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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第一章「ネズミ捕り娘はピアノを弾く」Die klavierspielende Rattenfängerin.
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1-3

 委員会の会合が終わった後、詩都香は文化部棟一階のトイレの個室に閉じこもって、先ほど回収した手紙を読んだ。

『今日の放課後も、屋上で待ってます。』

 そうとだけ書かれていた。

「も」と言うからにはリピーターらしい。封筒の柄にも便箋にも、たしかに見覚えがあった。前にもらったのは、先週の木曜日だろうか。

 だが、本人に会ったことはない。結局すっぽかしてしまったからだ。

 一度屋上で待ちぼうけを食らわされてもこうして手紙を寄越すのだから、根性があると言うべきか。

「屋上が好きなだけだったりして」

 詩都香は自分の冗談に苦笑してから、再び手紙を封筒に収めてクリアファイルの中にしまった。

 文面からすると放課後に入れられたとも思えないので、きっとこの手紙の主は、今朝詩都香よりも遅れて登校したのだろう。下足箱の中身が外履きに替わっているのに、放課後の逢瀬を申し込む手紙を入れていくのだから、文面の寡黙さから予想されるよりも図太い精神の持ち主なのかもしれない。

 この手の匿名の手紙が一番困る。

 名前とクラスさえ分かっていれば返事の手紙を書くこともできるのだが、これでは直接顔を合わせるほかなくなってしまう。

 現状ではあまり好ましいことではなかった。今日も「やむをえず」すっぽかしてしまったことにホッとする。

 せめてこんな馬鹿げたラブレターラッシュさえなければ会うくらいはしてもいいと詩都香も思っているのだが。


 詩都香がトイレを出ると、廊下で背の高い女子生徒に出くわした。

 郷土史研究部の部長、吉村奈緒(なお)である。ちょうど部室に行くところだったようで、図書館の蔵書と思しき大型の本を小脇に抱えている。

「おっと、高原か。——お前がいるということは……!」

「えっ、ちょっと部長!?」

 奈緒は空いている方の手で詩都香の腕を掴むと、いきなり走り出した。

 そのまま入り口を抜け、文化部棟の建物の外側を大きく半周し、裏口まで回り込んでから、奈緒は足を止めた。

「どうしたんですか?」

 わけのわからぬまま短距離ダッシュにつき合わされた詩都香は、息を整えながら尋ねた。

「どうしたもこうしたも、お前、文化祭実行委員会に出ていたんだろう? そしてその場には生徒会の連中もいる。特に(りん)ちゃんとは顔を合わせたくない」

 奈緒は一学年上の生徒会長をも“ちゃん”付けで呼ぶ。

「安心してください、たぶんもうみんな帰りましたから。唐渡(からと)会長、言ってましたよ。部長もたまには生徒会に来てほしいって」

「この忙しい時期にな。まったく、凛ちゃんは寂しがりなんだから」

 二人は裏口をくぐって建物の中に戻った。

「わたしはよく知りませんが、文化祭だって生徒会の予算で行われるんだから、会計担当の部長がいないとまずいんじゃないですか?」

 奈緒は渋い顔をした。

「お前までそんなことを言うのか。安心しろ。はっきり言って私なんていなくても、凛ちゃんとその手下たちであっちは十分に回る。“会長二世と三つのしもべ”でな」

 凛と同学年の副会長、書記担当、渉外担当はいつからか陰で“三つのしもべ”と呼ばれている。凛は前例のない同一年度二代目の生徒会長ということで、“二世”がついてしまった。こういうのはいったい誰が言い出すものなのだろう、と詩都香は不思議に思う。

「凛ちゃんは少し地味だけど私好みだし、仲良くしたいとは思っているのだけれどな。いかんせん、二人の立場がそれを許さない。運命に引き裂かれた恋人たち、だ。……どうした高原、不機嫌な顔をして?」

