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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第八章「真夜中過ぎのシンデレラ」Aschenputtel nach Mitternacht.
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8-12

 刃を突きつけられたジャックが一瞬たじろいだように見えたのは、あるいは詩都香(しずか)の内心の期待の表れだったろうか。

 彼はひとつ頷くと、詩都香の方に向かって足を踏み出した。

「いいだろう。ついて来い」

「従う義理があるとでも?」

 詩都香は構えを崩さない。

「このエレベーターは地下に通じる二つの通路の内の貴重な一つだ。ここで戦って壊したくはないだろう」

 詩都香は納得して光刃をいったん収めた。

 目指す地下三階は足下三十メートルだ。おまけに、そこには涼子がいる。床をぶち抜くのは現実的ではない。

 ジャックが傍を通過する。

 その刹那にはさすがに身を硬くする詩都香だったが、ジャックはおかしな真似をするでもなく歩を進めた。

 詩都香はその背に従った。監視カメラを見つけるたびに壊しながら。

 ジャックが先導していったのは、人員用のエレベーターだった。昨日の昼下がり、詩都香が乗せられたものである。その先で彼女は薬を打たれ、残酷な拷問にさらされ、そして涼子と最後の会話をした。

 ジャックは最上階である四階のボタンを押した。このエレベーターは地下にも通じているはずなのに、パネルには上階のボタンしか見当たらない。地下に向かうためには特別な権限が必要なようだ。

 となれば、涼子の救出に向かうためには、ジャックから身分証なり何なりを奪うしかないということになる。

 どのみちこの決闘は避けられないのか、と嘆息する。それに四階。これは少しばかり厄介だ。

(まったく。こいつと来たら、ひとの嫌がることを的確にしてくれるんだから)

 エレベーターが動き出した。

 詩都香とジャックは左右に並んで、回数表示を見上げた。

 数字はやがて「2」へ、それから「3」へ、そしてついに「4」に変わる。

 扉が苛立たしいほどゆっくりと開く。開き切った瞬間、二人は同時に飛び出した。

 カゴの中での位置関係そのままに併走し、エレベーターからじゅうぶん距離をとってから、詩都香はサイコ・ブレードを抜いた。

 光の刃が形成し終わるときには、十歩ほど余分に走ってから身を翻したジャックと対峙する形になった。

 周囲は窓のない通路だった。研究施設の通路として狭くはないが、魔術師同士の戦場としては、決して広いとは言えない。

 かねてより聞く剣道三倍段。剣を持つ詩都香は丸腰のジャックよりも文字通り段違いに有利のはずだが、その条件下でなお軽くあしらわれたのはつい先月のこと。その後彼女とて何もせずにいたわけではないものの、うかつには踏み込めない。

 しばらくじりじりとした睨み合いが続いた。

 やがて、ジャックが誘いをかけるかのようにぴくりと体を動かした。

 詩都香はその誘いに乗った。

 何にせよ、時間制限があるのは彼女の方なのだ。

 一気に駆ける。そうしながら――

(相手の動きを見る。目と足、重心の移動。大振りの攻撃は要らない。サイコ・ブレード(こいつ)が当たれば戦闘不能だ)

 それでジャックを撃退できれば十分だ。

 二人の間合いが、瞬時に詰まる。

 ジャックの体が、迎撃のためにまた小さく動いた。

(よし、ここ!)

 予備動作を注視していた詩都香は、相手の動きにかぶせるようにして刀身を振るった。

 がっ、と右手に衝撃が走った。

「あ!」

 詩都香は驚きに声を上げた。

 斬りつけた手応えではない。サイコ・ブレードは詩都香の手を離れ、くるくると宙を舞うと、背後の床に根元まで突き立った。

 振り返ってそれを確認した詩都香めがけ、ジャックが手を伸ばす。

 詩都香は先読みの力を働かせ、これを大げさとも見える動きで避けた。

 ジャックの右手の先の壁が、触れられてもいないのに音を立てて穿孔された。

「なっ――!?」

 今度は左手。

 慌てて飛び退いた詩都香の足下の床が引き裂かれた。

 腰を落とした姿勢で、呆然とジャックを見る。

 彼は何も持っていない。

 攻性魔法を行使した様子もない。

(見えない剣? それとも棍? どうやって――)

