第92話 日本人
「たすけて
にほんに――
――かえしてよ」
に ほ ん
にほん
日本
身体中に電気が走った。
と、同時に――
助けないと
そう思った。
剣は降り下ろされ始めている。
レイからじゃ距離があり過ぎた。
セシリアはちょうどその少女に背を向けている。
この場で、
今、
なにかできるのは俺だけだ。
だが、<アクセル>を使ったとしてもとても間に合わない。
間に合わないのだ。
考えている間にも時間は過ぎていゆく。
少女の顔が絶望から諦念へと変わってゆく。
もう恐怖もなにもない――そんな表情に。
俺よりも幼い少女の“生”さえもあきらめたような表情。
なにか――
何かないのか!?
(――――――――)
「<ダブル――アクセルッ>」
気が付いた時には叫んでいた。
アクセルをはるかに超える一瞬の加速。
およそ30mの距離を0,01秒ほどで。
五感はすべて置き去りにされた。
瞬間移動したと錯覚する速さをもってして
その少女のもとへ。
ガツッン
バキッ
ドンッ
3つの音が鳴る。
一つは加速のあまり、少女に覆いかぶさるようにして止まった俺が壁に激突した音。
もう一つは、両腕で咄嗟に壁を押さえようとして、
右手は木製の壁をぶち抜いて、
壁のほうが強かったみたいで左腕が折れた、そんな音。
最後が、少女を狙った剣の振り下ろしが俺の肩に直撃した音。
斬り込まれたが、
まだ浅い。
少女は唖然とした表情を浮かべた。
無理もない。
いきなり人が現れたように見えただろうから。
何か言った方がいいのだろうか?
こういう時、少女にかける言葉は――
「自衛隊じゃなくて悪いが、
それでも君を助けに来た」
「に、にほん……じん?」
「ああ、日本人だ!」
かっこよく決めたつもりだが、
いかんせん。
左腕は折れ、
右手は壁にめり込んで抜けず、
俊靴は煙を上げて、
右肩には敵の剣が食い込んでいる。
だが、
すでに勝敗は決している。
なぜならこの時点で俺がやられていなければ、
あとは頼もしい仲間が何とかしてくれる。
スパン
風を切り裂く音と共に
敵の男の両腕は、胴から離れた。
「ナツキ
無事か!?」
「ああ、なんとか」
俺は悟る。
俺がやる気を出すとろくでもないことしか起こらないと。
*************
松本美南海 (みなみ)
少女の名だ。
あれから無理言ってこの少女との話合いの場を用意してもらった。
話し合いの場といっても普通に俺とレイの宿屋だ。
他の感応者の少女たちはこの間の会館で保護されるそうだ。
敵組織を宣言通り壊滅させ、
いろいろと収穫があったようだ。
あらから少女は気絶してしまった。
のでまだなにも聞けていない。
起きるのを待って聞いてみることにした。
「こ、ここは……」
「おはよう」
「……」
「俺は相沢夏希
日本人だ。
えっと君は?」
「松本みなみです
美しい南の海
美南海でみなみ」
「おお、いい名前だね」
「…………」
誰かこの沈黙を何とかしてくれ。
みなみは事態を把握しきれていないようだ。
きょろきょろを辺りを見回し、
心配そうに不安な顔つきだ。
「安心していい。
もう賊は始末した」
「え?」
「レイだ」
「みなみです
えっとその、ありがとうございます」
見かねてレイが助け舟を出してくれた。
よし、聞きたいことを聞かねば。
「日本からどうしてこの世界に?
えっといつ頃とかわかる」
何を質問するか
肝心なことを決めていなかったのでどうしようか
悩んでいたら、みなみは話し始めた。
彼女の歩んだ異世界召喚を。
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