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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第六章「苦楽を分かつ人々」Sie teilen Lieb und Leid.
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6-7

「ま、僕個人の考えだけど」と断ってから、柿沼は自説を開陳した。

「映画やドラマや舞台を本来の仕事場にするなら、それは俳優だ。アイドルとは違う。同じくCDを出したりライブをしたり、というのも違う。もちろん、玄人はだしなのもいるよ。だけど本質はそこじゃない。俳優やアーティストが技術と能力を売るなら、アイドルは存在様態を売る」

「存在様態……」

「大げさに言えばね。それに、どんなエンターテイメントだってファンに応援されることは大事だよ。芸能人じゃなくても、プロのスポーツ選手だってそうだ。でも、アイドルはやっぱり彼らとは違う。極端なことを言えば、技能なんて何ら要らない。それでファンから応援されるのなら。高原さんは、なんでこんな下手な歌が売れるんだ、って思ったこと、ない?」

 詩都香(しずか)は口元を曖昧にほころばせた。歌に自信があるわけではないし、他人の歌唱力をどうこう言うつもりはない。

「涼子もCDを出したけど、純粋に歌唱力を比較するなら、ストリートパフォーマーにだってもっとずっと上手なのがいくらでもいる。これが音楽アーティストだったらまったく話は別だけど、アイドルにとって重要なのは歌唱力じゃないわけだ」

「つまり、アイドルのCDを買う人は、優れた音楽を鑑賞したいというよりも、応援したいということですか?」

「曲自体が優れたものもあるよ。でも音楽として鑑賞するなら、楽曲提供者自身や本職のミュージシャンがカヴァーしたものの方がはるかに優れているだろう」

「それは……そうかも。でも、応援されることがアイドルの本質って、なんだかちょっとぼんやりとした感じですね」

「そうだよ。まったくその通り。ま、あくまでも本質論で、理念型だ。実態は千差万別」

「実存は本質に先立つわけですか」

「そういうこと。で、さっき高原さんがいみじくも言ったとおり、応援されることがアイドルの本質だというのはぼやけている。それはファンから見ても変わらないんだ。ファンは自分の好きなアイドルを応援したい。だけど、そのやり方は? あるいは、その目的は?」

「やり方なら、CDやグッズを買ったり、ライブを追っかけたり……。目的は――というか目的って?」

「ファンは何のために応援するんだろう? 応援するアイドルにどうあってほしいんだろう?」

 詩都香はしばし考えてから口を開いた。

「それは……やっぱり売れてほしいんじゃないですか。芸能界でビッグになってほしい」

「ところがそれもね、ある意味でわかりづらい。ファンにしてみれば、自分が応援したおかげでアイドルが売れっ子になっていったのか、それとも、芸能界特有の力学の結果そうなったのか、判断がつきづらいよね」

「あるんですね、やっぱりそういう力学って」

「もちろん。だからこそうちみたいな事務所が存在するわけさ。アイドルをプロデュースして、じゃあこの方向で頑張っていってね、で終わるわけじゃない」

「まあ、そうでしょうね」

 詩都香は同意する。芸能界に格別の思い入れを懐いているわけではないし、内実が金と権力のせめぎ合う真っ黒で生臭い世界だったからといって失望するほどの憧れもない。

「ファンとしては、自分の応援がアイドルの力になっているんだ、っていう実感が欲しい。でもそれはなかなか見えづらいんだね。ところが最近は、ファンの応援が如実な形で顕れるやり方も出てきた」

 詩都香にもピンときた。

「総選挙」

「うん。あれは上手くやった、と言う人もいれば、大御所の中には不快感を示す人もいるよ。あんな露骨な形で、って」

「仕掛けたのが大御所と言っていい人だというのは皮肉ですね」

 そうだね、と柿沼も苦笑する。

「さすがにうちが真似するわけにはいかない。だから古典的な手法で涼子を売り出してきたよ。話は戻るけど、能力や技術のあるタレントなら、適切に売り出しさえすればある程度の計算は立つ。だけど、応援されることが本質であるアイドルは、なかなかこれが難しい。お金をかければいいってものでもないんだ」

