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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第三章「みつけ鳥、あなたは私を見捨てない?」Fundevogel, verläßt du mich nicht?
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3-3

魔法少女、なぜかカメラを語る——後半です。

普段流してしまっている委員会のお仕事をここらで描いておきたいと思ったのですが、どうしたわけかこんなことに。

 秋葉は柳に向かって言った。

「小宮山の年の離れたお姉さんがここのOGでね。今東京の方でプロとして活躍してる。小宮山もそれで写真が好きなんだけど、お姉さんには敵わないとわかってるみたいで、あくまでも写真は趣味という態度をとっている。別に姉の後追いをしているわけじゃない、ってね。お姉さんの方はどちらかと言うと撮影専門みたいな人だったから、小宮山はカメラのマニアックな知識の方に重点を置いて、比べられまいとしているフシがあるんだよなあ」

「あの子の腕の方はどうなの?」

「上手いよ。少なくともここの誰よりも上手い。でも、まだそこ止まりだ。お姉さんとは比べられない」

「秋葉もエラそーに語るじゃない」

 などと柳は冷やかす。

「僕は写真を見る方が好きだからね。いい写真を見て、『上手い』で終わるのが普通の人だとしたら、僕は『すごい、どうやって撮ったんだろう』と考える。でもそこ止まり。小宮山は自分でも撮ろうとする。そして実際に撮ってしまうのがお姉さん。ま、今はデジカメの技術がすごいし、ボディの性能の差も出るのが難しいところだよ」

「昔みたいにレンズとフィルムだけってわけにはいかないですもんね」

 詩都香(しずか)はあらためて防湿庫の中から取り出してきたコンパクトなレンジファインダー機をいじりながら呟いた。エルニカとは異なり、レンズは装着されていない。

 秋葉は詩都香に向き直った。

「おっと、お目が高い。そのCLEも、昔々に買ったものらしいけど、ボディで予算切れ。Mマウントのレンズは中古でも高い。何を考えてそんなの買ったんだろうな」

 CLEは日本のミノルタ社が発売したライカMマウントのレンジファインダーカメラだ。当時のミノルタはライカの製造元であるエルンスト・ライツ社と提携関係にあり、両社は共同でMマウントのコンパクトカメラ、CLを開発した。同機は日本国外でライカCL、国内ではライツ・ミノルタCLとして販売された。

 その後、ミノルタはさらなる技術を盛り込んでCLEを開発、試作品をライツに持ち込むが、共同生産は認められなかった。この間の事情にはライツなりの思惑があったとも、スイスのヴィルト社の傘下になったことによる混乱が原因だとも言われているが、詳細は不明である。そしてCLEはミノルタ単独で国産唯一の純正Mマウントカメラとして発売されたものの、先行するCLともども売れ行きはかんばしくなかった。ライカを好むような層には小ぶりな両機は安っぽく見えたし、時代の趨勢はレンジファインダーカメラから一眼レフへと移っていたのである。

 ミノルタがレンズマウントを一新した世界初の実用オートフォーカス一眼レフ機α-7000を発表するのはその四年後のことである。以後、国内各社はこぞってオートフォーカス一眼レフを開発していく。その光学技術の先に、今のデジタルカメラがある。

 一方のレンジファインダーは、カメラの主流から外れてしまった。三角測量で距離を測るという特性上一眼レフのような望遠撮影は困難だし、被写体に寄ったマクロ撮影も苦手である。

 だが、一眼レフ機よりはるかに優れたコンパクトさとレンズ設計の自由度の高さ、そして暗いレンズだろうが問答無用でピントを合わせられるという強みから、なお一定のレンジファインダー愛好者は存在し、ライカ復活もあって、世紀転換期前後、CLEはかなりの高値で取引されるようになった。

 その後、ミノルタはコニカと合併してコニカミノルタとなり、さらにはカメラ事業から撤退。アフターサービスへの不安からCLEの中古相場も落ち着いたが、それでもミノルタの主力だったαシリーズの一眼レフよりもよほど高い値がついているのは皮肉と言える。

