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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第七章「黒髪のラプンツェル」Die schwarzhaarige Rapunzel.
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7-16

※※※

 他人の学校というのは大人になっても居心地の悪いものだ、とその所員は思った。いや、自分の母校だってやはり居心地が悪いだろうか。

 女子大の附属校のくせにあまり防犯意識が高くないのか、潜り込むのは難しくなかった。文化祭前でひとの出入りが激しく、いちいちチェックしてはいられないのだろう。

 高い柵に囲まれた屋上で、待ち人を待つ。

 望み薄だとは思った。他校の友人に今さら会いにきて、どうするつもりだというのか。

 とはいえ、今は他に手がかりがない。

 九号が来たら、高原詩都香(しずか)という少女の身柄を預かっていることを告げ、同行を求める。そういう手はずになっていた。彼は採用されてまだ年数が浅く、部門も違うので、九号と接触したことはあまりなかったが、彼女の性格なら絶対に要求を飲む、と言われていた。

「高原さん? 来てくれたんですか?」

 十分ほど経ったところで、女子の声とともに屋上のドアがゆっくりと開いた。望み薄だと思っていただけに、意表を突かれる思いがした。

 一人の女子生徒が姿を現した。

 が――

「あなた、誰ですか?」

 九号ではなかった。小柄でハーフアップの髪型。着ているのはもちろんここ水鏡(みかがみ)女子大学附属高校の制服。胸元から下がるとんぼ玉を通したような紐以外に飾り気はなく、折り目正しい身なりだった。

 その顔に、たちまち警戒の色が広がっていく。

「いや、私は……」

 誤解ではない誤解を解こうと、女子生徒に近づく。

 彼女は一歩下がった。

「今度臨時でここで教えることになった講師なんだ。ちょっと新しい職場を見て回っていてね。ほら、産休をとったあの先生の代わりで――」

 こんなときのために、いちおう考えておいた言い訳を述べる。大学を上に持っているためか、教職員の数は多いようだ。いち生徒が全員を把握しているわけはないと思った――のだが、

「嘘です。そんなことがあるなら私が知らないはずがありません。今年度産休をとった先生もひとりもいません」

 よほど校内の事情に自信があるのか、女子生徒は断言し、身を翻した。

「誰か! 誰か来て!」

 扉をくぐり、叫びながら塔屋の階段を駆け降りていく少女の慌ただしい足音を、彼は呆然と聞いていた。

 そうしながらスマートフォンを取り出し、校外で待機している別の所員に連絡をとった。退路はない。これが終わったらデータを消去しなければならないだろう。

「もしもし? ……すまない、ハメられたみたいだ」



※※※

「逮捕だと?」

「建造物侵入の現行犯、ですね。」

 校外で待機していた所員から連絡を受けた船岡は、顔を下げたままなかなか立ち直れないようだった。

「身分に繋がるものは持たせてないな?」

「それは大丈夫だと思います。黙秘してくれるのを祈るしかないですね」

 頭の痛い問題だ。

「どういうことだ。自分で手紙を準備したのか?」

「それはないと思います。さすがにこんなことになるなんて予想してはいなかったでしょうから。でもとんでもない子です。薬を打たれてもこんな嘘を吐けるなんて。自分で自分の嘘を信じてたってことですよ」

