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3 魔法美少女(和風)

「何か、いいことあったの?」


 朝から何度も同じ質問をされるくらい、美咲は浮かれていた。

 ただの化粧とはいえ、美少女になれたのだ。

 美少女になれるのだ。

 地味で冴えない少女から地味で冴えない女に成長して、パッとしない人生を送るのかな・・・・・と、薄ぼんやりと描いていた将来に一筋の光が射したのだ。

 美少女になれるということは、美人にもなれるということだ。

 アイドルもいいけれど、素顔とメイク後であんなに別人になれるなら、女スパイとかもいいかもしれない。

 夢は七色に広がった。

 中学には化粧をしていけないのは残念だが、高校生になったら少しずつ変身していこうと計画中だ。

(でも。女スパイになるなら、普段は素顔のままの方がいいのかなー?)

 うきうきした足取りで、しょうもないことを真剣に考える美咲。

 女スパイの素質はまるでないと思うが、夢を見るのは自由だ。

「たっだいまー」

 家に帰ると自分の部屋にも戻らず、庭先に設置されたにゃんたろーハウスに直行する。

 一メートル四方、高さ二メートルほどの白黒格子柄のボックス。扉のようなものはついておらず、すっと壁を通り抜けるようにして中に入ると、ドーム型の薄いピンクを基調とした小部屋が現れる。テーブルとソファーとアンティークなドレッサーの他には何もないので、これからいろいろ持ち込もうと美咲はもくろんでいる。

 外から見れば大した大きさではないけれど、庭にいきなりこんなものが出来たら、お母さんに怒られるのではないかと美咲は心配したけれど、どうやら大人には見えないようだ。

 ぬいぐるみも。魔法美少女も。にゃんたろーハウスも。繭もワッフルも。

 大人には見えない。

 じゃあ、子供ならみんな見えるのかというと、そういうわけでもないらしい。

 ほんとに小さい頃は見えるけれど、大きくなるにつれ、段々見えなくなる。見えずらくなる。

 その見え方も。

 ばっちり見えてる子もいれば、なんとなーく感じるだけの子もいる。人ぞれぞれだ。

 という説明を受けた美咲だが、とりあえず怒られなくてもいいらしいということしか理解していない。

 中一の少女としては、それなりに大事なことではあるが。

 ちなみに、にゃんたろーハウスにはたとえ見えても、ミミーにお招きされた人でなければ中に入ることはできないらしい。よく出来ている。


「ミミー! メイクお願い! 今日もみんなの夢と希望のために、ワッフルと戦ってくるよ!!」

 にゃんたろーハウスに入った美咲は、ソファーでくつろいでいたミミーをひょいっと抱き上げてドレッサーへと向かう。

 ドレッサーの上にミミーを乗せ、自分は椅子に座るとわくわくとミミーを見つめる。

 ウサギの耳を持つ黒猫のぬいぐるみ。

 ウサギ耳のツリ目。通称ミミー。

「おまえなー・・・・・・。帰ってきていきなりコレかよ。まあ、いい。それよりもだ。メイクの前に話がある」

 ドレッサーの上で、ぬいぐるみは両手を腰に当ててふんぞり返った。

「えー? 長くなるなら、後にしてよ」

「先にメイクしたら、昨日みたいにすぐに空へすっ飛んで行っちまうだろうが!! 話が先だ!! 魔法美少女として大事な話だ」

「しょうがないなー。分かったよ」

 二日目にして、既に美咲の操縦方法を覚えたようだった。

「今日はおまえに会ってもらいたいヤツがいる。お前の先輩にあたる魔法美少女だ」

「え!? 魔法美少女って、わたし一人じゃなかったの!?」

 びっくりして思わず椅子を立つ美咲。

「おまえみたいなアホ一人に任せられるか」

「ひどいっ!?」

「ひどくねぇ。今は、基本3人で活動してもらっているが、あと一人はまだ探している最中だ。決まったら、また紹介してやる」

「どんな子なの?」

 既に気持ちは切り替わったらしく、またすとんと椅子に腰かけて美咲は尋ねた。

「会えば分かる。変身したら連れて行ってやる。今日は、先輩魔法美少女の見学だ」

「了解!」

 空を飛べないのは残念だが、先輩魔法美少女も気になる。

 美咲は素直に頷いた。




「和風魔法美少女だ」

 予想外の魔法美少女の登場に、美咲は。

 ポカンと口を開けて見入っていた。

 緑を基調とした着物テイストのコスチューム。背中の真ん中あたりまである光沢のある黒髪は、サラサラのストレート。京都の小物屋さん辺りで売っていそうな、花の髪飾りがよく似合っている。

 日本人形のような美少女だった。

「初めまして。2年生の小鳥です。これから、よろしくお願いします」

 少々緊張した面持ちで、ペコリと頭を下げる。

 美咲もつられたように、慌てて挨拶をする。

「い、一年生の美咲です。よろしくお願いします」

「それから。こちらは、私のぬいぐるみのホー助さんです」

 促されて小鳥の足元を見ると、そこには一羽のフクロウ・・・・のぬいぐるみがいた。

「ホー助じゃ。よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

 フクロウのおじいちゃんだ!

