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身体が重くて…気持ち悪い…

私は慣れないさらりとした冷たい感触のシーツに身をゆだねていた。


「水原、起きたか?」


突然低い男の声が聞こえて、私は反射的に瞼をあけ、起き上がる。その瞬間頭に痛みが走った。

何が起こったのか分からず、茫然とする私にかまわず、立っている男は面倒くさそうな様子で続ける。


「起きたんなら、さっさと服着て帰れよ」


服…?

彼の言っている意味が分からなかった…


!?


私はがばっと布団に潜る。


「今さらじゃねぇの?それ」


「な…なんで…私…九条とこんな…」


考えようとすればするほど真っ白になって、頭がついてかなくて、泣きたくなった。


「なんでって…それ俺に言う?マジで覚えてねぇの?」


覚えてない…

昨日サークルの飲み会で、いつも飲まないお酒を先輩から勧められるままに飲んで…


飲んで…?



彼からため息がこぼれた。



「めんどくせぇ。お互い酔って1回やっただけだろ。お前も経験あったみてぇだし、そんな顔すんじゃねぇよ。」


私とのことはどうでもいいといった感じだ。






九条和希…

長身なのに顔もよくて、大学内ではかなりの有名人だ。ピアスやアクセをしたり、髪を明るくしたり…のちゃらい派手さはない。

けど…刈り上げられた黒髪、鋭い瞳…が彼の意思の強さを思わせた。


女にも手早く、噂は耐えない。

その気もないクセに、やることはやって…。



私はそんな最低な男…九条が好きだった。

けど…平均とは決して言えない太めな体型。可愛いともキレイとも言えない顔…私なんか彼女になれるはずもなかった。


私が入っているボランティアサークルに彼が入ってきたのはかなり意外だった。隆也先輩からサークルの人員確保のため、半ば強制的に連れて来られたみたい。先輩の思惑は見事に成功して今はサークルの人員は倍になった。増えたのは女の子ばかりだけど…。





「九条、お前飲み会の後、水原のことお持ち帰りしたってマジ?」


からかうように、佐井と高松が身をのりだし聞いてくる。


「罰ゲームだろ」


俺は淡々と答えることにした。


「まぁ、俺らが言ったんだけどさ…マジで水原とやったの?」


「あぁ」


「お前すげぇよな、いくら女好きでも、水原はねぇよ。腹とかあいつやべぇんじゃねぇ?つか、お前あいつの初めての男じゃん」


バカ笑いが2つ響いた。


「別に…俺が初めてじゃなかったみてぇだけど…」


「あ?何か言ったか?」


「別に…なんでもねぇよ」





「よぅ、和希。あいつらから聞いたぜ。つか、お前春ちゃんにバレたらマズイんじゃねぇの?」


「春子は俺が何しようと別に気にしねぇよ。」


「は!?もしかしてうまくいってねぇの?」


……。


「さぁ…どうかな…分かんね」


「なんだよ、それ」


そう言って隣でリョウは呆れて笑った。






九条の部屋で目覚めた衝撃の朝…。

あの時は頭が真っ白になって、ワケわかんなくなってしまったけど…


冷静になるとその日の夜の記憶が断片的にだけど、思い出された。


『水原…』


九条の冷たい瞳が少し熱を帯びる。

夢なのか…ほんとの記憶なのか疑いたくなる。

思い出して…頬が熱くなるのを感じた。


『俺はお前のこと好きじゃねぇけど』


もう1つの記憶が浮かぶ。

私を蔑むような瞳の九条…

ツキンと胸が痛んだ。


あ…そうだ…私…飲み会の後、九条を引き留めて酔った勢いで、彼に言っちゃったんだ。


『好き』


けど…


『で?それが何?』


そんな彼のあまりにも冷たい対応に泣いてしまって…


『マジ、うぜぇ。泣くとかマジ最悪』




今日は福祉施設のイベントの手伝いをしている。

施設のおじいちゃんやおばあちゃんも、お店を出して参加するんだけど、施設の職員は1人1人につくことができなくて…だから、私たちのサークルが出来ないことを助けたり、怪我とかしないように見てる役目を担っている。


