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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第五章「猫と弟とおともだち」Katze und Bruder und Freundin.
42/114

5-2

あけましておめでとうございます。

足かけ三ヶ年にも渡って本作を書き続けるとは思いもしませんでした。

17年度の内には完結させます。

 (やなぎ)は準備してあるパネルに向かう。写真をひととおり眺めた後、大きめの活字でプリントアウトされた文章を読み始めた。

「……この、せきと? つはく? って何?」

関渡津泊(かんとしんぱく)。交通の要衝のことだ」

「天文七年、第一次こくふだい合戦……」

国府台(こうのだい)

「……このいぬなんとか上杉家って何だっけ?」

犬懸(いぬがけ)上杉家のことか。上杉禅秀(ぜんしゅう)の乱っていうのがあったろう。……おいおい、頼むぞ美紀(みき)、このままでは日が暮れてしまう。ほら、凛ちゃんもイライラしてる」

「えっ? ――すっ、すみません、会長」

 柳が恐縮する。

 (りん)はぶんぶんと首を振った。

「吉村さん、勝手なこと言わないで。イライラなんてしてません。――柳さん、ゆっくりやってください」

「はい、そうします。……ぎえっ」

 生徒会長の激励を受け、パネルに向き直った柳が悲鳴を上げた。

 さっきから何でもないところで引っかかっていた柳だったが、次は正真正銘のトラップ、変体漢文混じりの古文書史料からの直接引用である。活字にしてあるだけマシとも言えるが、その分かえって、読まなければならない、という心理的圧力が生じる。はっきり言ってこれは郷土史研究部の部員にもほとんど読めない。

 読み飛ばしても差し支えない箇所だが、柳はじーっと文字を睨んでいる。わかったふりをして先に進んでもいいだろうに、意外に几帳面な性格のようだ。

 詩都香(しずか)は柳のことがなんだか気の毒になってきた。

「……吉村さん、本当にこれを展示するつもりなの?」

 見かねた凛が口を挟んだ。

「迷っているところだな。美紀の反応を見ると、慣れていない人にはまったくもって退屈な展示になってしまうようだ」

 いけしゃあしゃあと言う。この展示は文化祭実行委員のチェックを誤魔化すための、いわばダミーなのである。

「慣れてなくて悪かったわね」

 柳が悔しそうに唇を尖らせる。

 凛はさらに突っ込んだ。

「これではお客さんが置いてけぼりになるわ。内容や表現をもっと柔らかくする必要があります」

「しかしな凛ちゃん、文化祭というのは日頃の文化的活動の発表の場でもあるわけで、本来的には客商売の場ではないだろう? 内容が高度だからといって文句を言われるのはおかしいんじゃないか?」