 先ほどまでとは逆に、丸腰で正体不明の技を使う敵と対峙する格好になった詩都香は、背後のサイコ・ブレードにちらっと目を遣る。

 それを隙と見て、ジャックが右手を突き出す。

「げっ!」

 詩都香は呻きにも似た悲鳴を上げた。

 誘いのつもりだった。全力で展開した防御障壁で受け止めて、相手の攻撃を見極めるつもりだった。

 しかし、ジャックの手から伸びた見えない攻撃は、防御障壁を破り、詩都香の腹部にまで届いた。

 苦痛に顔を歪めて床を転がり、距離をとろうとする。

 そこにジャックが追撃してきた。

 詩都香は動きを止めず両手を床に突いてそのバネで跳躍し、突進してきたジャックの頭上を越えた。

 ジャックが振り向きざまに振るった一撃は、これまた詩都香の障壁を裂き、床に伏せてかわそうとした彼女の頭からとんがり帽子をもぎ取った。

 狼狽したまま四肢を総動員してさらに数歩分飛び退く。そこで思い出したかのように、先ほど打たれた腹部が痛んだ。膝を突きそうになるのをどうにかこらえる。

 防御障壁の強度があとわずかでも低かったら、内臓をやられていたかもしれない。

 詩都香は顔を歪ませながら、ジャックの背後に落ちたサイコ・ブレードの方へと目を走らせた。

 その視線を、ジャックの体が遮る。武器を拾わせるつもりはないらしい。

 詩都香はにっ、と笑った。

「……種明かししてもらう、ってわけにはいかないんでしょうね」

「当たり前だ」

 両手をだらりと下げたまま、ジャックは冷徹に言う。

 詩都香の方も、しかしながら当たりをつけていた。

(……念動力(テレキネシス)だ。こんな使い方があるなんて)

 魔術師ならば誰でもある程度は使える念動力。それをジャックは必殺の域にまで高めているのだ。

 おそらくは、範囲を限定し、斥力の渦を作り出すことによって。

「ふっ……!」

 詩都香は右手の先から念動力の衝撃波を放った。

 ジャックは片手のひと振りでこれをかき消してみせた。

(やっぱダメか)

 〈モナドの窓〉を開いた魔術師同士の戦闘では、両者の力量によほどの差がない限り、念動力は決定打とはならない。〈器〉に貯まった魔力が、ほぼ無意識の内に抵抗を示すからだ。衝撃波を使っても、防御障壁を破るのは困難である。

(だけど、こいつのはもはや攻性魔法の域だ)

 しかも見えない。

 魅咲(みさき)くらいの格闘能力があれば、あるいは伽那(かな)くらい強い念動力を使えれば、突破口を開けるのかもしれない。しかしながら、相手の動きを先読みしてかわすことくらいしかできない詩都香には難敵と言えた。

 特に、今の詩都香にとっては。

「……からくりはわかった。相当な訓練の賜物なんでしょうね」

 詩都香はそう言い、近くに落ちていたウィッチハットを念動力で引き寄せた。

 山がひしゃげてはいたが、髪にからませる方式のゴム紐は切れていなかった。

 帽子をかぶり直す詩都香に、ジャックは余裕の態度で答えた。

「〈ピケ・アンヴィジブル〉。この間は使うまでもなかったがな」

 よほど自信があると見える。

 それも頷ける。詩都香が先ほど放った衝撃波は、牽制のためではなかった。同じことを自分もできないか試してみたのだ。結果として、強めた念は制御を離れ、(くびき)を解かれた衝撃波となった。何らかのブレイクスルーがなければ、すぐにはとてもできそうにない。

「それで、使う暇もなく魅咲にやられちゃったってわけ? 出し惜しみしている間に? あんたってばほんと、わかりやすい三下だわ」

 ジャックはやはり挑発に乗ってこなかった。

 これまでの経験から、この魔術師の性格はある程度把握できている。

 自信家でプライドが高く、詩都香のような相手を格下と見ており、その格下の吐いた言葉で心を乱されることを恥と捉えている。

 つまり彼は、挑発されると不自然なほどに冷静に、慎重になるのだ。

 乗ってこないのならこちらから仕掛けるまで。むしろ、あまり好き勝手に動き回ってもらいたくない。場のイニシアティブはひとまずこちらが握っていたい。

 詩都香は踏ん切りをつけるようにひとつ呼気を漏らすと、

「〈ブレイズ・マグナム〉!」

 指先から炎の塊を放った。精神に負担がかかる今、これ以上の攻性魔法を準備するのは難しい。

 悠然と構えるジャックはこれをも左手のひと振りで散らした。通路いっぱいに爆炎の欠片が広がる。

 その間隙に詩都香は飛び込んでいった。

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