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2 ぬいぐるみ詐欺

 空には巨大な繭が吊る下がっていた。

 白くて細い糸のようなものがいくつも、繭から天に向かって伸びている。

「そ、空には天井があったの!?」

「ねえよ。あの繭はそもそも実態があるわけじゃねえから、なんつーかイメージ的なもんだ」

「な、何が生まれちゃうの? あーいう、怪獣いなかったっけ? なんか、聞いたことある・・・・」

 生まれ出てくるものを想像して、美咲は喉をゴクリとさせる。

「あの中には・・・・・・・おまえにも分かるように一言で説明すると、人間たちの絶望が詰まっている。繭の中が絶望のエネルギーで満ちると、蝶のような蛾のような例の怪獣のようなものが生まれてきて、絶望の鱗粉をまき散らしながら宇宙へと飛び立っていく」

「暴れてビルを壊したりするわけじゃないんだ。よかったー。ほっとけば勝手にどっか行ってくれるなら、ほっとけばいいってことだよね?」

 美咲はほっと胸を撫で下ろした。絶望の鱗粉の下りは完全に聞き流している。

「まき散らされた鱗粉で世の中には絶望が満ち溢れ、再び繭が生まれる。ちなみにこの時、犯罪者や自殺者が激増する」

「た、大変じゃん!? つ、通報しなきゃ! 警察? 消防? 自衛隊? あ、まずは先生に相談した方がいいかな? 困ったことがあったら何でも相談していいからって言ってたし!」

「・・・・・・・・いたずらか、頭がおかしくなったと思われるだけだろ・・・・」

「そ、それもそうだー!?」

 深刻に語るぬいぐるみだったが、相手をしている美咲が少々アホの子なので、今一つ雰囲気がシリアスにならなかった。




 しゃべって動くウサギの耳を持つ黒ネコのぬいぐるみ(本人はウサギ耳のツリ目だと言っていた)、ミミーの超絶メイクテクによって魔法美少女に変身した美咲が最初にしたことは、女の子の夢と希望と憧れの空間(ミミー談)であるにゃんたろーハウスから出て空を見上げることだった。

 そうして目にしたのが、冒頭のアレである。

「ええー? あんなの、どうしたらいい・・・の・・・って、あ! 私を何と戦わせるつもり!?」

 初めて聞かされた衝撃の事実? に頭を抱えていた美咲は、唐突に思い出した。

 魔法少女や美少女戦士とは、愛と夢と希望の力で悪い奴らと戦う存在だということを。

「アホのくせに察しがいいな」

 ミミーがニヤリと笑った。

「やっぱり、ぬいぐるみ詐欺だ! ただで美少女にしてくれるって言ったのに!? お母さんの言ってたことは本当だった! わたしが選ばれるなんて詐欺のカモしかありえないんだー! こんな、ぬいぐるみにまでカモにされるなんてーー!!」

「人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ。ただで美少女にはしてやっただろ。取引はここからだ。お前が魔法美少女として人々の夢と希望のためにあの繭から生み出されるワッフルと戦ってくれるなら、このオレの超絶メイクテクを伝授してやろう」

「ワッフル・・・・?」

 きゅるきゅると美咲の腹が鳴った。

 瞳に期待の色が浮かぶ。

 今にもよだれを垂らしそうな顔だ。

「食い物じゃねえよ!?」

「なんだ。食べられないのか」

「絶望の詰まった繭から生み出されるつってんのに、よく食べようって考えが浮かんでくるな。その図太さ、ある意味感心するぜ。いや、アホだからついさっきの話をすでに忘れ去ってるだけなのか?」

 ぶつぶつ言っているミミーの言葉は美咲の耳には届かなかった。

「繭から生み出されるってことは、繭の近くになんかいるってこと? ここからじゃ全然見えないけど。とりあえず、あそこまで行かなきゃいけないのか・・・・」

 腕組みをして空を見上げ、こっちはこっちでぶつぶつ呟いている。

 散々、文句を言っていた割に前向きに検討しているようだ。

 切り替えが早い。

 直前にあったことをすぐに忘れることができるのは、美咲の長所であり短所だった。

「まあ、そうは言っても、そんなにすぐに魔法を使いこなせるわけじゃねえからな。まずは、魔法を使うための特訓をしながら、このオレが直々に魔法美少女と繭とワッフルについてじっくりレクチャーしてや・・・・・って、オイ! 聞いてんのか? 美咲」