 ちょっともったいないかも、と詩都香はマウントキャップを外した。ドットパターンの入ったシャッター幕が、彼女の視線を受け止めた。

 “ライカ”になりそこなった国産カメラ。

 CLEはライカではない。

 当時のライカを部分的に超えた機能を具えているなどと持ち上げられても、ライカではない。

 もしこれがライカなら、レンズすら装着されずに高校の部室に眠っていることはないだろう。

 そんな風に考えると、なんだかこの小さなボディが愛おしく感じられてくる詩都香だった。

 現状でいちばん安上がりなのは、ミノルタのMロッコールを中古で買うことだ。だが、もう半世紀も前のレンズである。状態のいいものが首尾よく入手できるだろうか。

「フォクトレンダーはどうですか?」

 既に検討された案だろうとは思いながらも、詩都香は尋ねてみた。

「コシナのVMレンズか」

 日本のコシナは、かつてはOEM供給が主で一般の知名度に乏しいレンズメーカーだったが、ドイツの老舗光学機器メーカーフォクトレンダーのブランドを買い取り、かのカール・ツァイスと提携し、ユニークなレンズを精力的に発売するようになった。高価格帯のMマウント互換レンズをツァイスブランドで、普及価格帯をフォクトレンダーブランドで販売している。あくまでも名目上は互換レンズなので、それぞれ頭文字をとってZMマウント、VMマウントとしているが、CLEにも装着可能だったはずだ。フォクトレンダーのVMレンズは、新品で最も手頃に手に入れられるMマウントレンズと言える。

「それでも高い。コンデジなら十分な性能を具えたものが買える値段だ」

 詩都香としても自分の発言にこだわっているわけではなかったが、秋葉のその言葉には納得できずに食い下がった。

「でも、長い目で見れば財産になるのはレンズの方でしょう? デジカメ本体は数年で陳腐化します」

 しかし秋葉は首を振る。

「その数年で十分なんだよ。高校の部活だ、長くても三年しかいない。先を見据えた投資なんて部員の同意が得られないし、VMレンズを一本買うのが先を見据えているとも思えない。今ここにあるMマウントカメラはそのCLEだけなわけだしね。もしレンズを買うのなら中古のニッコールかな。あれこそ後々までの財産だ」

 八十年代、競合各社がマウントを変更してオートフォーカスに対応する中、ニコンは従来のFマウントを守り抜いた。レンズはユーザーの財産であり、マウント変更はそれを死蔵品にしてしまう、と考えたのである。よって、古いニッコールもレンズマウント上は最新のデジタル一眼レフに適合する。もっとも、全てがすべてそのまま使えるわけではないのだが。

 たしかにニコンは高校生でもアルバイトを頑張れば手が届くくらいのデジタル一眼レフも出しているし、ニッコールは多少古くとも共有財になるだろう。

 詩都香も今度は納得して頷いた。個人の趣味で決められることではないのだ。

 そこで、取り残されている形になっていた柳が詩都香にそっと尋ねた。

「ね、そのレンズっていくらするの?」

「フォクトレンダーですか? たしか実勢五万円くらいですかね。中古でもそこまで値崩れしてませんし」

「は? 五万? レンズひとつで? ——秋葉、写真部の部費って……」

「ああ、とても足りない。部員にカンパを募るしかない。そこまでしてそのカメラを使う価値があるのか、ってことだ」

 納得はしたが、残念な気持ちもある。結局、このカメラを使ってやることはできないのだ。

「そんなこと言って、予算の増額は認められないわよ?」

 意地悪な顔をした柳に言われ、秋葉は両手を挙げた。

「わかってるよ。それに、何度も言うようだけど、僕はMマウントのレンズを買うくらいなら新しいデジカメを買うね。……小宮山だって、フィルムにこだわることないのにな。僕ら素人は数を撮って少しずつ腕を磨く段階なんだからさ。フィルムはそこに金がかかる。デジタルで撮りまくるべきだ。銀塩回帰するならある程度納得できるものを撮れるようになってからだね」

 なるほど、と詩都香は思った。正しいかもしれない。

「でも小宮山さんは、デジタルカメラだと甘えが生じると思っているのかもしれませんね。誰か——例えばお姉さんの写真と比べて見劣りしても、それはボディの性能の差だって考えてしまうのを、警戒しているのかも」

