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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
第八章「真夜中過ぎのシンデレラ」Aschenputtel nach Mitternacht.
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8-21

※※※

「口ほどにもない」

 歯噛みしたい気分だった。

 モニターする四階の戦況は一変していた。

 あの高原という娘は、これまで発電機を「狙撃」するために精力を傾けていたのだ、と判断せざるをえなかった。

 その重荷から解放された今、高原の動きは見違えるようだった。

 わずかずつ、ジャックが押されていっているようである。おそらく高原は、ジャックよりも使用可能な魔力の量が多いのだ。

 そして、それ以上に悩ましいのが――

「〈鳥なき島の三羽コウモリ〉……のはずですが、一人多いですね」

 崎山が指差す。

 一階正面入り口の監視カメラの映像だった。

 今まで、認識撹乱の結界のため、外の様子を窺うことはできなかった(これも改良しなければ)。結界が消え、再開された映像の中で動いているのは、三人の少女だけだった。絆創膏やら包帯やらを手に、何やら騒いでいる様子である。

 ということは、ミシェルたちもやられたのだ。

 そして、その三人目。最も小柄な少女。その顔に、簑田(みのた)の視線は引き寄せられた。

「こいつは……!」

 彼のパトロンから、要注意人物として情報提供があった顔だ。〈悦ばしき知識の求道者連盟〉の最高幹部、〈七選挙侯〉筆頭、ドイツ大法官の愛弟子。

「ゼーレンブルン……。なぜこいつが……!」

 ほとんど活動の跡が見えないとはいえ、ドイツ大法官の権威は彼のパトロンをも超える。おまけに今のゼーレンブルン姉妹は、形式的には東京支部の指揮下にある身。

 今回の〈鳥なき島の(トレース・)三羽コウモリウェスペルティーリオーネース〉の襲撃――ドイツ大法官の威光を借りた東京支部が、裏で糸を引いているということなのだろうか。

 ――いや。たとえそうでなくとも、ここが攻め落とされたと知れば、東京支部は後始末の人員を送り込んでくるだろう……。

 決断した彼は崎山に命じた。

「コア・データを持ち出す。準備しろ」

「はい。……しかし、ということは」

「そうだ。ここを放棄する」

 未練などない。

「せっかく成功したのに……」

 誰かが悔しそうに言う。

 簑田は全員に聞こえるように言った。

「気持ちはわかるが、〈ブルーメ〉も〈カイム〉もしょせんは実験機。データさえあれば、また作れる。この成果を無駄にする猊下ではない。それに、科学技術の根幹は何だ? 個人の職人芸に堕している旧来の魔法との違いは? ――再現可能性だ。この〈ブルーメ〉じゃなくとも、次の〈ブルーメ〉でも、同じことができなければ完成とは言えない。我々がいてデータがあれば、同じことができるはず。それが科学だ」

 いいことを言ったつもりだった。そして実際、所員たちはもはや不平を漏らすことなく、慌ただしく動き出した。

「いいか、持ち出すのはコア・データとミフユだけだ。他の資料は処分する。新潟に抜ければ猊下が万イチのときのために用意してくださった機がある。パスポートは不要。あちらに着けば猊下がなんとかしてくださるだろう。向こうに滞在するのはひとまず一時的なことだ。着の身着のままでいい。私物は諦めろ」

 この研究所には、先代の高嵜の代から蓄積されてきた膨大な研究資料がある。〈人工半魔族試験体〉のデータなど、復元不可能な貴重なものもあるが、パトロンが求めているのはそれらではない。

 〈ブルーメ〉と〈カイム〉の、実験データだけだ。

「他の資料は処分、ですか?」

 崎山が簑田の意を確認する。

「そうだ。もしも東京支部に握られたら、猊下に迷惑がかかる」

「しかしどうやって。弾道ミサイルの出前でも頼むんですか?」

 ここの資料を全て処分しようとしたら、所員総がかりでも一日では終わらないだろう。実験に使ったコンピューターの中には、完全にスタンドアロンのものもある。手作業でデータを消去していくとなると、相当な手間だ。大量のペーパーの方は言わずもがな。

