6 魔法美少女の憂い
アイドル魔法天使☆ユラギンことゆらぎは、大空を歌いながら駆け巡り町中に希望の光を振りまき。
日本人形を思わせる和風魔法少女・小鳥は、地上から魔法のスクリーンを通じて繭の周辺を隈なく確認し、絶望の鱗粉を振りまくワッフルを見つけては、魔法の弓矢でこれを打ち落としていく。
そして、正統派魔法美少女であるはずの美咲は。
魔法のほうきに乗って、つまらなそうに空を散歩していた。
跨るのではなくて、横座りで。
たまに、ほうきを鉄棒に見立てて、座ったままくるりと一回転して見せたりはするが、楽しいからというよりは手持ち無沙汰でつい、といった感じだった。
「二人とも張り切ってるなー」
ほうきの上で足をぶらぶらさせる。
「小鳥さんはワッフルをやっつけるのは任せてくださいとか言うし。ユラギンは一人で勝手に天使のコンサート開催中だし。わたしだけ、やることがないよー。なんか、運動部の補欠要員みたい・・・・・」
ほうきで空へ繰り出すまでは、美咲も張り切っていたのだが、いざ空へ来てみたら自分だけ何をしていいか分からなかったのだ。
「妖怪だから、仕方ない~」
歌うように呟きながら、遊園地にあるコーヒーカップの様にほうきを横にクルクル回転させる。
「ああ~。やっぱり、こんなことになってる」
河原では、そんな美咲を見上げていたミミーが頭を抱えて呻いていた。
「ミーティングの時は普通に張り切っていたから、何とかなるのかと思ったら、アホだから事態を把握していないだけだった~」
そのまま、河原に突っ伏してしまう、ウサギの耳を持つ黒ネコのぬいぐるみ。
「・・・・・・・・・・・・・」
そんなミミーにかける言葉もなく、フクロウとカエルのぬいぐるみはそれぞれ自分の選んだ魔法少女を見つめた。
魔法少女に変身して河原に集合した3人は、ぬいぐるみたちの提案によりフクロウのホー助のメイクルーム『森の化粧室』でミーティングをすることにした。
これからの、活動方針について。
ちなみに、魔法美少女という単語はミミーのこだわりなので、基本的にミミーと美咲しか使っていない。
「アタシはみんなに夢と希望をお届けするために天に選ばれたアイドル魔法天使だから☆ 希望の歌を大空に響かせることがアタシの役目! ワッフルとかいうのは、魔法少女に選ばれた二人に任せるわ」
もちろん! というような、ゆらぎの発言は大方予想していたので、特に反論もなくみんな頷く。なんとなく、反論しても無駄だろうということが、やる前から分かった。
ワッフル退治を一方的に押し付けられてしまった二人の魔法少女のうち一人は、
(まあ、ユラギンは妖怪だから仕方がないよね。アレはアレで役に立ってるんだし。希望の歌っていうより、ユラギンの宣伝ソングだけど)
と、自分を納得させた。
そして、もう一人は、かえって火がついてしまったらしい。
「お任せください。空を飛べない私は、ワッフル退治でしかお役に立てませんから。これからは、私がワッフル討伐班長として皆さんのお役に立ちます! 美咲さんには、私のフォローをお願いしてもいいですか?」
いつも控えめな小鳥とは思えないほど積極的に、キリッとワッフル討伐班長を宣言している。
「は、はい! 一緒に、がんばりましょう!」
慕っている小鳥にお願いされたことが嬉しい美咲は、笑顔で大きく頷く。
「あのアホには、人のフォローとか向いてないと思うんだが・・・・」
心配そうなミミーの呟きは、ぬいぐるみしか聞いていなかった。
その後は。
ぬいぐるみの助言により、空組と地上組との連絡手段について話し合った。
その辺は、自分たちの魔法で何とかしないといけないらしい。
「魔法のテレパシーでも魔法の通信機でも、なんでもいい。なんか適当に考えろ」
