第107話 対聖人へ向けて 前編
帝都南西部
外壁の外、平原が広がっている地帯。
7人―黒衣の男、聖女、海龍、店長、イブ、マック、ジョン―は、
外壁の上から街道を眺めていた。
「あら、今日でしたのね」
「そうみたいだな」
聖女と店長は主語を抜いて話すが、
他の5人はそれを理解できていた。
街道の先、
うっすらと見えるのは、
数千人が移動しているありさま。
この場にいる者は、
当然知っていた。
近く、帝国国内で大規模な衝突が計画されていたことを。
「にしてもこれは偶然か……」
「偶然にして必然……でしょう
歴代の保有者に見られる傾向の一つです
保有者が争いを好むのか
争いが保有者を好むのか
わかりかねますがね」
海龍のつぶやきに黒衣の男が答える。
「あの部隊におそらく随伴しているはずです」
「ねぇ魔人さん聞いていい?
魔族は聖人と戦えるの?」
「それは第1次人魔大戦のことを聞いているのでしょうか?
我々魔人が聖人一人を倒すのに
8万3852名の犠牲を強いたあの戦いのことを。」
「ええ、
魔族は元来、魔力との親和性が高い
“聖域”において全ての魔力を支配できる聖人との相性は最悪よ」
「存じております
聖人の前に出た魔人は、
彼の者に触れることなく体が爆ぜる」
体内の魔力を支配され、
聖人がその魔力を爆発させる。
ただそれだけで、魔族は死ぬ。
聖女の懸念はもっともだ。
ヒトよりも魔族のほうが聖人との相性は悪い。
「ですが、我々は彼の者らに対抗しえるチカラを得つつあります」
黒衣の男は、力強く言い切る。
「そう、
なら期待しましょうか
そのチカラとやらにね」
「聖女、それはともかくとして、
この者らはどうする?」
海龍は店長らを指して言う。
「そうね
“普通の人間”には聖人と戦うすべがないものね」
「それなら提案させていただきます。
万拳殿には、帝国軍4個師団を相手にしていただきたい。
時機、水帝らが師団を連れて、帝城へ進軍します。
その時間稼ぎをお願いしたい。
イブ殿らには、
保有者―アイザワナツキが帝都を脱出する支援をお願いしたい」
「まぁそれが妥当ね」
「そうであるな」
聖女と海龍は頷き合うが、
店長は納得できていない表情で言う。
「いろいろと聞きたいことがあるが
時間が無いんだろ?
後できっちりと話してもらうからな」
黒衣の男と聖女の会話の中に、
“レイ”の名前も出てきた。
おそらく遠からず大魔法使いのもとへ行かなければならないのは確実だろう。
アスナ共和国へ行くという提案を店長は受け入れた。
と、同時に、店長はイブたちのほうに体を向ける。
「まぁなんだ
お前らにもいろいろと話さなきゃいけないことがある
とりあえず、ナツキのバカを帝都から逃がしてやってくれ
話はそれからだ」
今までの会話で当然自身が八大英雄であることも
ロキセ公国出身でないこともバレているはずだ。
ここまで何も聞かずにいてくれたことに店長は感謝した。
「とりあえず、了解です
ナツキくんが困っているなら助けないとね」
「そうだな。久しぶりにナツキに会うのもいいだろう」
「決まりですね」
「ではこれをお持ちになってください」
黒衣の男は小さな黄色い石をイブに渡す。
「アイザワナツキが帝都を出た際に
この石に魔力を流して下さい。
そうすれば、私の持っている石が光りますので」
「わかりました」
イブ、マック、ジョンの3人はすぐに帝城へ向けて出発した。
「なら俺も行くか」
「万拳殿もこれをお持ちになってください
アイザワナツキの帝都脱出の合図が撤退の時期です」
「ああ、これが光ったら適当にずらかるさ
聖女、合流はどうする?」
「そうね……
ロキセ公国の城跡でどうかしら?」
「……まぁ妥当だな
下手に人がいるよりはいいか」
黒衣の男が声を上げた。
「来ました。
あと5分というところでしょうか」
他の者も視線を平原に向ける。
展開する部隊の中央。
一軒家くらいの建物が動いている。
あれが聖人のいるであろうチャペルと呼ばれる建物であった。
「そろそろもう一人援軍を呼びます」
そう切り出した黒衣の男は、
胸元から小袋を取り出す。
その中には、魔結晶石が袋いっぱいに入っていた。
「な!?」
「一生遊んで暮らせるレベルね
うらやましい~~」
店長が驚愕し、
聖女はうらやましがる。
「有事の際にと持っていたものですが、
こんな形で使うとは思いもしませんでしたよ」
袋全ての魔結晶石の魔力を使う。
「何を――」
海龍のつぶやきは目の前の光景に圧倒され、途切れる。
黒衣の男の正面にまばゆい光が放たれる。
「私の固有魔法は“空間転移”
移動する距離や移動させる物体の持つ魔力量によって消費魔力が異なります」
南大陸、始まりの森から呼び寄せる故、
とてつもない規模の魔力が必要であった。
「来ましたね」
「おうおう、
やっぱり俺だな
事情は聞いてるぜ
聖人を殺すんだってな」
光から現れたのは筋骨隆々の大男。
「ほう、こりゃ久しぶりだな
ヒトの英雄
聖人にその上、英雄の相手もするのか?」
聖女と万拳を見て、その大男は聞いた。
「いえ、今回、彼らは仲間です」
「ははは、そりゃおもしれぇーな
俺はガルス
ガルス・ガリオン
よろしく頼むぜ」
笑う大男とは対照的に、
店長から表情が無くなっていた。
「殺す」
店長が振りかかる。
爆発的な加速。
海龍と聖女は止めることもできず、
店長は大男へ向かい――
拳が大男へ当たる刹那、
大男が消えた。
「万拳殿、
落ち着いてください」
黒衣の男の瞬間移動により、
大男は聖女や海龍の近くに移動していた。
「落ち着け?
