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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第八章「真夜中過ぎのシンデレラ」Aschenputtel nach Mitternacht.
96/114

8-14

※※※

 ミシェルの連撃に、魅咲(みさき)はじりじりと後退させられていた。

 一撃一撃が、速く、重い。自信ありげに魅咲の相手を買って出ただけのことはある。

「どうした、こんなもんじゃないだろ」

 が、その自信が命取りだ。

 もちろん、と応える代わりに、魅咲は体重を乗せた左拳をアッパー気味に突き出した。

 連撃の間を縫うカウンター。

 が、狙いすましたその一拳を、ミシェルはスウェーでかわしてみせた。

「わお?」

 今のが避けられるとは思わなかった。それでも体の方は流れるように動き、空振りの勢いそのままに回転、右の後ろ回し蹴りを繰り出す。

 ミシェルはこれを両手で受けた。

「いてててて……。ひゅー。先読みの先読みまでしてなんとかついていける。速すぎるぜ嬢ちゃん」

「あんたこそ、やるじゃない……ってこら!」

 引き足に学校指定の革靴がなかった。ミシェルが奪い取っていたのだ。

「反則でしょ、そういうの!」

「オレってすこーし脚フェチのケがあるからさ。いいね、お嬢ちゃんの脚線美。ほどよく引き締まって」

「返せ、このっ!」

 片足で二、三歩跳ね、結局思い直して右足を突いた魅咲は、あろうことか靴の匂いを嗅ぐ素振りを見せたミシェルに跳びかかった。

「おっと」

 ミシェルは大きく後退し、手の中の靴を遠くに放り捨てた。

 魅咲は靴が飛んでいった先にいちど目を遣り、唇を噛んだ。小学生のガキか。

「まあお遊びはこのくらいにしとこうか。あっちも楽しんでいるようだしな」

 ミシェルが魅咲の斜め後方を顎でしゃくる。

 伽那(かな)とアンジェラは雑木林の中に飛び込んでいったきりだ。ときおり激突の音がここまで届いてくる。

「うん。あたしも本気であんたをぶっ飛ばしたくなった」

「できるかな? 接近戦特化型の魅咲ちゃんが。例えば……こんなことされて」

 突如魅咲は光の球の中に閉じ込められた。

「なっ!?」

「〈ベルソー〉、『揺り籠』って意味だな。防御障壁にはこういう使い方もあるってことだ。そいつは物理的な衝撃に対してはとりわけ頑丈だぜ。嬢ちゃんのパンチがいくら強力でも、十発や二十発じゃ――うおっと」

 ミシェルに最後まで言わせることなく、言葉の間に五十発の打撃を加えて障壁を破壊した魅咲を、新たな光の球が捕らえた。

「……ちっ。なに? これであたしを足止めして時間稼ぎでもしようってつもり?」

 舐めるな、とばかりに二つめの障壁を破ってみせる。

「せっかちな嬢ちゃんだな。そんなまどろっこしい真似しねえよ」

 距離を詰めようとしたところで三つめ。これをも連打で破壊しようとした魅咲だが、バランスを崩して尻餅をついた。

「きゃっ? 何? ――わわっ」

 光の球が浮いている。内部に魅咲を閉じ込めたまま上昇を始める。

念動力(テレキネシス)と組み合わせればこういうこともできる」

 上空十メートルほどに浮かんだ魅咲に、正確にはそれを閉じ込める球状の障壁に、ミシェルの右手が向いていた。

 その手がゆらゆらと動く。それに応じて、光の球も動いた。

 閉じ込められた魅咲はたまらない。はじめこそどうにか踏ん張ろうとしたが、とても叶わなかった。

 光の球の動きはますます速くなる。その中の魅咲はスーパーボールか何かのように上へ下へと跳ね回り、体のあちこちをぶつけるはめになった。ついにはカクテルを作るシェイカーのように激しく動き出した球の中で、体を丸めて両手で頭部をかばうことしかできなくなった。