「あー、これキレイですね、作ったんですか?」


それはビーズで作られた指輪たち。

太陽の光を浴びてキラキラ光っていた。


「そうなのよ。あこちゃん、きれいでしょこれ。私が作ったの」


「はい、キレイです」


私が笑うと、おばあちゃんは嬉しそうに笑い返してくれた。こういう時、すごく嬉しくなる。



突然、キャーという声がして、和やかな雰囲気は一瞬にして騒がしさに変わってしまう。視線を声の方に向けると九条の周りに女の人がたくさん集まってた。……。今日あいつも参加だったのか…。



九条とは…

あの朝以来話してなかった。

サークルにも九条はあれから来てなかったし。

元から気が向いた時にしか顔を出さない奴だし、私とは学部も知り合いも全部違うから、かかわる機会なんてなかった。



好きな人に…

1回だけでも抱いてもらえたことを喜ぶべきなのかな。あいつも、どうでもいいみたいだし。


……。


「あこ…お前元気ねぇぞ。疲れたか?」


隆也先輩が飲み物を持ってきてくれて、隣にドカッと座る。


「先輩の奢りですか?」


誤魔化したくて笑って見せたんだけど…


「あこ…おまえのその顔は可愛くねぇな」


大きな手で頭を撫でられてしまった。

先輩ってほんと面倒見いい人だよなぁ…。

可愛くねぇって…言われなくても分かってるし…。


「そんなこと分かってますよ」


「ちげぇよ、変にとんなって。あこは笑うとちゃんと可愛いって」


そう言って先輩は笑った。

さっき、可愛くねぇって言ったくせに…。



***




大学に入って、私になんと彼氏ができた。

それまで彼氏なんてできたことなかったし、高校の時は友達の聞き役ばかりだった。ホントは彼氏とケンカして愚痴を言う友達さえ、羨ましかった。



浮かれてた。


けど…半年付き合って…彼の浮気で終了した。

私から?じゃなくて、彼から別れをつげられた。


『亜子…お前なんか勘違いしてね?遊びで何回かやってやっただけじゃん。お前が俺を好きっつーから、仕方なくな。でももうやめっから、じゃあな。』


確かに私から告白した。

けど…『俺も好きだよ』って言ってくれたのに…付き合ってると思ってたのは私だけだったんだ。

みじめで恥ずかしくなった。


苦しい記憶。



***



こっちに近づいてくる人がいるのが見えたけど、まさか彼だとは思わなかった。私は視線を彼からそらし動揺してるのを必死で隠す。


「お~、九条、お前女と遊んでねぇでちゃんと働いてるか?」


「働いてるし…つか先輩こそ何さぼってんすか?」


「さぼってねぇよ。あ~じゃあ、亜子はまだ休んでろよ。俺は先行くから、な。」


頭を撫で、笑顔を見せる先輩。

なんだかんだで優しいんだよね。

先輩と一緒に行くと思ってたのに、その場に残る九条。気まずくて、私は手元の缶に視線をおとす。



「お前さ、今日この後の飲み会参加すんの?」


え!?


「あー、うん…行くけど?」


みんなで集まる雰囲気は好きなんだ。

お酒は苦手だけど…。


「ふーん…。あー、じゃ俺行くわ、さぼってるって言われんの嫌だし」



よく意味が分からなかったけど、彼が去ってくれてほっとする。だってどうしていいか分かんない。




「ねぇ、あこ、今日九条飲み会いるよ」


遠くで女に囲まれてる九条を発見した麻友が、興奮気味に話してくる。


「そうだね…」


「あこも隣行けばいいのに…」


できるわけない…。

麻友は私が九条のことを好きなことを知っている。

言わなきゃだよね…相談してたし。


「あ、あ…のさ、私…あいつにこないだ好きって言っちゃって…」


「えー!!!ほんとに?で、で?返事は?」


返事?


「…好きじゃないって…」


……。


麻友はかける言葉を探してる。


「あー、うんそっか。でも、でもさ…九条は正直あんなだし、あこには別にいい人いるよ、きっと…」





あ…眠い…今日めっちゃ動いたし…なんか気が抜けた。


このまま寝たい…


「…い、起きろ」


「おい、起きろ、帰るぞ」


低い不機嫌な声が聞こえてきたと思ったら、九条が私の腕をひっぱり立たせる。


なんで、九条?