 と思ったけれど、かろうじて口には出さなかった。

「私、戦うのがあまり得意ではなくて。見学なんて緊張してしまいますけど、精一杯頑張りますね。では、準備をしますので、少し離れていてください」

「は、はい」

 言われた通りにその場から離れながら、美咲は小声でミミーに話しかけた。

「なんか。ちゃんとした子だね。ただの美少女じゃないって感じ」

 お姉さん然とした感じに、憧れめいたものを抱き始めているらしい。

「そうだな。おまえもほどほどに見習っておけ」

「ほどほどって、何よ? あ、それよりも。なんで、自己紹介、学年と下の名前だけだったの?」

 先ほどの会話を思い出して、美咲が首を傾げた。

「あー。個人情報保護というヤツだ」

「んー。なんか、聞いたことある・・・」

 そう言いつつ、眉根を寄せて首をひねる美咲。たぶん、分かってない。

「変身前の地味で冴えない姿を知られたくないってヤツもいるからな。みんな、いろいろあるんだよ」

「そうなの? へー。そんなの、全然思いつかなった。みんな、いろいろ考えてるんだね」

「みんながみんな、おまえみたいに呑気で能天気なわけじゃないんだよ。っつーか。お前はもう少しいろいろ考えろ」

「あー。それ、よく言われる。お母さんとか先生に」

「だろうな・・・・」

 10メートルほど離れたところでミミーが足を止めたので、美咲もそれに倣う。

「こんなに離れなきゃいけないほど、危険な技なの?」

「いや。近くで見られてると緊張するって言うからだ」

「あ。そういう理由なんだ」




 見学の場としてミミーが連れてきたのは、あまり人気のない河原だった。

 振り返ると、小鳥は背を向けていたが、その足元でホー助がこちらの様子を窺っている。ミミーが手を振ると、ホー助も羽をバサバサさせた。

「あの子の素顔が地味で冴えないなんて、何か想像できないよねー。こけしにお化粧したら日本人形になりました、みたいな感じなのかな」

「してんじゃねーかよ、想像。あと、おまえも人のこと言えないからな」

「変身の呪文は、変化☆魔法美少女ジャパネスク! とかなのかな」

「いいから、黙って見てろ。ってか、アホのくせに、変化なんて言葉よく知ってるな」

「わたしだって、マンガくらい読むよ」

「マンガかよ・・・・・。お。始まるぞ。ちゃんと、見てろ」

「うん!」

 美咲は元気よく頷くと、ワクワクしながら小鳥を見つめる。

 さっと空に右手を掲げる小鳥。

 すると。

 まるで水面の様に、ゆらりと空が揺れる。

「マ、マジカル・スクリーン!?」

「勝手に、人の技名をつけるな」

 空中には、巨大なスクリーンが浮かんでいた。

 かなり鮮明に、繭が映っている。

 小鳥が掲げた右手を振ったり回したりするたびに、スクリーンの中の繭は遠ざかったり近づいたり、角度を変えたりした。

「えー? すごーい! どうなってるの? なんか、魔法じゃなくて科学っぽくない?」

「魔法だ。地味で冴えない少女が、オレたちぬいぐるみのメイクで美少女に生まれ変わったことによる、奇跡の力で呼び起こした魔法だ」

「それは、もう分かったから」

 美咲が少々げんなりする。

 分かってはいるが、あまり何度も聞きたい説明ではない。

「お? 見つけたみたいだな。引退した魔法美少女たちがど派手に片づけていってくれたんだが、またポコポコ生まれてきてるみたいだな」

 ミミーが気になることを言っていたが、すぐに美咲の頭から吹っ飛んだ。

 くるくると画面が移り変わっていたスクリーンには、人口着色料っぽい、とりどりの色彩が激しく自己主張しあう、毒々しい一匹の巨大な蛾、ワッフルが映っていた。

 どーんとアップで。

 ちなみに。ワッフルとは、せめて名前だけでも可愛らしくしようという、ぬいぐるみたちの気遣いから名づけられたらしい。

「ひっ!?」

「きゃっ!?」

 どこを見ているのか分からないうつろな瞳と、目が合ったような合わないような気がして思わず悲鳴をもらすと、それに被せるように小鳥の可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。