 攪拌される魅咲には、すぐに上下すらわからなくなる。体のどこが痛いのかもわからない。どこもかしこも痛かった。ほとんど意識を失いかけたときになって、

「……で、最後はこうだ」

 ミシェルが右手を振り下ろした。

 光の球は猛スピードで魅咲ごと落下し、地面に接触、爆発した。


※※※

「勘だけはいいじゃないですか」

 伽那(かな)とアンジェラの戦闘の舞台は、高嵜(たかさき)研究所の敷地を囲む雑木林の中に移っていた。

 伽那は防御障壁を張り、ほぼ全速力で後退していた。背後にも張った障壁で障害物を排除しながら。

 アンジェラが右腕を振るう。その手から伸びた青白い色の光が、鞭のようにしなりながら腕の動きに追従した。

 人間の目には到底見切れない超音速の鞭の先端を、防御障壁がかろうじて弾く。

 鞭は跳ね上がりながらなお勢いを失わず、伽那の背にした針葉樹を打ち砕いた。

 頭上に倒れかかってくる幹を念動力(テレキネシス)で受け止め、アンジェラに向かって投げつけるように射出してやる。

 アンジェラはこれを光鞭の一撃で粉々にした。

 伽那の息は早くも上がっていた。それを気取られぬように気をつけながら、戦意だけは失わぬよう、アンジェラを睨む。

魅咲(みさき)……どうしよう。この人、すごく強い)

 再度念動力を行使する。アンジェラの体が固まったが、それも気休めだ。右手から伸びる光の鞭は彼女の意志次第で動き、伽那の障壁をまた打ちつけた。

 衝撃に思わず目を瞑ってしまった。

 その頃にはもう、アンジェラは自由を取り戻していた。

「まったく。大量の魔力に頼った念動力と防御障壁、それから馬鹿みたいな大砲。それで私に勝てるつもりだったのですか?」

 また光の鞭が疾る。伽那は歯を食いしばって強めた障壁でこれを受けた。

「ミシェルは殺さないようにと言っていましたが、少しばかりイライラしてきました。〈鳥なき島の(トレース)三羽コウモリウェスペルティーリオーネース〉、とんだ足手まといがいたものですね」

 アンジェラは頭上に振り上げた鞭を、思い切り振り下ろした。

 伽那は反射的に小さく右に跳んだ。防御障壁を切り裂いて、背後の樹幹の残りが両断された。

「ご自慢の防御障壁も、私の〈フエ・アジューレ〉にかかればこんなものです」

 伽那の動悸が速まった。強固さには自信のあった障壁も、もはや絶対の盾ではない。

 どうしようか。

 一目散に後退しようか。

 それともアンジェラの立ちふさがる前方を切り開いて魅咲に助けを求めようか。

 逡巡は一瞬で終わった。

アンジェラはそのどれをも許さなかった。

 右手が振るわれる。〈フエ・アジューレ〉がその動きに従って薙ぎ払うような軌道を描く。

 伽那は防御障壁を張りながら咄嗟に左腕を上げた。

 光の鞭は今度も障壁を裂き、彼女の左腕を打った。

 ――激痛が弾けた。

「うわっ! わああああぁぁぁぁぁッ!」

 痛みについ左腕を見てしまってから、伽那は絶叫する。

 制服の袖は容易く吹き散らされ、その下には、筋肉層にまで迫る火傷を伴う裂傷が刻まれていた。黒々と焼けた肉の表面が破れ、血膿が流出し始めた。

 凄惨な傷口に、伽那の意識が遠くなりかける。しかし、激痛がそれを許さなかった。

「あら、危ない。もう少しで首を落としてしまうところでした。そんなことになってはまたミシェルに怒られてしまいます。――何です、そのザマは?」

 アンジェラの接近にも気づかず、伽那は腕を押さえ、食いしばった歯の間から悲鳴を漏らしながら腐葉土の上をのたうち回っていた。

「……これでも魔術師と言えるのでしょうかね。その程度の負傷の機会もなかったのですか? 他の二人はよっぽど過保護だったようですね」

 自分の発する叫び声にかき乱されながらも、アンジェラの言わんとするところを察し、伽那は意地になってどうにか立ち上がった。

 傷口を押さえた右手の隙間から、だらだらと血が流れ出した。

「ふざけ、ないでよ……。このくらい、なんとも」

「そうですか。それなら今度は脚をもらいましょうか」

 伽那の眼前で、アンジェラがまた右手を振り上げた。

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