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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第四章「鉄の棺」Der eiserne Sarg.
37/114

4-9

パソコンが壊れて書き溜めていたものが吹っ飛んでしまいました。

記憶を頼りに復旧し、なんとか目途が立ったので再会いたします。

 ※※※

『俺さ、今日有名人に会っちまったよ』

 第一声がそれだった。

 夕食後に宿題を片づけ、今日の授業の復習をしている最中、ベッドの上に置いていた電話が鳴った。特別に設定している着信音で相手は知れた。このところ、以前よりも身構えてしまう。

 そして、逸る気持ちを抑えて出てみればこれである。

「なに? 誰?」

 気の抜けた声にもなってしまおうというもの。ただ、こうした他愛のない雑談の相手に選ばれること自体は嬉しい。

『河合涼子』

「ああ」

 三鷹誠介の答えを聞いて、相川魅咲(みさき)は深く頷いた。これまでさほど意識していたわけではなかったが、この街で最も遭遇確率の高い有名人の一人と言える。

『しかもよ、いっしょにいたのが……って、知ってるか、ひょっとして』

「うん。詩都香(しずか)の友だちなんだよね。昨日会わせてもらった。あたしもびっくりしちゃったよ」

『なんだよ、教えてくれよ。俺、ファンなんだからさ』

 不条理な恨み言である。

「初耳なんだけど。あんた年上好きだって言ってなかったっけ? 深山(みやま)葉月(はづき)癒される~、とか何とかさ」

 深山葉月はやや遅咲きのアイドルで、今は二十代の半ばである。もちろん、芸能界での地位も実績も涼子よりはるかに上だ。

 包容力の中に可愛らしさを同居させた深山葉月のような女性が好みと聞き、魅咲は密かに落胆したものだ。自分はとてもああはなれない、と。

 なのに――

『それはそれ、これはこれ』

 誠介は悪びれることなく言い放つ。

「男って、これだから」

 魅咲は聞こえよがしに溜息を吐く。

「そんで? 詩都香の友だちを名乗ってサインでもねだろうっての?」

『いや、サインなんて要らんよ』

 意外にも淡白な解答。

『――ただ、いっしょに遊びに行ったりしてみたいなぁ、って』

「アホか」

 淡白どころか、この幼馴染の図々しさは規格外のようだ。

 なんだか少しモヤモヤしてきたので、誠介を羨ましがらせてやることにした。

「あたしなんてもう、名前呼び捨てにする仲になっちゃったよ。昨日はいっしょに買い物に行っちゃったりしてさ」

『お前、別にファンじゃねえだろ。自慢すんなよ』

 効果覿面。誠介が鼻を鳴らした。

「今度もね、いっしょにショッピング行くことになってんの。あたしと詩都香と涼子で。詩都香の冬物見てあげようってね。詩都香ってば、ほっとくといつまでも中学の頃の着てそうだから」

『だから自慢すんなって。……いつ?』

「来週の月曜だけど。……なに? ついてくる気?」

『ぐああ、部活だ』

 誠介は本気で落胆の声を上げた。

 詩都香に惚れている誠介は、彼女の気を惹きたいがばかりに文芸部に入った。ひどく迂遠な道を通ってであるが、詩都香には正攻法で告白してもダメだったのだから、ありと言えばありなのかもしれない。

 その文芸部も、このところ忙しそうだ。来週の月曜は休日だが活動申請を出しているのだというから、だいぶ追い込まれているのだろう。一条伽那が残念そうに来られないと言っていたのも、そのせいである。

