②
☆
次の日麻友に会うなり、腕を引っ張られ、連れて行かれる。自販機の前…
「ねぇ、あこ!!昨日あれからどうしたの?2次会2人して来ないからビックリしたよ~。女の子たちは九条来ないって愚痴ってたし」
「あー、あの…ごめんね」
「いや、いいんだけど…それより『今日は麻友んち行けない。ごめん』ってメールだけだから、気になってさ…」
……。
「あー、あのさ…麻友、九条が終電ないって知ったら、泊めてくれて…」
「え~!?なに?九条んちに泊まったの?」
「う…うん」
「それで?え~!?ねぇ、それでどうしたの?」
「あ…朝まで寝させてもらって帰ってきたよ」
「2人きりだよね?普通女の子泊める!?なんかされなかった、大丈夫?ってか、亜子はあいつのこと好きなんだもんね、これってチャンスか」
「ち、違うよ!!何もないし。仕方なく泊めてくれたんだよ。九条の部屋彼女の物たくさんあったし、私のことそういう風に見てないよ。」
九条もそんなことないって、女に困ってないって言ってたし。私は慌てて麻友の発言を否定する。
「けど…まだ、好きなんでしょ?」
好き?
はっきり好きじゃないって言われてフラれたはずなのに…。
けど…
「……。」
麻友は黙りこむ私を見て、ため息をつく。
「ねぇ、ちゃんと気持ち伝えた亜子ってすごいと思うよ。それに…好きになってから、ダイエット始めたり、頑張ってたのも知ってるし…」
思いがけない優しい言葉をかけられて、泣きそうになった。
「ありがと」
「亜子はさ…そういう風に笑ったら可愛いし、自分にもう少し自信もっていいよ、あいつ…佐賀のせいでどんどん自信なくしちゃうしさ…今思い出してもムカムカするけど!!」
佐賀…初めての彼氏。私だけが付き合ってると思ってた相手のことを麻友はよく知ってる。あの時も、私以上に怒ってくれたよね。
「あの、もう私…佐賀のことは忘れたし…平気だから、ね!!麻友」
安心してもらうため、精一杯笑って見せた。
★
自販機の前、水原がいんのが見えた。あいつは笑ってた。
昨日送るっつってんのに、先に勝手に帰りやがるし。意味分かんねぇ。普通あの状況で何も言わずに帰るかよ。
苛立つ気持ちを抑え、あいつに話しかけようと歩きかけた時、タイミング悪く着信音が鳴る。
舌打ちし、ポケットからスマホをとりだすと、画面には『春子』の文字が浮かんでた。出るか一瞬ためらう。かけなおすって言ったまま春子には連絡してなかった。
『春子?』
『やっと、つながった。も~最悪!!和希の嘘つき!!』
出るなり、怒鳴られた。だから出たくなかったんだよ。
『あー、悪りぃ、忘れてた』
『ほんと、ムカつく!!和希っていっつもそうだよね。……ちゃんと説明してよ!!今日家に行くから。約束だよ!!』
『あぁ、分かった』
★
春子は部屋に来るなりキスしてきた。
俺はそれを引き剥がす。
「春子…お前ほんと高校から変わんねぇよな」
「痛ッ、ちょっと冷たくない?」
春子はにらみつけ、すねたフリをする。
「こないだ電話でも言ったろ。もうお前とはやんねぇし、家に置いてあんのも持って帰れよ」
「いきなり、『おまえの彼氏やめる』とか意味分かんないんですけど?」
「……その子、和希とは合わないと思うよ。いつものことじゃん。まだこりないわけ?」
「うるせぇ」
春子をにらみつけると、ようやくキンキン声が消えた。
「あっそう。私ももういいよ。勝手にすれば?」
春子はそう言うと、テーブルの下にあった化粧品のボトルやらを雑にバックにつめこみ始める。
最後に一瞬俺を見たけど、俺が苛ついているのを察したのか、そのまま壊れるかと思うほどドアを閉めて出てった。
後味悪りぃ。
俺は彼女が去っていったドアを見つめた。
☆
『あーこちゃん、お前今日もサークル来ないとかマジないよな?(^_^)』
隆也先輩からのメールに私は固まる。
笑顔の顔文字が逆に怖い。しかも"ちゃん"付けとか。先輩…怒ってるよ。
サークルは九条と会いたくなくて、最近は参加してなかった。今日は…逃げられない…か。
重い足取りで集合場所に向かう。
今日は河原のゴミ拾い。
今日みたいな仕事の時、参加する人員の数は一気に少なくなる。お祭りとかイベントの手伝いの時は多いのに…。
九条もいなくて…ほっとした。
もちろん、九条目当ての子たちも今日は来てなくて5人しかいなかった。麻友もバイトで来れないし。
「あこちゃん、やっときたね。先輩は嬉しいよ」
笑顔?怖い…
「あ、あのすみませんでした。で…でも、"ちゃん"とかやめて!!先輩怖すぎです」
「あこ~、怖いとか失礼だな。ま、来たから許す」
私の顔をのぞきこみ、満足そうに笑った。
そして、頭をぽんと叩かれた。
「さっ、じゃ気合い入れてやるぞ!!じゃねぇと、お前ら全員帰れねぇと思え」
「先輩~、俺腹減ってんすけど」
「うるせぇ、死ぬ気でやれ」
笑い声が起こる。なんだかんだで、サークルのリーダーである隆也先輩はみんなからかなり慕われている。この、サークルの雰囲気ほんと好き。
☆
3つのビニール袋がいっぱいになって、日がくれてきた頃、堤防から聞きなれた声がした。
「先輩ー!!悪りぃ遅れた」
「お、九条やっと来たか~。お前レポート終わったの?」
九条?
