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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第三章「みつけ鳥、あなたは私を見捨てない?」Fundevogel, verläßt du mich nicht?
26/114

3-5

※※※

 ——詩都香(しずか)が涼子の部屋を訪れたのと同じ頃。

 直線距離で二百キロほど離れた某県の山中にある施設で、一人の中年男性と一人の少女が向き合っていた。

「そろそろ時間だ。準備はいいか、アルファ?」

 男性が声をかけると、アルファと呼ばれた少女は小さく頷き、薄く笑った。

「ええ。……と言っても、準備することなんて何もありませんけどね」

 その答えを聞き、男性は椅子から立ち上がった。

 奇妙な部屋だった。

 天井も床も内壁も白で統一され、窓がない。蛍光灯が振り撒く光が、男女二人と内装品の影を白いスクリーンのような床と壁に投影していた。

 室内にあるのは男が座っていた椅子と書きもの机、アルファが今腰かけている白いベッド、そしてベッドを囲む様々な機器類のみ。

 まるで病院の治療室のような部屋である。現に、アルファが着ているのも、病院服のような白いゆったりとした薄手の衣服だった。

 だが、ここは病院ではない。たとえ医師免許を持つ複数の人間が所属していようと。

「では行こうか」

「はい」

 アルファも立ち上がり、男性と連れ立って電子ロック式のドアから廊下へと出た。

 しばらく無言で歩いた二人だが、エレベーターの前に着いたところで、アルファが口を開いた。

「……伊吹(いぶき)さん。約束、守っていただけるんですよね。——私が成功したら、イツキや他の子には手を出さないって」

 ボタンを押した男性——伊吹は頭ひとつ分下に位置するアルファの顔に視線を注いだ。

 やはりか、と思う。

 ただでさえアルファは優しく情の深い娘だった。

 彼女以降の娘たちには、無機質なものではなく、愛称にも聞こえるような名前がつけられた。

 アルファにもその名前を提案したことがある。四歳の頃だ。

 だがアルファはそれを断った。

「みんながつけてくれた、私が初めてつけてもらった名前だから」と。

 それにしても、これで何度目だろう。

 アルファだけではない。他の娘たちも、同じことをしつこく確認してきた。誰もが仲間のことを案じていた。

 伊吹は少女の不安に揺れる瞳を受け止めた。

「……ああ、心配するな。私たちが君たちとの約束を破ったことがあったかな」

 すぐに到着したエレベーターのかごに、二人は揃って乗り込んだ。

 地下三階のボタンを押した伊吹の背に、アルファは嘘ばっかり、という言葉を投げつけた。

「嘘じゃないだろう」

 心外だ、と伊吹が振り返る。

 アルファは硬い微苦笑を浮かべていた。

「ま、たしかに嘘ではありませんね。あなたたちは私たちに何一つ約束などしてくれませんでしたから」

「おっと。はは、こいつは一本取られたな。……いいだろう、ならば私とお前との最初の約束だ。お前が成功したら他の娘たちには手を出さない。今後一切干渉しない。いいね? ——だけど、お前が成功したとしても、私たちが約束を順守するのを見届けることはできない。それが残念だよ」

 そう言って、伊吹は半歩後ろに立つ少女を横目で観察した。

 文字通りの可憐な少女。

 なぜ彼女らは揃いも揃って恵まれた外見を持って生まれてきたのだろう。

 伊吹の視線に気づいているのかいないのか、アルファはぎゅっと唇を結んで頷いた。

「かまいません。約束を反故にしたら、私はどんな状態になっていてもあなたたちを許しません」

「肝に銘じておくよ」

 アルファと二人きりで乗るエレベーターは、ひどく遅い気がした。まるで、彼の罪の重さを呻吟しながら運んでいるかのように。

 それでもやがて二人を乗せたかごは、施設の最下層、地下三階に到着する。

 目的地まではあとほんのわずかだ。

 二人は並んで歩き出した。

 すぐに行く手を遮る巨大な扉を、磁気カードと伊吹自身の網膜をスキャンさせることで開く。その先の広大な空間に、伊吹とアルファは足を踏み入れた。

 そこで伊吹はいつもの質問をした。

「最後にひとつだけ聞いておこう。何かやり残したことはあるか?」

 アルファは歩みを止めることなく、横目で伊吹の顔を見上げた。

「伊吹さん、ずいぶん残酷なことを訊くんですね。あると言ったら、代わりにやってくれるんですか?」

「私たちにできることならね」

 伊吹はそう請け合った。

 これも、嘘ではないつもりだ。

 アルファは視線を前に向け直した。

「……ありますよ。ここでイツキに会えたのは嬉しかったけど、他の子たちにももう一度会いたかった。クルミにも。それともうひとつ。実は私、ここのことを自分の家だと思っていたんです。本当ですよ?」

「ああ、信じるよ」

 これも真実の言葉である。彼は必要のない嘘を吐かない主義だった。

「他の子たちのことも、伊吹さんたち所員の方々も、みんな家族みたいに思ってました。伊吹さんたちが私たちのことをどう思っていたかはわかりませんけどね。それを……それを壊した人たちに復讐できないこと——これが私の心残りです。代わりに果たしてくれますか?」

 アルファのその言葉を聞いて、伊吹の背を冷たいものが伝った。

 しばし無言で歩いた二人が、とうとう“装置”の前に着いた。

「さっきの話だけどな」

 コンソールを操作しながら、伊吹は背後のアルファに向かって言葉をかける。

「はい?」

 さすがに緊張の色が窺える硬質な声で、アルファが問い返す。

「私も、だ。少なくとも私は、お前たちを自分の娘のように思っていた。だけど、私の力ではどうにもできない。恨んでくれ」

 操作が終わり、“装置”に直結する二メートルほどのカプセルの前面が開いた。

 伊吹が振り返ると、アルファは微笑んでいた。

 その表情に、彼は心を打たれた。

「ええ、恨みます。今までありがとうございました」

 そしてアルファは、自分からカプセルの中へと入っていった。

 後の操作は全てオペレーションルームで行われる。伊吹は束の間瞑目したのち、その場を立ち去った。



 十月五日、土曜日、晴れ時々曇り

 また今日も柿沼さんの車でここと東京とを往復。

 疲れるなあ〜と思うけど、よくよく考えたら私が往復する間に柿沼さんは二往復するわけだ。これはちょっと、疲れた顔見せられないよね。

 ごめんなさい、柿沼さん。いつもありがとう。

 ……と、一応神妙な面持ちで謝っておいて。

 晩に詩都香が来た。カメラ借りたいって。

 まーったく、詩都香ってば。ひょっとして女たらしの才能があるのだろうか。

 きっとあの調子で、他の部に行っても「私はわかるよ、あなたのこと」みたいな態度とってるんだろう。

 あの楚々とした見た目でやられると押しつけがましくならないし、初めて触れた人は心を揺さぶられるのかもしれない。私も危ないのかも。

 ととっ、脱線。

 で、明日は詩都香とお出かけ。

 そのためにまた柿沼さんに無理言っちゃった。

「いいさ、ワガママを聞くのがマネージャーの仕事だ。それに、涼子の芸の肥やしになるんだろう?」だって。大人だわ。首尾よく買えたのかな。

 明日、楽しみだな。学校ではみんな遠慮がちだから誘ってくれないし、友達とお出かけなんて初めてだ。ちゃんとやれるかな。

 こんな楽しさ、他の子たちも【取り消し線】

 ダメだ。これは約束違反だね。

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