 もちろん、聞いていなかった。

「よーし、閃いたー! えーと。スター・・・・・・、スター・・・・・、スター・・・・・。階段!」

 美咲が天に向かって右手を突き出すと、虹色に光り輝く透明な星形のプレートが、地面から天空の繭に向かってズラーッと階段状に現れていく。

「おいおい、マジかよ・・・・。ワッフルと戦えるようになるまで、早い奴でも1ケ月はかかるってのに。まだ、なんも教えてねえのに、今日の今日でコレかよ。魔法美少女なんだから、魔法が仕えて当然! みたいなノリなんだろうな。今まで、真面目っ娘ばかり選んできたが、ちょっとくらいアホな方が魔法美少女には向いているのかも知れないな・・・。まあ、アホばっかでも困るけどよ・・・」

 ミミーは天へと上る星の階段を見上げて呆然と呟いた。

「しっかし、あいつ。ネーミングセンスねえな・・・・」

 失礼な呟きは、意気揚々と階段を昇っていく美咲には、当然聞こえていなかった。




 赤・橙・黄・・・・・紫で終わって、また赤・・・・・。

 七色に連なる星のプレート。

 美咲にしては上出来だった。

 が。

「ちょっと、これ、どこまで登ればいいのー!? 階段じゃなくて、エスカレーターとかにすればよかった・・・・」

 民家の屋根がかなり下に見下ろせるくらいまで駆け上がって、ようやく我に返る。

 気づくのが遅い。

 肩で息をしながら繭を見上げると、階段は、まだまだまだまだ続いている。

「むー・・・・・」

 しばし考え込んでから、目を輝かせる。

 何か、思いついたようだ。

 美咲が足元を見下ろすと、赤いプレートからベルトのようなものが伸びてきて美咲の足をがっちりプレートに固定する。

「いよし。これで、落ちる心配なし。行っけぇーー!! スターサーフィン!!」

 威勢のいい掛け声に合わせて、美咲を乗せたプレートが一段高く浮き上がり、そのまま空へと飛び出していく。

「きゃーーーーーー!! あはははははーーーー!! 何、これ! 楽しー!!」

 歓声を響かせながら、赤いプレートは空中を自由自在に飛び回る。

 自由奔放な流れ星となって曲芸飛行を楽しむ美咲の声は、微かではあるが地上でハラハラしているミミーにもかろうじて聞こえていた。

「スカイサーフィンじゃいかんのか・・・・・・。っつーか、パンツ見えてるぞ。美咲」

 大分、距離があるのではっきりと柄が分かるわけではないが、逆さのまま空中遊泳をしている時には、完全にスカートが捲れ上がっている。いや、捲れ下がっている。

 乙女として、いかがなものか。

「頼むから、怪我したり死んだりするなよー?」

 両手を口元に当てて叫ぶミミーの声は、美咲には届かなかった。




 散々、スターサーフィンを楽しんだ美咲が繭の近くにたどり着いたのは、そろそろ日も傾きかけた頃だった。

 美咲の背後では、たなびく雲が朱に染まりつつある。

 そんな、夕日に綾なす雲景色とは裏腹に、美咲の目は繭の傍でハタハタと羽を動かす毒々しいものに釘付けになっていた。

「も、もしかして、あれがワッフル?」

 美咲の顔が引きつっている。

 それは。

 無駄にカラフルな一匹の蛾だった。

 去年の夏に親戚のおじさんからもらったアメリカ土産のいろんな色のゼリービーンズを思い起こさせる。

 人口着色料っぽい色が体と羽のあちこちで存在を主張しあっている。もう少し、譲り合った方がいい。

 目を背けたいのに、つい見てしまう。そんな、毒々しさ。

 大きさは、バレーボールほど。

 怪獣サイズの巨大な繭に比べれば随分小さいが、美咲にとっては十分すぎる大きさだった。

 羽がはためくたびに、毒々しい鱗粉が地上にまき散らされる。

「もしかして、あの下で生活してたってこと?」

 ゾッとした。

 何とかしなくてはならないと、切実に思った。

 絶望がどうとか言う以前に、純粋に気持ちが悪い。

 しかし。

「どうすれば、いいのー? ミミー」

 情けない声をもらすが、もちろん答えはない。

 チラッと下と見下ろすが、滅茶苦茶に飛び回ったおかげで、ミミーどころか自分の家がどの辺にあるのかすら分からない。

 街並みが、ジオラマよりもさらに小さい。

 あんまり見ていると、立ちくらみを起こしそうだ。