ミミーにざっくりとしたことを言われて、考え込む3人。
「えーと、か、考えておきます」
すぐには思い浮かばないのか、眉間にしわを寄せ左手の人差し指を米神に押し当てながら小鳥がギブアップする。
ゆらぎは・・・・・・・。一人、ユラギンソングを口ずさんでいた。話を聞いていなかったのかもしれない。我関せずだ。
「おい、美咲。何とかしろ。おまえ、こういうのパパッと思いつくの、得意だろ?」
「うーん、魔法の通信機かー。可愛いのがいいよねー」
最後の一人、美咲は。ミミーの余計な一言が、聞こえたのかどうか。一人で楽し気に思案している。そして。
「よし! 閃いたー! スターチョーカー!!」
右手の人差し指を天に突き付ける。
すると。
切株型のテーブルの上にパーッと光が集まり、消えると同時に星の飾りのついたチョーカーが現れる。
赤い星と緑の星とオレンジの星。
「はい。二人とも」
緑を小鳥に、オレンジをゆらぎに手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「アタシのもあるんだ。ありがとー。なかなか、可愛いじゃん」
ゆらぎにも気にってもらえたようだった。
3人ともいそいそとチョーカーを身に着け、ドレッサーについている鏡を順番にのぞき込む。
「うん。悪くない」
それぞれ、満足したようだ。
「あ。ぬいぐるみの分もいるのか。えっと。・・・・スター通信機―」
女子同士の交流を深めたところでミミーたちのことを思い出した美咲は、ほとんど棒読みで唱える。ぬいぐるみのことは、割とどうでもいいらしい。
手のひらに現れた3色の星の飾りをそれぞれ手渡す。
赤がミミー、緑がホー助、オレンジがエルだ。それぞれ、ペアとなる魔法少女と対になっている。
「随分、てきとーだな。オレたちの扱い。まあ、いいけどよ」
チョーカーにはなっておらず、ただの飾りだけのそれを、ぬいぐるみたちは順番に受け取っていった。
「話したい相手の名前を言えば、相手のマジカル☆スター通信機につながるから。全員と話したいときは、全員って言ってから話し始めればオッケー!」
「相変わらず、ネーミングセンスねえな・・・・。使い方が簡単なのはいいけどよ」
「すごいです、美咲さん。私は仕組みとかいろいろ考えてしまって、なかなか新しい魔法が出来なくて。こんなに簡単に魔法が使えるなんて。うらやましいです」
「思い付きが外れたら、大惨事になりそうだけどな・・・」
「うるさいよ、ミミー!」
ミミーに茶化されたりはしたものの、この辺まではよかったのだ。
一応、ちゃんと見せ場もあったし、小鳥にも褒めてもらえて、美咲はご機嫌だった。
問題はこの後だった。
一通り通信機の使い方を試してから、いざ出陣。
したは、いいものの。
張り切って繭の周りを飛び回っていたのは、最初のうちだけだった。
ゆらぎのホーリーソングの効果なのか、そもそもあまりワッフルがいない上に、たまに見つけたワッフルは「私に任せてください!」と小鳥がすべて打ち落としてしまう。
やることがなかった。
「もしもの時のフォローをお願いします」
と、小鳥は言うのだが。
本当にもしもの時には、臨機応変な対応が求められる大事なポジションではあるのだが。
当面は、やることがなかった。
そもそも。
思い付きで行動し、じっとしていられない美咲にとって、あまり向いているポジションとは言えなかった。
はっきり言って、おもしろくない。
とはいえ。お願いされてしまった以上、小鳥のスクリーンチェックが終わるまで、ここを離れるわけにはいかない。いざという時に何もできなくて、小鳥にがっかりされたくなかった。
それに。ゆらぎの歌が響き渡る空で、空中遊泳を楽しもうという気にはなれない。
なんだか、もやもやする。
「妖怪だから、仕方がない」
