表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第七章「黒髪のラプンツェル」Die schwarzhaarige Rapunzel.
72/114

7-13

 車はその後しばらく走ってからエンジンを止めた。目的地に着いたようだ。

 経過した時間は正確にはわからなかったが、一時間内外だろう。

 最後は山道だった。目隠しをされていてもそれとわかった。

 小突かれるようにして車を降りる。

 まだ大丈夫だ、と詩都香(しずか)は自分に言い聞かせた。

(目隠しされてるってことは、私にこの場所のことを知られたくない、つまりまだ解放される可能性だってあるってことだ。諦めるもんか……)

 手錠で拘束された両手を引っ張られ、詩都香はおそるおそる歩を進めた。

 アイマスク越しにも感じていた午後の斜光が、何かに遮られた。大きな建物の前まで来たらしい。

 引きずられるがままにしばらく砂利の上を歩くと、段差に足が引っかかった。視界の塞がれている詩都香には完全な不意打ちだった。

「きゃあっ!」

 悲鳴を上げ、無様に転ぶ。固い地面に胸と顎を打った。滑らかなコンクリートの感触だった。

「おっと、悪い悪い。段差があるって注意するの忘れてた。お嬢ちゃんにもうちょっとおっぱいがあれば、顔はぶつけずに済んだかもな」

 わざとだろう。詩都香は悔しさに歯を食いしばった。

 引きずり起こされ、なおも前へと連行される。

「次は階段だ。ていうか、もういいか」

 突然目隠しがむしり取られた。

 久しぶりの陽光に目が痛む。

 詩都香はいちどぎゅっと閉じたまぶたをそろそろと開けた。

 コンクリート造りの建造物の入り口に立っていた。

 ミシェルの言ったとおり、すぐ前には四段ほどの階段があり、その向こうにガラスのドアが待ち構えていた。

 アンジェラがドアの右手に設置された機器にカードのようなものを通すと、ドアが開いた。

「ほら、歩け」

 ミシェルに引っ張られ、詩都香は歩みを再開した。

 ちらっと右手を見る。

 インターフォンとカードキーの読取機の脇に、プレートが掲げられていた。

『Takasaki Lab.』

(タカサキ……研究所?)

 聞いたことのない施設だ。

 詩都香と彼女を連行する魔術師たちは、ドアをくぐって中に入った。

 入ってまず左手に受付らしき窓口。カーテンが引かれている。中に人がいる気配もない。

 右手にも一つ部屋があるが、用途を示すプレートはなかった。

 それらの間を過ぎると、両側に廊下が伸びていた。かなり大規模な施設らしい。

 正面にはエレベーター。その前に、白衣を着込んだ二人の男性が立っていた。

 面長でメガネをかけた年かさの男と、ひょろりとした体型のもう少し若い男。若い方は、なぜか顎にガーゼを貼っている。

 ミシェルは二人の前に進んだ。

「連絡したとおりだ。九号は逃げた。最初からオレらに任せておけばこんなことにならなかったのにな。で、代わりがこいつ。行き先を知っているはずだ」

「魔術師、か……」

 年かさの男性が口を開く。半分白くなった髪のかかる額には、脂汗が浮かんでいた。

「そうだ。この可愛いナリに騙されるなよ? 〈リーガ〉の刺客と何ヶ月もやり合ってきたとんでもない奴だ。〈モナドの窓〉は絶対に開かせるな」

「わかった」

 男が頷く。

 この二人は一般人のようだ。ミシェルたちを雇っているのはこの連中か、と詩都香は判断した。

「じゃあ、オレたちはこいつから九号の行方を聞き出す。部屋を借りるぞ」

「“第一”に連れて行ってくれ。ただ、聞き出すのは我々だ」

「んあ?」

 ミシェルが白衣の男の顔をまじまじと見る。

「お前たちが魔術師のこいつの口を割らせられるってのか?」

「あんたたちは知らないかもしれないが、自白剤というものがある。それでダメならあんたたちに任せる」

「ほぉ」

 ミシェルの口元が面白そうに歪んだ。

「あの、ミシェル、まさかとは思いますが」

 アンジェラが後ろからミシェルの服の裾を引いた。不服そうだ。

「まあ、お手並拝見といこうじゃないか」

「ちょっと!」

 アンジェラは気色ばむ。

「まあまあ、雇い主の意向には逆らえんだろ。手間が省けるのはいいことだ」

「この男に雇われているわけではないでしょう」

 アンジェラはなおも食い下がるが、

「その後に備えて英気を養っておけよ。準備もいるだろう?」

 そう言うミシェルに翻意する気がないのを見て取ってか、諦めたように肩を落とした。

 それから、詩都香の顎を片手で掴んで自分の方を向かせた。

「クスリなんかに負けて喋ってはダメですからね。あなたの口を割らせるのは私の仕事です」

 上背のあるアンジェラから見下される形になり、詩都香は目を伏せた。

「仕事っていうか趣味だろ」

 ミシェルが笑い、詩都香をエレベーターへと引っ張る。

「連行は任せますよ」

 アンジェラとジャック、それから運転手役を終えた三国は、右手の廊下へと消えていった。



※※※

「とうとうこんなところまで来ちゃいましたね、先輩……」

 隣に立った船岡が、ここで初めて口を開いた。

「ああ」

 努めて平静を装って、伊吹(いぶき)も首肯した。

 船岡の気持ちもわかる。本来この件に無関係な少女を巻き込んでしまった。

「めちゃくちゃ可愛い子でしたね。魔術師なんて信じられない」

「だがお前もあの資料に目を通しているだろう。彼女は魔術師だ。間違いない」

「それは、まあ。でも、女子高生拉致監禁……なんかAVみたいですね」

 つまらない軽口を叩く船岡だが、伊吹はたしなめなかった。彼の声が痛々しいほどに震えていたからだ。

「先に彼女と話しておく。薬品の用意は任せていいか?」

「はあ。ていうかここに自白剤なんてありませんよね?」

 船岡は辺りをはばかるように低い声で尋ねる。

「当たり前だ。だけど同じような効果がある薬はあるだろう。言うまでもないが――」

「もちろんできるだけ副作用のないものを選んでもらいます」

 その答えに伊吹は満足した。

「それで口を割るといいんだが」

「ですね。じゃないと……」

 二人は背後のエレベーターを振り向いた。

 階数表示は二で止まっている。魔術師の少女は第一医学処置室に運ばれたはずだ。

「あの男が彼女に余計なことをする前に行こう」

 伊吹はそう言い、エレベーターのボタンを押した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