コンビニの前


「ほら、水。飲めよ」


なんでこんなことになってんだろ。

麻友は九条にまかせて二次会行っちゃうし。

他の女の人からの視線が痛かったし…。

九条は後から行くって、私と一緒にいるし…。


「お前さ、もう帰れよ」


「あのさ…なんで九条がこんなことするの?」


「なんでって…なぁ…」


「何?」


「お前酔うと危なかしいんだよ」


思いっきりため息をつかれた。意味分かんない。


「しょうがねぇから駅まで送る」


「ないよ。終電いっちゃったし。今日麻友んち泊めてもらうことになってたし…だから二次会…」


彼は再び大きく息を吐き出すと、前髪をがしゃがしゃとかきあげる。


「しょうがねぇ…俺んち来いよ」





一緒にいるの無理だし、緊張するし、もうキャパオーバー。『帰れる、平気』って何度も言ったのに、『あー、うるせぇ』ってめんどくさそうな顔をするくせに、腕離してくれなかった。


で…今結局九条んちにいる。すっかり酔いと眠気はどっかへ飛んでってしまった。


こないだはパニクって分からなかったけど…

女性雑誌とか、化粧品とか置いてある。


……。


心がピリピリした。


「ほら、水…つか、お前なんで正座なんだよ」


ソファの上で固まっている私を見て、彼は笑うのをこらえながら、ペットボトルを差し出す。そして、少し距離をとってソファの下にドカッと座る。


……。


なんか言わなきゃ…

そう考えれば考えるほど、言葉がでてこない。

私が焦っている間、彼は別に気にする様子もなく、テレビをつけ画面の芸人たちに視線を向けていた。

この状況とは対照的な笑い声がテレビから聞こえてくる。


……。


「なぁ…水原」


!?


突然九条に名前を呼ばれて、思わず身体がビクつく。


「あー、あのさ俺別に女に困ってねぇし、お前になんかしようとか思ってねぇから、マジで」



不機嫌な低い声で彼はそう言った。

そんなの初めから知ってる。

知ってたはずなのに、彼のその言葉にまた傷つく自分がいる。


「そ、そうだよね…うん、私もそんなこと思ってないよ」


私はその場を誤魔化すように笑った。

うまく笑えたかな?


ふと、昼間、隆也先輩に言われたことが浮かび可笑しくなった。


『あこは笑うとちゃんと可愛いって』



……。


「可愛くねぇ」


九条は笑う私を見て、冷たい目でそう言った。





光が差し込んできて朝が来たことを知らせてくれる。


眠い…


あれから、九条は黙って自分の部屋に行っちゃうし、私はそのままソファで早く朝が来てくれるように願った。


いつ寝たのか分からない…

起きると、毛布がたくさん掛けられてた。

寝る前まではこんなに確かなかったはず…。

九条?



「あー、悪りぃ忘れてた…いや、だから違ぇし」


キッチンから微かな煙草の匂いと、九条の声。

声を掛けようとして、彼が電話中だと気づく。


「だから…春子。マジで好きなんだって…あぁ、分かってるよ」


彼は…笑った。

彼女にはそんな顔するんだ。

身体から力が一気に抜けた…足の爪先まで一気に冷えきったように感じた。


よろけガタッと壁にぶつかってしまい、

ようやく、九条は私がいることに気づく。



「あー、悪りぃ、1回切るわ。あぁ、掛けなおす」



電話を切ると九条は意外にも


「おまえ、具合悪りぃ?大丈夫かよ」


心配してくれる。春子がいるくせに。

相当女慣れしてる…。


「大丈夫。もう帰るから。泊めてくれてありがとね」


「あぁ、別に。つか駅まで分かんのかよ…送るからちょっと待ってろって」


彼が上着を取りに部屋に入った後、すぐに私は逃げるように1人彼の家を出た。


早足で前へ前へと歩く。

無性に鼻の奥がツンとした…。


寒いから…?

風邪引いたかな?

飲みすぎ?


なんとか自分への言い訳を考えて必死に涙をこらえた。


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