第94話 決めなければならないこと
彼女の歩んだ異世界は想像を絶するものだった。
それに、
それにだ!
他にもたくさんの日本人!?
俺たちが初めてじゃないのか?
「ナツキさんがこの世界に来たとき
日本ではいつ頃でしたか?」
「えっと……
西暦2030年7月」
「そうですか……
もう2年も経っているんですね
なにか、なにかニュースとかに
なっていませんでしたか?」
「……ごめん
覚えが……ない」
「……そうですか
ナツキさんはどこの出身ですか?」
「京都の出身だけど」
「え?私も京都です
京都の山科です
わかりますか?」
「山科か
何度か行ったことはあるよ
俺は桂
えっと西京区の出身
わかる?」
「西京区……
行ったことあります
西京極の体育館で剣道の試合の応援に行きました
懐かしいな
でも同じ京都の人でも知らないんですね」
「それは――
……でも俺はクラスメイト30人とこの世界に来たから
さすがに騒ぎにはなってるはず
高校の一クラス丸ごと消えたら絶対に問題になる……はず」
確証はない。
聞けば、この子以外にもたくさんの日本人がこの世界に連れてこられていたのだ。
その片鱗を俺は日本で感じたことはなかった。
行方不明者の特番は見たことあるが、
異世界に連れていかれたなんて
とんでもな話は一度も聞いたことはない。
異世界召喚は
どれくらい昔から行われていたのか
トータルでどれくらいの人が連れてこられたのか
本当に日本は、政府は気が付いていないのか
考えても仕方がないな。
少なくとも俺は向こうでそんな話は一度も聞いたことがなかった。
でも全く希望がないわけじゃない。
天文学的な確率でのみ残っている
と俺は思っている。
「助けは来ないですよね」
そんなことはない、と
簡単には言えなかった。
日本の自衛隊は海外に派遣するのだって簡単じゃないのだ。
隣国に拉致された日本人を取り返すだけでも何十年かかる。
ましてや異世界。
たとえ、たとえだ、この世界に来る方法が分かったとしても
簡単には来れないだろう。
「助けは来ないかもしれない
でも、
だったら帰ってやればいい」
「え?」
帰ってやればいい
簡単じゃないのはわかってる
簡単に口にしていい言葉じゃないのももわかってる。
でも――
「みなみ、
そんな、
中学生がそんな顔するなよ」
今、日本には中学3年になる妹がいる。
この子と同い年だ。
でもとても同い年には見えない。
表情が死んでいるのだ。
生きてきた過酷さが違うのだろう。
そんな顔をさせたこの世界に、
今まで暢気に生きてきた自分に腹が立つ。
自分が恥ずかしい。
特になんの決意もなく、
ただこの世界で過ごしていた。
どこか遊びだったとは言うまでもない。
異世界だ。
魔法が使えないくて、帰りたいと言いつつも
俺は異世界を楽しんでいた。
旅をしたり迷宮に行ったり、
レイやセシリア、エルマとご飯を食べたり。
そうやって俺はこの世界を楽しんでいた。
でも、その裏で、
同じ日本の人が苦しんでいた。
そんなこと知らなかった
そう言って言い逃れはできるだろう。
でも兆候はあったのではないか?
思えば、明らかに人手不足だった帝城
あれは別の、別の日本人に手間を取られていたからじゃないのか?
普通に考えて一国の首都の城が人手不足なわけないだろ
思えば、帝国の対応の良さ
まるで俺たちの扱いがわかっている間の様な忠告に、活動の指針
他のメイドや騎士の態度
異世界人を受け入れている城内の人たち
もっと警戒してしかるべきだったのではないのか?
思えば、俺たちが選ばれた理由
知識でないことは今となっては明白だ。
高校生に知識などあるわけがなく、
どうして俺たちが選ばれたのか深く考えなかった。
そのことから目を背けていた。
思えば、奴隷オークション
異世界人と聞いた時の反応。
もの珍し気に、それでも購入しようとする人間がいた。
おかしいだろ。
本当に俺が初めての異世界人なら
あの程度の反応であるわけがない。
ヒントはたくさんあった。
でもそのすべてを俺は見逃した。
見なかったことにしたんだ。
クズ野郎だ。
本当のクズ野郎だ。
みなみは最低なんかじゃない
なにもしていなかった俺こそが最低だ。
無能を晒し続けた自分に腹が立つ。
俺は俺であるために決めなければならない。
日本に帰った時胸を張って家族に、妹に会える俺じゃないとダメなんだ。
「帝国の地下にはまだ――」
「はい、おそらくまだたくさんの日本人が」
「クソッ」
どれだけいるんだ?
10か?20か?
それとも100か?
なら葉山や大沢は?
あいつらなら下手なことにはならないと信じたいが……
「アン、帝国への魔法陣は?」
「帝国領土内にはありませんが、
帝国領の近くにはあります
馬を走らせれば四日ほどで帝都に着くでしょう」
四日、
たったの四日で救える人たちがいる
「ですが、
ですがマスター
帝国にはいくつもの騎士団があり、
そのほとんどが皆、
北帝流の上級以上の者ばかり
それだけでなく
帝を冠する北帝流聖級の
水帝、炎帝、雷帝、風帝、剣帝、氷帝などが存在しています
マスターでは太刀打ちできないでしょう
開幕速攻ぺちゅん確定です」
(マスターにチカラを与えるのが早すぎたかもしれませんね
いずれ倒さねばならない敵でも今のマスターには荷が重すぎる)
「マスター少し落ち着いて冷静になってください」
焦燥、怒り、不安、恐怖、
いろんな感情が今の俺の中にはある。
冷静になれるほうがどうかしている。
こんな話を聞いて、事実を知って
冷静になれるわけないだろ。
「マスター
視るべきもの視てください」
視るべきものって――
そこで気が付く。
レイが俺を見つめ続けていることに――
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