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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第八章「真夜中過ぎのシンデレラ」Aschenputtel nach Mitternacht.
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8-5

※※※

「まあ、〈リーガ〉相手ならいい手かもね」

 詩都香(しずか)の説明を聞き終えた魅咲(みさき)は、そうコメントした。

「たしかに」と、伽那(かな)。「〈リーガ〉の東京支部と京都支部って仲が悪いんでしょう? 今回は東京支部の方が反則みたいなやり方で出し抜こうとした。もう超有名人になっちゃった涼子さんを連れ戻そうとすると、どうしても目立っちゃう。きっと京都支部にも知られることになるよねえ」

「そうね。京都支部に知られたら、非常にまずい立場に陥る。何しろ極秘に生み出した“人工半魔族”で、上を騙そうとしたんだもの。京都法官は嬉々として東京法官の失点を報告するでしょうね。――で、こういう事情は知らなかったんだろうけど、涼子と社長さんのこの策はしばらくは上手くいった。大きな誤算を抱えながら」

「大きな誤算? ――そうか、その研究所はもう東京支部と繋がっていない」

 詩都香は魅咲に向かって頷いた。

「そういうこと。タカサキ研究所には涼子を連れ戻す上での足枷はない。ただし問題は、それだけの力をもう持っていないってことよ」

 強大な力を持った東京支部から切り捨てられた研究所は、涼子たちの目論見とはやや異なる意味合いで、涼子に手を出すことができなくなっていた。

 ここからは、あの手紙を書いた時点では涼子も知らなかったことだ。多分に詩都香の推測が入る。

「それで涼子たちを連れ戻すために、こういう汚れ仕事を引き受ける〈非所属魔術師〉を雇い入れた。涼子の仲間たちはほとんど――もしかしたら全員、捕まった。でも、涼子にはやはり手を出しあぐねていた」

 日本中皆が知るとまでは言わなくとも、今年いちばんブレイクしたアイドル、河合涼子。地下生活を送っていた彼女の仲間たちとは違う。彼女が失踪すれば、大きなニュースになる。それを抑える力は、研究所にはない。東京支部からの援助が期待できないとなれば、刑事事件になるかもしれない。

 そしてそれは、東京支部を確実に刺激する。関係が断絶したとはいえ、〈リーガ〉東京支部は対立するにはあまりにも巨大な存在だ。

「だけど、彼らが行動を起こすひとつのきっかけがあった」

 詩都香はそこで言葉を切った。

 ここから先を語ることは、果たして正しいのだろうか。

「きっかけ?」

 伽那が愛くるしい丸顔の乗った首を傾ける。

 無邪気に映るその仕草を見て、詩都香の迷いは断ち切られた。

 涼子を救出するために、二人を巻き込む。二人にはすべてを知った上で選択する権利がある。

「……今からわたしが話すこと、二人にとっては面白い話じゃないと思う。その上で、わたしに力を貸すかどうか判断して」

「あんたのそのもったいぶる癖、いい加減直しなよ」

 魅咲が渋い顔でカップに手を伸ばした。もうとっくに冷めているだろう。

「……うん。まだタカサキ研究所にいた頃、涼子にはある資料を覗く機会があった。そこに記されていたのは、ちょうどその頃東京支部の魔術師たちと敵対し始めた、ひとりの〈非所属魔術師〉のこと。日本の神奈川県京舞原市に住んでいる、十五歳の小娘。……つまりわたし」

 魅咲と伽那はまた顔を見合わせた。

「ちょっと待って。ということは、涼子は詩都香のことを前から知っていたってことになるわけ?」

 詩都香は首を縦に振った。

「そう。アイドル生活に入った涼子だけど、それですぐに懸念が払拭されたわけじゃない。いつ〈リーガ〉の魔術師に襲われるかわからない。そこでもうひとつ対策を講じておくことにした。ここ京舞原市に住みついて、魔術師であるわたしと知り合い、守ってもらうこと」

「そんな。それじゃあ、涼子さんは最初からそのつもりで詩都香と……」

 伽那の言葉尻はしぼんでいった。

「たぶん、そう」詩都香は苦い想いで肯定した。「涼子が知るたったひとりの、〈リーガ〉と戦う魔術師。それがわたしだった。だから涼子は、わたしを選んだ」

 三人の間に重い沈黙が降ってきた。

「……やっぱり偶然じゃなかったってことか」

 やがて、魅咲がぽつりと漏らした。彼女は以前にも、詩都香と涼子が知り合った事件に疑義を呈したことがある。

「涼子はわたしを探してたんだって。名前と顔しかわからなかったから、こっちに何ひとつ伝手のない涼子には時間がかかったみたい」

 涼子が詩都香を見つける契機となったのは、先月の東山での戦いだった。あれほど大規模な戦闘はこれまでなかった。魔術師やそれに類する存在なら、市内のどこからでも感知できる。

「でも、涼子は事を急ぎすぎた。アイドルになって有名になって、それでひとまず〈リーガ〉からの追跡を回避できていると思った涼子は、わたしとの親密な関係をアピールしようとした。それが、あの雑誌の写真」

