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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第四章「鉄の棺」Der eiserne Sarg.
36/114

4-8

 ※※※

 詩都香(しずか)が涼子を連れて入ったファミリーレストランは、普段魅咲(みさき)伽那(かな)と“祝勝会”もしくは“反省会”——両者の中身にさしたる違いはない——を催している店だった。

 午後八時半過ぎ。ファミリーが食事をとるには遅い時間だが、普段の利用時に比べるとまだ少し早い。駅前通りに面した立地も手伝い、店内はまだ混んでいた。

 受付に名前を記入した。少し待たされるようだ。

「ファミレスなんて来ることある?」

 レジに向かい合うように置かれたストゥールに並んで腰かけてから、詩都香は涼子に話しかけた。

「何言ってんの。来ないわけないでしょ。私ってば外食頼みのプロだよ?」

 なんだ、その自信は。

「——あ、そうそう。これこれ」

 涼子は大きめの紙袋を詩都香に差し出した。待ち合わせのときから気になっていた大荷物である。受け取ると、ビニール特有のがさがさとした音がした。

「何?」

「制服。ずっと渡しそびれてた」

 以前、涼子が代わりにクリーニングに出してくれた詩都香の夏用制服だった。

「ああ、わたしもとりに行くの忘れてたよ。早く言ってくれればわたしが持ったのに」

「いいよ。詩都香に持たせるのもなんだったし」

「じゃあ今度、あの服も持って行くね」

 その際に制服の代わりに借りたゴスロリ衣装だ。借りたというより、押しつけられた、の方が実情に近いが。

「別にそのまま詩都香が持っててくれてもいいよ。詩都香のワードローブの肥やしにしてくれてもさ」

「うちにはあんな目立つ服が肥やしになるような立派なワードローブは無いわよ」

 そこで詩都香の名前が呼ばれた。

 席について早速メニュー表を開きながら、涼子は不思議そうに首を傾げた。

「詩都香のことだから、“アレクサンダー・ザ・グレート”とか記入してるのかと思って身構えてたわ」

「おかしいな、“キン肉マングレート”って書いてたのに——って、んなわけあるか」

「うわっ、詩都香のノリツッコミ。珍しい」

「わたしはそういう悪目立ちを喜ぶオタクじゃないのよ」

 涼子はけらけらとひとしきり笑ってから、辺りを見回して変装のためにかぶっていた帽子を脱いだ。今日の帽子はYとSを組み合わせたロゴをあしらった野球チームのものだった。

「ファンなの?」

 メニューを決めて卓上のボタンを押してから、詩都香は涼子が傍らに置いた帽子を指差した。なんとなく、大事にしているという感じを受けた。

「別にファンじゃないけど。もらいもの」と涼子は少しはにかんで答えた。

「全然かぶらないのもなんだし、たまに変装用に使うんだけど、逆にちょっと目立つんだよね」

 それはたしかにそうだろう。この街でわざわざ東京の球団の帽子をかぶる人間は、そう多くはない。

 やって来たウェイターに注文を伝える。涼子は詩都香の注文の品数に驚いていたが、何も言わずに首を振った。

 詩都香はその空気から逃れるように席を立った。

「ドリンクとってくる。何がいい?」

「烏龍茶」

 二人分の飲料を持った詩都香が戻った直後にサラダが運ばれて来た。相変わらず迅速なことだ。

「君の涙に乾杯」

 涼子が受け取ったグラスを掲げた。

 詩都香は苦々しい思いでそれに応じた。映画で泣きかけていたことを蒸し返すつもりらしい。

 チン、とガラス同士の触れ合う音がした。

「いい音色だろ」

「……? ところでさ、詩都香みたいなうるさ型って、小説とか映画とかで感動させられるのを恐がってるとこあるよね」

 定番ネタを無視して、烏龍茶をひとすすりしてから発せられた涼子の言葉に、詩都香は眉根を寄せた。

 うるさ型、というのはおくとしても、意外な言われようだった。詩都香自身は感情移入しやすいタチの感激屋を自認している。

「そんなことないと思うけど」

 言われている意味がわからず、やんわりとした反論になった。

「ごめん、ごめん。言い方が悪かったかも。『感動した』としか言えないことを怖れている——これならどう?」

「ああ」

 詩都香は少し考えてから頷いた。それならわからないではない。承服はしがたいが。

「何かに感動させられると、『どうしてこの私がこんなことで感動しちゃったんだ』みたいに、認めるのに抵抗が先立って、根拠を求める。ここに自分は感動したんだ、って誰かに胸を張って説明できるだけの根拠を。どう? 当たってる?」

