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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第八章「真夜中過ぎのシンデレラ」Aschenputtel nach Mitternacht.
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8-24

※※※

「生きてる……」

 涼子はぽつりと呟いた。

 頑丈で高い遮音性を誇る〈カイム〉の中にあってさえ、外部で起こった大破壊による影響を被っていた。

 雷を何十本も集めたような轟音に耳を(ろう)され、地震そのものの衝撃に揺さぶられて頭を何度もぶつけた。

 とりあえず即死しなかったことにほっとしてから、彼女の想いは外のことに向かっていく。

(詩都香、無事かな)

 百数十回も発信した思念は、伝わっていたのだろうか。

 それを受けて、詩都香(しずか)は逃げられたのだろうか。

 今の涼子にはそれを確かめる術がない。

 今度こそ通信が断たれ、内部スピーカーは沈黙していた。

 真の闇の中の、体の向きを変えるのにもひと苦労の狭小な空間。外はおそらく膨大な量の瓦礫と土砂に埋まっている。

 諦念にも似た静かな心持ちで、涼子は緊張を解いた。

 詩都香はきっと生きている。彼女はそう信じることにした。

(……これでよかったんだよね)

 広大な地下空間を埋め尽くした瓦礫と土砂をかき分けて救出してもらうことは期待できなかった。

 詩都香の目的が涼子の救出だったのであれば、失敗に終わったことになる。でも、詩都香はきっと生きている。

 もう、他のことは考えられなかった。他に抱ける希望はないのだ。

 目を閉じ、そっと呼びかけた。

(……あんなひどいこと言っちゃってごめんね。詩都香と会えてよかったよ。この気持ち、最後まで伝えられなくて、本当に苦しかった。でも、やっと詩都香のことわかった気がする。きっと、あの言葉に込められた私の気持ちさえ見抜かれてたんだ。だからここに来たんでしょう? ありがとう、詩都香。お別れだね。……大好きだよ。さようなら……)