「あ!」魅咲が声を上げた。「そうか。自分は有名な上に強い味方もいるんだぞ、ってアピール? だから手出ししたら厄介なことになるぞ、って? ……馬鹿だね~」

「まったくね。大馬鹿だわ」

 詩都香も苦笑する。

 詩都香たちとて、実力だけでこれまで生き残れてきたわけではない。それどころか、半分遊ばれているのではないか、とさえ思っているのである。

「きっかけってそれ?」

 伽那の方にちらっと視線を配りながら、魅咲が質問する。伽那はさっきから何も言わない。それが気にかかっているようだ。

「そういうことだと思う。東京支部にとっては、涼子のことははっきり言ってもうどうでもいい。このまま余計なことをせずにアイドルを続けていてくれて構わなかった。でもタカサキ研究所の方はそうじゃなかった。涼子がやらかした見当違いのアピールのせいで、彼らは考えたんだと思う。涼子は〈リーガ〉に敵対する〈非所属魔術師〉と繋がっている。ならば、手を出しても東京支部と対立することにはならない、って」

「馬鹿」魅咲は額に手を当てた。「……ああ、じゃあ一昨日の奴らは」

「タカサキ研究所の所員。とうとう暴走を始めたってわけ」

「なーるほど。まあ、研究所の所員だってんなら納得できるわ。あんなことしでかすにしては、荒事慣れしてなかったもんね」

「涼子は驚き、逃げ出した。それが昨日のこと」

 過剰なまでの準備をして、細心すぎるほどの注意を払って。もはやそこまで恐るべきものではなくなっていた追手から。

「それでこの発表? 無期限休養っていう」

 違う、と言おうとしたところで、伽那が静かに口を開いた。

「わたし、涼子さんの気持ち、わかるな」

 詩都香と魅咲は、伽那の顔を見つめた。

「わたしだって、あんな怖い組織に狙われて、それでもわたしには詩都香や魅咲やユキさんがいてくれて、守ってもらえてるけど、もしわたしひとりだったら、どうしていいのか全然わからない。ううん、守ってくれるひとじゃなくたっていいんだよ。たったひとりでいいから、いっしょに不安に立ち向かってくれる……友達が欲しい」

 詩都香たちは唇を引き結んでそれを聞いていた。

「涼子さんは強いね。いつ襲ってくるかわからない追手に怯えながら、テレビではずっと笑顔を振り撒いてたんだもん。わたしには無理だなぁ」

「そだね」魅咲も同意する。「あたしだって、あんな奴ら相手にひとりでなんて無理。さっきの話、正直涼子に少し腹を立てたけどさ、あたしたち、恵まれてたんだなぁ。涼子を怒れないよ」

 二人の言葉を聞く詩都香は、内心の喜びを噛み締めていた。もちろんそれを顔に出すほど、彼女は素直ではない。

「……で、涼子は今、タカサキ研究所にいる」

「えっ! 捕まっちゃったの!?」

 伽那が顔を上げた。

「うん。昨日ね、涼子がいなくなって、わたしはその行方を探してた。それで、研究所に雇われた〈非所属魔術師〉の集団に襲われた」

「は? 大丈夫だったの、それ?」

 魅咲も驚いた声になる。

 詩都香は唇を噛んで首を振った。

「大丈夫じゃなかった。為す術もなく捕まって、涼子の行方を尋問された。酷い目に遭わされたよ」

 それについて語るつもりはない。思い出したくもない。

 青ざめた顔を見合わせる魅咲と伽那に向かい、詩都香は続けた。

「でも、涼子が助けに来てくれた。自分の身も顧みずに、わたしを、利用するつもりだったはずのわたしを助けに。おかげでわたしは帰ってこられた」

「…………」

 なおも黙って互いを見つめる魅咲と伽那だったが、やがてひとつ頷き合った。

「やっとわかったよ。詩都香は涼子さんをそこから救出するために、わたしたちに助けてほしいんだね?」

「うん。……ごめん。二人にも危険なことだと思う。だけど……」

「だーかーらー、あんたはそれが余計なんだってば! ごめんじゃないでしょ。友達の友達を助ける――ううん、涼子はもうあたしの友達! それを助けるのに、ごめんはないよ」

 魅咲は左の掌に右拳を打ちつけた。

「そんで? どこに行けばいいの? その研究所はどこ? っていうか、なんであたしら暢気に食後のお茶してるわけ?」

 席を蹴立ててさっそく行動に移ろうとする魅咲を、詩都香は引き止めた。

「待って。まだ正確な場所はわからない」

「当てはあるんでしょ? そんなの、そこらじゅう虱潰しにやればいいじゃない」

「ううん、今調べてもらってるところ。……でも、そうね、わたしたちもそろそろ行こうか」

 詩都香も立ち上がる。

 それから、二人に向かって頭を下げた。

「ごめ……じゃなくて、ありがとう、二人とも。あらためてお願い。涼子を助けるために、力を貸して」

 二人の親友は力強く頷いた。

「じゃあ、ちょっと着替えてくる。魅咲、その間に洗い物お願いしていい?」

「あいよ」

「わたしは?」

 伽那が自分を指さした。

「お皿割られても困るし、あんたはテレビでも見てて」

「もーう! これだもんなあ、詩都香は」

 伽那は不服そうにそうこぼしながらも、結局おとなしくテレビのリモコンに手を伸ばした。

 脱いだエプロンを椅子の背もたれにかけて自室に向かおうとする詩都香に、食器を運ぶ魅咲が尋ねた。

「ところで行くってどこに?」

 詩都香は顔だけを振り返らせて答えた。

「東京」

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