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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第二章「偶像と背中の煤けたその相棒」Des Idols rußig rückige Schwester.
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2-2

※※※

 詩都香(しずか)魅咲(みさき)が連れ立って教室入りすると、既に自分の席に座っていた伽那(かな)が二人を手招きした。

 出席番号一番の魅咲と二番の伽那の席は、教室の最も廊下側に前後に並んでいる。自然とそこが三人のたまり場になる。

「おはよう、伽那。お、ちゃんと衣替えしてきたな」

 魅咲が開口一番に伽那をからかう。

「してくるに決まってるでしょ。ユキさんがちゃんと準備してくれたもん」

「とか言ってあんた中学のとき一度忘れてたじゃない」

 詩都香も話に乗っかる。

「あれはユキさんが忘れてたんだよぉ」

 自分の責任ではない、と言うかのように伽那が唇を尖らせる。

「しゅ、主体性がない……」

 困ったものだ、と詩都香と魅咲は顔を見合わせた。

「それよりも」伽那は強引に話を変えた。「先月の制服、詩都香がゼロで魅咲が一着だっけ?」

 魅咲がまず頷いた。

「うん、あたし上だけ。……ったく梓乃(しの)め」

 魔法を使った戦闘で破損した制服である。

 伽那の護衛という本来ユキに課された任務を、ここ半年ほど詩都香と魅咲が自発的に果たしている。

 その代わりというわけではないが、二人がその際に被った物的な損害は、ユキを窓口にした一条家から補償されることになる。

 主に衣服だ。特に制服はそう何着も買えるものではない。

 グループ傘下の企業が開発した特殊素材を使っていて、汚れや破損に強いという触れ込みだが、魔法戦闘の中では、その恩恵を受けた覚えがあまりなかったりする。

「ん、じゃあユキさんに言っておくね。届けた方がいい?」

「いや、取りにいくよ。あの車でユキさんが乗りつけたら、うちの親が何事かと思っちゃう」

 と、魅咲は首を振る。

 ユキが単身で移動する際に乗り回すスポーツカーを思い出して、詩都香も苦笑した。車の性能に比してずいぶん安全運転なのだが、とにかく目立つのはたしかだ。運転席から降りてくるのが就職活動中の女子大生のようなユキとなればなおさらである。

「おっけー。今日来る?」

「いいよ、その内で。どうせ衣替えしたんだし」

 そう言って魅咲が両手を胸の前で振った。

 それを横目で窺った詩都香は、四ヶ月ぶりに目の当たりにする魅咲の冬服姿に少し複雑な気持ちになる。

 昨日、涼子の隣を歩いているときには野暮ったいと思ったミズジョの制服だが、着る人が着ればやはり違うものである。

 少し明るくした髪色で華やかな雰囲気の魅咲が、シックな印象の制服を纏うと、かえってその魅力が引き立つようだ。一年生は本来であれば学校指定の緑色のリボンを胸元で結ばなければならないことになっているのだが、魅咲は早速赤地の大きめのものに替えてささやかに個性を主張している。規定をなぞるように着用することしかできない詩都香からすれば、そういう大胆さも羨ましい。何より魅咲は詩都香よりもメリハリのあるプロポーションをしており、制服に着られている感じがしない。

(魅咲なら涼子の隣に立っても霞まないんだろうなぁ)

「どしたの詩都香。さっきから魅咲のことじっと見て」

「あ、いや……魅咲ひょっとして背伸びたのかなぁって」

 横合いから伽那に不審の目を向けられてしまい、詩都香はうろたえて心にもないことを口にしてしまう。

 が、

「えっ、わかる?」

 と魅咲が意表を突かれたような顔をするものだから、詩都香の方が驚いてしまった。

「は? ほんとに伸びたの?」

「っても、一センチそこそこだけどね」

 魅咲は照れ臭そうに、しかし少し誇らしげに言う。

「そ、そうなんだ」

(いいなあ……)

 魅咲の言が正確であれば、これで五センチ差。

 口から出まかせを言ったせいで、かえって落ち込まされてしまった。

 詩都香の身長がだいたい同年齢の平均くらいである。それほど気にしているわけではないが、詩都香自身は魅咲くらいの背丈を理想に思っている。

(……って、なんだわたし。どうした。自分の容姿を気にかけるなんて、らしくない)

 詩都香はそんな風に自省する。

 自分の容姿に対する意識が、年頃の少女としては決して高くないことを、詩都香は自覚していた。ほとんどトレードマークと見なされている観がある長い黒髪も、本人の美意識の反映というよりは、ただ頻繁に美容室に通う面倒を避けるためである。例外的に意識していると言えるのは年齢のわりに成長の遅い胸部だが、これとて魅咲や伽那という発育良好な友人が周囲にいなかったら、そこまで引け目を感じることもなかったであろう。

 要するに詩都香は、自分の容姿に過剰な自信も無用の劣等感も持ち合わせていないのであった。実のところそのこと自体が意識すまいとする意識の表れであり、彼女自身も薄々それに気づいてはいるのだが。

 それなのに、昨日の晩に涼子と会って以来、その隣にいる自分が他人の目にどう映るかを変に気にしてしまっている。

 魅咲はきっと正面から受けて立つことができる。

 伽那は別の方向性を持っている。

 では自分は……。

(あーもう! やめやめ!)