 そしてそもそも、ここで行われていた研究の動かぬ証拠――〈ブルーメ〉本体がある。

「それもいいが、他に考えがないでもない」

 簑田がにやり、と笑う。

 半ば狂気に冒された瞳だった。


※※※

 詩都香(しずか)は床に両手と両膝を突いてかろうじて体を支えていた。

 そのままの体勢でしばし息を整えてから、ふらつく両脚を踏ん張ってようやくのことで立ち上がる。

 全身が痛い。疲労と痛みで、ともすれば再度うずくまりそうになる。

 魔法で身体能力を向上させても、同じく魔術師の男性と格闘して平気というわけにはいかなかった。

 体中を容赦なく殴打された。切れた口の中には血の味が広がっている。

 そんな彼女が見据える先で、相手であるジャックがぽつりと呟いた。

「なぜだ……」

 上半身を壁面にもたれかからせ、床に脚を投げ出した格好で。

「なぜ私が負ける……」

 鼻がつぶれ、奥歯が弾け飛ぶほど殴ってやった。左腕は蹴りでへし折った。衝撃波をまともに浴びた胸の中で、無傷の肋骨は一本もないだろう。

「たったひとつの単純(シンプル)な答えだ」

 詩都香は答えてやることにした。

 勝因はいろいろあるのだろう。

 ジャックが強くなったというのは本当だろう。だが彼は、詩都香を以前の対戦時のままと思い込んでいた。そこに油断がなかったとは言い切れまい。あれから毎晩、魅咲(みさき)に稽古をつけてもらっていたのだ。その成果は、いたるところに残る痣とともに彼女の体に刻み込まれていた。格闘の基本はある程度身につけた自信がある。

 そしてジャックは、伝家の宝刀とも言うべき〈ピケ・アンヴィジーブル〉を抜いた。その判断は正しかった。それに頼りすぎることさえなければ。一撃必殺、防御障壁すら引き裂くこの技の直撃を受ければ、致命傷だった。そしてジャックは必ず、これでとどめを刺そうとした。おそらく〈リーガ〉の刺客を倒したときの成功体験が刷り込まれていたのだろう。

 そのタイミングを詩都香は読んでいた。わかっていれば、かわすのは難しくなかった。

 だけど、どれも決定的ではない。

「わたしには負けられない理由がある。……でもそれはたぶん、あんたもいっしょなんだろうね。わたしの理由と同等とはどうしても認められないけど、あんたがプライドを賭けて全力で戦ったのは認める。その上でわたしが勝った。つまり結局のところはさ――」

 シンプルと言ったくせに、つい口数が増える詩都香である。

「――わたしの方があんたよりも強い。それだけよ」

 ジャックにはもう戦意は残っていないようだ。身を起こそうともしない。

「あのエレベーター、地下まで行けるんでしょ? 使い方を――」

 そう問おうとしたときだった。

『逃げて!』

 頭の中に“声”が割り込んできた。

 思わずジャックを見た。

 “声”は彼にも届いたようで、訝しげな顔で詩都香を見返してきた。

 ――違う。何かを企んでいる様子はない。

(逃げるったって)

 その“声”に従うことにする。なにより、先読みの感覚が、嫌な予感を伝えてきていた。

 みるみる内に予感が膨らむ。

 脱出口を探そうと、手近な部屋の扉を蹴破って中に飛び込んだ。誰かの研究室だろうか。

 が、その部屋には窓がなかった。

「くそっ」

 焦りが頂点にさしかかる。壁をぶち破るため、攻性魔法の準備に入る。

 が、とうてい間に合わなかった。

 一瞬だった。

 一瞬の内に、建物全体が崩壊した。

 砕けた天井の建材が降り注ぐ中、千々に裂けていく床に飲み込まれるようにして、詩都香は奈落へと落ちていった。


※※※

「よしよし、生きている」

 サブ電源だけでも、〈ブルーメ〉に信号を送ることは可能だった。

 結界や障壁のような持続性の「魔法」を維持する電力は失われた。〈カイム〉とも切り離され、新たな魔力は供給されない。

 だが、〈ブルーメ〉の内部に蓄えられた魔力はまだ残っている。それを信号で刺激してやれば「魔法」が発動するということは、検証済みだ。そしてその程度の電力は残っていた。

「くくくっ……」

 我知らず笑いが漏れる。

「攻性魔法、か。やっと使えるということだな」

 ミサイルなど必要ない。今の自分は魔術師だ。魔法で何でも解決できる。

 そこで簑田はいったん眉をしかめた。解析済みの〈非所属魔術師〉の魔法は、思っていた以上に出力が低かった。

「一割の魔力しか使えないのか。クズめ。やはり猊下の協力を仰いで、ちゃんとした魔術師を派遣してもらわなければな。まあ、そうは言っても、この研究所を処分するにはじゅうぶんすぎるほどか」

 本当のところを言えば、〈ブルーメ〉の全力を見たかった。

 だが、今は我慢するしかない。データさえあれば、〈ブルーメ〉はいくらでも作れるし、改良できる。

 そこで、研究所の裏手に繋がる脱出路の様子を見に行かせた所員が戻ってきた。

「所長、問題はありません。崩落、水漏れ、いずれも皆無です」

「よし、脱出路は使えるんだな」

 簑田は最後の仕上げとばかりにキーボードを叩いた。信号を設定し、スマートフォンを手に立ち上がる。

「急ぐぞ。どうせなら奴らをこの研究所の道連れにしてやろう」

 その指示を受け、崎山をはじめとする所員たちが、保護ケースに収めた数百枚ものディスクを載せた台車のストッパーを外した。コア・データの持ち出し準備は完了している。

 簑田が出発を号令しようとしたとき、コンソールに備えつけられたスピーカーが雑音を発した。


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