第112話 山本
ナツキたちが葉山を救出した頃。
その様子を見下ろす女性が呟く。
「これより特ゼロ-09案件への対処を開始する」
山本奈々は音を立てずに移動を開始した。
向かうは、あらかじめ検討を付けていた場所。
その一つ。
帝城内の公爵に与えられている
帝城北西に位置するその建物。
「何者だ!?」
見張りの騎士が近づく人影に声をかける。
が、その人物は何も言わず、ただ近づいてくる。
「《火球》」
騎士が魔法を発動させようと手をかざし、
火球が形成され始め――
ヒュッ!
極小の何かが火球に当たり、
そして――
「なッ!?」
火球が消えた。
騎士が驚き、
対処が一拍遅れる。
その遅れは騎士にとって致命的な隙を生んだ。
「ぐはぁッ」
みぞおちに一撃喰らわされ、
崩れ落ちる騎士。
近づいてきた人物が騎士の口元に白い布を当てる。
途端、騎士はチカラが抜けたように動かなくなった。
難なく騎士を無力化した人物――山本奈々は、目的の建物に侵入する。
事前に建物の見取り図を頭に入れておいたため、
山本は最短距離である部屋にたどり着く。
部屋のカギを、
取り出した針金を使い、
ピッキングで開ける。
「静かに!
私は貴方たちを助けに来た日本人です
こちらの指示に従ってください」
有無を言わせぬ低い声。
室内にいた3人の女性は声に従い、
ただ静かに黙っていた。
各々手や足を鎖でつながれている。
女性に共通の特徴は、
皆かなりの美人であるということ。
異世界に連れてこられた人間で、奴隷に売られない場合、
おおよそ2つの選択肢が取られている。
一つが処分。もう一つが帝城内での奴隷。
事前に帝城内の奴隷の所在を調べ上げていた山本は、
この機に彼女らを救うべく行動を開始していたのだった。
全員の鎖を解除した山本は、
彼女らに指示を出す。
「これからここを出ます
とりあえず、貴方たちの安全を確保するために協力してください。
こちらが用意する所定の場所で待機してもらうことになります」
「あ、あの!
日本に、日本に帰れるのでしょうか?」
1人の女性が掠れた声で尋ねる。
「残念ながら日本に帰る手立てはまだありません。
しかし、いくつかの手がかりはあります」
「あ、あなたは……?」
「私も貴方たちと同じ異世界に連れてこられた人間の一人です
質問は以上ですか?
では、先を急ぎます」
予め、決めてあったルートを通って、
彼女たちをある建物の一室へ案内する。
「ここで待っていてください」
それから山本は3往復。
同じようにして建物に侵入を繰り返し、
計4名をその一室へ案内した。
「あと一箇所です」
「あ、あの、私にも何かできることはありませんか?」
「ありません
これからここを脱出する際、
おそらく徒歩での脱出になります
今は休んでいてください」
彼女たちを部屋に残し、
山本は最後の一箇所へ向かって行った。
手際よく騎士を3名無力化し、
目的の部屋を目指す途中。
「見事な手腕だ」
即時反転、
声のする方向を警戒するが――
「こちらだ」
山本が警戒した方向とは真逆から声が響く。
「ッッ!!」
「そう警戒なされるな
我はなにもしない
するつもりも、今はないのだ」
「……皇帝」
山本の前に現れたのは、
現帝国皇帝その人であった。
「もう一度言おう
見事だ。
魔法発動時の魔核を正確に打ち抜き
魔法を無力化する」
「……」
まさに的を射ている答えだ。
山本は極小の投擲針に僅かな魔力を纏わせて投擲。
相手の魔核に当てることで魔法の無力化を行っていた。
「それにその体術
魔法の強化無しにそれほど動けるとは、
たいしたものだ」
魔法を使うことのリスク。
それは魔法使いには魔力を感知される可能性がある。
それを防ぐため、極力魔力を使わずに対処していた。
「二ホンの軍隊、確かジエイタイというのだったか