 涼子が語る間にも、注文した品が次々と運ばれて来た。

「どうかな……そうかもしれない」

 詩都香は内心動揺しながら曖昧に答える。

 彼女としては、「感動した」だの「泣けた」だのとしかコメントできないタレントに鼻白むこともある。だがこうしてあらためて自分の鑑賞姿勢を指摘されてみると、それも賢しらぶっているようで容易には受け入れがたい。

 とはいえ、である。

「もしそうだとしても、『感動した』としかコメントできないよりはよくない?」

「あらら? もしかして私、けなされてる?」

 どうして? と思って尋ねると、涼子は少し前に別の作品のPRコメントを求められた際に「もうすっごく感動して、ラスト十分は涙が止まりませんでした。大切な人と見てほしい、そんな作品です」などと中身のないことを述べたのだという。

「……泣けたの?」

「まあ、そこそこにね」

 涼子はけろっとした顔で言う。本当は鼻で笑いながらスクリーンに向かっていたのかもしれない。

「いいの、そんな小学生みたいな感想で?」

「いいも悪いもないでしょうが。求められてる役割なんだから」

 詩都香はむむぅ……、と唸った。なんだかそれでは、涼子が一般大衆を見下しているかのようで。

 だが、その思いはすぐ霧散した。

「感動は人それぞれ。ここがこうでこうだから感動するんですよ、なんて説明されてもシラケちゃうでしょ。私のコメントの送り先は詩都香みたいな人。あなたが感動を言葉にできないのはおかしなことじゃありませんよ、もっと素直に受け入れたらどうですか、ってつもり。おまけに私は映画評論家でも批評家でもないんだしさ、こういう風に鑑賞すべし、なんて口はぼったいことは言えない」

 なるほど。涼子は涼子で、自分の立場を弁えての作品評を行なっているわけだ。

 となると、である。

「ねえ涼子。さっきのあなたの指摘、たぶん当たってる。わたし、たしかに単純に『感動した』って言うことに臆病なのかもしれない」

「でしょでしょ」

 涼子は身を乗り出してきた。

「でもそれ、あんたもいっしょなんじゃない? 今の話聞いてると、わたしと同じくらいあんたも分析的」

 声には出さず、あれっ? と口だけを動かしてから涼子は押し黙り、小首を傾げた。

 そのまま、テーブルの上のスパゲッティにフォークをずぶりと突っ込み、巻き取り始める。

「涼子?」

 涼子はよほど深く沈思していたようで、詩都香が声をかけるまでフォークを回す右手を止めなかった。

「ん、ああ、ごめん。……そうかもしれない。……そっかあ、詩都香のこと言い当てたつもりだったのに、自分のことだったんだ」

 涼子はやっとフォークを口に運んだ。

「感動に根拠を求める分析癖、悪くないんじゃない?」話の流れ上、詩都香は自己弁護のようなことを口にせざるをえなくなった。

「問題なのはさ、自分の方がより深い根拠を開陳できる、と言う競争意識だと思う。それこそ批評家とかにはありがちだけど」

「それはそうかも」

 涼子は口の中身を飲み込んでから、こくこくと頷く。

「もっとも、そういう人たちは『感動した』なんて言ってちゃやっていけない商売だしね」

「それでさ、詩都香。わたしと詩都香は似た者同士と言う結論が出たところで、ひとつルールを作らない?」

「ルール?」

 ストローでコーラをすすっていた詩都香は訊き返す。

「そ。私と詩都香の二人の間では、素直な感情の動きを表明する。好きなものは好きって、イヤなものはイヤって言う。感動したら強がらずにそう言う。どうかな?」

 詩都香は考えを巡らせた。

 詩都香は散文的な人情家だ。少なくとも本人はそう思っている。心動かされることは多いが、その後になって、どうして心を動かされたのか、と心理的な分析器にかけてみずにはいられない。

