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4 ぬいぐるみは人類の敵なのか?

 森の化粧室。

 それが。

 フクロウのぬいぐるみ、ホー助のメイクルームだった。



「おやつを持ってきたので、一緒に食べましょう?」

 本日のワッフルを退治し終えた小鳥に誘われて、美咲は森の化粧室にお邪魔することにした。

 いいお天気なので空中遊泳を楽しみたくもあったけれど、おやつも魅力的だ。それに、ホー助のメイクルームがどういう感じのものなのか、純粋に興味もあった。

 案内されたのは、河原に一本だけ生えている不自然な木。

 どうやら、これが、ホー助が魔法陣から呼び出した、メイクルームへの入り口のようだった。

 バサバサと羽ばたきながら木の中へ消えていくホー助。

 その後に、恐る恐る小鳥が続く。

 右手の指先から、確かめるようにゆっくりと中に入っていく。

 次に続いたのは、美咲だ。

 こちらは、まるで壁などないかのように、ためらいなく木の中に突っ込んでいく。

「一年近く経つのに、未だに恐る恐るなのもアレだけどよ。昨日の今日で、ああもためらいなく突っ込んでいくのもどうかと思うよな・・・」

 最後に残ったミミーは。

 やれやれと頭を振りながら、木の中へ入っていった。



 中がドーム型なのは、ミミーのにゃんたろーハウスと一緒だった。

 アンティーク調の白いドレッサーも、全く同じものの様に見える。

「わー。森の小動物たちが集まってきそうな部屋だね」

 けれど、同じなのはそこまでだった。

 アイボリーの壁紙。黄緑色の絨毯。切株のテーブル。濃い緑の葉っぱ型クッション。

 まさしく、森の化粧室だった。

 テーブルの上には、ペットボトルのお茶と紙コップ。それから、栗羊羹と醤油せんべいが用意されていた。

「家にあったお菓子を持ってきただけだから、こんなものしかなくって。苦手じゃないといいのだけれど」

「大丈夫。羊羹は苦手だけど、栗羊羹は好きです」

 クッションに座るように促しながら心配そうな顔をする小鳥に、美咲は笑顔で答えた。

 好き嫌いを付け加えたのは、もちろん次回への布石だ。



 そうして、始まったお茶会で、美咲は。



 栗羊羹を咀嚼しながら困惑していた。

 困惑しながら、日本人形のような和風美少女が、頬を紅潮させ目をキラキラさせながら熱弁をふるっているのを聞いていた。

「お化粧って、すごいですよね。勉強しかとりえのなかった私が、こんなに綺麗にしてもらえるなんて。なんだか自信がつきましたし、こんな私でも綺麗になれるって、希望が湧いてきました。その希望の力が魔法になって、この町を覆う絶望を打ち砕いていく。私たち魔法少女が魔法を使うたびに、この町のみんなの心にも希望が生まれる。私たちの希望が、みんなの希望になるなんて、とても素晴らしいことですよね。こんな私なんかが、みんなの役に立てるなんて・・・・」

 そこで一端、小鳥は言葉を切った。

 美咲は。

 腑に落ちないながらもこくこくと頷く。

 おかしい。

 自分が聞いた話と、何かが違う。

 大体は、合っている。でも、何かが違う。

 小鳥が熱く語ってくれたのは、何だかちょっといい話だった。

 でも。

 美咲がミミーから聞かされたのは。

 大筋は合っているけれど、なんだかもう少ししょうもない感じがした気がする。

 しかもだ。魔法美少女じゃなくて、魔法少女って言っているし。

 魔法少女に比べると、魔法美少女は少しイロモノくさい。

 これは、一体どういうことだ?

