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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第五章「猫と弟とおともだち」Katze und Bruder und Freundin.
47/114

5-7

 そして明けた土曜日。

 この日は詩都香(しずか)にとって特別な日だった。

「はえーな、お姉ちゃん」

 午前六時半、弟の琉斗(りゅうと)が部屋から出てきた。

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

「いや、いいんだけど。おはよう」

「はい、おはよう。朝ごはん大体できてるけど、ちょっと待ってね、もう少しやったらわたしも下りてくから」

「メシ、もう作ってあるのかよ。何時に起きてんだよ。ていうか何やってんの?」

「掃除。見たらわかるでしょ」

 詩都香は二階の廊下をモップがけしていた。

「なんでこんな朝早くから、ってことだよ。別に汚れても散らかってもいないだろ」

「今日、友達が来るから」

「誰? 相川先輩? それとも……」

 言って琉斗は首をかしげた。自分の口にした疑問に納得していないようだった。

 無理もない。これまで詩都香は、魅咲(みさき)伽那(かな)が来るからといってわざわざ掃除をして出迎える、などということはなかった。

 琉斗の言うとおり、詩都香がこまめに掃除する高原家は普段から清潔な部類である。

「別の人。……あのね、琉斗。前から言おうと思っていたんだけどさ、あんたも知ってる人」

「知り合い? 三鷹(みたか)先輩?」

 まあそういう推論になるだろう。相手が男子なら詩都香も気を遣うかもしれない、と考えるのはたしかに誤ってはいない。

「違う。知り合いじゃない。あんたが一方的に知ってる相手」

「俺が一方的に知ってるお姉ちゃんの友達? 誰だ?」

「まあ、来たらわかるよ。午前中に来るから。別にあんたと会わせたいわけじゃないんだけど、向こうはわたしの弟の顔も見てみたいとか言ってるし」

「なんだそりゃ」琉斗の顔が不快げにしかめられた。「俺は見世物じゃないんだぞ」

 気持ちはわかる。詩都香がごく稀に初めての相手を連れてきたときにはたいてい、「かわいー」とか「似てなーい」とか無遠慮に論評する彼女たちの前で、琉斗は愛想笑いを浮かべながら居心地悪そうにしていたものである。

「うん、まあ、出かけたいんなら行っていいよ。無理に居てもらう必要ないから」

「……予定はないけど。とりあえずメシ食ってくるよ。下にあるの適当に温めて食えばいいんだろ?」

「あ、ごめん。わたしもすぐ行くから。火には注意してね」

「子供扱いすんなっての」

 結局、朝食後も琉斗に出かける様子はなかった。詩都香の謎めいた友達に興味を抱いたのかもしれない。

 そして、午前九時に詩都香がバス停まで迎えに行き、涼子を連れて戻ると、琉斗は吹き抜けになっている階段の上から顔を出して玄関を見下ろしていた。

 涼子は彼には気づかず、「おじゃましまーす」とよく通る声で挨拶した。

「されまーす」と詩都香は小声で以前の仕返しをして、琉斗の様子を上目遣いに確認した。

「……?」

 涼子も詩都香の視線を追うように上を見遣る。

 その直前に、琉斗はさっと姿を隠した。

(呼んでやるべきか、どうするか……)

 とりあえず、涼子を一階のリビングに通した。

「おおっ、片づいてるね」

「頑張って掃除したわよ。お茶淹れるね」

「ありがとう。――あ、何これぇ!」

 涼子は壁際の棚に駆け寄り、その上のアクリルケース内に飾られている詩都香の力作の数々を眺めた。

「プラモデル」

 詩都香はキッチンの方へ向かいながら答える。

「かわいー! 詩都香が作ったの? あ、これガンダム!」

「バルキリーだっつーの」

 まったく。ファイターとガウォークとバトロイドの三形態を並べて飾ってあるのに、なぜ勘違いできるのか。

「知らなーい」

 そのひと言で済まされた。

「こっちは戦車だ。んー、アメリカの?」

「ジオン公国の」

「へぇ~」

 絶対わかっていない。そっちこそガンプラだというのに。

 涼子がテーブルの前のソファに座った。そこへポットとカップを載せたお盆を運んでいきながら、詩都香は思うのだった。

(わたしと涼子ってやっぱり趣味合わないよね。なんでこんな仲良くなってるんだろう)

 魅咲たちとだって趣味が合うわけではないのだから、それ自体は不思議ではない。

 詩都香は涼子のことが好きだ。

 しかし、涼子は詩都香のどこを気に入っているのか。

「粗茶ですが」

「ありがと。詩都香、電話鳴ってるよ?」

 おっと。ソファの上に置いた携帯電話が振動していた。

 ディスプレイに表示された名前を見て、詩都香は首をかしげた。もっとも、彼女の方とてつい先日同じことをしたばかりだが。

「もしもし? どうしたの?」

『あのさ』電話の主は琉斗だった。『ちょっと俺の部屋まで来てくれ』

 用件については察しがつく。

 詩都香は涼子に断ってリビングを出、廊下の突き当りから階段を上った。

「入るよ」

 ノックをしてからそう断り、扉を開けると、琉斗は部屋の中ほどに突っ立って待ち構えていた。

「あのさ……ええと、俺の勘違いだったらなんだけどさ――」

「合ってる。勘違いじゃないよ」

「マジで?」琉斗は目を剥いた。「マジで涼子ちゃん? なんで?」

「前言わなかったっけ、友達だって」

「嘘だっつったじゃねーか」

 おや、覚えていた。

「……まあいいや。お姉ちゃん、今の俺どう?」

「どうって?」

「変じゃない?」

 と、琉斗は自分の方に人差し指を向けた。

「服装?」

 琉斗がこくこくと頷く。

 この弟が詩都香に服装チェックを頼むことがあろうとは。

 白のコットン生地のシャツに黒の薄手のジャケット。下はワンウォッシュのデニム。中学生男子の外出着としては無難だろう。

「出かけるの?」

「出かけねーよ。涼子ちゃんの前に出るのに恥かきたくない」

「あー、部屋着としてはどうかな。いつものジャージとかでいいじゃん」

「さすがにそれは……ああ、どうしよう。ったく、先に言ってくれよ」

 琉斗はそわそわと体を上下させた。

 見世物じゃない、などと言っていたくせに。

「まあ、別に今の格好でもいいんじゃない? 相手は芸能人なんだから、おしゃれなイケメンなんてたくさん見てるわよ。そんなとこでアピールしてもしょうがないじゃん」

「ああ、うん、たしかに。よし……!」

 心を決めたのだろうか。

「下りてくる? お茶淹れとこうか?」

「いや、いい。もう少し心の準備をしてからにする」

 決まっていなかった。

「んじゃ、涼子をあまり待たせるのもなんだし、わたしは行くから。タイミングを見計らって呼んであげる」

 琉斗は片手を上げてそれに応え、姿見に向かった。

 詩都香は部屋を出て、階段を下りた。

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