5 妖怪アイドル魔法天使
甘く、透き通るような歌声が響いていた。
薄く雲のたなびく、気持ちのいい青空。
その空を。
楽しそうに歌いながら、天使が舞っていた。
いや。
正確には。
アイドル魔法天使、というらしい。
本人が言うことには。いや、歌うことには。
天に選ばれし聖なる乙女
アイドル魔法天使☆ゆ・ら・ぎ
聖なる翼で大空を舞う
アイドル魔法天使☆ゆ・ら・ぎ
どこまでも響け ホーリーソング
アイドル魔法天使☆ゆ・ら・ぎ
みんなの心に夢と希望をお届け
アイドル魔法天使☆ゆ・ら・ぎ
ゆ・ら・ぎ ゆ・ら・ぎ
アイドル魔法天使☆ゆ・ら・ぎ
ホー助と小鳥のメイクルームである、森の化粧室の設置された河原で、美咲と小鳥はポカンと空を見上げていた。それぞれと隣では、ミミーがげんなりと、ホー助は感心したように空を見上げている。
歌詞さえ聞き取れなければ、幻想的な光景といえた。
天使は本当に存在したんだ、と感動して、うっかり何かに改宗してしまうくらいには、幻想的で神秘的だった。
天使の羽がはためくたびに、光の粒がキラキラと瞬きながら地上に降り注ぐ。
心の中に溜まった澱や濁りを浄化してくれそうな光。
その光を町中の人たちに届けようとでもいうかのように、天使は空を駆け巡り、翼をはためかせる。
何かの魔法がかかっているのか、天使が遠ざかっても、歌声は常に同じ音量で響き渡っていた。どこかに、魔法のスピーカーが設置されているかのようだ。
はっきり言って、余計な気遣いだった。
「きれいで可愛い歌声なのに。歌もうまいのに」
「ええ。歌詞だけが、なんだかとても残念ですね。あの歌詞さえなければ、ずっと聞いていたいと思えるのに」
「自分の名前をすっごい繰り返すあの感じ。どっかで聞いたことある」
「選挙の宣伝カーでしょうか」
「あ! そう。それそれ。魔法少女党のアイドル魔法天使☆ゆらぎをよろしくお願いしますって感じ!」
「ま、まあ。今はアイドルも選挙をする時代ですし・・・・」
「みんなのための歌なのか、自分のための歌なのか、分かんないよね。あれ」
「宣伝が入らなければ、まあまあ普通の歌なのに・・・・・・」
そろそろ、お開きにして欲しい。
この天使のワンマンライブショー。若しくは、天使の選挙活動。
それが。
二人の偽らざる本音だった。
最初、美咲は。
アイドル魔法天使という言葉に激しく反応した。
何それ、うらやましい。わたしもやりたい!
と。本気で思ったりもした。
けれど。
歌を聞いているうちに、そんな考えは霧散した。
あまりにも名前を連呼されすぎて、お腹いっぱいだった。今晩、夢に出てきそうだ。うっかり、何かに投票してしまいそうだ。
「エルのヤツ。アホを増やしてどうすんだよ! アホはもう間に合ってるっつの! アホ枠はもう埋まってるっつの!!」
ウサギの耳を持つ黒ネコのぬいぐるみが頭を抱えて呻いている。
ウサギ耳のツリ目。通称ミミーだ。
「ちょっと、ミミー! そのアホって、もしかしてわたしのこと!?」
「他に誰がいんだよ!?」
「まあまあ」
「ホッホッホー」
聞き捨てならないとばかりにミミーに食って掛かる美咲と、うがーっと両手を振り上げてがなり立てるミミー。なだめる小鳥と、どこ吹く風といったホー助。
なんとなく、いい感じに役割が決まりつつあった。
「はじめまして。 アイドル魔法天使☆ゆらぎだよ☆ 二人とも、よろしくね。どうだった? アタシのファーストライブ」
微妙な表情のカエルのぬいぐるみを抱きかかえて、天使は颯爽と現れた。
ばっちり決まったウィンクと、ファンサービスをするアイドルのような挨拶と共に。
天使というか。
近くで見ると、なるほど。確かに、アイドル魔法天使といった方がふさわしい出で立ちだった。
ワッフルに対抗するかのような淡い色彩のレインボーカラーのふわふわの髪を、段違いツインテールにしている。右の尻尾は耳の上。左の尻尾は耳と同じ高さ。
カエルのエルによると、ゆらぎは美咲と同じ中一ということだったが、中一とは思えないメロンサイズのバストを濃いオレンジのビキニが包んでいる。同色のボトムはショートパンツタイプで、なぜかお尻から悪魔の尻尾のようなものが生えていた。
小悪魔系もいいな。という、心の迷いの表れだろうか?