 チラリ。

 ミミーを見ると、スッとわざとらしく目を逸らされた。

 こいつ。後でしめる。

 心の中で固く誓い、小鳥に視線を戻す。

 幸いにも小鳥は、今のやり取りには気が付いていないようだった。

「みんなの希望を守るために、一緒に頑張りましょうね」

「は、はい」

 熱のこもった瞳で微笑まれ、美咲は慌てて栗羊羹を飲み下して頷いた。

 小鳥さんは、いい人だ。一つ年上なだけなのに、何だかすごく大人っぽい。

 美咲はあっさりと懐いた。

「でも、美咲さんはすごいですね。まだ、魔法少女になったばかりなのに、あんなに自由に空を飛び回って、一人でワッフルを倒してしまうなんて」

「そ、そうかな? えへへ・・・」

 感心したように言われて、普段、褒められ慣れてない美咲は照れた。

「あの、でも・・・・」

 感心していた小鳥が、顔を赤らめてもじもじし始めた。

 不思議そうに首を傾げる美咲。

「その・・・・。き、気を付けた方が・・・・。宙返りをしたり、逆さになった時に、スカートが、その、捲れて・・・・」

「え!? パンツ見えてた!?」

「はい・・・・」

「盛大にな」

 言わんとしていることを察して膝立ちになって叫ぶ美咲と、真っ赤になって俯く小鳥。

 そこへミミーが追い打ちをかける。

「あうーーー。空飛ぶの、やめた方がいいのかなー・・・・」

 呻きながらテーブルに突っ伏す美咲。

「え? だ、大丈夫ですよ。下に履くものや、飛び方を工夫すれば。私も協力しますから。私が言うのもなんですが、魔法少女が空を飛んで戦うことは、とても大事なことなんです。地上で戦うよりも空中で戦った方が、より多くの人たちに希望を振りまくことが出来るんです」

 キラキラと眩しい小鳥。

「うむ。夢と希望の象徴である魔法少女の戦う姿を見るだけでも、人々の心に希望の光が灯るのじゃ。希望のおすそ分けじゃ」

「地上よりも空の方が、人目につきやすいからな。一人くらいは空中戦が出来る奴がいないとな」

「そっかあ。あれ? でも、繭とか魔法・・・・少女って、みんなに見えるわけじゃないんだよね?」

 ぬいぐるみたちの説明に、美咲は首をひねった。

 確か、ミミーがそんなことを言っていたことを思い出したのだ。美咲にしてはよく覚えている。

「はっきり見えるわけじゃねえ。だが、感じることはできる。なんか、いいもの見た気がする、とか。いいことあった気がする、とか。いい夢見た気がする、とか。その程度の奴らが大半だ。だが、その程度のことでいいんだよ」

 なんか、いいこと言ったつもりで、うんうんと頷いているミミーを美咲が真顔で見下ろす。

「なんか、いいものって、わたしのパンツのことじゃないよね?」

「パンツで喜ぶのは男子だけだろうが!」

「ま、まあまあ」

 ケンカを始めそうな二人を小鳥が宥める。

「パ、パンツのことは兎も角。空を飛んでいる美咲さん、とても楽しそうでした。あれを見て元気づけられた人が、きっとたくさんいると思います」

「えー? そうかなあ?」

 小鳥に褒められて、美咲はあっさり機嫌を直した。

 既に、パンツのこともミミーのことも忘れている。

 切り替えが早すぎるのは、美咲の長所であり短所だ。

「はい。美咲さんがいれば、ワッフルを退治するだけじゃなくて、繭の成長を抑えることもできそうですね」

「おい、小鳥。あんまり、煽てるなよ。調子に乗りやすいんだからよ、こいつは」

 ミミーのお小言は、美咲の耳には届かなかった。

「繭の成長を、抑える・・・・?」

 小鳥の言葉を繰り返して、首を傾げている。

「説明しただろ? 人々の絶望が集まって生まれたのがあの繭だ。絶望のエネルギーによって成長し、絶望の鱗粉をまき散らすでっかい蛾が生まれる。蛾は放っておいても宇宙へと旅立っていくが、まき散らされる鱗粉のせいで、世の中は不安定になる」

「ちゃんと、覚えてるよ! そうじゃなくて。あの繭をやっつけたりはできないのかな? って思って」

「ま、繭を、やっつける・・・ですか?」

 小鳥の顔が引きつっている。

 口で言うのは簡単だが、実行するとなったら並大抵のことではないだろう。

 何しろ、あの大きさだ。

 正確なサイズは分からないが、映画に出てくる怪獣くらいは余裕でありそうだ。

 何の気負いもなく美咲が口にするのは、アホだからだ。具体的な手段については何も考えていないからこそ、軽々しく口にできるのだ。

 魔法があれば、何とかなるさ! くらいの感覚だ。

「・・・・・・・繭を倒すことには、あまり意味はない」

 重々しくぬいぐるみが答えた。

既に試したことがあるかのような口ぶりだったが、美咲は気が付かなかった。小鳥は何かを察したようだが。

「どうして?」

「繭は人間たちの絶望から生まれる。退治しても、羽化して宇宙へ飛び去っても、また繭は生まれてくる。人間がこの世に存在する限り」

「え!? つまり、わたしたちに人類を滅ぼせと!? やっぱり、ぬいぐるみ詐欺だった!? ぬいぐるみは人類の敵だった!?」

「誰も、そんなこと言っとらんわ!! 誰が、ぬいぐるみ詐欺だ!!」

 ミミーの作り出した重々しい雰囲気は、美咲によってあっさりと打ち破られた。

「アホなおまえにも分かるように言うとだ。あの繭は犯罪者で、おまえたちは警察だ。警察が頑張って犯罪者を捕まえたら、犯罪者がいなくなって警察も必要なくなる、なんてことがあり得ると思うか?」