 詩都香はそこで強引に思考を断ち切った。

「そういえば詩都香は今日どうする? またうちに来る?」

 伽那がいいタイミングで話を変えた。

「あ、今日はちょっと。美容室に予約を入れちゃったし」

 詩都香がそう言ったところで、伽那が瞠目した。

「あれ? 詩都香、髪切った?」

「あ、ほんとだ。少し短くなってる」

 魅咲も同調する。

「……よくわかるわね、あんたら。ほんの少し切っただけなのに」

 尻の辺りまで届いていた髪が、腰の上までになったくらいの、本人にすれば些細な変化である。

「そりゃわかるって。ああ、さっき後ろ姿に違和感があったんだけど、これだったのか」

 と魅咲。

「でもなんで切ったの?」

 伽那が首を傾げる。

「なんかいつの間にか伸びすぎてたし。あんまり長いとストレス溜まるんだよね」

 本当の事情は語らず、詩都香はそう誤魔化した。

 と、そこで予鈴が鳴った。

「それじゃ」と二人に断りを入れてから、詩都香は自分の席に向かう。

 着席したところで、背中を叩かれた。手の主はわかっている。後ろの席の田中である。

「何ぐむっ」

 以前仕掛けられた悪戯を思い出し、自分の癖に逆らって首を右に巡らせた詩都香の頬を、田中の人差し指が迎えた。

「くくくっ。しずかちゃんは本当にわかりやすいよね」

「もうっ! 何なの!」

 そんな文句を垂れつつ、詩都香は少し驚いていた。どうして今の自分の動きがバレたのだろう。

「いや、ごめん。しずかちゃん、髪切った?」

「ほんと、みんなよくわかるわね。ほんのちょびっと」

「チィ?」

「そりゃチョビッツ」

 三鷹誠介を除けば、田中は詩都香にとって最も親しい男子生徒である。なにより詩都香と趣味が合う。「しずかちゃん」などと気安く呼ぶのも田中一人だ。

「失恋でもしたの?」

「田中くん、一応言っておくけど、今どきの女子は失恋くらいで髪を切ったりしないらしいわよ?」

 詩都香にしてもあくまでも伝聞である。それ以前に、失恋で髪を切るという心情が理解できない。

「いや、知ってるよ」

 田中は笑顔でかぶりを振った。

「じゃあなんで? もしかしてわたし、からかわれてる?」

「うん、まあ、そうなんだけどね」

 と、彼は今度は頷く。

「だって、しずかちゃんと話すの好きだもん。発展性のありそうな方に話を向けたいじゃないか」

 などと照れた様子もなく言ってのける田中に、詩都香の方が赤面しかけた。

 趣味が合い、キャラも合うはずの田中が、詩都香にとって親密さという点で誠介とあまり変わらないのはこの距離のつかめなさが原因である。

 近頃は鳴りを潜めているものの、誠介は詩都香のことを好きだと言ってくれている。だから詩都香も、ある意味安心して自分の距離感で接することができる。

 一方、オタクのくせに気さくな性格の田中は誰に対してもフレンドリーで、詩都香はときおり、彼にとって自分がどんな存在なのか、わからなくなることがある。親しい友達くらいには思われているのだろうか。

(……って、また)

 他人の目に自分がどう映るのかが気になる——人見知りの詩都香にはままあることではあるが、このところ少々程度が甚だしい。これも奇妙なモテ期のせいだろうか。

 詩都香は自分を戒め、担任の北山が教室に入ってきたのを機に、座席に座りなおした。



 十月一日、火曜日、曇時々雨。

 垂氷山地にかかる雲が時折こちらに下りてきて雨を降らせる。そんな天気の一日。

 柿沼さんに申し入れて、明日の分を今日に入れてもらった。こんなお天気じゃ一人でいてもつまらないし。

 朝、詩都香の制服をクリーニング屋さんに引き取ってもらう。ついでに私の夏服も。

 昨日たっぷり汗をかいたせいだろう、制服は詩都香の匂いがした。

 学校はお昼まで。数学が難しくなってきて死にそう。

 午後に会ったら、柿沼さんから言われてしまった。「なんだかご機嫌じゃないか」なんて。わかるもんなんだな。鈍い男かと思っていたけど、侮れないものですな。

 ま、今の私にとってみれば、一番長く一緒にいる相手だ。それくらいわかってくれなきゃという気もするけれど。

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