そのビキニの上に、淡い黄色のふわっとした素材の上着を羽織っている。袖はなく、胸の下からおへその辺りまでを、ボタンで留めている。後ろからだと、ワンピースを着ているように見えるだろう。前から見ると、谷間と太ももが刺激的だ。
足元は、踵の高いオレンジのサンダル。キラキラ光る黄色い紐が、足元を飾り立てていた。
背中には、当然のように天使の羽が着いている。地面を引きずるような大きな羽ではなくて、キューピッドのイラストについているような、小さなサイズの羽だった。
そして、頭上には天使の輪っか。
天使というか。
天使のコスプレをしたアイドルというか。それも、方向性に思い悩んだ挙句に迷走した末のアイドルというか。
「えっと。き、きれいな歌声だった」
「そ、そうですね。歌は大変お上手だったと思います」
どうたった?
と聞かれて。上ずった声で答える二人。
嘘はついていない。
あまり周りにはいないタイプなので、どう対応していいか分からないのだ。
おまけに。
どうしても、その胸元が気になり、チラチラと視線を送ってしまう、未だ発展途上の二人だった。
美咲と小鳥が、新人ゆらぎに圧倒されているその脇では、ぬいぐるみたちが輪になって何やら話し合っていた。
ゆらぎに抱きかかえられていたエルは、挨拶の前には地面に下されていた。
「おい、エル。どういうことだよ? アホを増やしてどうするんだよ? 魔法美少女は、今は3人しかいないんだぞ。3人のうち2人がアホって、バランス悪すぎるだろ! しわ寄せは全部、小鳥に行くんだぞ!?」
「分かってるわよ! 仕方ないじゃない。だって、誰もいない公園で、一人で歌ってるのよ? あれよりもっとひどい歌を。自己肯定に満ち溢れた、アイドル天使ゆらぎの歌を。それで、『みんな。今日もありがとー』とか言ってるのよ? 誰もいないのに。あまりにも不憫で、つい声をかけちゃったのよ。ものすごく化粧映えしそうな地味顔でもあったし! 腕を振るいたくなっちゃったのよ」
黄色いポシェットをしている黄緑色のカエルのぬいぐるみ。可愛らしい外見だが、中身は面戸身のよいお姉さんのようだった。
「ワシはよいと思うがの。あの娘は、自分の歌でみんなに希望を届けようと本心から思っておる。そして、それをなすだけの力がある。なかなかの逸材じゃと思うぞ。ワッフルを倒して浄化することだけが魔法少女の務めではない。むしろ、これこそが、お嬢が求めていたものかもしれん」
遠くの空を見上げるホー助のしんみりとした口調に、やかましかったウサギ耳のネコとカエルが押し黙る。
「それに、あの調子なら、今後のワッフルの発生を抑えられそうじゃし、発生したワッフルも小鳥だけでも十分迎撃可能じゃろう。空を舞い、みなに希望を振りまくゆらぎと、地上からワッフルを迎撃し浄化する小鳥。なかなか、いいコンビではないか」
「ちょっと、待て! それだと、うちの美咲の出番がないじゃねーかよ!? 魔法美少女は3人いるのに、なんでコンビなんだよ!?」
「ワッフルも、たまーに大量発生したり、変なのが生まれてくることがあるからの。もしもの時のための、補助要員ってことでいいんじゃないかの?」
「ふざけんなっ!?」
ホッホッと笑うホー助に、いきり立って両手を振り回すミミー。
「落ち着きなさいよ。小鳥と一緒にワッフルを浄化するなり、ゆらぎと一緒に空を飛びながら歌うなりすればいいじゃない」
「歌うって、あの歌をか・・・・?」
とりなそうとするエルを、ミミーはじとりと睨み付けた。
「・・・・・・・・・。バックダンサーに徹するとか?」
「そんなこと、本人に言えるか!?」
千切れないか心配になるほど、ミミーは激しく腕を振り回す。
「うーん。戦略的には、悪くない布陣だと思うのだけど・・・・」
「後は、3人の人間関係しだいかの」
そう言って、3人の様子をチラリと窺うフクロウとカエル。
「おい・・・。不吉なフラグを立てるなよ。アホが二人になることを心配してたのに、なんだか、この流れだと・・・・・・」
ピタリと腕を止め、ミミーは言葉を濁す。
最後まで口にすると、それが『本当』になってしまいそうな気がしたからだった。
そして。