 美咲はそっと視線を戻した。

 幸い、ワッフルは少し離れた所にいる美咲には気が付いていないようだ。

 あまり大きく動くこともなく、その場でゆったりと上下しながら鱗粉をまき散らしている。

「とりあえず、あの動きを止めないと。んー。んー・・・・。そうだ! マジカル虫取り網―」

 美咲が小声で呟く。

 美咲の手の中に、高枝切りばさみより長い柄の虫取り網が現れる。

 柄の長さは、美咲の心の距離の表れだった。

 なるべく近づきたくない。

 美咲は網をそっとワッフルの下に近づける。

 深呼吸をしてタイミングを合わせると、一気に網を上げくるっと手首を返す。

「やった。捕まえた」

 こういうことには要領がいいようだった。

 手首をひねって入り口部分を閉じたおかげで、ワッフルは逃げられずにジタバタしている。

 鱗粉がさらに舞い落ちた。

 捕まえたのはいいが、ワッフルが逃げようともがくせいで、鱗粉被害が拡大している。

「あー! ちょっと、それ、ダメなやつだからー!!」

 慌てて叫ぶが、もちろん聞き入れられるわけがない。

「ど、どうしよー!? この後、どうしたらいいのー!?」

 虫取り網の口が開いてしまわないように、手首に込める力の向きに気を払う。暴れるワッフルの動きに合わせて、スターサーフィンでウロウロしつつ何とか考えを巡らす。

「えーと、繭から出てきた蛾の怪獣は宇宙へ飛んでいくんだよね? だったら、この小さいのもどうにかして宇宙へ送れれば・・・。んー。えーと・・・・あ!」

 一応、ミミーの話を聞いていたようだ。

「宇宙へ送ると言えば、これしかない!」

 両手で持った虫取り網を、天高く掲げる。

 自分には鱗粉がかからない絶妙な角度で。

「スターロケット!!」

 掛け声とともに、ワッフルを捕らえていた網がロケット型の虫かごに変わった。

 美咲の思い付きが、魔法の力によって次々と現実となっていく。

 深く考えず思い付きだけで生きてきた美咲にとって、魔法美少女は天職なのかもしれなかった。

 現実は、思い付きだけではうまくいかないことの方が多い。

「よーし。発射―!!」

 底の部分が点火し、シュゴーッと音を立ててスターロケットは宇宙へ飛び立つ。

 見えなくなるまで見届けてから、そっと手を合わせた。

「安らかに成仏してください」




「ミミー! わたし、魔法美少女になるよ! みんなの夢と希望を守るために!!」

 スターサーフィンで地上に戻ってくるなり、美咲は喜色満面でミミーにそう告げた。

 顔にははっきり楽しかったと書かれている。

 どう贔屓目に見ても建て前だった。

 だが。

 今までに。

 初戦で。

 たった一人で。

 しかも、魔法美少女に変身したその日に。

 ワッフルを打ち負かしたものは一人もいない。

 快挙だった。

 即戦力として、大いに期待できる。

 期待できるのだけれど。


 調子に乗って、なんかしでかしそうなんだよなー。こいつ。


 ミミーはそっと胸の内だけで呟く。

「ああ。分かった。ただし、くれぐれも、怪我と死亡には気を付けろ」

 美咲の宣言に頷きながらも、釘をさすことは忘れなかった。

「脂肪? ダイエットしろってこと? ええ? わたし、太ってる? 顔立ちはパッとしないけど、太ってはいないと思ってたんだけど?」

 慌てて腹や二の腕を触り始める美咲に、ミミーはため息をこぼす。

「脂肪じゃねえよ。まあ、オレたちぬいぐるみがフォローすればいいことだよな。それに、あいつの方は石橋を叩いて結局、渡らない性格だしな。これぐらいのアホと組んだ方がいいのかもしれん。魔法美少女にも、新しい風が必要ってことか・・・」

「一人で何ぶつぶつ言ってるのー!? もう! 食べられないワッフルでよかったよ。っていうか、なんでアレ、ワッフルって言うの?」

「ん? ああ。せめて、名前だけでも可愛くしようというオレたちぬいぐるみの気づかいだ」

「い、いらん気遣いを!!」

 騒ぐ美咲と、あしらうミミー。




 こうして。

 割と安易に、美咲は魔法美少女となることを決めた。



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