第115話 アン
「馬車の調達がまだできていません
超速で帰らないとマスターに怒られますね」
飄々と言い放つメイド。
その名はアン。
突如現れた彼女に聖女や黒衣の男、聖人は戸惑った。
敵か味方か、
それさえもわからない状況にその場にいた者は
距離を置きつつ、彼女の発言を待った。
唯一の例外は彼女に蹴られた聖人。
「死ね」
土煙を上げ、
瞬間――アンの目の前に現れた聖人は右の一振り。
成すすべなく真正面から直撃を受けたアンは吹っ飛ぶ。
――死んだ
聖女がそう確信するほどの一撃。
しかし、倒れたアンはむくりと起き上がる。
土がついて汚れた服を叩きながらいつも通りの声で言った。
「おっと、いけません
モード変更を忘れていました。
では改めて
//マスターコード受諾
//対神人類最終決戦兵器――起動シークエンス開始
//対神聖領域戦闘モード移行
//対神聖用プロテクトアーマー展開」
アンのメイド服が一回り小さいものになる。
多少きつめに肌のラインを強調するメイド服、
それ以外には特に変わりない。
「申請
//コード受諾・・・認証
//第1番から第5番ロック解除
//出力150%維持」
聖人へ向けて歩み始める。
「戦術データリンク開始
//戦術データリンク起動
//敵勢力認識、保存データ照会開始
//数2、脅威度 測定不能
//戦術データリンクネットワークへの送受信開始」
「《氷結》」
聖人が放つ魔法。
聖女たちとの戦いでは見せなかった高威力の魔法。
アンを中心に辺り一帯が氷におおわれる。
大きさ数百メートルの大きな氷は
遠くからでも確認できるほどのもので
ちょっとした山であると言っても過言でないほどだ。
「<ダブルアクセル・ブースト>」
消えたと見紛うほどの加速。
一瞬にして空中へ移動したアンは、
そのまま空中を走る。
「ライフル
//申請受諾
//対物ライフルHC-127」
高速移動するアンの手もとにライフルが現れた。
的を絞らずに聖人へ向け連射。
聖人が手をかざす。
弾丸は聖人に当たることなくその直前で全て凍った。
「レーザー
//申請受諾
//荷電収束型加圧砲」
ライフルを捨て、
すかさず荷電収束型加圧砲を連射。
移動しながら、
聖人付近への乱砲撃。
「《氷界》」
聖人を中心に正十二面体の氷の結界が現れた。
レーザーはその結界に全弾命中する。
が、レーザーは全てその軌道を変えさせられた。
「屈折ですか
また、厄介ですね
ミサイル
//申請受諾
//空対空ミサイル展開」
空に数十基の円筒形の物体が現れる。
それは浮遊したまま、発射口を聖人へ向けた。
それぞれに8発のミサイルがセットされており、
コマンド一つで制御可能となる。
「各機半自動制御モード
弾種、燃焼弾
ファイアッ」
数十発のミサイルが結界の全方向から同時に着弾。
タイミングを合わせた全弾同時爆発。
燃焼弾は瞬間的に数千度の炎を作り、
氷を蒸発させた。
気化させた蒸気が、
全方向から聖人に同じ強さの圧力を加える。
一瞬――たかが一瞬、されど一瞬。
聖人は全方向からの水蒸気圧に動きを止める――否、動きを止められた。
「荷電収束型加圧砲、フルバーストッ!」
蒼い閃光の一撃。
聖女や海龍などはその光景に見入る。
「ああ、ダメですね
通常兵器では、やはり倒すまではできませんか」
聖人の下半身は消失していた。
レーザーの直撃に蒸発したと推測される。
ヒトならば、これで勝敗は決していた。
「《氷・再生》」
氷の下半身が出来上がる。
それを見たアンは、空を見上げる。
「これは……馬車は間に合いそうにありませんね」
もうすぐ日付の変わる時刻。
厳密な時間の区切りはないが、
馬車を貸し出している店が閉まり始める頃だ。
「ポンコツマスターにポンコツとだけは言われたくありません」
レーザーを構え、標準を再び聖人に合わせる。
アンの中に焦りが芽生え始めていた。
********
帝城内
「君は行かなかったんだね」
「……」
山本はその声の主を睨んだ。
既にそのことは伝えてあったからだ。
「不用意な接触は避けろ
そう提案していたのは貴様のはずだ」
「まぁまぁ、彼らの逃走に手を貸したんだから、
少しは話してもいいんじゃない?」
「……」
沈黙を肯定と受け取った男は尋ねた。
「日本人は皆、逃がせた。
もちろん救えなかった人たちがいるのも確か。
でもこんな状況だ。
多少は仕方ない。
君が残るメリットは?
どちらか一人が彼について行っても良かったんじゃない?」
「…………レベルについてどう思っている?」
山本からの返答は、
問われた答えになっていなかった。
しかし、
男はこれが意味のある返しだと受け取り、答える。
「よくあるRPGのようなものかな
レベルが上がれば強くなる。
チカラが上がったり、ケガに強くなったり」
「そうだな、私もそう思っていた」
一拍置き、山本は語りだす。
「私のレベルは40を超えている。
クラスの坂本や松浦はもっと高い。
本来なら私はレベル1の私より強いはずだ。
しかし、そうはなっていない」
「……なっていない?」
「レベルが上がるごとに
私は体力測定を行っている。
50m走や握力、腹筋、腕立て伏せ、反復横跳びなど
だが、どれも変化していない」
「……気が付かなかった
いや、でも戦闘訓練では確かに以前より動けて――」
男はハッと何かに気が付く。
「“魔法”か」
「そうだ。
“魔法”だ。
魔法を使った、身体強化した場合での体力測定値は
レベルと比例関係にある」
「そうか、魔力が上がっている、
もしくは、うまく魔力を使いこなせるようになっている!?」
「詳しくはまだわからない。
だが確かなのは、
この世界は、私たちがよく知るファンタジー世界ではないということだ
日本の常識でこの世界を測れば、
足元をすくわれかねない」
「それが残った理由か
“監視者”としての任務を放棄するほどの」
「そうだ。
私の見立てでは、この国はまだ何かを隠している。
特にここ数ヶ月、坂本、松浦、高山教諭に頻繁に接触していた“聖人”という人物。
それに未だ、クラスメイトの大半がここに残ってる」
「なるほど、わかった
引き続き協力しよう
松本みなみの件についてはこちらで証人となろう」
男は言うだけ言って気配を消した。
「聞かれていたのか」
聞かれたことに驚きはない。
この男はそれだけのことができる。
山本は、ギャルの口調に戻り、クラスメイトに合流した。
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今日も晴れ




