⑤
★
ちっ、いねぇ。
にぎわう、テラスを一通り眺めたが、あいつの姿はなかった。
あいつ…どこにいんだよ。
マジで寝てねぇから、息切れる。走って暑いはずなのに、身体はどんどん冷えていく感じがした。額に冷汗がにじむ。俺は柄にもなく、焦ってた。
東館は、学部が違う俺はめったに来ることはない。
1階、2階と見て回ったが、どこにもいねぇし。3階に上る階段を探していたとこで、続々と人の流れができている空間があった。あっちか?階段を見つけたと同時に、人の流れのその中知っている顔を発見する。サークルによく参加してる女だ。
「高木!!あー、あいつ…水原どこいっか知らね?」
俺は慌てて呼び止める。
「あれぇ?九条なんでこっちの館いんの?」
高木は、普通ならいるはずのねぇ俺の姿を発見し、驚いた顔を見せる。すぐさま、群れを離れ駆け寄ってきた。
「あぁ、ちょっとな。お前さ、水原と一緒の講義とってたよな?今日もう終わり?」
「水原さん?さっきまで一緒の講義受けてた。次私たち空きだよ。私は今日はもう1個あるけど、水原さんたちはとってるか分かんない」
「さっき?部屋どこ?」
「301だけど?」
「悪りぃ、助かった」
「え!?ちょっと九条」
俺はそのまま、階段をかけあがった。
水原、マジで逃げんなよ。
☆
「水原…やっと見つけた。お前電話シカトすんじゃねぇよ」
低い…どこかかすれた声。呼ばれて振り向くと、
そこには、息を切らした九条が立っていた。
…なんで?
雨の中、追いかけてきた九条の…どこかあん時の表情と重なって見えた。
麻友と一緒にいて和やかになった心が再び凍りつく。予期していない状況が舞い降りて、言葉が出ない…。そんな私より先に、隣にいた麻友が発する。
「九条なんの用?あこに構わないでよ」
こういうときの親友はかなり強い声色を使う。
彼はひるまない。
「は!?お前誰?関係ねぇだろ。おい、水原ちょっと来いよ、話あるっつったろ」
腕を無理矢理つかまれる。
私は反射的にそれを振り払ってしまった。
……。
一瞬ピリッとした空気が流れたのを感じた。
麻友は私が心底嫌がっていると思ったのか、さらに強気な態度にでる。
「はぁ!?信じらんない!!私、同じサークルなんだけど。九条、あこ嫌がってるじゃん!!やめてよ!!」
「あー、うるせぇ。水原、お前さ…罰ゲームのことあいつらから聞いたんだろ?」
麻友にかまわず、彼は話を続ける。
『罰ゲーム』という言葉に私は身体が強ばるのを感じた。鼓動が速くなる。
やめて…
聞きたくない
「え!?罰ゲームって何?どういうこと?」
何も知らない親友の発言に私ははっと我に返った。
麻友に心配かけたくないし、知られたくない。
「あ…九条、話聞く!!聞くから…だから」
「なら、来いよ」
腕を再びつかまれ、連れていかれる。講義室に残された麻友は、訳が分からず…
「ちょ、待ってよ、何?」
「九条~!!あんた、あこのこと傷つけたら許さないからね!!」
叫んでいた。
☆
「腕離して!!」
「あ…あー、悪りぃ」
3階の端にある、小さな休憩スペースに来た所で、
九条はようやく腕を離してくれた。
たまたま、誰もいないことにほっとする。
一瞬彼は私の様子を伺うように見た後、言いずらそうに話始めた。
「あー、さっきの続き。お前さ…あれ、罰ゲームはちげぇから」
「違うって何が?」
こんなに冷たい声、自分でも出せるんだと思った。
私の淡々とした態度に、彼は困惑した表情をみせる。
「だから、確かに罰ゲームだったけど…あれは…」
さっきまで、話したくないって…嫌なこと聞きたくないって思ってたはずなのに…。怒りの感情が込み上げてくる。
「私…九条がそういうので、誰とでも…私とできるとか…最低だと思ったよ」
私の怒りに触れ、彼はため息を溢した。
私を見る彼の瞳にもまた、怒りがにじむ。
「最低って何?お前は俺が罰ゲームっつーくだらねぇことだけで、お前とヤったと思ってるわけ?」
なんで九条の方が強気なの?