別に、こうなったのはゆらぎのせい、と決めつけるわけではないが、思うところはあるのだろう。
ほうきで空をユラユラしながら、呪文のように唱え続けた。
そんな日が、二日ばかり続いたその翌日。
にゃんたろーハウスでメイクを終え、美少女に変身したばかりの美咲は椅子に座ったままため息をついた。
「なんか、最近、つまんないなー」
せっかく美少女になったというのに、浮かない顔だ。
せっかく美少女になったというのに、クラスのみんなに見せびらかせるわけでもない。男の子たちにチヤホヤされるわけでもない。
それでも、魔法美少女になって空を自由に飛び回れるだけで、十分楽しかった。最初は、ワッフルを倒すのなんて、空中遊泳のおまけみたいな感覚でいた。けれど、小鳥と会って話をすることで、若干ではあるが底の浅い使命感が芽生えつつあったのだ。
あったのに。
今は全然楽しくないし、やる気も出てこなかった。
「別に、無理にあいつらと一緒に行動する必要はないんだぞ? 幸いにも、オレたちのにゃんたろーハウスはおまえんちの庭に設置したからな。時間をずらして、早朝ワンマン空中遊泳ショーとか開催してもいいんだぞ。ショーもできて、ワッフルも倒せる。二度おいしい」
「二度おいしいって、別にワッフル退治はどうしてもやりたいわけじゃないよ」
珍しく気遣う様子を見せるミミーに、美咲は力なく笑った。
「それで、どうするんだ? おまえは、どうしたい?」
重ねて問われて、美咲は少し考え込む。
考えて、それから。
ゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「早朝のショーは魅力的だけど、でも・・・。ユラギンは妖怪だから仕方がないかもだけど。小鳥さんとは、せっかく仲良くなったし出来れば一緒にがんばりたい。がんばりたいけど・・・・」
そこまでしゃべってから、ぎゅっと太ももの上の両手を握りしめる。
ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「小鳥さん・・・・・一緒にがんばろうって言うけど、結局一人でがんばってて、わたし、いてもいなくても、変わんないし・・・・」
「あー、ばか。こするな。化粧が落ちるだろ。ハンカチは持ってないのか? ハンカチは? そっと、上から押さえるようにするんだよ。いいか、優しくだぞ。そうそう」
無造作に目をこすろうとする美咲を、ミミーは慌てて止める。
まだ魔法美少女の衣装に変身する前だった美咲は、ポケットからハンカチを取り出すと、言われた通りそっと目の上に押し当てる。
「ゆらぎのことは、オレもどう取り扱ったらいいのかわ分からんから、とりあえず保留としとこう。でも、小鳥には、おまえのその気持ちを正直に伝えれば、分かってくれると思うぞ」
ぐすんと鼻をすすりあげながら美咲が尋ねると、ミミーは大きく頷いた。
「ああ。あいつはおまえやゆらぎと違って、空を飛べないっていうだけじゃなくて、なかなかうまく魔法を使えるようにならなかったんだよ。ずっと役立たずだと思っていた自分がようやくワッフルを倒せるようになったのと、魔法美少女として自分が先輩の立場になったことで、自分が頑張らなきゃーって必要以上に張り切りすぎちゃってるんだよな」
「小鳥さんが・・・・・。そうだったんだ」
しっかり者だと思っていた小鳥の意外な過去を聞かされて、すっかり涙は止まったようだった。
「うん。小鳥さんと話してみるよ。このまま、もやもやしたままなのは、なんかヤダし」
「おう。そうしろ。きっと、大丈夫だ。まあ、それに、もしもうまくいかなかったとしても、オレ様はいつでも美咲の味方だからな。覚えとけよ」
「うん! ありがとう。ミミー」
