第118話 アンの戦場
彼は目の前の光景に息をのむ。
第3次人魔大戦を経験した彼にとっても
目の前の光景は未だかつて見たこと無いようなものだった。
夜のはずのそこは、
昼間よりも明るかった。
響き渡る轟音、橙色の閃光、
舞い上がる噴煙、伝搬する衝撃。
まるで大戦を凝縮したかのようなそれに、
彼はしばしの間、眼を奪われていた。
数十分前――
彼――イルマ・イサークは選ばれた。
今回の任務――聖女、海龍のもとへ赴き、情報の収集並びに後方支援――に。
抜擢理由は、
アスナ共和国魔術第2師団の副団長と情報開発部を兼任しているためといわれている。
だが、本当の理由は別にある。
それは彼が、アスナ共和国の中で最もしぶといから。
突出した才能や技能無しに今の地位を確保しているのは
ひとえに悪運が強かったから。
ただそれだけのことであった。
数名の部下とともに彼は聖女より数百メートルほど離れた範囲へ転送される予定だ。
正確な座標設定が厳しいため、
また予想される聖人との戦闘を避けるため、
ある程度の距離を確保した上での転送になるとイルマたちは大魔法使いから説明を受けた。
転送後、第一に聖女との接触。
不可能であった場合、可能な限り情報収集。
準備は滞りなく行われ、
そしてイルマたちは転送された。
「転送は成功だな
各員、戦闘態勢
警戒を怠るな!」
イルマの指示のもと、
6名の部下は陣形を整えつつ、周囲を警戒する。
ヒューーッッ
風切り音と共に――
ダッッッン
衝突音が響く。
何かが着弾した音にイルマを含め、一斉に振り向く。
「おっと、いけません
モード変更を忘れていました。
では改めて」
あちこちで火の気が上がり、
地形は変わり、
戦場特有の殺気と死のにおいが満ちている空間で
なんとも間の抜けた声が聞こえてきた。
「申請
戦術データリンク開始」
まるで散歩に出も行くかのような軽い感じで彼女は歩き出す。
そして、彼は繰り広げられる信じられない光景を目にすることになる。
******
突如現れた気配に目を向ければ、
見知った顏を見つけた聖女。
アンと聖人の戦闘に目を奪われている彼らは格好の的だった。
左足を引きずりながら、声を掛けた。
「ちょっと!
あなたイルマじゃない!?」
「え?
はいそうですけど……って聖女様!?」
イルマが駈け寄り、
治療をしようとするが聖女はそれを止める。
「大丈夫よ
じき治るわ
“堕天”で治癒力も何倍にもなってるから
それより貴方達は?」
「当任務は情報収集と後方支援です」
それだけ聞いて聖女は納得する。
おそらく“信号”と“堕天”から聖人との戦闘を推測、
事態の情報収集を第一とする部隊を派遣したのだと。
「そう、後方支援は必要ないわ
とりあえず、半数はこの戦闘域から離脱しなさい
もう半数は最大限距離を取りつつ、
情報収集を行って。
その際、魔法と魔術の使用は禁止ね」
「了解です」
イルマ指示のもと4名が戦闘領域から離脱。
残り2名も移動を開始した。
「なにか記録できるものは持ってきているわね?」
「はい、
……どうぞ」
紙とペンを手にイルマは続きを促す。
「聖人2体と戦闘
現在魔族と一次共同戦線を張り対抗しているわ
そうなった理由は――」
聖女は今までの経緯を手短に話す。
「それと今戦っている彼女のことは私たちにもわからないわ」
「了解です
情報提供ありがとうございます」
「いいのよ
あなたもしっかりね」
「はい
それと大魔法使いさまから伝言とこれを預かってきました」
イルマは大魔法使いからの渡すよう頼まれていた小袋を取り出す。
「これは、すごいわね」
受け取った聖女は中を覗く。
それは高純度の魔石だった。
「『転送陣用の魔石じゃ
これをどう使うかは任せる。
無理してでも無事帰ってこい』とのことです」
「ええ、確かに受け取ったわ
まぁ見てなさい
伊達に英雄やってないんだから」
かつての大戦時、
自身の部下であった青年に微笑む聖女。
己の決意を胸に走り出した。
*******
「通常兵器以外となるとアレを使いたいのですが……
申請
//コード受諾・・・認証不可
//第8ロックの解除権限が足りません
そうですか。
困りましたね
致し方ありません、
ここは強引にでも行かせてもらいますか」
「《氷雪氷河》」
聖人を中心として広域で吹雪が吹き荒れた。
「仮想空間構築
ハッキングアルゴリズム起動」
「《氷弾》」
襲い来る弾丸を躱しながら、
アンはプログラムを走らせた。
防戦一方になりながらひたすらプログラムの書き換えを行う。
「やりました
強制解除
//第8ロック解除
//倉庫へのアクセス制限解除
ラインナップ
//倉庫内格納一覧」
――――――――――――――――
倉庫<兵装<対神用兵器
振動弾 289
炸裂弾倉 189
金属粉末弾 490
重弾 5
次元振動弾 1
…………
光越の太刀 刀光
神越の大太刀 零
…………
――――――――――――――――
(あれ?おかしいですね
振動弾が289発?