サーマル王国を侵略した魔族軍の将軍
ガルス・ガリオンを目の前にして落ち着けだと!?」
大男の名乗った名――ガルス・ガリオンは
魔族軍4魔将のひとつの名であった。
また第一次人魔大戦後期、
サーマル王国を滅亡へ追いやった魔将軍としても知られている。
「ルドルフ、落ち着きなさい」
「そうであるぞ万拳殿」
聖女と海龍の説得むなしく、
店長は臨戦態勢を解かない。
「はぁ仕方ないわね
ルドルフ、よく見なさい」
本当は大魔法使いと会ってから聞かせるべき内容だが、
事態は一刻を争う。
「貴方もフードを外してくれるかしら?」
黒衣の男に聖女は告げる。
黒衣の男は意図を読み取り、
その黒衣を脱ぎ去る。
「ルドルフ、どう?」
「ああ?
角も尻尾もありやがる
普通の魔族だろ」
店長は魔族を見る。
黒衣の男は、角があり、尻尾もある。
顏は獣の様な気で覆われている。
また大男も同様だ。
角や尻尾に多少の違いはあれど、
“ヒト”とは大きくかけ離れている。
「そのまま見ていなさい
海龍できる?」
「構わん。
万拳殿であれば、耐えられるだろう」
海龍は店長の後ろに移動した。
それを訝しむ店長。
「ああ、何を始めるんだ?」
「この世界の“真実”の一端をルドルフに教えてあげるわ」
「少し気分が悪くなるが、我慢されたし
では行くぞ」
海龍は左手を突き出し、右手を大きく引く。
何かをつかむようにして、
右手を押し出す。
店長の後頭部直前でそれをピタリと止めた。
止めたが、押し出した空圧は止まらない。
それは店長の頭に直撃しする。
気配を隠すような動きではなかったため、
背後にいる海龍の動きは店長にとって手に取るように分かった。
ゆえに、後頭部の直前で、
右手が止まることも、
押し出された空気が後頭部に直撃することもわかっていた。
だが、あえて避けなかった。
聖女が避けるなと目で訴えていたためである。
少し前のめりになりつつ、
頭をさする。
「痛ってーな
ったく、なんなんだよ」
「ルドルフ、もう一度魔族を見なさい」
「ああ?
見てどうするん――」
どうするんだよ
――そう続けようとした言葉は途中で途切れた。
魔族がいないのである。
魔族はいない。
だが、見覚えのある服装の男が二人いる。
そう、先ほどまで話していた黒衣の男と大男の服装でたたずむ見知らぬ二人が。
「な!?
あいつらは?」
「万拳殿」
黒衣を纏った男の声は先ほど聞いていた黒衣の男の声に他ならない。
だが、その声を発しているのは、
角や尻尾を持つ“魔族”ではない。
目や鼻、口、どれをとっても“ヒト”の容姿であった。
「なにが……どうなってやがる!?」
「そうか、あんたは知らなかったんだな
なら無理はないな」
大男の声に、彼のほうを向く。
肌は赤黒く、髪は緑だが、
顔立ちは“ヒト”そのものであった。
ただ、大男――ガルスの腕は、
先ほどまで見ていた“魔族”の腕と変わりない
獣のような毛で覆われ、大きな爪を持っていた。
ヒトの顔と身体に、魔族の両腕。
しばし、言葉を失っていた店長が再び驚く。
「な!?」
店長の目には、
黒衣の男とガルスが、
再び先ほどの姿に変容していくさまが映っていた。
「い、今のは……」
「少しは落ち着いた?ルドルフ
そろそろ聖人が来るから時間がないわ
とりあえず疑問は棚上げしてもらえる?」
「……ああ
わかったわかった」
背筋が冷たくなるのを感じつつ、
今はただ、目の前の魔族を凝視した。
お読みいただきありがとうございます
今日も晴れ




