7-13
車はその後しばらく走ってからエンジンを止めた。目的地に着いたようだ。
経過した時間は正確にはわからなかったが、一時間内外だろう。
最後は山道だった。目隠しをされていてもそれとわかった。
小突かれるようにして車を降りる。
まだ大丈夫だ、と詩都香は自分に言い聞かせた。
(目隠しされてるってことは、私にこの場所のことを知られたくない、つまりまだ解放される可能性だってあるってことだ。諦めるもんか……)
手錠で拘束された両手を引っ張られ、詩都香はおそるおそる歩を進めた。
アイマスク越しにも感じていた午後の斜光が、何かに遮られた。大きな建物の前まで来たらしい。
引きずられるがままにしばらく砂利の上を歩くと、段差に足が引っかかった。視界の塞がれている詩都香には完全な不意打ちだった。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げ、無様に転ぶ。固い地面に胸と顎を打った。滑らかなコンクリートの感触だった。
「おっと、悪い悪い。段差があるって注意するの忘れてた。お嬢ちゃんにもうちょっとおっぱいがあれば、顔はぶつけずに済んだかもな」
わざとだろう。詩都香は悔しさに歯を食いしばった。
引きずり起こされ、なおも前へと連行される。
「次は階段だ。ていうか、もういいか」
突然目隠しがむしり取られた。
久しぶりの陽光に目が痛む。
詩都香はいちどぎゅっと閉じたまぶたをそろそろと開けた。
コンクリート造りの建造物の入り口に立っていた。
ミシェルの言ったとおり、すぐ前には四段ほどの階段があり、その向こうにガラスのドアが待ち構えていた。
アンジェラがドアの右手に設置された機器にカードのようなものを通すと、ドアが開いた。
「ほら、歩け」
ミシェルに引っ張られ、詩都香は歩みを再開した。
ちらっと右手を見る。
インターフォンとカードキーの読取機の脇に、プレートが掲げられていた。
『Takasaki Lab.』
(タカサキ……研究所?)
聞いたことのない施設だ。
詩都香と彼女を連行する魔術師たちは、ドアをくぐって中に入った。
入ってまず左手に受付らしき窓口。カーテンが引かれている。中に人がいる気配もない。
右手にも一つ部屋があるが、用途を示すプレートはなかった。
それらの間を過ぎると、両側に廊下が伸びていた。かなり大規模な施設らしい。
正面にはエレベーター。その前に、白衣を着込んだ二人の男性が立っていた。
面長でメガネをかけた年かさの男と、ひょろりとした体型のもう少し若い男。若い方は、なぜか顎にガーゼを貼っている。
ミシェルは二人の前に進んだ。
「連絡したとおりだ。九号は逃げた。最初からオレらに任せておけばこんなことにならなかったのにな。で、代わりがこいつ。行き先を知っているはずだ」
「魔術師、か……」
年かさの男性が口を開く。半分白くなった髪のかかる額には、脂汗が浮かんでいた。
「そうだ。この可愛いナリに騙されるなよ? 〈リーガ〉の刺客と何ヶ月もやり合ってきたとんでもない奴だ。〈モナドの窓〉は絶対に開かせるな」
「わかった」
男が頷く。
この二人は一般人のようだ。ミシェルたちを雇っているのはこの連中か、と詩都香は判断した。
「じゃあ、オレたちはこいつから九号の行方を聞き出す。部屋を借りるぞ」
「“第一”に連れて行ってくれ。ただ、聞き出すのは我々だ」
「んあ?」
ミシェルが白衣の男の顔をまじまじと見る。
「お前たちが魔術師のこいつの口を割らせられるってのか?」
「あんたたちは知らないかもしれないが、自白剤というものがある。それでダメならあんたたちに任せる」
「ほぉ」
ミシェルの口元が面白そうに歪んだ。
「あの、ミシェル、まさかとは思いますが」
アンジェラが後ろからミシェルの服の裾を引いた。不服そうだ。
「まあ、お手並拝見といこうじゃないか」
「ちょっと!」
アンジェラは気色ばむ。
「まあまあ、雇い主の意向には逆らえんだろ。手間が省けるのはいいことだ」
「この男に雇われているわけではないでしょう」
アンジェラはなおも食い下がるが、
「その後に備えて英気を養っておけよ。準備もいるだろう?」
そう言うミシェルに翻意する気がないのを見て取ってか、諦めたように肩を落とした。
それから、詩都香の顎を片手で掴んで自分の方を向かせた。
「クスリなんかに負けて喋ってはダメですからね。あなたの口を割らせるのは私の仕事です」
上背のあるアンジェラから見下される形になり、詩都香は目を伏せた。
「仕事っていうか趣味だろ」
ミシェルが笑い、詩都香をエレベーターへと引っ張る。
「連行は任せますよ」
アンジェラとジャック、それから運転手役を終えた三国は、右手の廊下へと消えていった。
※※※
「とうとうこんなところまで来ちゃいましたね、先輩……」
隣に立った船岡が、ここで初めて口を開いた。
「ああ」
努めて平静を装って、伊吹も首肯した。
船岡の気持ちもわかる。本来この件に無関係な少女を巻き込んでしまった。
「めちゃくちゃ可愛い子でしたね。魔術師なんて信じられない」
「だがお前もあの資料に目を通しているだろう。彼女は魔術師だ。間違いない」
「それは、まあ。でも、女子高生拉致監禁……なんかAVみたいですね」
つまらない軽口を叩く船岡だが、伊吹はたしなめなかった。彼の声が痛々しいほどに震えていたからだ。
「先に彼女と話しておく。薬品の用意は任せていいか?」
「はあ。ていうかここに自白剤なんてありませんよね?」
船岡は辺りをはばかるように低い声で尋ねる。
「当たり前だ。だけど同じような効果がある薬はあるだろう。言うまでもないが――」
「もちろんできるだけ副作用のないものを選んでもらいます」
その答えに伊吹は満足した。
「それで口を割るといいんだが」
「ですね。じゃないと……」
二人は背後のエレベーターを振り向いた。
階数表示は二で止まっている。魔術師の少女は第一医学処置室に運ばれたはずだ。
「あの男が彼女に余計なことをする前に行こう」
伊吹はそう言い、エレベーターのボタンを押した。




