、この上に排出物を溜める小屋にでもなっているのだろう。
かなり歩いたし、内壁の中には入れているだろう。
《身体強化》《回復魔法》
魔法を同時に使い俺は木の蓋をぶち抜いた!
そこがトイレの女性側とも知らずに••••••
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今日も晴れ