 奈緒(なお)が口だけの抵抗を示す。本当に口だけである。このままゴーサインが出ても困るのだから。

「展示は論文発表の場じゃないの。見学者の興味を惹いて部誌を買っていってもらえばいいでしょう」

 奈緒は押し黙った。心の中では舌を出しているに違いない。

「吉村さん、今から展示の内容って変えられるの?」

 柳が少し心配そうに尋ねる。

「ああ、それはまあ問題ないが。論旨そのものは変える必要はないんだし。……じゃあそうしようか。――高原に松本さん、明日からまた少し忙しくなるぞ?」

 由佳里(ゆかり)は力強く、詩都香はやや曖昧に頷いた。

 気の進まなそうなポーズなんかとって、まったくこの部長は。

「というわけで美紀、今日のところは――」

 と奈緒が締めにかかったのを遮り、凛が指摘を続けた。

「それと、たしか本番では、部員が展示の説明を行うのでしょう? ――柳さん、今日はそれのチェックもお願いします」

 おや、と奈緒は目を丸くした。

「よく知ってるな。さすが生徒会長」

「去年、私も見学しましたから。率直に言ってしまえば、説明役の上手下手が企画の成功を左右します。展示の内容がよくわからなくても」

「んーと、じゃあ、高原さんお願い」

「あっ、はい」

「いいえ」

 柳の指名に従って進み出ようとした詩都香を、凛が制止した。

「高原さんは四月からの部員ですし、ある程度の準備はできていることでしょう。――松本さん、説明役をお願いします」

 奈緒が、してやられた、という表情になった。

 由佳里は「私ですか?」と自分の顔を指差した。

「ええ。松本さんは最近になって入部したのでしょう? それでも説明役は務めるはずです。――ですよね、吉村さん?」

「まあね」

 苦虫を噛み潰したような表情のまま、奈緒は首肯した。

「なら、いちばん不慣れと思われる人がちゃんと説明できるかをチェックするべきでしょう」

 凛はぐいぐいと攻める。温厚そうな彼女もやはり、奈緒に振り回され続けて腹に据えかねるものがあるようだ。

 気持ちはわかる。

 それに、指摘も的確である。

 さすが生徒会長だ。

 それだけに、今度は凛のことが気の毒になる詩都香だった。

 奈緒が詩都香の顔をちらっと見て、口元を微かに歪めた。


 金曜日に奈緒が指示した欺瞞工作は、間に合わせの写真だの部誌からコピペした文章の掲示だのだけではなかった。

 文化祭実行委員のツッコミを誘導する策に出たのである。

「ま、わかりやすい弱点を設けてそこに相手を誘い込むのはよくある戦術のひとつだな。誘い込んで相手を殲滅したいときや、他の部分を攻められたくないときに使われるものだ。今回の我々の場合は後者。他のところにツッコミが回らないよう、ある意味で被害を受け持ってもらうことになる。――で、それが松本さん、君だ」

「はあ」

 由佳里はよくわかっていない様子で首をかしげた。

「文化祭当日に部員が説明係として見学者といっしょに展示を回ることは、企画申請書にも書いてある。今度の抜き打ちで、それもチェックされるかもしれない。そのとき狙われるのは松本さんの可能性が高い。クラス委員として文実(ぶんじつ)との折衝に当たっているから顔も覚えられているし、つい最近入ったばかりだというのも知っている人は知っている。すると、意地悪な委員としては思うわけだ、この子は入ってまだ日が浅いし、他人に上手に説明するほど勉強が進んでいないだろう、そこを突っついてやろう、とな」

「それはそうかもしれませんねぇ。意地悪というわけではないと思いますけど」

「矢面に立つ君には悪いが、こちらとしてはそれはそれでありがたい。展示の文章は今のところ部誌からの切り貼りだから、注意深く読めばはっきり言って論旨は支離滅裂だ。たとえ他の誰でも、ちゃんと説明することはできないだろう。おそらく文実のツッコミは説明役に向かう。私たちがしどろもどろでは問題だが――」

「わたしならまあ許される、というわけですね」

「ま、平たく言えばそういうことだ。やってくれるかい?」

「もちろんです。今まで勉強不足であまり戦力になれませんでしたので、わたしにしかできないことがあるなら嬉しいです」

 勢い込んで承諾の意を示す由佳里。

 仕事と言っても、とちって苦言を呈されるという役どころなのだから、そんなに力まなくともよさそうなものである。

「ありがとう、松本さん。文実が来るのは週明けだ。それまでにやっておくべきこと、わかるね?」

 いたずらっぽい顔になった奈緒の問いかけに、由佳里はもちろん、と頷いた。

「委員の方が来るまでに、できるだけ上手に説明できるように勉強しておくこと、ですね?」

「よくわかっているじゃないか。その通り。変な腹芸は期待していない。全力で説明役を務めてくれ」


 勉強の成果があったのかどうかはよくわからない。

 由佳里は懸命になって柳相手に展示内容の説明を行っている。

 が、由佳里はあまり口が達者な方ではなく、知識不足もあり、さらには展示内容そのものが酷いので、お世辞にも上手な説明とはなっていない。柳からも頻繁にツッコミを受けている。