 瞼の間から、ひとしずくの涙がこぼれ落ちる。

 そのとき、がんがん、と〈カイム〉が揺れた。

 まだ崩落が続いているのだろうか。

 それでもいい。〈カイム〉が圧潰すれば、苦しまずに死ねる。

 そう覚悟していても、上方からべきべきっ、という音が聞こえてきたときには、さすがに身を硬くした。

 が、予期していた衝撃はいつまで経っても来なかった。

 涼子はそっと目を開けた。

 まぶしい。

 闇に慣れた目には、微かな光でさえ裂かれるような刺激だった。

 細めた視界の、その中で、

「は、ハロー、グーテン・アーベント」

 見知らぬ金髪少女が覗き込んでいた。


※※※

「た、助かったぁ」

 伽那(かな)が息を漏らした。

 魅咲(みさき)も同じ気持ちだったが、緊張のあまり言葉が出なかった。

「ぷふぃ、ヴァス・フュア・アイン・シャイスターク! なんて日だ!」

 二人に覆いかぶさっていたノエシスが、変てこな悪態を吐いてから身を起こし、照明の代わりとするために手の中に魔法の光を灯した。

 “声”の警告を聞いた三人ともが、三人と〈カイム〉を守るような形で防御障壁を張っていた。

 そのおかげだろう、全員無事だった。〈カイム〉にも目立った損傷はない。

 魅咲も伽那を助け起こしながら立ち上がった。

 三人の周囲には、瓦礫がうずたかく降り積もっていた。

 が、分厚い隔壁のおかげか、地下空間全体が崩落したわけではなさそうだった。もしそうなっていたら、とうてい助からなかったにちがいない。

 いつまた崩落が起こるかわからない。さっさと涼子を助け出さなければ。

 魅咲は〈カイム〉を見下ろした。

 一見金属とも樹脂ともつかない黒っぽい材質で構成された、全長二・五メートル程度のカプセルである。高さは魅咲の腰の辺りまで。内部はきっともっと狭い。

 この中に涼子が捕らわれている。

「伽那、どこかに開閉するためのスイッチか何かあるはず。それを探して」

「うん。でも魅咲は?」

「こじ開けられないかやってみる」

 魅咲は手近なコンクリート片を拾い、渾身の力で〈カイム〉の上面に叩きつけた。

「乱暴だなぁ」

 などと言いつつ、伽那も身をかがめて〈カイム〉の周囲を探った。

 握ったコンクリート片は、二、三回であっさりと砕けた。手の中に残った小さな破片で叩いても、やはり表面に傷をつけるだけで、壊せそうな期待は持てなかった。

「なんだこれ……。すっごく固い。――伽那、そっちは?」

「開閉ボタンはあったよ。さっきから十六連射してるけど、手応えなし」

「なんで十六? でも、そうか。完全に電力が断たれて、操作を受けつけないのか。……しゃあない」

 魅咲は砕けた破片を捨てると、右手を〈カイム〉に向けた。

「魅咲?」

「蓋だけ攻性魔法で削りとる」

「それならわたしがやるよ」

「だからぁ、あんたは手を怪我してるでしょ? それに、あんたの魔法じゃ中身ごとやっちゃいかねないし」

「魅咲こそ、まだ攻性魔法に慣れてないんじゃないの? それこそ中まで……」

 二人の議論を遮ったのは、背後に控えていたノエシスだった。

「あのさ……さんざん使っておいて、あんたらってばなんであたしのことすぐに忘れるんかな。よくわかんないけど、それ開ければいいんでしょ。ちょっと離れて」

 ノエシスが両手を向けると、〈カイム〉が小刻みに震え、いくつかの部品が弾け飛んだ。次いで、百キロを超えるであろう重さの蓋が浮いた。

「……梓乃(しの)、すごくない? あたしら、なんでこの子たちを撃退できてるのかな」

「どうせ完全に味方になったら案外情けなかったりするパターンだよ」

「聞こえてるからね」

 冷たくそう言ったノエシスが、〈カイム〉に歩み寄り、中を覗き込む。

 それから不意を打たれたかのように固まり、

「は、ハロー、グーテン・アーベント」

 たしかに情けないくらいに上ずった声を上げた。

 大見得を切ったくせに、中に涼子がいるというのが予想外だったのだろうか。

「魅咲……」

 ノエシスの念動力で助け出された涼子が、まず魅咲の顔を見た。

「どうも、相川だよ」

 なんだか照れくさかった。

 次いで、その首が伽那の方へ巡った。

「それに、伽那」

「うん。一条もいますよ~」

「あと、え~と、はじめましての金髪さん」

「はい、金髪さんです」

 テレビでしか知らないアイドルにいきなり対面した衝撃が残っているのか、ノエシスは力の抜けた声だった。

「みんな、助けに来てくれたんだね。本当にありがとう」

 ふらふらとした足どりの涼子が、並んだ三人をまとめて両腕に抱こうとして、結局重心が定まらずにすがりつくような形になった。

 魅咲と伽那は顔を見合わせ、はにかむように笑った。

 ――さて、次は。魅咲は身構えた。

「詩都香も来てるの……?」

 涼子が魅咲たちを上目遣いに見る。不安を隠そうともしない瞳だった。

「もちろん。心配ないよ。詩都香は生きてる。あたしたちにはわかるから」

 詩都香の〈モナドの窓〉はいまだ健在だった。

 涼子の疲弊しきった顔の中で、ぱっと笑顔が弾けた。

「よかったー」

 それから彼女は床にぺたん、と座り込んだ。

 深々と安堵した様子の涼子に、魅咲はしかし、残念なお知らせをしなければならない。

「でもね……ちょっと居場所がわからない」

 地下空間も含めてかなりの容積のある建物とはいえ、直線距離にすれば数十メートルの範囲である。近すぎて居場所どころかおおよその距離すらつかめなかった。

 スマートフォンを見ると、「圏外」の表示だった。先ほどの大崩落で、地下への中継設備も壊れたのか。

「伽那は?」

 そう問うと、伽那は首を振った。

「ごめん。わたしにもわからない。悔しいけど」

 となると頼みは……

「梓乃、どう?」

 金髪さんも自信なげだった。

「あたしは、距離はある程度感じられる。方位はわからないけど」

 魅咲は嘆息した。

 涼子と詩都香を早く会わせてあげたいのに。

「さっきまでもうひとつ〈モナドの窓〉があったんだけど、それも感じなくなったから、たぶん差し迫った危険はないと思うけど」

 〈カイム〉をこじ開けようとしながら、魅咲もそれは感じていた。きっと詩都香が、ジャックとかいう魔術師を倒したのだ。

「……あ、待って。今の魅咲たち、いつもと雰囲気が違う。これと似たような気配を、もうひとつ感じる……」

「涼子さんも〈モナドの窓〉を感じられるの?」

 伽那が声を上げる。

「さっきまで無理矢理〈モナドの窓〉を開かされてたからね。ひょっとしたら今だけ魔術師に近い力を持っているのかも」

「距離や方向は?」

 涼子はしばらく目を瞑っていたが、やがて悔しそうに首を左右させた。

「……ダメ。もう、肝心なところで役に立たないったら」

「しょうがない、あたしについてきて」

 調子を取り戻したらしいノエシスがそうまとめた。

「梓乃ちゃん、どうするの? 距離しかわからないって言ってたでしょ」

「あたしたちが動けば詩都香との距離は変わるでしょう? それが短くなる方に進めばいいよ」

「なるほど、頭いい」

 ふ、と笑ったノエシスは、動ける範囲であちこちうろつき回った後、「たぶん、こっち」と斜め上の方向を指差した。

 その先では堆積した瓦礫と土砂が、数メートルの絶壁を形成している。

 ノエシスがさらに三つの光球を作った。それらはふわふわと空中を漂い、魅咲たちの頭上に滞空して周囲を照らしす。

「微弱な念動力(テレキネーゼ)でもコントロールできるようになってるから、あとは自分でやってね。河合涼子……さんの分は、相川か一条が――」

「大丈夫。私、これくらいならできるよ」

 涼子がノエシスに向かって頷いた。

「あ、そうなんだ。……ん? なんで? もしかしてそれがここに捕まってた理由?」

「まあ、その辺は後で説明するよ。――でも、涼子」魅咲は涼子に向かって遠慮がちに提案した。

「どうする? あたしが最後に登ろうか? そしたら、もし落ちても助けてあげられるけど……」

「それじゃお言葉に甘えようかな……あ」

 魅咲の気まずそうな顔で、涼子本人もそれに思い当たったようだ。

 ――自分の今の格好に。

「いやあ、さっき涼子が座り込んでたときに見えちゃってさ」

 なぜか弁解がましくなる。

 涼子の着衣は、裾の短い検査衣のようなものだった。

 おまけに、下着をつけていなかった。

「はぁ……。まあしょうがないよね。でも、あまりじろじろ見ないでね?」

「そんな趣味ないよ!」

 四人は絶壁にとりついた。手がかり足がかりが豊富にあり、崩壊にさえ気をつければ、登るのにそう苦労はない。魔法を使えばもっと簡単だったが、先がどうなっているのかわからない現状では、可能な限り魔力を節約しておきたかった。

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