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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第八章「真夜中過ぎのシンデレラ」Aschenputtel nach Mitternacht.
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8-11

 山林のただなかにぽっかりと空いた平地にしか見えない場所から、突如として何人もの人間が出てくる。新手のマジックのようでなかなかの見ものである。

 詩都香(しずか)は魔力を込めた両手の間から彼らの出現ポイントを見極めながら、人数を数えた。

 ――六人。

 その中には女性らしき華奢な人影も認められた。おそらくアンジェラだ。ジャックやミシェルもいたかは、距離と光量のため確認できなかった。

(二対六、か)

 このままだと魅咲(みさき)伽那(かな)は六人の魔術師を相手にすることになる。あの集団内で古株だというミシェルとアンジェラ、それに西伊豆で一戦交えたジャックは、低く見積もっても詩都香と同格だ。

 詩都香は、ほっ、とひとつ息を吐いた。

 ――だからどうした。二人の親友は、詩都香よりも強い。

 結界を出て行った連中がじゅうぶんに離れたのを確認してから、詩都香は木立を抜け出た。

(ああ、ほんとだ。ここだけ防御結界が張られていない。知ってさえいれば出入り自由なわけか)

 知らなければとうてい見つけられなかったであろう抜け穴だった。

 詩都香は念のため防御障壁を展開し、その穴をくぐった。

 結界を抜けると、いきなり眼前に建物の外壁がそびえていたのには面食らったが、ともかくひとまず第一関門は突破したことになる。

 と、そのとき背後で結界の抜け穴が閉じられるのを感じた。振り返ると、灰色の空間が広がっていた。

(危なかったぁ。……裏口は、と)

 頭にインプットしてきた建物の見取り図を頼りに、外壁を辿る。裏手には、大がかりな機材を搬入したり、燃料を補給したりするための入り口があったはずだ。

 裏口にはすぐに行き着いた。

 重機がまるごと入れそうな巨大なゲートと、人間用の小さな扉が並んでいる。

 詩都香は扉の前に立つと、マントのポケットからサイコ・ブレードを抜いた。大きく息を吸い込み、伸長させた赤い刃をドアのヒンジ部分に突っ込んだ。

 合金製の分厚いドアを破るのに、五秒とかからなかった。

 その向こうに人影は見当たらず、いささか肩すかしの念を覚えた。

(ま、一般人の所員が張っていたら面倒だったけど)

 怪我を負わせないように無力化する自信はあまりない。

 超感覚知覚をフルに使い、通路を慎重に進む。

 途中に監視カメラがあったので、念動力(テレキネシス)を発動させコードを引きちぎっておいた。

(涼子もこうやってマンションのカメラを止めたんだろうな)

 周囲に気を配りながらも、思考は涼子のことに落ちていく。

 高位の正魔術師でも一人では張れないであろうこの大規模な結界。涼子を使った実験が成功したということなのだろう。

 涼子の〈モナドの窓〉を、魂を通って、莫大な量の魔力の素がこの世界に流れ込んでいる。

(感じるよ、涼子)

 涼子の〈モナドの窓〉を感じる。開放率百パーセント――全開の〈モナドの窓〉。異界の混沌にさらされ、彼女の魂は悲鳴を上げている。

 痛々しい。早く解放してやらなければ。

 互いに互いを手放してしまったと、一度は思い込んだ友達。

 ――今度こそ、手を放さない。

 涼子のいる場所はわかっている。地下三階の〈(カイム)〉の中だ。

 ノエシスから提供された図面によれば、地下三階から地下一階までの吹き抜け構造となった空間があり、〈カイム〉内の涼子から魔力を供給される巨大装置〈(ブルーメ)〉がその中に収まっている。

 図面の中の〈ブルーメ〉は、全高二十メートル超。それがすっぽり収まるとなると、地下三階といってもおそらく三十メートル以上の深さがあるのだろう。

 地上と地下三階を結ぶのは、二つのエレベーターだけだった。一つは資材や燃料を運ぶための大型のもの。もう一つは人員用。非常階段の(たぐい)は見当たらなかった。

 侵入した裏口からだと、大型エレベーターの方が近い。搬入口があるのだから当然である。

 だが、詩都香は監視カメラを壊しながら、あえて人員用の小型の方に向かっていた。搬入の予定がないのに大型エレベーターが動くとは思えなかったためでもあり、最悪床を破って突入することになった場合に手間がかかることが考えられたためでもあり、そして――

「どこへ行く」

 背後から飛んできた声に、詩都香は足を止めて振り返った。

 大型エレベーターへと通じる扉が半開きになり、ひとりの男が姿を現していた。

 詩都香の超感覚知覚でも捉えられなかった、同等の力量の魔術師。

 ヤコムス改めジャックだった。

 ――こういう手合いが張り込むとしたら、裏口から侵入しやすそうな大型エレベーターの方だろうと思っていた。

「まあ、見つかったなら仕方ないか」

 詩都香は肩を落とした。

「来るのはわかっていた。外の連中は陽動だろうとな」

「陽動? ――ああ」

「来るならお前だと思っていた」

「へえ。よく知ってるってわけね、わたしたちのこと」

 つい最近まで〈リーガ〉に所属し、刺客にも選ばれたジャックのことだ、詩都香たちの情報はある程度頭に入っていたのだろう。

 三人の中では詩都香が最もオールラウンドな魔術師と言えた。使える魔法の幅が広く、潜入作戦にはいちばん向いているということになる。

「それであんたはひとりここに残って、わたしを待っていたってわけ?」

「そうだ。こんな陽動に引っかかるほど、私は愚かではない」

「……違う、でしょっ!」

 詩都香は握りしめた右の拳を思い切り振り抜いた。

 強烈な裏拳が、背後からの奇襲を企てていた男性魔術師の顎を砕いた。

 声もなく昏倒したそいつには目もくれずに右手を振る。手の甲に食い込んで残った前歯がパラパラと床に落ちた。

 詩都香はジャックを睨んだ。

 武闘派を気どる彼が、その実こうした騙し討ちを平気で行う男だということは、先刻承知している。

 (ろう)した小細工が不首尾に終わったというのに、ジャックは余裕の態度を崩さなかった。

「勘違いするなよ? そいつが勝手にやったことだ。私はひとりでもお前を殺せる」

「まあ、そういうことにしといてあげる。あんたは確かに強い。……だけどあんたがここに残ったのは、わたしを始末するためだけじゃない。それはむしろ口実」

 ぴくり、とジャックの眉が微かに動いた。

「陽動を見抜いてわたしを待ち伏せ? ものは言いようだわね。外には魅咲がいる。それがあんたがここに残った理由だ。西伊豆でもらった一発が相当こたえたみたいね」

 ジャックは再び表情を圧殺することに成功したようだ。その努力の跡が、何よりも雄弁に詩都香の言葉の正しさを物語っていた。

「あんたはあの一発で、魅咲には絶対に敵わないことを思い知った。それでここに残ることを志願した。潜入してくるであろうわたしを仕留めるためなんて、仲間にも自分にも言い張ってね。わたしになら勝てると踏んだんでしょうよ。前のときに比べれば場数を踏んで強くなったつもりだもんね。だけどわたしは――」

 詩都香はサイコ・ブレードの刃を伸ばした。

「あんたみたいな負け犬には絶対に負けない」

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