 電池室を開きながら詩都香がそう言うと、

「語るねえ」秋葉はニヤリとした。「でも性能の差が出るのは銀塩でもいっしょだと思うけど。プロや、個展を開くようなハイアマチュアは、一本何十万円もするようなレンズを使う。僕らはデジタルだろうが銀塩だろうがキットレンズ止まり。もっといいレンズがあればなあ、と思うことはあるけれど、いい写真が撮れないのはいいレンズがないからだなんて、誰も考えない。それで未熟ながら構図や露出を工夫して、なんとか自分の納得のいく写真を撮ろうと試行錯誤する。小宮山だってそうだ。それなのにデジカメを避けるのは、不要どころか非効率だ」

「そう、かもしれませんね」

 中にボタン電池とアルミ箔が詰められているのを確認してから、詩都香は電池室の蓋を閉め、CLEをそっと机の上に置いた。

「その小宮山さんのお姉さんはどんなカメラ使ってるの?」

 と、柳。

「今はどうか知らないけど、前に写真展を見に行ったときは1DXだったな」

「何それ?」

「プロ向けのハイエンド機ですよ。五十万は下りません」

 詩都香が溜息交じりに説明を入れる。血も涙も無い戦力差である。

 そこで部室の扉が開き、三脚と工具箱を抱えエルニカを首から提げた小宮山が入ってきた。

「ただいま戻りました」

「お、ご苦労さん」

 秋葉が片手を上げる。

 小さな目礼でそれに応えた小宮山は、防湿庫の前に向かった。

「部長、ここのカメラ、調整したのはいつですか?」

 秋葉は首を傾げた。

「……さあ。使う人もあまりいないし、去年僕が入ってから調整してるのを見たことがないな。僕が気がついたのにはたまに手を入れてるけど」

「すみません、私、明日からしばらくカメラの調整にかかります」

「え? ……まさかこれを全部か?」

「だってこんなの、お客さんに貸せないじゃないですか」

 小宮山はいったんそこで口を結んでから、それに、と付け加えた。

「それに、私は恥ずかしいです。カメラもレンズも防湿庫の肥やしじゃない、なんて普段偉そうに言っていたのに、文実(ぶんじつ)さんに指摘されるまでこんな初歩的な不良に気づかなかったなんて」

「それは……そのカメラ、君も使ったことないものだろう?」

「明日からバンバン使います」

 小宮山はそう言って防湿庫の隣に据えられた冷蔵庫を開けた。

「——フィルムも全然使われてないからまだまだ余ってる」

 秋葉が慌てた様子で口を開いた。

「うおっと。——ええと、文化祭でお客さんに使ってもらう分は残しておけよ」

 その態度を見て、詩都香は感づいた。

(ああ、たしか写真部の予算にはフィルム代が計上されてたっけ)

 秋葉は、使う人の少ないフィルムに予算をつけてもらっていることを誤魔化そうとしたのだ。

「でもわかった。じゃあ明日部員に召集かけよう」

「えっ?」

 エルニカにフィルムを装填していた小宮山が顔を上げた。

「いくら小宮山でも、全部チェックして調整するのはしんどいだろ? みんなでやろう」

「でも……」

「やり方は教えてやってくれ。僕も多少はいじれるけど、他人に教えてやるほどじゃないから。ま、小松先輩も協力してくれるだろうし。——あ、小松先輩ってのがさっき言った三年生の銀塩好きね」

 後半の補足は柳と詩都香に向けられたものだ。

 詩都香の隣で事態の推移を見守っていた柳が、声を潜めて尋ねてきた。

「ね、さっきから出てきてる“銀塩”って何?」

「ええと、まあフィルムのことですよ」

「あたし、フィルムも実際に見たことなかったのよね」

 おお、これがジェネレーションギャップか、と詩都香は唸り声を上げそうになった。柳の方が一学年上なのだから、ジェネレーションギャップという表現も不適切ではあるが。

「みなさん忙しいんじゃ……」

 小宮山は上目遣いに秋葉の表情を窺う。

「なに、ちょうどいい機会だ。写真部なんだから、クラシックカメラのいじり方の初歩くらい身につけておかないとな」

「私としては、これくらいの年代のものをクラシック呼ばわりされるのには抵抗ありますけど」

 小宮山がそこで初めて微かに笑った。

 それこそ80ミリくらいのレンズで残しておきたい笑顔だ、と詩都香は思った。

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