「どのみちあんたを連れてくわけないでしょ。ったく」

『いや、後ろからこっそりついてく、とかさ』

「少し怖いぞ」

 その魅咲のコメントで、会話が一拍の間途切れた。魅咲はベッドに腰かけた体勢から、こてん、と体を横倒しにした。

 この機に誠介に相談してみる気になったのだ。

「――あのさ、ちょっと真面目モード」

『猫耳モード?」

 意味もわからなかったし、魅咲は無視した。

「あの二人、このまま友だち続けていけるのかな」

 言いにくいことだったのに、誠介のたわごとを無視することに意識が向かっていたせいで、さらっと口に出してしまった。

 まさかそれを狙ったわけではあるまいが、誠介に感謝の念さえ懐いてしまう。

『……なんで?』

 誠介の反応は当然のものだった。

「だってさ」魅咲は心を固めた。自分の迷いを聞いてもらおう。

「だって、詩都香なんだよ? 友だちも多くないし、ぜんぜん交際上手じゃない。いわば陰キャラ。アイドルなんて、対極的な存在でしょう?」

『ひでえな』

 誠介が苦笑する気配。

「クサすわけじゃないけど、あの子は一人でいるのが好きなのよ。一人で、アニメ視て、本読んで、映画観て……。異分子は苦手。知らない人といっしょに過ごすなんてまっぴら。すごく閉鎖的な性格だもん」

「真面目モード」などとは言いながら、もともとここまで言うつもりではなかった。それにまた、そんな詩都香のことを嫌っているわけではない。むしろその逆なのである。

『おいおい、たしかに高原は自分から友だち増やそうと積極的になるタイプじゃないけどさ、孤独癖ってんでもないだろ。お前らとかといっしょにいるときはずいぶん楽しそうだぜ』

「そりゃあ、あたしとか伽那とかは……近い関係だもん」

 異分子ではない。

『魅咲、なんかお前らしくねえな。お前、いつも高原にもっと人づき合いよくしろって言ってただろ。河合涼子、いいじゃねえか。あいつが何か変わるきっかけになるかもしれないしよ。……あ、もしかして』

 魅咲も同時に気づいていた。これじゃまるで……。

 普段の魅咲と矛盾した言動――昨夜魅咲自身も感じた自分への疑念と同じだった。

 そして客観的に見れば、そこから“その帰結”に到る回路は、きわめて抵抗の少ないものだった。

『――もしかしてお前、高原をとられたくなくて河合涼子に妬いてるのか?』

 言われてしまった。

 デリカシーのないストレートすぎる言葉だったが、的外れと笑い飛ばすことができなかった。

 魅咲は身を起こしてひとり頷いた。

「……そう、かも」

 誠介はわずかな間を置いてから、茶化すような調子になった。

『なに、高原に対してゆりゆりな感情懐いてるとか?』

「……そうよ。知らなかった? あたしと詩都香はゆりゆりでれずれずな関係なんだから」

 誠介が笑った。

『本気にしちゃうぞ?』

「してもいいのよ?」

『いいの? 俺、百合ものもいけるクチなんだけど』

「あたしと詩都香が放課後の教室でベロチューしちゃう関係でも?」

『いいじゃん、それ。絵になる』

「あたしが詩都香の処女狙ってても?」

『今夜はその妄想使わせてもらうわ』

「うええ……。ごめん、あたしの負け」

『おう。十年早いっつーの』

 いつの間にか始まっていた変態じみた張り合いに、先に音を上げたのは魅咲だった。

「あんたってばほんとに変態だな」

『知らなかったのか?』

「知ってた」

 くすくす笑って、おやすみの挨拶を交わしてから、魅咲は電話を切って机に向かい直した。

 ほ、とひと息吐く。

(まーた気を遣わせちゃったかな)

 他人が傷つきそうな気配を察するや、自分が道化役となることでそれを未然に回避しようとする。そんなところが、誠介には昔からあった。

 魅咲は彼のそんなやり方に全面的に賛成してるわけではなかったが、自分が気を遣われる側に回ってみると、率直に言ってありがたくもあった。

(詩都香をとられたくない? それで涼子に嫉妬してる? そんなことないと思うんだけどなあ……)

 誠介のおかげで考えが少し進んだが、結局そこで立ち往生してしまった。

(……ま、しゃあない)

 魅咲はそこでいったん思考を切り上げ、授業の復習に戻った。

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