 それを思えば、涼子の提案に乗るのはハードルが高い。

 ——だけど、乗ってみようか、という気になった。

 それはいつもの気まぐれのゆえだったのかもしれないし、自分もこのままではいけないという想いが背中を押したのかもしれないし、あるいは……。

 ——そんな風に根拠を探っている自分に気づいて、詩都香は苦笑した。相変わらずだなあ、わたしは。

「ん。いいよ。難しいかもしれないけど」

 詩都香の返事を聞いた涼子の顔が、パッと輝いた。

「じゃあ決まりね。さっそくだけどさ、さっきの映画の話。あそこ、どう思った?」

「あそこ、というのは?」

「主人公の三井くんの親友が実は裏切り者で、黒幕の手先でした、ってとこ」

 主人公の名前は三井ではなかったはずだが。

 詩都香は頤に左手を当てた。そうしながらも、右手の方はフォークを操ってグラタンの上のエビをさらう。

「別に、なんとも。話の筋としては、そうなんだろうなあ、って思ってたし」

「え?」

 涼子はフォークを止めて詩都香の顔を見返した。視線に晒された詩都香は思わず口元にやって顎の動きを隠した。

「わかってたの?」

「そりゃそうよ」

 詩都香はグラタンをつつきながらそう思ったポイントをひとつひとつ挙げていった。

 聞く涼子の顔が次第に難しそうな色になる

「呆れた。そんなとこまで気にして見てたんだ。でもそんな風に見てたんじゃ、ストーリーつまんなくならない?」

「当たってたのはたまたま。いちばんの理由は、こうじゃなきゃストーリーが面白くないかな、ってこと」

 詩都香のストーリー予想も、決して勝率が高いわけではない。というより、その予想を巧妙に外してくる作品こそが傑作の条件と言える。ミスリードに躍起になって駄作と断ぜざるをえない出来の作品も少なくないのだが。

「わかった。じゃあそういう作劇法(ドラマトゥルギー)上の話はおいておいて、さっき作ったルールね。あの主人公の親友の裏切り、どう思った?」

「うーん、まあ、本当のところわたしの予想を覆してくれた方が面白かったんだけど……」

 と回答しかけて、詩都香はハッとした。

 案の定、涼子は頬を膨らませていた。

「そういうのナシで。詩都香の素直な感想」

「つまり、あの裏切りに情状酌量の余地はあるのかどうか、ってこと?」

「こいつ、イチイチ引っかかる言い方をしよってからに。まあ、そうだけど。あと、結局ラストで三井くんがあの裏切り許しちゃうでしょ? あれについても、詩都香の考えが聞きたい」

「情状酌量の余地はあると思うよ。子供の将来がかかっていたんだしさ」

「主人公の許しは?」

「それは……難しいなあ。あそこは許した方が感動的だし」

 涼子は不満を露わにした。

「またそういうこと言う。——じゃあ、質問を変えるね。詩都香なら許せる?」

「許す」詩都香は少しの逡巡もなく答えた。「わたしは、人間がそこまで強いものだとは思ってないから」

 詩都香は魔術師だ。生命の危機に晒されたことも、何度となくある。そのことごとくを乗り越えてこられたのが、すべて自分の力の成せる業だと思えるほどの自惚れも抱いていない。諦めたり屈服したりする可能性だって十分あった。おそらく、これからも。

 だから、危機のさなかにある人間がどのような決断にいたろうとも、あまり責める気にはなれないのだった。

 もっとも、

「でも、そうじゃないといいなって思ってたのは本当。主人公の信頼に応える人間が一人くらいいてほしいな、って」

「だよね」涼子はぐっ、と拳を握った。「私も、ひとを信じたい」

 詩都香は唇の端を上げた。

「何言ってんの。演技でひとを騙すのが仕事のくせに」

 ぎりぎりの発言だったろうか。

 涼子はきっ、と睨んできた。

「違うよ! ひとに信じてもらうお仕事!」

「同じことじゃない」

「ちーがーうーの! そりゃ、アイドルとしての私は、演技半分で実質のない文字どおりの偶像なのかもしれないけど」

「けど?」

「それに近づくために頑張る。私のお仕事はそういうこと!」

 ふむ、悪くない答えだ。

「じゃあ、今度は涼子の番。ひとを信じて、ひとに信じてもらおうとする涼子さんは、映画みたいに裏切られたらどうしますか? 許す?」

「許さへんで」

 涼子がまたも拳を握りしめた。

「なんで?」

「ひとを騙しといて、通り一遍の謝罪で終わり、なんてのはサイテーや。うちはそんなん絶対許さへん」

「さっきの『なんで』ってのは、『どうして関西弁なの』ってことだからね? しかもその関西弁、めっちゃパチモンやん」

 涼子に合わせて、詩都香も怪しい関西弁に切り替えた。

「……役作り。次の映画、関西が舞台やし」

「関西のどこなん?」

「……さあ? なんで?」

「言っとくけどなあ、“関西弁”なんて方言はあらへんのや。関西のどこって知らんと、役作りにもならへん」

「そうなん?」

「せや」

「にしてもなあ、あの監督の次回作やし、まーた今回みたいなんになるんかなあ」

「今回みたいなん、てゆうと?」

「中盤の展開。信じてた人に裏切られて、濡れ衣着せられて、主人公が追い詰められていくパート長すぎひん? ありゃ鬱やで」

「たしかに。サディストのやり口やな」

「せやろ? 登場人物を執拗に痛めつけて喜んでるとしか思われへん」

 そこでこらえきれなくなった二人は、とうとう吹き出した。

「くふっ。くふふふ………涼子ってば何それ。いまどきそんなんで関西弁なんて思ってくれる人いないって」

「詩都香こそっ、ぷふっ! すごい棒読み……!」

 涼子とふたりで笑い合いながら、詩都香は思う。

 ああ、これでいい、と。

 その後、映画の話は出なかった。

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