 本人もびっくりだったらしい。

 どアップだったワッフルが、豆粒のように小さくなったと思ったら、また慌てたように近づいてきて、昨日美咲が見たバレーボールくらいの大きさのところで止まる。

 このくらいの距離が限界らしい。

 ワッフルをスクリーンに映しただけなのに、小鳥はすでに肩で息をしていた。

 魔法を使うことにつかれたわけではなく、ワッフルどアップの精神攻撃によるダメージからだった。

 ワッフルは何も攻撃はしてきていないし、自分で勝手にダメージを受けているだけだったが。

 ひとまず深呼吸して気を落ち着ける小鳥。

 まだ、何も始まっていないのに、美咲は心配になってきた。

「発表会で子供を心配する母親って、こういう気持ちなのかな?」

「・・・・・・黙って見てろ」

 そう返すミミーの声にも、いつもの勢いはない。

 小鳥から目を離すことなく、ハラハラと小鳥の様子を窺っている。

 何度か深呼吸を繰り返して、ようやく落ち着いたようだ。最後に一つ大きく呼吸をすると、小鳥は再び空に浮かぶスクリーンを見上げる。

 そして。

 左手を前に突き出し、折り曲げた右ひじを後ろへ引く。

「マジカルアロー・ジャポニカ!」

「勝手に人の技、命名してるんじゃねーよ。しかも、微妙だぞ。それ」

 ポーズをとった小鳥の手の中に、弓が現れたのだ。

「でも、ちょっと、地味だよね。あれ。もうちょっと可愛くしてもいいと思うんだけどな」

「言ってやるな。本人としては、会心のできらしいからな」

 何の装飾もない、木製の至ってシンプルな弓を構え、スクリーンの中のワッフルに狙いを定める小鳥。

 習ったことがあるのか、なかなか様になっている。

「?」

 どうするつもりなんだろう? 

 美咲が首を傾げていると、矢が放たれた。

 スクリーンの中のワッフルに向かって。

「え? スクリーンに討っても、しょうがないんじゃないの!? てゆーか、スクリーン壊れちゃったりしないの!?」

 慌てる美咲をよそに、矢はスクリーンの中のワッフルに命中する。

 命中して、そして一気に燃え上がる。

 あっという間に、赤い炎に飲み込まれていくワッフル。

 スクリーンの中で燃え盛る火の玉が拡大されて、美咲はびくっとなる。

(も、燃やすの、好きなのかな・・・・)

 美咲は何とも言えない気持ちになった。

 やがて。

 ワッフルがすっかり焼け落ちて、炎が消える。

 小鳥が手にしていた弓は、いつの間にか消えていたけれど、スクリーンはまだ残っていた。再び、繭の周辺の映像が次々と映し出されていく。

 他にもワッフルがいないかどうか、確認しているのだ。

 根が真面目なのだ。

 美咲では、こうはいかない。

「え? え? 今の、なに? スクリーンのワッフルに当たって、本物のワッフルが燃えちゃったの?」

「そういうことだ。これが、魔法の力だ」

 偉そうに胸を逸らしているが、ミミーは別に何もしていない。

「ほえー。小鳥さんは、遠距離攻撃タイプなんだねー」

「まあ、そうだな。っつーか。変な言葉知ってんな、おまえ」

 出所は、ゲームか何かかと思われる。

「あーいう戦い方もあるんだね。わたしには、無理そうだけど」

「だろうな・・・。小鳥の方は、高い所が苦手なんだよ。あの技も苦労して編み出したんだぜ・・・完成するまで、1年かかったからな」

 ぬいぐるみが、しみじみと呟く。

「そっか。小鳥さんは、飛べない鳥なんだね。空を飛ぶの、楽しいのにな。一緒に、飛びたかったな」

 後半部分は聞いていなかった美咲は、残念そうな顔をした。

「うまいこと言ったつもりかよ? あと、それ、本人には言うなよ。気にしてるみたいだからな」

「気にしてるんだ。分かった、気を付ける」

 美咲は素直に頷いた。

「それにしても・・・」

 まだ繭周辺の確認を続けている小鳥と、既に見学には飽きて空を飛びたそうにうずうずしている美咲を交互に見つめて、ぼそりと呟く。

「小鳥の生真面目なところと、美咲の能天気なところ。足して二で割るとかじゃなくて、ちょっとずつお互いに注入しあえたらいい感じになりそうなのにな・・・・。ぬいぐるみのオレが言うのもなんだけどよ。世の中って、うまくいかないもんだよな・・・・」


 ぬいぐるみのため息は、誰に気付かれることもなく。

 そっと、空に消えていった。



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