④
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★
あーダメだ、全然酔わねぇ。
店内には酔っ払った佐井と高松の笑い声が響く。
うるせぇ。苛立つ気持ちを抑えるように煙草をくわえる。リョウは、飲み仲間のリサと2人で先に帰った。
「ねぇ、九条…うち近いんでしょ?この後行っていい?」
さっきまで、群れにいたはずの女が隣に座ってくる。甘えた声…
「お前誰?近けぇけど、ムリ。おい!佐井!!悪りぃ、俺先帰るわ」
立ち上がると、金だけ置いて店を出た。
★
冷たい風が頬を撫でていく。マジさみぃ。
バックポケットからスマホを取り出す。
時間を確認してぇだけだったのに、なぜかあいつのことが浮かんだ。
……。
もう帰ってるよな?
夜飯ドタキャンされてイラついてたはずなのに、
…俺もどうかしてる。
水原は結局、電話に出なかった。
★
シャワーを浴びて部屋に戻ると、テーブルに置いたままだったスマホが光り、着信があったことを知らせていた。気づいた俺は、すぐさまスマホを手に取る。
着信あり…『春子』
メールはリョウ、それに知らねぇ奴から数件入っていた。高松にメアドを教えてもらって…とある。
あいつ…勝手に人の連絡先教えるとか、マジありえねぇ。俺は知らねぇ奴からのメールを即行削除した。
***
★
あいつのことだから、次会ったらドタキャンしたこと気にして謝ってくるって思ってた。
なのに…
あれから、水原と会えてねぇ。
連絡してもでねぇし、数回短いメールをしてみたが、返信さえなかった。
避けられてる気がした。妙に不安になる。ヤッた直後は、あいつに逃げられたり、避けられたりもしたけど、最近それもなくなってたはずだった。
サークルに参加すれば会えんだろうけど、レポートに追われて俺自身顔を出す暇がなかった。寝る時間さえ惜しい毎日だった。
「佐井、お前最近サークル顔出したか?」
「よぉ、九条。最近、声掛けてくんねぇじゃん。また飲み誘えよな」
話ちゃんと聞いてたか?質問に答えろよ。
「悪りぃ、今度な。で、お前サークル行ってんのかって?」
「あ…あー、いや、行ってねぇ。ちょっと隆也先輩にキレられてさ」
話しにくそうに、目の前の男は口ごもる。
「キレた?お前何やったんだよ?」
先輩は強引なとこがあるし、態度もデケーけど、理由なくキレたりするタイプじゃねぇし。
「いや…まぁ、あー、九条お前もサークル行くのやめた方がいいぜ」
「は!?なんでだよ。意味分かんねぇ」
佐井は言うのを一瞬ためらい、俺を見た。はっきりしねぇ態度にイラつき、俺が睨み付けると、ようやく話始める。
「あー、罰ゲームでお前が水原とヤッたのバレた。
…ほら、こないだアヤカとの飲みあったろ?お前先帰ったけど、あの後水原と先輩に会ってさ。俺ら酔っぱらってたし、つい口滑っちまって…」
……。
一気に血の気がひいた。マジかよ。
水原と連絡がつかねぇ原因って…全て納得がいった。
先輩には別に知られても、ぶん殴られるぐらいで済むかもしねんねぇけど…。
あいつは…
俺は舌打ちをし、慌てて電話をかける。何回か鳴らしたが…やはり出ることはなかった。
『水原、話ある。電話出ろよ』
メールだけ入れて、構内を探すけど、見つかんねぇし。
☆
講義中、テーブルの上に置かれたスマホは、音を出さない代わりに、忙しく光を点滅させていた。消えたと思ったらまた光る。いきなり画面に『九条』の文字が浮かび、心がざわつく。
メールも届いた。そんなん出れるわけない。あの夜、九条が私に近づいてきた真意を知ってしまった。バレたことに気づいてないのか、彼から短くて挨拶文のようなメールが何個か届いた。電話も数回。けど…どちらにも私は返せずにいた。
話したくない
会いたくない
これ以上傷つきたくない
いろんな感情でごちゃごちゃだが、「傷つきたくない」というのが一番だった。
これじゃ、前の時と同じ…佐賀の時と。
『亜子…お前なんか勘違いしてね?遊びで何回かやってやっただけじゃん。お前が俺を好きっつーから、仕方なくな。でももうやめっから、じゃあな。』
背中がぞわぞわし、鳥肌が立った。
☆
講義が終わって、みんな一斉に出ていった。
私と麻友はそのまま講義室に残る。
「なんかあった?」
大きく伸びをした後、ふと思いついた…とでも言うように麻友は私の顔をのぞきこむ。
目があって…
5秒後、2人同時に吹き出した。
「も~やめてよ!!麻友変顔すんの」
「いや、あんたもノッたじゃん」
そう…そうなんだけどね…ほんと麻友ってさ。
…いいやつ。
「で?何があったの?あこが私に隠せるわけないんだから、全部話しちゃいなよ」
ほんと…かなわないなぁ。
これでも、精一杯なんでもないようにしていたのに。
「まぁ、だいたい予想はつくけどね、九条?」
ため息をつく、麻友。
「うん。私が頑張ったってムリだったのに、期待しちゃってさ~、ほんとバカみたい。フラれてんのにね」
笑った。だって話すと悲しいんだもん。
泣いたらこないだみたいに、先輩ん時みたいに、気を使わせる。そんなん、嫌だ。
『ねぇ、麻友。罰ゲームだったんだって、私としたの』
九条は仕方なく私と…
そんなことで、できてしまう彼が怖かった。
最低だと思った。
笑う女の人の声も、高松くんたちの声も…
私のこともっと知りたいって言ったのも
ご飯とか遊びたいって言ったのも…
笑ってくれたのも
雨の中追いかけてくれたこと
必死な声も…
全て嘘。
嘘だったんだよ…麻友。
そんなこと全部、麻友には言えなかった。
黙りこみ言えない私を、親友は責めることもせず、「あこ、頑張ったね、えらいぞ~」そう言って笑い、私の背中をバシバシ叩く。
「ちょっ、麻友痛い…」
「じゃ、はい。ごほうび」
鞄から出されたのは、チョコたっぷりのドーナツ。間に生クリームまで入ってる。
「私…ダイエット中」
顔をしかめた私に、彼女は誘惑の笑顔を見せた。
「……食べる。これだけ。ありがと」
「いえ、どういたしまして」
また棒読みな私たちのやり取りに、互いに笑った。
二人で分けあって、甘いあまいドーナツを頬張った。