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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第八章「真夜中過ぎのシンデレラ」Aschenputtel nach Mitternacht.
95/114

8-13

※※※

(伽那! そっちの青い上着のヤツ!)

(うん!)

 敵の攻性魔法を防御障壁で受けた一条伽那(かな)が、指示された別の魔術師に向けて念動力(テレキネシス)を行使する。

 飛び出そうとした矢先に動きを固められたそいつに、目の前の男との攻防を一方的に切り上げた相川魅咲(みさき)が跳びかかり、膝と肘で仕留めた。

 これで二人目。

(――魅咲!)

(わかってる!)

 さっきの相手が、追いすがってきている。常人なら死角となる方向からだったが、魅咲は余裕を持ってそれに対処できた。不意打ちを失敗した相手が跳びすさる。

(さっすがー)

 頭の中に、伽那のどこか暢気(のんき)な思念が届いた。

 普段は詩都香(しずか)精神感応(テレパシー)でこうした指示を飛ばしてくれるのだが、あいにく今彼女はいない。

 詩都香抜き、伽那と二人だけで多数の魔術師を相手にするのは初めてだった。急ごしらえのコンビにしては、悪くない。

 ただ、

(伽那、ちょっと心配しすぎだよ。あたし、今のくらい大丈夫だから)

(でもその前のは危なそうだったじゃない)

(あっちは本当に見えてなかった)

(その線引きが難しいよ)

 やはり普段とは勝手が違う。

 敵方の魔術師グループは六人構成だった。今は二人減らして四人。


 ――目の前の空間から出てきた魔術師の内の一人は、魅咲と伽那の姿を認めてニヤニヤと笑った。

「二人、か。ジャックの読みが当たったな。高原って嬢ちゃんはあっちに向かったってわけだ」

 こいつがミシェルという魔術師か、と魅咲は当たりをつけた。

「まあ、あちらは心配ないでしょう。殺さずに取り押さえてくれればまた楽しめるのですが」

 唯一の女性魔術師が愉快そうに体を揺する。アンジェラだ。詩都香の話によれば、ひとを痛めつけて悦ぶ腐れ外道。

「それは望み薄じゃねえかな。こいつで我慢しろよ」

 いきなり指を差され、魅咲はどきりとした。

「あっちは?」

 アンジェラの顔が伽那に向く。

「あっちはダメだ。知ってるだろ? 〈リーガ〉の狙う大本命。殺したら本格的に俺たちがヤバい」

「殺さないように気をつけますよ」

「お前、自分が前科何犯だか知っているのか? ま、といっても無傷で帰そうってんじゃない。痛めつけて東京支部にでも送りつけてやろう」

「それはいいですね。感謝されるでしょう。それで、痛めつける、の部分は私に任せてもらえるのですよね?」

「仕方ねえな。監視はさせてもらうぞ」

 勝手に話を進める二人に、魅咲は腹の底が煮え立つような憤激を覚えた。隣の伽那も唇を引き結び、目を吊り上がらせている。

 伽那がここまで怒りを露わにするのは珍しい。

 きっと伽那も、魅咲と同じことを考えている。

「……あんたら、昨日詩都香に何をしたの?」

 魅咲が怒気を込めた低い声でそう質すと、正面に立つ二人を残して残る四人がじりじりと動く。彼らは魅咲と伽那を要とする扇状に布陣しつつあった。

「あの娘に何をしたか知りたいか? ま、すぐに同じことを体験させてやれるさ、〈鳥無き島の(トレース・)三羽コウモリウェスペルティーリオーネース〉のお嬢様方」

 その言葉を合図に、六人同時に突っ込んできた。

 魅咲と伽那はぱっと離れ、それぞれに迎撃態勢をとった。

(伽那、遠慮は要らない。思いっ切りぶっ飛ばしてやろう)

(わかってる。ギッタギタのボッコボコにしてやるんだから)


 殲滅戦の基本は弱い相手から叩くこと、と魅咲は考えている。万全の調子なら鼻歌交じりに蹴散らすことができる相手でも、疲弊しきってからでは脅威になる。

「上がり!」

 魅咲の振り下ろした鉄拳をもろに食らった相手が、顔を地面にめり込ませるようにして動かなくなった。

 ミシェルとアンジェラの二人を後回しとし、残る四人の魔術師を、慣れぬ乱戦の中でいささか手こずりながら叩き伏せた。

「ほぉ、やるもんだねぇ」

 二対二となってから、それでもあまり焦る様子もなく、ミシェルが感嘆の声を漏らす。

「まったく、数合わせの連中は戦力になりませんね」

 アンジェラは周囲に転がる男たちを蔑んだ目で見回した。

「いや、オレたちは反省しなきゃならん。戦力になるように動かなきゃいけなかったんだ。普段こういう相手とやることも、こういう戦い方をすることもないからな。あちらの嬢ちゃんたちの方が上手だったってことだ。さすが〈リーガ〉の魔術師と戦い続けてきただけのことはある」

 実のところ、魅咲も同じことを感じていた。敵のグループは、彼女たち以上に連携がとれていなかった。

「どのみち私たちは集団戦に向いていませんから。で、どっちとやります?」

 問われたミシェルが、魅咲と伽那を交互に眺めた。

 そのねっとりとした視線にさらされて悪寒を覚えながら、魅咲は伽那に思念を飛ばした。

(伽那、疲れてる?)