そこの出身の者か?」
「……自衛隊ではない」
「ではない
それに準じる軍ないしは組織の出身ということか?」
「……」
押し黙る山本。
皇帝は気にした風もなく口を開く。
「まぁそれはよい。
だが、一つだけ忠告をしておこう。
“魔法”をあまり舐めない方がよい
足元をすくわれるぞ」
理解していたつもりだが、
現状まだまだ理解が甘かったと山本は反省する。
反省はするが、決して気は抜かない。
立ち居振る舞いに隙なし。
何が起きても対処できるように
十全に対応できるように。
そんな心構えを皇帝は見てとった。
「二ホンという国には貴公のような者もいるのだな」
「……私は、男ではない」
貴公という男性への敬称を指して皮肉る。
「ははは、
そうだな。
だが、そこらの男どもよりは、
よほど男であるぞ」
「それは、ほめ言葉として受け取っておきます」
「良いものを見せてもらった
もう行ってよい」
「……よろしいので?」
山本が疑ったのは第一に罠の可能性。
どう見ても山本がやっていることは帝国へ対する敵対行動。
それを見逃すと、
その国の現トップが言っているのである。
罠を疑うなと言うほうが難しい。
「よい。
我が皇帝でいられるのはもう数刻もない
動き始めた彼の者らを止めることはもうできん
我にできるのは、
有能な者を無駄死にさせぬために策を弄するのみ
そして貴公もまた有能な者のひとりである」
皇帝の真意を測りかね、
押し黙る山本。
だが、いつまでもそうしていられない。
考える贅沢が、今は持てない。
時は迫っているのだ。
「感謝します」
見送った皇帝は呟く
「時代が変わり始めたということかの
若き者に後を託すのも一興だが、
我も隠居にはまだまだ早い
そうは思わんか?」
「はい、私どももそう思っております」
山本が気づけなかった皇帝の側近たちが姿を現す。
皇帝は側近と共に、その部屋を後にした。
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いくつかのトラブルに見舞われたが、
それらを乗り越え、
山本は最後の日本人を連れて部屋に戻ってきていた。
「9名、全員いるな?」
部屋の中には、薄着の女性が9名。
日本人だけでなくアメリカ人とフランス人もいる。
それぞれが心配そうに、不安そうにひたすら押し黙っていた。
そんな彼女たちを励ますでもなく、
山本はただ、目の前の扉を見つめていた。
その扉は、入ってきた入り口とは別の扉であった。
「そろそろだな」
山本は扉に手をかけ、
開く。
「待っていた、相沢夏希」
気配通り、そこには相沢夏希が突っ立っていた。
「彼女たちも頼む」
山本の言葉に、
ナツキは何とも間の抜けた面を晒して固まった。
仕方ないので、追加で山本は説明を付け加える。
「彼女たち9名も全員地球人だ。
中にはアメリカとフランス出身の者もいるが、
意思疎通は問題なくできる
それと牢にいる者達よりは健康状態はいい」
そこで初めて、
奥にいる彼女たちも異世界に連れてこられた“被害者”だと気づき、
ナツキは慌てて返事をする。
「わ、わかった
とりあえずこの入り口に俺の仲間がいる
だれか来てくれ!」
少しして奥からナツキの連れと思われる少女が2人やって来た。
「この人たちも頼む」
ナツキの頼みに二つ返事で頷き、
9人を連れていく。
一方、ナツキは動かない。
何か言おうか言わまいか迷っているような表情だったが、
口を開いた。
「お前は――
なんでここに山本が?
いや、なんていうか、雰囲気がいつもと違うな
いつもはもっとこう、
頭パーって感じじゃなかったか?」
ナツキの言葉に少し、イラつきながらも、
平静を保ち、山本は切り出しす。
「相沢夏希、私は5年前と2年前のことを知っている」
お読みいただきありがとうございます!
今日も晴れ