炸裂弾倉が189?
確かこれらは万単位で備蓄があったはず
それに次元振動弾が1発??
…………これでどうしろと?)
感じるはずのない冷や汗を感じるアン。
(太刀があったのがまだ幸いと思いましょう
そうですね
組み合わせ次第では十分にいけますね
行けないとマズいです)
うん、うん、と頷きながら
聖人の攻撃をスレスレで避けていく。
「機能限定解除
//警告:機動可能時間の大幅な低下を招きます
実行です
//実行――出力500%上昇
//限界稼働時間カウントダウン開始
<トリプルアクセル・ブースト>
空対空ミサイル全弾発射
ライフル:弾種:振動弾」
大気中のミサイルを全弾発射。
アンはそれよりも先行し、聖人の背後を取る。
「《氷界――」
「芸がありませんね」
ライフルの早撃ち
聖人が結界を張るよりも前に
ライフル弾が聖人の周囲にある大気を撃った。
「ッ!?」
大気が歪み、
結界の構築が妨げられる。
そしてミサイル群、着弾。
その中の一発は爆発と共に金属粉をまき散らした。
アンはマニュアル制御でミサイル数十発を操り、
絶妙なタイミングで攻撃を仕掛ける。
一方、聖人はそのほとんどを力技でねじ伏せていた。
空中で戦場が上下左右目まぐるしく変わり、
そして、
戦場が一周し、初めの位置取りに戻ってきた聖人。
その聖人へ先ほどまでと異なり、
ある程度余裕を持って、
だが避けられない程度に全方位からミサイルが迫る。
「 風雪!?」
魔法を使おうとした聖人は
しかし、それが発動しないことに戸惑い――
着弾。
ミサイルの爆発をもろに受ける。
「この時を待っていましたよ
ライフル:弾種:次元振動弾
<女神の一弾>」
発射された弾丸は消える(・・・)。
不可視ゆえ、不可避。
狙った場所に次元を超えて現れる弾丸。
聖人の体内――心臓部に現れたそれは、
次元振動を引き起こす。
空間が不安定になり、
“場”に存在を保てなくなった聖人は空間内部へ引き込まれる。
「こ、この程度!!
あああああ!!!!」
「あなた方のしぶとさは
前の世界から知っていました」
アンは右手に神越の大太刀“零”を構え――
「トレース
//システムスキャン開始
//“戦女神の剣姫”選択
//剣術トレース……完了
【覇者の一撃】」
距離を一気に詰め、
聖人の左胸を貫く一撃。
空中に滞空する聖人。
左胸を突かれ、身動きが取れない。
「私を殺したところでなんら損害はない」
「知っています」
「また新たな神に選ばれし者がこの世界に君臨する」
「知っています」
「貴様たちに未来はない」
「……人は学びます
失敗を繰り返し、多くの犠牲を払い、
そして、前進するのです
かつてそうであったように
そしてこれからもそうであるように
彼の者に会うことがあれば伝えなさい
我々人類は決してあきらめない、と」
「ふっ、会えないだろうから伝えられない
だが……“あきらめない”
それは確かに私にはなかっ……た」
次元振動弾が空けた次元の狭間に
聖人は巻き込まれた。
「秘蔵の一品まで持っていかれましたか」
後に残ったのは、ボロボロのメイド服のアンと刀身の折れた神越の大太刀。
刀は聖人に食い込ませていたため刀身から先が巻き込まれた。
「残存バッテリー25%ですか」
40%ほどこの戦いで消費してしまった。
だが、これで終わりではない。
少し離れた戦場では
合流した聖女を含め黒衣の男たちがもう一体の聖人と戦っていた。
お読みいただきありがとうございます
今後ともよろしくお願いします
今日も晴れ