「してません」

 本当にしていない。

 女子のくせに女子もイケるタチの奈緒は以前から詩都香のことを気に入っており、たびたびこうして勝手に脈があることにしてしまうのだ。

「まあいいや。原稿はどうだ?」

「すみません、今日は図版だけ。校正の分はまた明日持ってきます」

 部室まで階段を上る手間が省けた、と詩都香は鞄からクリアファイルを取り出す。

 と、そのはずみに、先ほど読んで無造作にしまっていた手紙がこぼれ落ちた。

「あっ」

 鞄とクリアファイルで両手の塞がった詩都香がまごついている内に、奈緒がそれを拾い上げてしまった。

「……ふーん。高原、お前モテるな。はい」

 奈緒は意外にもあっさりと手紙を返してよこした。

 からかわれるか詮索されるかするものと身構えていた詩都香は、肩すかしを食った気持ちになる。

 その念が顔に出ていたのだろう、奈緒がニヤリとする。

「意外か、私の反応が淡白で?」

「……ええ、まあ。意外と大人なんですね、部長も」

「お前はたまに本当に口が悪いよな。ま、なんだ、私が妬かなかったからといってそうしょげるな」

「しょげてません。だから勝手に脈があることにしないでください」

「私はな、思うんだ」奈緒は聞く耳を持たない。「自分の恋人がモテるからといって心を乱すような奴はなんて器が小さいんだろう、と。モテる相手が自分を選んでくれた、そのことに誇りを持つべきだ」

「はい、図版です。じゃあわたしはこれで」

 詩都香は手紙と入れ替わりにクリアファイルから取り出したトレーシングペーパーを奈緒に手渡し、踵を返した。勝手に恋人にされているが、もう反論するのも疲れるだけである。

「あれ? 部室には寄っていかないのか?」

 奈緒は詩都香のつれない対応に気を悪くした様子もなく、尋ねてきた。

「すみません、今日はちょっと伽那の家に」

 振り返ってそう弁明すると、奈緒は難しげな顔を浮かべた。

「お前が楽器を演奏するというのは聞いているが、あまり無理をしないようにな。しょせん高校の文化祭の出し物なんだから」

「どこから聞いたんですか?」

 思わず口に出したが、愚問もいいところであった。奈緒はあらゆる場所に人脈を張りめぐらせており、詩都香のクラスとて例外ではない。そもそも、郷土史研のもう一人の一年生部員は同じクラスの松本由佳里である。さらに言えば、クラス担任の北山綾乃にしてからが、奈緒の“エス”の一人らしいのだ。

 奈緒は質問には答えず、

「……ま、これは私の言えたことではないな」

 と苦笑を漏らした。

「まったくです。部長もたまには生徒会に顔を出して気分転換でもしたらいいんじゃないですか?」

「おっと、そこに戻るのかお前は。——それじゃ、また明日」

 奈緒は片手を挙げると詩都香に背を向け、今受け取ったばかりのトレーシングペーパーに目を落としながら階段の方へ歩いていった。

 詩都香はその背に向かって軽く頭を下げてから裏口を出た。


 バスは空いていた。

 文化祭にあまり拘らない生徒はもう帰宅したのであろうし、深く関わる生徒はまだまだ残るのだろう。

 空席のあるのをいいことに体と荷物で二人がけのシートを占領しながら、詩都香は窓の外へと視線を向けた。

 バスは西に進む。左側の席に座った詩都香の目に映るのは、遥か南の相模湾まで続く(ひがし)京舞原(きょうぶはら)の街並みだ。もっとも、道路沿いに立ち並ぶ建物によってひっきりなしに遮られてしまうが。

 たまに髪の如き大道があると、高架上の高速道路やら新幹線やらを透かして、その先に広がる、朱色に染まった沖合と、それとは対照的に紺色を濃くしていく浜に二分された海まで見晴るかすことができた。