(……ううん、全然)

(正直に。ここからが本番なんだから)

(ちょっと疲れた。でもまだまだやれるよ)

 伽那の気合いは十分だ。

(おっけ。あたしがミシェルって方をやる。すぐ片づけて応援に行くから、持ちこたえてね)

(わたしの方が先に終わらせちゃうかもしれないよ?)

 伽那も言うようになったものだ。

 行ったり来たりしていたミシェルの視線が、魅咲に固定された。

「そっちのサイドテール。魅咲ちゃんとやりたいな。お前は伽那ちゃんだ。殺すなよ?」

「わかりました。努力します」

 両陣営の思惑は図らずも一致したようだ。

 

※※※

 〈ブルーメ〉のオペレーションルームは祝賀に沸いていた。

 実験は大成功だった。簡単な操作で二種類の大規模魔法を同時に行使し、魔力はなおほとんど目減りしていなかった。

「攻性魔法とやらが撃てないのがちと残念だな」

 これだけの魔力で攻性魔法を撃てば、大規模な破壊が起こせる。神にも等しい全能感が得られることだろう。

「撃つことはできますが、発射は〈ブルーメ〉上部の開口部からになりますからね。我々が無事では済みません」

 そう応えたのは、チーフ・オペレーターの崎山。伊吹の代理である。

簑田は頷いた。

「次はもっと工夫しなければな」

 〈ブルーメ〉はあくまでも試作品だ。その有効性が確認された今、工夫次第でどんな形での実用化も考えられた。

「……例えば、小型化して人工衛星に載せるというのはどうだ? 猊下に進言すればそのくらいはできるだろう。地上をピンポイントで狙える迎撃不能の戦略兵器だ」

「海溝に設置して強力な念動力を使えば、地震も起こせるかもしれません」

「気象だって操れるかも」

 次々と発言が上がる。もっとも、そんなことを〈リーガ〉が許すはずがないことは、誰もが知っていた。子供のような馬鹿げた夢想。しかし、〈ブルーメ〉にはそれを刺激してやまない無限の可能性が確かに秘められていた。

「私は〈物質変換〉の魔法に興味がありますね。無尽蔵の金を生み出せたら、どんなことが起こるか」

 それも面白い。

 実際のところ、現段階で行使できるのは、〈非所属魔術師〉たちの協力のもと解析された単純な魔法だけだった。だが、より高位の魔術師の魔法を〈ブルーメ〉にインプットできたら……。

「まあ、諸君にもいろいろアイディアがあるようだな。しかし我々は科学者だ。もっと多くの魔法を解析し、再現できるようになれば、どうだろう、これまでにないまったく新しい魔法を生み出すことができるかもしれない」

 誇大妄想的な思いつきの口火を切ったのが自分であったことも忘れ、簑田の胸は高鳴った。

 そうだろう? 期待を込めて部下たちを見回す。

 どの顔からも、はっきりとした高揚感が読み取れた。

 そうでなければ。

 その暁にこそ、魔法という技術は魔術師どもから解放される。あの、隠蔽と脅迫と戦闘しか能のない、がちがちに凝り固まった頭の古い連中から。

 そして新時代の「魔術師」が生まれるのだ。


※※※

「お前、何を隠している……?」

 数分の攻防の後、ジャックが忌々しげに呟いた。

 すでに通路はめちゃくちゃだ。床も壁もえぐれ、ガラスが飛び散り、天井から剥落したパネルがそこかしこで砕けている。

「隠す? 何のこと?」

 詩都香はそらとぼけた。もうバレたか。

 ジャックの目が鋭さを増す。「格下」の意図をつかめないという事実が、彼の心を苛立たせているのだろう。

「ふざけるな。さっきから何だ、その動きは」

 彼の言うとおり、詩都香はジャックに対してまったく有効打を与えられないでいた。それなのにろくに距離を置こうともせず、彼にまとわりつくように立ち回っていた。

 懐に入って一撃を加えようとしているわけでもない。ジャックにそんな隙はなかった。

 かといって、疲弊を待つわけでもない。むしろ、先読みの力をフルに使い、攻撃をぎりぎりのところでかわし続ける詩都香の方が体力を削られていた。

 危険な〈ピケ・アンヴィジブル〉こそどうにかもらわないでいたものの、かわし切れなかった打撃は、詩都香の肌にいくつもの痣を刻んでいる。

 薄氷を踏むような防戦一方の戦い。魅咲につけてもらっていた稽古がなかったら、とっくに仕留められていただろう。

(ありがとね、魅咲)

 毎晩のように特訓につき合ってくれた親友に、そっと感謝の念を送る。

 魅咲の方も、上手くやってくれているといいが。

「左手に何を隠し持っている」

 そう問われ、詩都香はへらっ、と笑った。

「何も。ほら」

 左手をひらひらさせてやる。

「なめるなよ、小娘。お前がずっと右手しか使っていないのはわかっている。防御障壁さえ体の右側にしか張らない。何だ……? 魔力を感じるが……」

 ジャックが訝しげに周囲の足下を見回す。

 詩都香は考える隙を与えまいと、またジャックに挑みかかった。

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