第36話 プロローグ 3 ~ある国の終焉~
―――7年前
大地が、森が、村が、人が、家畜が、燃えている。
一面の炎は全てを覆い、うねりをあげている。
全てを包み、燃やしていく炎の中――
「“――”」
「愛しの“――”」
誰かの名をいとおしそうに呼ぶ声だけが、響く。
辺り一面を覆う炎の中、ある一箇所だけ燃えていなかった。
その場には、女性が二人向き合っていた。
一方の女性の腕の中では、少女が眠っていた。
「こんなお母さんを許してッ
チカラのない私たちを許してッ
あなた一人を置いていくことを許してッ
これからさき、あなたのそばにいられないことを許してッ」
女性は涙を流しながら震える声で少女に語りかける。
「これからたくさんの困難を経験するかもしれない。
でも生きて、“――”」
「きっと生きててよかったと
そう、思える時がくるわ。
ただ一人でもいい。
貴女のことを大切にしてくれる人を見つけなさい
そして、貴女はその人を大切にしなさい。」
涙は止まらない。
もう、時間はない。
「ヒトは案外それだけで生きてゆけるものよ
私がそうだから……」
それだけ言うと、女性は少女を差し出した。
目の前の女性に。
赤のローブに身を纏う女性は、少女を受け取る。
「本当によいのか?」
「この子を、お願いします」
「まだ――」
間に合う
そう言おうとした言葉を遮り、
女性は語る。
自身にも言い聞かせるように。
「いいえ、いけません
8大英雄の貴女が、一国のために介入するなどあってはならないのです。
それに、ここが私のあるべき場所。
私とあの人の居場所。」
覚悟の決まった瞳に、ローブの女性は決心した。
「任された」
その言葉を聞き、女性は安心し、そして、炎の海へ自ら飛び込んでいった。
ローブの女性は、1年間、少女を育てることになる。
育てるといっても特別なことはない。
自身を守るための剣の使い方と、ほんの少しの知識を与えられた以外は。
その後、少女は傭兵としてルマグ王国、ラープの町で生計を立てることとなる。
その少女――名を、レイという。