「ま、ギリでなんとか」
「じゃ、手伝え」
いきなりの九条の出現に、私は固まってしまった。
「あこ、お前それ重そうだから、そこ置いたままにしとけよ」
気づかないで欲しいと、うつ向く私に先輩の大きな声がかかる。最悪だよ…九条に気づかれてしまった。私がいること。
「水原…これ俺あっち運ぶから貸して」
堤防から下りてきた九条は軍手をした手で、私が集めたいっぱいのゴミの山の袋をつかむ。
「あ…うん」
するどい彼の瞳が私を見る。機嫌悪そう…
「水原、お前さ…なんで待ってろっつったのに先帰…」
「おーい、九条!!積むから早く袋持ってこい!!」
!?
「あ…今行きますって!!」
九条がまだ何か言いたげで私の前に留まる。
「水原、後でちょっとお前と話してぇ。これ終わったら待ってて。あ、帰んなよ」
「あ…えっと…九条?」
九条は軽々袋を持ち上げると、車の方へと行ってしまった。
☆
落ち着かない…どこを見ていいか分かんないし。
テーブルの下で私は手をぎゅっと握りしめた。
だって、目の前には九条がいる。
サークルが終わった後、みんなで飲みに行こうってなったのに、なぜか九条はそれを断り私とパスタ屋さんにいる。
「お前何食う?」
慣れた様子でメニューを私に手渡す。
九条はなんで私とこんなとこいるんだろ。
彼の行動がよく分かんなかった。
ぼけっとしてたらしい…
「お前迷うタイプ?今考えすぎてどっかいってたろ?」
私を見て吹き出す。こんな風に笑ってくれると思わなかった。
「あ…うん、そうかも。ごめん、待って今選ぶ」
慌てて私はメニューをパラパラめくる。ヤバイ…早く決めなきゃ。
「別に、気にしねぇし。ゆっくり選べよ」
「……。」
「なんだよ?」
「あ…ううん、ありがと」
☆
九条に連れられて入ったパスタ屋さんはすごくおいしかった。一瞬、口が汚れる…とか服に跳ねたら…とか考えたけど…九条は私をそういう対象として見てないし、彼が豪快に食べるから…なんか気にならなくなった。
「おいしい」
私がそう言うと、九条は満足そうに笑った。
ふいうちで、そんな顔見せるとか、ずるい。
私は動揺したのを隠したくて…喋り出す。
「ねぇ、なんで九条、私とご飯とか食べてんの?」
「なんでって…別に飯食べたっていいだろ」
「けど…私と九条そういうんじゃないじゃん。隆也先輩飲みに行こうって言ってたのに…」
なんで九条は断って私といるの?
私フラれてるし。そもそも、酔ってたからってああいうことがあって…。目の前の九条からいつの間にか笑顔が消えていた。冷たい目をしていて怖い。
「そういうんじゃないって何?遊びってこと?」
遊び?
その言葉にカッと顔が熱くなった。恥ずかしくて、酷く惨めだ。
「違くて…あの時は酔って…」
「へぇ、けどお前嫌がるどころか、俺にすがってたけどな。見た目と違ってマジひいたわ」
九条の口から飛び出す、残酷な言葉たち。
やめて…
パシッ
私は彼の頬を叩くことで、それを制止した。
「ってぇ」
私はもう彼と一緒にいたくなくて、そのまま店を出る。さっきまで晴れていたのに、外は本降りの雨が降っていた。冷たい雨が私を濡らし、重くのしかかる。
「おい、水原!!待てよ…おいって…」
!?
