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放課後の魔少女——楽園は次の角に  作者: 結城コウ
序章「フィッチャーの鳥の逃走」Fitschers Vogel entkommt.
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序-1

 中世ファンタジーを執筆中でしたが、なかなかまとまらないので、一年ぶりにシリーズを再開してみることにしてみました。

 中世ものの方も折を見て投稿するつもりです。

 ——ここは楽園ですか?

 ——いいえ、楽園は次の角です。


 午後五時。

 夕暮れ時というにはまだ明るい時間の歩道を、一人の少女が歩いていた。

 疲れていた。

 重い足を引きずるようにしながら、彼女は小股で歩を進めた。

 人ごみに慣れていないその歩みは、前方から向かってくる人の群れをやりすごすため、しばしば止まってしまう。

 東京——膨大な人口を抱える、この国の首都。

 彼女がこの街に逃げ込んでから、十日あまりが経っていた。

 いっしょに逃げた仲間たちは、あるいははぐれ、あるいは捕まり、気がつけば彼女は一人になっていた。

 彼女がこうしてまだ捕まらずにいるのは、運が良かったからなのか、それとも、生きようとする意志が並外れて強かったからなのか。

 だが、いずれにせよ限界は近かった。

 所持金はまだ十分にあるが、ホテルに泊まっても、夜は不安に由来するストレスで一睡もできなかった。ネットカフェの類の方が、周囲に人がいる分、まだしもうとうとすることができた。

 そんな逃亡生活は、彼女の体から容赦なく力を奪っていった。

 いっそのこと西へ逃げようか、と思う。

 愛知以西までたどり着ければ、追っ手もおいそれとは手を出してこられないだろう。

 それに、西に向かえば途中の街にはあの人物がいる。今の彼女にとっては希望そのものである人物が。

 だが彼女は、出発に踏み切れないでいた。

 追っ手にしても、彼女たちがここ東京より西に向かえば面倒なことになるのは重々承知しているはずだ。主要駅には既に人員が配置されているかもしれない。

 決して分の悪い賭けではない。

 都内の駅の何万もの利用者に紛れ込んでしまえば、奴らとてそう易々と捕捉することはできないだろう。あとは、車内でさえ見つからなければよい。

 それでも賭けであるのは間違いなかった。その不安こそ、彼女の足を駅から遠ざける大きな要因だった。

 要因はもうひとつ。

 彼女の希望である人物に会うのも怖かった。

 これまであまりにも大きな意味を結びつけ続けてきたがゆえに、それが打ち砕かれるのが怖くて仕方がなかった。

 いったいどんな人なのか。

 書類と写真でしか知らない、同じ年頃の少女。

 自分と違い、順風満帆の人生を送ってきたはずなのに、なぜかこの世界の理に反旗を翻した少女——


 ……結局、この日も駅には向かえなかった。

 徒歩であと何キロか移動してから、ビジネスホテルに投宿することにした。本当はインターネットカフェの方が安心できるし安上がりなのだが、身分証の提示を求められるのが煩わしい。

 事態はいよいよ絶望的になっていく。

 もしも奴らが、彼女が一向に捕まらないことに業を煮やし、“公開捜査”に踏み切ったら。

 きっと、ホテルさえ利用できなくなる。

 彼女がチェックインをした際に、受付係は気づくだろう。目の前にいるのが、「行方不明者」として回状の来た少女であることに。紳士たるホテルマンは善意の通報をする。その夜の内に彼女は捕まる。

 ひょっとしたらそれは今夜かもしれない。

 それでもなお、どこかで体を休める必要があった。

 なにしろ彼女は絶えず移動し続けなければならないのだ。

 奴らはきっと彼女のおおよその位置を突き止める。

 占術という、なんとも前近代的な技術で。 

 だから彼女は、昼の間ずっと、あるいは——余計なリスクを招くから稀ではあるが——夜通し動き回り、奴らの裏をかき、すんでのところで逃れ続ける。

 東京の街をフィールドにした、終わりのない鬼ごっこだ。

 ——だけど、本当にそうなのか。

 この二、三日、時折彼女は疑念に駆られている。

 追っ手の組織力は恐るべきものだ。

 そんな奴らが、十日以上も彼女を追い続けて捕まえることができないなどということが、果たしてありうるのだろうか。

 ことによると、もうとっくに捜索は打ち切られていて、彼女は無意味な逃亡を続けているのではないだろうか。

 甘い誘惑だった。

 期待する根拠はない。

 だが、否定する材料もない。

 そして彼女が疲れれば疲れるほど、この誘惑はますますその魅力を増していくのだった。

(……ダメだ。今日はもう近場で泊まろう)

 体力の枯渇を自覚した彼女が、大通りから離れたホテルを探すために脇道に逸れようとしたときだった。

「——やっと見つけた。ねえ、あなた」

 唐突に声をかけられ、彼女は芯からすくみ上がった。

 来るべき時が来たのか。

 ほとんど観念しながら、彼女はゆっくりと背後を振り返った。

 見知らぬ女性が立っていた。

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