「サイコパス、というのともちょっと違うのかな。思い込みが激しいというか、深いんだ。おそらく無意識の表層まで……」

 自分のやったことが裏目に出た。できれば成長期の高校生に薬など打ちたくなくて説得に当たったが、かえって警戒を深めた。そして彼女は、自己暗示でもかけたのだろう。

「やっぱり俺ら、スパイには向いてないみたいですね」

 船岡が溜息混じりにぼやいた。

「だから言ったろう」

 それを最後に、伊吹(いぶき)も額に指を当てて無言になってしまった。

 しばらくして扉が開き、ひとりの所員が入ってきた。

「失礼します。スマートフォンの解析が終わったのですが……」

「何もなし、か」

 その顔をひと目見ただけでわかった。

「ですがクルミからの連絡が来る可能性もありますので、主任にお渡ししておきます」

 そう言って所員は詩都香の携帯電話を置いていった。

 伊吹はそれを手にとった。

 ロックは解除されていた。

「新着は……弟からのメールと、メッセージアプリだな」

「弟がいたんでしたね。……心配してるかも」

「まだそんな時間じゃないが、手は打っておこう」

「ギギギ……」

 妙な声が上がったので、二人ともぎょっとした。

 詩都香がぼんやりと目を開いている。

「あれ? わたし……」

 長い髪を背もたれにこすりつけるように左右を見回し、現状をゆっくりと認識しているようだ。

「あっ、手紙。……あれ?」

 などと首を傾げている。

 薬の作用なのか、記憶に混乱があるようだ。まだ自分の嘘を信じているのか。

 夢うつつだった焦点が、やっと現実に結ばれる。伊吹と船岡の顔を交互に見て、ハッとする。

「……わたし、何を喋った?」

 演技には見えない。本当にあれが自白剤投与の結果らしい。

「クルミの行方については何も喋らなかった。残念だ」

 詩都香は上目遣いに伊吹の顔を見た。

「そりゃそうよ。わたしは本当に知らないんだもん」

「だけど私たちも、そう言われて、はいそうですか、と納得するわけにはいかないんだ。話してもらえないなら、もう少しここにいてもらうことになる」

 伊吹は詩都香に携帯電話を示した。



※※※

「弟さんに連絡してくれ。今日は友達の家に泊まる、と」

「これじゃできないわよ」

 言われた詩都香は、拘束された両手を揺すった。

「口頭でいい。私が送る。弟さんからのメールが来ていた。『今日の帰りは何時頃?』だそうだ」

「ちょっと見せて」

 詩都香の求めに応じて、年かさの方の白衣の男がメールを表示したディスプレイを顔の前に掲げてくれた。

「……LINEも来てるじゃない」

 メールを一読した詩都香は、ディスプレイの左上の表示に気づいた。

「そっちは友人からのようだ」

 男はためらいがちにそれも表示してくれた。

「えっ……? 何それ!」

 表示されたメッセージを読んだ詩都香は驚愕の表情を浮かべた。

 最初の一件は一条伽那から。

『詩都香ごめーん。なんか魅咲も早退だって。わたし頑張って言い訳するよ』

 しばらく時間の経過があって、次の一件は相川魅咲からだった。

『大変! 誠介が入院だって! ちょっと様子見てくる!』

「誠介くんが入院? なんで……?」

 三鷹誠介は今日学校に来ていなかった。風邪か何かだろう、と思っていたのだが。

 アプリ上の遣り取りは続いている。男が指でスクロールしてくれるが、遅くてもどかしい。

『入院? どうしたの?』

『わかんない。今病院に向かってるとこ』

 それからしばらくあって、

『ヤバい、面会謝絶。会わせてもらえなかった』

 ドキッとした。こんなところで捕まってる場合ではないのではないか。

 魅咲のメッセージが連続していた。

『やっと本人に連絡取れた』

『なんかね、感染症だって』

『体の方は全然平気だけど、しばらく学校休むって』

『けっこう元気みたい』

『心配して損した』

 時刻表示を見ると、授業中のはずの時間だ。授業を受けている伽那に届かないのを知りつつ、メッセージを重ねている。魅咲も焦っていたようだ。

 伽那の返事があったのは三十分以上経ってからだった。

『よかった。大丈夫なんだね?』

『みたい』

『あと、誠介から伽那に伝言。病室で原稿書いて送るから、心配すんなってさ』

『心配するのはそこじゃないのに。三鷹くんってば』

 その遣り取りから、もう何時間も経過している。

「こっちから先に返信していい?」

 緊急性はこちらの方が高いだろう。

「ああ。何て送る? 言っておくけど――」

「大丈夫よ。暗号なんて入れないから。まず『誠介くんの病気が大したことなくてよかった。何か差し入れとかできそう?』」

 男が操作にかかる。あまり慣れていない手つきだ。

「これでいいかい?」

 示された文面を見て、詩都香は頷いた。

 返信はすぐにあった。

『わかんない。聞いてみる』

「『そっか。あと伽那、今日あんたの家に行ってることにしてくれない?』」

『なんで?』

「『ちょっと涼子のとこでゴタゴタがあって』」

 詩都香が口頭で伝えたメッセージに、男は眉根を寄せた。

「このまま涼子が捕まらなくても、近い内に事務所が何か発表するでしょ。嘘はないんだし、ベストな言い訳だと思うけど。あと、わたし友達が少ないから、家に泊まっても不自然じゃない相手って他にいないの」

 男はしばらく考えてからメッセージを打ち込んだ。

『何があったの?』

「『今はまだ言えない。ちょっとデリケートなことだから』」

『わかった。泊まり?』

「『場合によっては。それじゃ、よろしく』」

 アプリが閉じられた。

「じゃあ次は弟さんだ」

「……うん。『今日は伽那の家に行くから。泊まることになるかもしれない。ご飯作れなくてごめんね』」

 文字を打ち込み、送信し終えた白衣の男は、脱力した様子でスマートフォンを台の上に置いた。

「送ったよ」

「ありがと……って言っていいのかどうか」

 と、詩都香も力の抜けた笑みを浮かべたところで、部屋のドアが開いた。

「終わったか? そのお嬢ちゃん、借りてくぜ」

 ミシェルだった。

次回はまた少し過激な表現があります。

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