追いかけてきた彼に腕をつかまれた。
まさか九条がこんな雨の中追いかけてくるとは思わなかった。
「最低…離してよ!!」
「違ぇよ、さっきのは…俺が悪かった。頼むから帰んなよ」
……。必死な声。
「話てぇって言ったろ、こんなんじゃなくてさ…とりあえず、来いよ。このままじゃ帰れねぇだろ」
☆
最初は酔って記憶があんまなくて、2度目は終電逃して…そして今回雨にずぶ濡れ…。自分の間の悪さが嫌になる。
「上がれよ。お前そっち風呂だからすぐ入れ」
九条んち…玄関につったったままの私に声をかける。彼は濡れたスニーカーを乱暴に脱ぎ捨てると、タオルを頭にかけ、がしゃがしゃしながら戻ってきた。
「ほら、タオル。着替えはなんか貸すから」
タオルを頭からかけられた。
わけわかんない…。
☆
シャワーを浴びると、手足がじんじんして…身体が雨に打たれ冷えていたのがよく分かった。
あったかい…
頭はこの状況についていかない。
考えるの疲れた。
ようやく、出て居間に入ると九条はぼけっとテレビを眺めていた。
「九条?」
「あ…出たか。ちゃんとあったまったか?」
私は黙ったまま頷く。
「俺も入るから、お前はなんか好きなの飲んで待ってろよ」
テーブルにはペットボトルや缶が数本置かれていた。すぐに彼はバスルームへと消えていく。
落ち着かない。
仕方なく私は、テーブルのウーロン茶に手を伸ばす。こないだ、テーブルの下や回りにあった雑誌や化粧品はすっかり姿を消していた。
片付けたのかな?
女の子との噂は絶えないし、電話の彼女…春子?の存在を知っているけど…その影を今この部屋では見なくて済んだことにどこかほっとした。
☆
ガチャ
ドアがあき、九条が戻ってくる。
近づいてくると、すぐさまテーブルの上から水のペットボトルを取り、流し込む。ドカッと床に座り、タオルで髪を拭く。慣れないシャンプー匂いがさらに私を落ち着かなくさせた。
「おまえ、どうする?もう少し居れんの?」
「へ!?」
「お前なんつー声だしてんだよ。だから、時間まだ平気かって?」
あ…私は慌ててテーブルの上に置いてある時計に視線を向けた。9時40分…
「まだ、電車ある時間だし平気…けど迷惑だし帰…」
「迷惑じゃねぇし、なら帰んな!!」
「あ…うん、じゃ、もうちょっと休んだら帰るね」
……。
「話…今日お前と話てぇって俺言ったろ。あれは店でのは違くて…本音じゃねぇっつーか、ちょっとムカついて…悪かったよ」
本当にすまなそうな顔をする。
急に不機嫌になったり、謝ったり…最近いろんな九条の表情をみている気がする。
「いいよ、もう…」
「あー、で俺が話したかったのは、もっとお前のこと知りたいっつーか、今日みたいに飯食ったりしてぇってことで」
「…なんで?急に?」
「別に急じゃねぇけど、サークル一緒だけど俺ら話したことあんまねぇし。最近お前にさらに拒否られてるしな」
……。
「水原が時間ある時でいいから、たまに2人で飯食ったり遊んだりしねぇ?」
私だけが気まずいんだと思ってた。どうしていいか分かんなくて逃げてたこと、九条がそんな風に気にしてるなんて知らなかった。
「けど…九条彼女いるし…誤解されたら嫌だし」
「誤解ってさぁ、そもそも俺、彼女いねぇけど?」
ため息をつき、呆れたように彼は言った。
けど…『彼女がいない』って信じられるわけない。
じゃあ、部屋にあったのは?春子は?
聞きたいはずのに、どうしても聞けなかった。だって別に九条と付き合うわけではない。私が聞ける立場ではないような気がしたから。
「うん、友だちみたいになれたら…いいね」
心にできた蟠りを隠し、笑って言った。
「お前…やっぱ、嘘だったんだな。バカみてぇ」
九条は低い声で何かぼそっとつぶやく。
「え!?何?」
「なんでもねぇ。じゃ、『友だち』よろしくな」
……。
私は、告白してフラれた相手…フラれたはずなのに酔った勢いで1度だけ関係を持ったらしい相手…九条和希と『友だち』を始めることになった。