ぬいぐるみたちに心配されている3人は。
「昨日まではアイドルになる予定だったんだけれど、普通のアイドルなんて誰でもなれるもんね。今日からはー、アイドル魔法天使として、みんなの夢と希望のためにがんばりますっ。天から選ばれしものの使命として!」
「は、はあ・・・・」
いちいちポーズをつけてしゃべるゆらぎに、二人はついていけないでいた。
選んだのは天ではなくてぬいぐるみだし、選ばれた理由は地味で冴えない女の子だからだ。
内心、そう突っ込みたくてうずうずしながらも、美咲は何とか耐えた。
その事実を伝えられることは、激しくテンションを下げると、身をもって知っているからだ。
ゆらぎには少し落ち着いて欲しいが、小鳥を落ち込ませるのは本意ではない。
それに。
口にしたところで、ゆらぎはあっさり聞き流して、小鳥だけを落ち込ませる結果になるような気がした。
「それで、二人に聞きたいんだけど。アイドル魔法天使☆ユラギンとユラギル。どっちがいいと思う?」
「はい?」
「だから。愛称的なものを決めようと思うんだけど、ユラギンと、ユラギル。どっち?」
戸惑う二人には構わず、ゆらぎは一方的に話を進めていく。
とても、初対面とは思えない強引さだ。
「ユラギルってなんか、途中で裏切り者になりそうな感じ」
「み、美咲さん!? 確かに、ちょっと似てますけど。そんなにはっきり言っては、ゆらぎさんが気を悪くしてしまいますよ!?」
小首を傾げながら思ったことを口にする美咲を、小鳥が慌てて窘める。
だが、心配には及ばず、ゆらぎの方は全く気にしていないようだった。
「なんと!? 正統派アイドルなのに、裏切り者のイメージが着くのはよくないよね。よし。ゆらぎんにしよう」
「正統派!?」
「ど、どちらかと言えば、美咲さんの方が正統派なのでは・・・・?」
思いがけないゆらぎの発言に、うっかり小鳥も本音を漏らしてしまった。
赤と白を基調とした美咲のコスチュームは、テレビで見たことのあるアイドルの衣装をぼんやりと思い浮かべながら生み出されたものなので、当然と言えば当然だ。
対して、ゆらぎのコスチュームは。
どう見ても、イロモノ枠だ。
天使と言いつつ、若干小悪魔分が混じっているし。
「何、言ってるの? 小鳥さんはアタシのライバルとかもはれそうだけど、ミサキチは普通すぎるでしょ。なんか、その辺に普通にいそうなアイドルって感じ。もっと、個性を磨かないと、名前を憶えてもらえないぞ☆」
ズビシと人差し指を突き付けられて、美咲は涙目だ。
「な? な? べ、別に、わたしは。ふつーに可愛いもん。ふつーに可愛くなりたいもん」
別にイロモノになりたいわけではないし、それが偽らざる本音なのだが、それでも何か傷ついた。
地味で冴えない少女であった美咲にとって、美少女であるということ自体が個性だったのに。それを否定された気がする。
「それじゃ、アタシのことはユラギンって呼んでね☆」
ゆらぎの方には美咲を傷つけたつもりはない。ためになるアドバイスをしてあげたと思っていた。
ウインクを決めながら、左手の小指と薬指を折り曲げ、手のひらをこちらに向けたポーズで敬礼している。
「ユラギンはユラギンで、何か妖怪の名前のようなんですが・・・・。最近、流行っているみたいですし、これはこれでいいのでしょうか?」
「妖怪アイドル魔法天使☆ゆらぎん! アリだよ。妖怪ってつければ、なんでもアリな気がする!」
「そうですよね。妖怪なら、なんでもアリですよね」
「うん。妖怪なら仕方がない」
思わず零れ出た小鳥の呟きを拾い上げ、美咲が復活してきた。
うんうんと頷きながら、小鳥と二人で納得しあっている。
とりあえず。
妖怪ならば仕方がないということで決着したようだった。
隣で、その様子を窺っていたぬいぐるみたちは。
「・・・・・・とりあえず、本格的に活動する前に、一度ミーティングをした方がよさそうね」
「ほうじゃのう・・・・」
カエルとフクロウはこれからの先行きを憂い。
「あー、よかった。微妙なことにはなっているが、うちの美咲がハブられたりはしてないみたいだな。とりあえず、一安心だぜ」
ウサギ耳の黒ネコは、ほっと胸を撫で下ろした。