「え? 無理じゃないかなー」

「だろう。だが、人々の安全を守るためには、犯罪者を取り締まる警察は必要だ。同じように、たとえ繭を退治することが出来なくても、人々に希望を振りまく魔法美少女の存在も必要なんだよ」

「そっかー。魔法美少女は女刑事だったのか。分かった。町の平和のために、わたし、がんばるよ」

 誰もそんなことは言っていないが、一人で勝手にやる気になったようだ。

「ああ。ほどほどに頑張れ」

 頑張りすぎると碌なことにならなそうだからな、というミミーの思いは、もちろん美咲には届かない。

「希望を振りまいて繭の成長を抑制するだけでも、十分効果はあるんじゃよ。それに、世の中に希望のエネルギーが満ちていけば、やがて、いつか、あるいは・・・・」

 ぬいぐるみの意味ありげな呟きを、小鳥だけが拾い上げた。




「それで?」

「ん?」

 帰り道。

 日が陰りだした通りを歩きながら、美咲は隣にいるミミーにそっけなく問いかけた。

「ミミー、地味で冴えない少女がメイクの力で美少女に変身する、その奇跡の力が魔法を生み出すのだー、とか言ってたよね。わたしに。小鳥さんが言ってたのと、なんか、何かが違うんだけど! どういうこと?」

 アホな子の美咲だったが、ミミーをとっちめることは忘れていなかった。

「・・・・・・真実は、時に人を傷つけるだろう? 小鳥は、おまえと違って、真面目で繊細だからな。こんな話を聞かせるわけにはいかん。おまえも黙ってろよ? こんなん聞いたらショックで魔法が使えなくなるかもしれなからな」

「なっ!?」

 ミミーの話のほうが与太だと思っていたのに、まさかこっちが真実だったとは。おまけに、小鳥にそれを話していないのは、傷つけないようにという気遣いからだったとは。

「なんか、わたしと小鳥さんで扱いが違くない!?」

「いや、おまえはアホだから大丈夫だと思って。実際、何も気にすることなく、さっそく空を飛び回っていたろうが」

「それは、そうなんだけど・・・・」

 そうなんだけど、納得はいかない。

 なんとなく、自分だけ女の子扱いされていない気分だ。

「それと、魔法美少女って言ってるの、ミミーだけじゃん」

「魔法少女じゃねえ。魔法美少女だ! これだけは、譲れねえ」

「どっちでも、いいよ」

「よくねえ!」

 魔法美少女は、ミミーの個人的なこだわりのようだった。

「魔法少女は3人いるって言ってたけど、わたしの前には、違う子がやってたの?」

「魔法美少女だ。おう。この春に2人引退した」

「い、引退とかあるんだ?」

「当たり前だろう。警察官だって就職して働いた後、いずれは退職するだろう。魔法美少女も同じだ。それに、いつまでも少女で入れるわけじゃねえだろうが」

「それは、そうだけどー・・・」

 そうだけど、それはあまり突き付けられたくない現実だ。

 いつか、大人になるのは分かっているけれど、今はまだ実感がない。

「引退って、いつするの? 少女じゃなくなる時っていつ?」

 大人になる実感はないけれど、とりあえず、いつまで魔法美少女を続けられるのかは確認しておきたかった。

「魔法美少女になれるのは、中学1年と2年生の女子だけだ。3年生になったら、引退する」

「え? なんで? 中三はもう少女じゃないの?」

 衝撃のあまり、思わず立ち止まる。

「いや、そういうわけじゃねえけど。中三っていったら、受験生だろう?」

「受験生・・・・?」

 立ち止まったまま首を傾げる美咲に、ミミーは頷く。

「い、いらん気遣いだ!!」

 両手を頭上に振り上げて叫ぶ美咲。

「何、言ってんだ。おまえらの人生にとって、大事なことだろう」

「そうだけど! 魔法美少女は夢と希望の象徴なのに! なんか、現実的!」

 両手を振り回しながら、歩みを再開する美咲。

「オレたちぬいぐるみの優しさと気遣いに満ち溢れた素晴らしいシステムだろう」

 自画自賛しながら、ミミーも美咲の隣を歩く。

 もちろん。

 美咲は、聞いていなかった。


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