第120話 葉山たちの戦場
「ねぇナツキ大丈夫かな?」
「いやいやまずは自分の心配しろよ」
帝城を離れた一行は帝都東部の草原で立ち往生していた。
多くの騎士に囲まれた状況で。
「実はこの人たち仲間でしたみたいなオチにはならないかな」
「手練れが多いな
特に後ろの魔法師が厄介だ」
ナツキと別れてすぐ進軍中の帝国第6師団と遭遇。
瞬く間に取り囲まれ、馬車を守るための抗戦が開始された。
馬車を守るように位置取るレイと大沢は
接近してきた騎士に対処。
馬車の上の葉山は、遠距離から来る魔法攻撃をなんとか食い止めていた。
敵魔法師4人に魔法発動の兆候を見てとった葉山は対抗魔法を準備する。
「《 《 《 《炎弾》 》 》 》」
「《水壁》」
大小多数の炎弾は全て水の壁に阻まれる。
「ふぅー」
ごっそり魔力を持っていかれ、
脱力感が葉山を襲う。
ふらつきながらも次に備え、辺りを見回す。
「げッ!!」
魔法発動の兆候。
ただし、先ほどのモノとは違う。
火の魔法発動の兆候に加え、
大気の揺らぎが見て取れる。
それは、風の魔法発動兆候の一つであった。
「複合魔法ですかい
しかも数人がかりの……
ちきしょーーー」
泣き言を言いつつ、
魔法の準備を始める葉山。
「《大炎弾》」
「《氷水壁》ッ!!」
風を得て威力の増した炎に
水と氷の壁は蒸発していく。
ギリギリで相殺出来たが、
葉山の魔力はすでに枯渇寸前だった。
「やっぱ魔法がうまく使えないぃぃ
ちょっとーー
これあんまり持たないよ!」
葉山の愚痴を聞き流して、
大沢は向かってくる騎士を殴り飛ばす。
攻撃が終わった刹那、
隙のできるその一瞬を敵は見逃すはずもなく、
左側面から斬りかかる。
身体をひねり、
相手の剣に蹴りを合わせ、
そのまま剣を弾く。
と、同時に着地後反転――
右側面の敵の懐に飛び込んで
背負い投げの要領で投げ飛ばす。
常に数人で連携し、持久戦に持ち込まれ、
隙を逃さず確実にダメージを与えてくる敵。
「はぁ、はぁ、はぁ」
戦闘開始からまだ10分程度。
だが、ミスの許されない状況と
普段よりも扱いずらい強化魔法の影響で大沢の息は上がっていた。
馬車を挟んで反対側、
すでに10人以上倒しているレイ。
一対一で圧倒し、
多対一でも2刀をもって押している。
剣撃をギリギリで、しかし危なげなく躱し、
踊るようにしなやかに刀を振るう。
刀の刃を傷める原因にもなるため
無駄な打ち合いは避け、
飛ばす斬撃で敵の手首や足首を浅く切っていく。
斬られた騎士は命に別状ないものの、
剣が握れなかったり、動けなかったりした。
動けなくなった敵を介抱するため、敵の騎士はさらに数を減らす。
優勢なレイは、しかし別のことで焦りを募らせていた。
敵騎士が馬車を取り囲む前、
おそらく指揮官であろう男は部隊を離れていた。
その男が遠目に見ただけでもかなりの強者であると直感したレイ。
もっとも厄介な相手が離れたことはレイたちにとって都合のよいことだったが、
問題は男の向かった先だった。
その方向とは、レイたちがやって来た方向。
つまりナツキがいるであろう方向だった。
*******
この状況下でもっとも先に限界の来たものは葉山だった。
レイには経験で劣り、大沢には体力で劣る。
何度目かの複合魔法が放たれた。
限界を超えた身体で無理やり魔法を使い、何とか食い止める。
が、小さな火の粉が馬車へ。
「ッッ《水――」
咄嗟に魔法を使おうとしたが、
魔力切れで葉山は馬車から落下した。
ドサッ
「結衣ちゃん!!」
音を聞いて出てきた日咲が葉山を介抱する。
その間にも木製の馬車は燃え広がり始めた。
乗っていた人達が馬車から非難する。
リアやファファナは、その手伝いに奔走した。
燃える馬車を背に、
助け出した人たちを馬車との間に挟んで
レイと大沢は戦う。
助け出した人たちは皆虚ろな目で、
ただその光景を見ていた。
中には意識を失って倒れる者や、
ヒステリックに叫び出す者、
震えながら泣き出す者もいた。
「結衣ちゃん、大丈夫?」
「うーー頭痛い
吐き気するぅ……」
目を覚ました葉山はすぐに上体を起こそうとする。
が、力が入らずふらつき、日咲に支えられる。
「結衣ちゃん無理しちゃだめだよ」
「いやいや、ここが無理のしどころでしょ