 それを見守る詩都香は、隣に立つ凛の話し相手を務めていた。

 せめて高原をサポート役につけないか、という奈緒の提案――もちろんこれもそのフリだけである――を、凛はすげなくはねつけた。

「ダメです。高原さんは私の話し相手」

 まさか本気ではあるまいと思っていたのだが、どうやら凛は本当に雑談の相手が欲しかったようだ。

「高原さん、吉村さんから変なことされてない? もし困ってたら言ってね」

「いえ……まあ、大丈夫です。我慢できます」されていないとは言わない。「それよりも、会長も気をつけた方がいいですよ。部長から気に入られているみたいですし」

「私? あれは吉村さんの冗談でしょ」

 凛はそう言って笑い飛ばす。

 たしかに奈緒の言動はどこまでが冗談でどこからが真剣なのかわかりづらい。冗談と思っている内に迫られて、いつの間にやら絡め取られている者も多そうだ。

 詩都香は横目で凛を見た。

 背は詩都香よりいくらか低い。小さいと見られることはなくとも、小柄な部類だ。体型もスレンダーであるし、詩都香よりも体重が軽いかもしれない。

 目鼻立ちはぱっちりしているが、生徒会長の役目を大過なく務められているのには、やや切れ長に見える目の力の与るところも大きいだろう。黒のロングヘアの一部を三つ編みにしてハーフアップにまとめたスタイルは、真面目そうにも可愛らしくも見える。ガーリーと言うよりフェミニンな印象である。

 制服は当然規定通りに無難に着こなしている。スカート丈も膝上である。見える範囲でのアクセサリーらしきものはひとつだけ。銀の珠を通したネックレス状のものを首から垂らしている。

「ああ、これ?」

 視線に気づいた凛が紐を引っ張った。制服の上着の下から現れたのはロザリオだった。

「会長、クリスチャンだったんですか?」

 意外の念が口から出てしまう。

「まあ一応、ね。家がそうだってのもあるし。といっても別に食前のお祈りを捧げるとか、日曜ミサに通うってほどじゃないし、あまり熱心な信徒とは言えないかな」

「でもなんでうちの学校に? ……すみません、変なことを訊きました」

 京舞原(きょうぶはら)市内には、西の聖マグダレーナ女学院をはじめいくつかのミッション系学校がある。が、質問を口にしてから愚問を悟った。クリスチャンだからといってミッション系を選ばなければならない、というルールなどないのだ。

 凛はくすり、と笑った。

「言ったでしょ、そこまで熱心な信徒じゃない、って。それに、マグ学とかは宗派が違うし」

 たしかにそういう問題もある。

 普段ロザリオを大っぴらに出さないところを見ると、凛はあまりこの話題に乗り気ではないのかもしれない。詩都香は話題を変えることにした。

「もうすぐ任期も終わりですね」

 ミズジョでは、文化祭が終わった後に生徒会役員の選挙がある。猫ほど可愛くない奈緒の手も借りたいほど凛たちが忙しいのは、そのせいもある。

「まったく、この学校は任期長すぎ。受験があったら大変だったわ」

 あったら、と非現実話法で語るということは、

「会長は上の大学へ?」

「そのつもり」

「なんかもったいないですね」

 凛の成績のほどは知らないが、生徒会長を務めているのだ、悪くはないだろう。もっと高いランクの大学も狙えそうである。

 しかしこれは失言だった。

「もったいない、か。まあそう言われることもあるけど。でも、高原さんは偏差値の高い大学に行くために勉強してるの?」

 ぐうの音も返せない。今日は不用意な発言が多い。柳にツッコまれる由佳里をハラハラしながら見守っているせいなのか、それともこの後に待ち構えていることに意識が向かっているせいなのか。

「いえ……すみません」

 詩都香は少しばかりしょげて俯いた。

「でも、任期が終わったら私は“会長”じゃなくなる。そのとき高原さんはなんて呼んでくれるのかな」

「へ?」

 予想外の質問だった。しかも意図が不明である。

「……普通に、“先輩”とかですかね」

 そもそも文化祭が終わった後、凛と話すことなどあるだろうか、と詩都香は思っていたのだが。

「まあ、そうなるわよね」

 凛はニコニコと頷いた。

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