「いいってことよ。女子供の悩みを聞くのはぬいぐるみの務めだからな」
「話聞くだけじゃなくて、アドバイスもしてくれるなんて、ミミーは優秀なぬいぐるみだよね」
「美咲。おまえ、オレをその辺の普通のぬいぐるみと一緒にするなよ!?」
すっかりいつものペースを取り戻した美咲は。
ミミーにちょっとだけ化粧を直してもらって変身すると、魔法のほうきを呼び出し、ミミーを抱えて河原へと向かった。
軽やかな気持ちで空を飛ぶのは、随分久しぶりのような気がした。
「ごめんなさい。ごめんなさい。美咲さん。私、自分がようやくみんなの役に立てるのが嬉しくて、自分のことしか考えてなくて。美咲さんに、そんな寂しい思いをさせていたなんて。この上は、腹を掻っ捌く・・・・わけにもいかないので、髪バッサリ切ってお詫びしたいと思いますーー」
「お、おおおおおお落ち着てください、小鳥さんーーーーーー。せっかく、きれいな髪なのに、もったいないですよーーー。そんなこと、しなくていいですから! 今度こそ、一緒にがんばりましょうよー」
ミミーの言った通り、小鳥はすぐに美咲の気持ちを分かってくれた。
森の化粧室で美咲が思いを伝えると、その場で土下座して謝罪し始める。そのまま、断髪の儀式を始めてしまいそうな小鳥を、美咲は慌てて止めた。
「ありがとうございます。美咲さんは、優しいんですね」
「いや、そんなこと、ないですけど・・・・あ、でも」
何とか思いとどまってくれた小鳥にほっと胸を撫で下ろして、あれ? と気づいた。
「魔法で変身してるなら、髪を切っても大丈夫なのかな? 変身しなおせば、元通り?」
顔はぬいぐるみたちのメイクで変身させてもらっているけれど、髪や衣装は魔法の力で変えたものだ。
魔法美少女・美咲の髪も自前ではない。黒髪が栗毛色に。短いおさげが豊かに波打つポニーテールに変わっている。高い位置で結い上げているのに、毛先は腰のあたりまで届く。長い髪は美咲の憧れだったが、実際にやるにはお手入れが大変なのだ。洗うのも乾かすのも、倍以上の時間がかかるだろう。
「あ。この髪は、自前なんです。そうでないと、お詫びになりませんし」
「ええ? だったら、なおさら、大事にしてください。でも、自前か・・・・。いいなー、きれいな髪の毛。うらやましい」
「あ、ありがとうございます。髪の毛だけは、自慢なんです。お手入れも頑張ってますし。あ、でも。髪留めが使えないことだけが残念で。サラサラしすぎているのか、いつの間にかするするーって落っこちてきちゃうんですよね。だから、魔法少女の力で髪留めが使えるのが嬉しくて」
照れたように小鳥が笑うと、シャラシャラとした飾りのついた髪留めが揺れた。黒い絹糸のような小鳥の黒髪に、和風の花の髪留めはよく似合っていた。
「すっごーい。驚異のキューティクルだね」
鼻歌を歌いながら、他人事の様に傍観していたゆらぎが話に混ざってきた。
小鳥の髪の毛を掬い上げ、サラサラとした手触りを楽しむ。
「あ。ずるい。わたしも!」
負けじと美咲も手を伸ばした。
「え? あの?」
左右から髪の毛をいじられて、困ったような顔をしながら、それでも少し嬉しそうな小鳥。
「これで、一件落着かの」
「あー。まあ。一応な。美咲と小鳥は、問題ないだろ」
「ほーじゃの。やっぱり、小鳥と美咲でコンビを組んで、ゆらぎにはソロ活動をしてもらった方がいいかの」
「ちょっと! なんで、3人いるのに、コンビなのよ? うちのゆらぎも加えなさいよ」
「いや、あいつはソロでいいだろ。ゆらぎと組める奴なんていねえよ。それに、本人も気にしないだろう」
「そ、そんなこと、ないわよ! たぶん!」
とりあえず。なんとか。一応。
納まるところに納まった魔法少女たち。
それを見守るぬいぐるみたちは。
一件落着とは、いかないようだった。