紅里は攻撃魔法覚えてたっけ?」
「一応覚えてるけど
上手く使えなくて……」
葉山でさえうまく扱えないこの状況。
わかっていた返答だったが、
葉山は聞かずにはいられなかった。
マズい、何とかしないとッ――
考えている葉山の目に最悪の光景が飛び込んでくる。
大沢を覆っていた身体強化魔法の輝きが消え、
直後、相手の攻撃を避けきれず、
肩を切り裂かれる。
液体が飛び散り、大沢が倒れた。
視界の端でその光景を見ていたレイは、
焦り、力み、
そして、左の刀が一拍振り遅れた。
先の松浦との戦い、
少なからず負荷を負っていた左手から刀が落ちる。
「ッ!!」
態勢を立て直す間を与えまいと連撃がレイに降り注ぐ。
それを刀一本で捌き――
捌ききれず、
態勢を崩し、
地面を転がった。
葉山が倒れ、
大沢が倒れ、
レイも倒れた。
「複合魔法くるッッ!!」
葉山の叫びに、
大沢とレイは顔を上げる。
魔法が発動し、
大きな炎弾が迫りくる――――
葉山がぶっ倒れる覚悟でなけなしの魔力を振り絞る――
リアが倒れた大沢をかばい前へ出る――
ラーシャがレイの落とした刀を拾いレイのもとへ走る――
その刹那――
蒼い竜と碧い閃光が現れる。
「やっぱりまた会ったね
大丈夫?」
「は、はい」
「そういえば、まだ名前聞いてなかったね」
「リ、リアです」
「リア、いい名前ね
リアちゃん、少し下がっていてね
すぐに片付けるから」
蒼い炎の竜を従えるは、
蒼炎の二つ名で知られる人物。
もちろん帝国国内でもそれを知る者は多い。
ロキセ公国から距離的に最も近い師団である
第6師団ともなれば、なおさらであった。
「蒼い竜だと!?」
「ど、どうなってやがるッ」
「生きていたのか」
「あの時魔法は封印したはず!!」
「なんであの女がこんなところに!?」
第6師団の面々は混乱に陥る。
かつて刻み込まれた恐怖が脳裏を過っていた。
当の人物――イブ・サータンは不敵に微笑む。
「竜よ、燃やし尽くせ」
――蹂躙が始まった。
******
碧い閃光――
否、碧く光る剣を振るう人物は、
迫りくる炎弾を全て斬った。
魔法を斬る。
跳ね返すでも弾くでもなく。
それも一つや二つではない。
迫りくる飽和攻撃に近いそれを全て、である。
「ステラ、
まさかあのステラだったとは」
レイは呟いた。
碧い剣を扱うステラといえば、
シェルミア王国では知らぬものがいないほど
他国でも軍に所属していれば知っているほど有名だ。
「人違いだ。
気にするな
それより大丈夫かレイ?」
「ああ、問題ない」
「それと姫もご無事で」
「ズ、ズデラざんッ」
ラーシャは涙と鼻水いっぱいで顔をくしゃくしゃにしていた。
一方、全ての攻撃を斬られた師団側。
「おい、ウソだろ!?」
「な、なんで?」
「いや、何かの間違いだろ」
「なぜ“守護聖”、ステラ・ランドハーツがここにいる!?」
守護聖――碧ノ聖剣を持つシェルミア王国最強の盾。
聖教流聖級、“守護聖”の二つ名を持つステラ・ランドハーツ。
かつて、生まれて間もない第3王女は襲撃を受けたことがあった。
その襲撃犯の中には、聖教流聖級の実力者が2人
それ以外にも数多くの手練れが含まれていた。
その中で第3王女を傷一つ付けることなく守り切った当時まだ二十歳に満たない騎士。
それがステラ・ランドハーツであった。
その事件をきっかけにステラは国内で“守護聖”と呼ばれるようになり、
また国外からもシェルミア最強の盾と知られるようになった。
「お、おい、待て!
お待ちください!!」
敵の指揮官らしき男が慌てて前に飛び出してきた。
「我々革命軍は、シェルミアともつながっています
ならばランドハーツ殿はこちら側では?」
「シェルミアと?」
「はい、第2王子派と――」
「ならば問題ない」
「な!?
ランドハーツ家は第2王子派に付いたのでは!?」
「私は既に家名を捨てている
貴様たちの前に立ちはだかるは“無名のステラ”だ
何も問題あるまい」
碧く光る剣――碧ノ聖剣の輝きが増す。
碧い閃光が全ての攻撃から葉山たちを守り、
蒼い竜が帝国軍を蹂躙する。
帝国軍第6師団が瓦解するのに
ものの5分とかからなかった。
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