 詩都香は納得した。

「わかってきました。むやみに露出を増やしても、たまにありますもんね、『ゴリ押し』なんて言われることが」

「それがいちばん怖い。お金をかけてプッシュして、視聴者からの好感度が下がるんだから。ファンの目で見れば、応援する甲斐がないということになるわけだ。涼子もまあ、ギリギリのところだった。その匙加減を慎重に見極めたみたいだよ。社長からのお達しが、できるだけ早く、だったから」

「できるだけ早く……」

「それも、できるだけ早く日本中のみんなが知るアイドルに、だった」

「売れるように、じゃないんですね」

「そこが不可解なところだ。僕らにとってもね。社長はどうも、涼子を売り出して、かけたコストを回収し利益を上げるのが主目的じゃないみたいだ。まあ、プロデューサーたちは上手くやったよ。視聴者がいちばん応援したくなるのはどういう対象だと思う?」

「……自分がその人の魅力をいち早く発見したと思う対象、でしょうか」

「飲み込みが速いね。それがいちばんなんだ。涼子もまずそういう演出にした。最初はCMで、名前も出さずに。ただ、本数は打ってもらった。バリエーションもいくつか。もちろんうるさくならない程度に。話題になると、あの子は誰だ、って視聴者からの問合せが来る。たいていCMスポンサーの方にだけどね。そうやって注目されてから脇役でドラマに。これで名前がやっとテレビに出る。で、バラエティに。こうやって、少しずつに見えるギリギリのスピード感で売り出していく。速すぎてはいけない。でもあまりゆっくりやりすぎると、売れっ子になってからのファンを、『ニワカ』と蔑む人も出てくる。これが行き過ぎると、ファンの裾野が閉じてしまう。実に難しかった……らしい。らしい、というのはもちろ僕が単なるマネージャーで、プロデュースする側の人間じゃないからだけど」

 興味深い話だとは思った。

 だが、詩都香の本当の興味はそこにはない。

 どのようにして涼子が売れたのか、という手法上の話ではなく、なぜそうまで特別扱いされるのかの理由なのだ。

 しかし、噂はあれど事実は柿沼も知らないという。

 デザートのレモンのシャーベットが来た。

 柿沼は喋りすぎたと思ったのか、それとも詩都香の興味が薄れていったのを察知したのか、小首をかしげて言った。

「納得してもらえたかな、涼子がどうして売れたのか、って」

「ええ」

 いくつかの疑問は解けた。

 ただ、それによってより大きな疑問が現れた。その答えは、ここで柿沼に質すことはできない。

 最後にコーヒーが運ばれてくる。

「どうだった? 埋め合わせ、できたかな」

 とカップに手を遣りながら、柿沼。その瞳は詩都香を見ているようで、見ていない。

 詩都香に心理的な圧迫をかけないように、という気遣いが認められた。何しろ、ここに来て初めて雑誌の件が話題に上ったのだから。

 詩都香は微笑んだ。

「柿沼さんとの話、楽しかったです。それに、料理も美味しかった。ごちそうさまでした。今度うちでも何か作ってみようかな」

 ふ、と柿沼が微かに吐息を漏らした。彼なりに緊張の一瞬だったようだ。

「高原さんは料理が上手らしいね。涼子が褒めちぎってた」

「いや、わたしなんてまだまだ」

 一応そう謙遜しておくが、気分が悪いはずがない。

 この場にいない涼子に、サムズアップでもしてやりたいところだ。

「量はどうだった? 足りた?」

「は? ええ、もちろん」

 それなりにボリュームのあるコースである。男性である柿沼だって満足だろう。

 なのになぜそんなことを尋ねるのか。

「いや、涼子が、高原さんはすごく食べるから、中華バイキングとかでいいんじゃないか、って」

 ――あいつめ。今度締め上げてやる。

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