 誇るほどの歴史を有する街並ではない。

 明治以来西の旧城下町からじわじわと拡大した街区は、昭和に入って海岸の漁村を併呑し、高度成長期に平野全体を満たした。

 東京舞原の歴史は、まさに近代日本の発展の歴史だ。詩都香たち郷土史研究部員がいかに独自性と土着性を強調しても、国民国家の歴史を抜きにしては語れない。

 関東地方のほぼ最西端に位置する京舞原市は人口五十八万強。人口動態調査に基づく予測では六十万を目前にして減少に転じるとされているが、それでも現時点の日本では、社会増を享受している数少ない都市のひとつだ。

 人が変われば街も変わる。詩都香の子供時代の記憶と比較してさえ、ふとした折に様変わりを感じさせられることがある。

 それでも詩都香はこの街を愛していた。

 大学の四年間——場合によってはもっと長く——、ひょっとしたら社会人としても外の土地に出ることになるのかもしれないが、できればその後はこの故郷に帰ってきたいと思っている。

 エンジン音が変わる。市を東西に二分する九郎ヶ岳丘陵地帯に差しかかったのだ。

 この路線は、丘陵地帯の北をかすめるようにして走る。左には九郎ヶ岳、右手にはずいぶん距離を置いて垂氷山地。丘陵地帯の東、南、西は戦前から続く高級住宅地だが、日当たりの悪い北側はあまり開発が進まず、細々とした農地なども残っている。

 黒々とした木々しか見えなくなった車窓から視線を離し、詩都香は目を瞑った。

 九郎ヶ岳丘陵地帯の東南には、先日詩都香が“ホムンクルス”と名づけられた人工生命体と戦った廃病院がある。

 その後起こった数々の出来事のおかげで信じられない思いもするが、まだ二週間しか経っていない。

 ホムンクルスは自らの命を長らえるため、十数人の少女を犠牲にしていた。詩都香は結界に守られた院内に突入し、ホムンクルスと交戦するも、敗れて殺されそうになった。

 幸いにして、同じくホムンクルスを標的としていたゼーレンブルン姉妹によって救われたが、その後も詩都香の胸には、あんな場所に拉致され惨殺された同年代の少女たちのことがしこりのように残った。

 もっと早く気づいていれば、その内の何人かは救えたかもしれないのだ。

 自分の無力を噛み締めながら、誰にも気づかれないその場所にほぼ日参して花を手向けた。それでどうなるわけでもないのは、彼女自身よくわかっていたのだが。

 そして今朝、テレビのニューズ番組でその報道に触れた。行方不明とされていた少女たちの遺体が、廃病院ではなく垂氷山地で発見されたというのだ。

 詩都香は誰がそうしたのかを知っている。

 敵対する世界最大の魔術師の組織〈悦ばしき知識の求道者連盟〉——通称〈リーガ〉——の構成員のしわざだ。

 こうした超常的事件が起こると、〈リーガ〉は隠蔽にかかる。かの組織は、魔法技術の発展とその隠匿という、相互に矛盾した使命を帯びているのだ。

 もしかすると、敵対していると思っているのは自分たちだけなのではないか、と詩都香は薄々とながら感じている。

 化物じみた魔術師を多数抱えているはずなのに、詩都香たち——詩都香と魅咲と伽那——を討伐するために送り込まれてくるのは、三人の力を合わせればどうにか勝てるくらいの、わずかに格上の魔術師ばかりだった。

 なんでも〈リーガ〉にはそうした慣習があるのだという。そうして、構成員たちに実戦経験を積ませる。

 実際に幾度となく死にかけたし、今でも〈リーガ〉の魔術師たちを怖ろしいと思うが、どうにも遊ばれている観が否めない。このところの相手となっているゼーレンブルンという名の姉妹にいたっては、メンタリティを詩都香たちと同じくする普通の少女だ。

「このまま遊ばれているのが一番いいんだけどなぁ」

 詩都香はそっと小声で呟いた。

 バスは西京舞原の街に入っていた。

 詩都香は鞄から財布を取り出し、硬貨を数えて降りる準備に入った。

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