悪びれる素振りを見せようとしない彼に、怒りが倍増する。
「だって、そうじゃない?九条私のこと好きじゃないってフッたのにするとか、それ以外考えられない!!」
ついに、本音を言ってしまった。九条を見ると、彼は先程とは違い、私の言葉に明らかに動揺を見せた。
「あー、お前さ…俺が好きじゃねぇっつったの覚えてんの?…全部忘れたわけじゃねぇんだな?」
忘れるわけないじゃない…
改めて確認されると、心をえぐられるような気がしてくる。
私はどんどんみじめな気持ちになって、
逃げたいのに、九条に連れてこられて、知りたくないことを知ってしまう。
なのに…
目の前の男は私とは対照的に笑った。
な…なんで、この状況で笑えんの?
「も…もう、いいよ。もうこういう風に九条と話したくない!!麻友心配するし、私行くから」
目線を九条から避けたまま、私は去ろうとする。
「待てよ!!俺は話終わってねぇし、つか勝手に自己完結すんじゃねぇよ。」
「ちょ、離して、痛いってば」
両手首を強引に掴まれ、身動きがとれない。
「……だから、好きだっつってんだろ?お前のこと。」
はあ!?
「好きでヤったに決まってんだろ。バカじゃねぇの?お前だからだろ。他の奴ならしねぇよ。なんで分かんねぇんだよ?」
……。
九条何言ってんの?
意味分かんない。これも罰ゲーム?
黙る私に、不機嫌そうな声がかかる。
「おい、何か言えよ」
「嘘。そんなん嘘だよ」
「はぁ!?なんで嘘つかなきゃなんねぇんだよ?」
「だって…私フラレてるし……罰ゲーム…」
「だから、それは悪かったよ。けど、気持ちなきゃしてねぇから。な、ちゃんとお前のことマジだから」
……。
抱き締められ…耳元でなだめるように優しくささやかれる。甘い言葉…。
九条がこんなことするなんて…
これも嘘?
また罰ゲームのため?
それとも…
☆
『俺も好きだよ』
ほんとに?嬉しい。私のこと好きになってくれるなんて思わなかったから。佐賀、ありがと。大好き。
「佐賀?あいつこないだサヤカとデートっつってたよ」
「え!?水原お前、あいつと付き合ってたのか?マジで?あいつサヤカと付き合ってるっつってたぞ」
嘘だよね?
佐賀、私のこと好きって言ってくれたもん。
信じてる…。信じて…
『亜子…お前なんか勘違いしてね?遊びで何回かやってやっただけじゃん。お前が俺を好きっつーから、仕方なくな。でももうやめっから、じゃあな。』
ドンッ
私は九条を突き飛ばした。
「水原?」
私の行動に、明らかに戸惑いをみせる九条。けど…
「ムリ。そんなん嘘だよ。今さら信じられないよ」
私は彼を置いて逃げた。
傷つきたくない…。
夢見てたはずなのに…けど、信じられなかった。
★
水原に突き飛ばされた。
『信じられない』マジになった女に毎回言われるセリフ。またかよ。また…
くそっ…
髪をぐしゃぐしゃにする。
どうやったら、お前は俺のこと信じる?
追いかけたい気持ちとは裏腹に…身体は冷えて目の前がサァーっと暗くなる。
ガタッ
やべぇ。俺は壁にもたれかかり、短い呼吸を何度か繰り返す。追いかけらんなかったな…マジでだせぇ。