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13 繭っておいしいの?

 小鳥の呼び出した魔法のスクリーンの中で、ワッフルが上下にゆっくり揺れているのが見えた。

 大きさの比較になるものが背後の繭しかないため、スクリーン越しではサイズがよく分からない。

 空から吊る下がっている、人々の絶望が詰まっているという怪獣サイズの巨大な繭。繭の中が絶望で満たされると蛾の怪獣が生まれ、地上に災厄を振りまく絶望の鱗粉を大量にまき散らせながら宇宙へ飛び去っていくのだという。

 その周囲に発生する、絶望の鱗粉を振りまくワッフル。人口着色料っぽいカラフルな色合いが、体のあちこちで自己主張しあっている毒々しい蛾だ。ワッフルという名称は、せめて名前だけでも可愛くしようというぬいぐるみたちのいらん優しさからつけられたものだった。


「と、とりあえず、矢を打ち込んでみますね」

 小鳥がマジカルアローを呼び出し、矢をつがえる。

 場所はもちろん、いつもの河原だ。

「つーかさ。スクリーン越しにカプセル詰めにすればいいんじゃねーの? わざわざ、空へ行かなくてもさ」

 スクリーンの中のワッフルへ矢が吸い込まれていく様を見上げながら、ミミーが言った。

 小鳥以外の視線がミミーに集中するが、またすぐにスクリーンの向こうへ戻る。ぬいぐるみたちだけでなく、今日は美咲とゆらぎも河原からスクリーンを見上げていた。

 前回に引き続き、着ぐるみサイズのワッフルが発生したようで、ワッフルの腹で燃え上がった炎は瞬く間に掻き消されていった。

 小鳥が無言で次の矢をつがえる。対着ぐるみワッフル用に編み出した矢だ。いつもの矢の倍以上の太さがあり、炎の威力も強力にしてある。

 矢を放つと、また次をつがえ、連続して矢を放っていく。

 珍しく観客が多いことに調子に乗ったのか、ワッフルの頭から北斗七星の形に矢が命中していく。刺さった順から矢は燃え上がり、ワッフルの全身が炎に包まれた。

 完全に浄化が済んだことを確認してから、小鳥は足元を見下ろした。

「え、と。どういうことでしょう?」


「だからさー。わざわざ、繭の近くまで行かなくても、美咲たちもスクリーン越しにワッフルをカプセル詰めに出来れば、危険な目に合わなくてもいいんじゃねえの?」

 皆の視線が再びミミーに集中する。

 ウサギの耳を持つ黒ネコのぬいぐるみ、ウサギ耳のツリ目。通称ミミー。見た目は愛らしいが、声と中身はおっさんだ。

「なるほど、確かに」

 高所恐怖症で空を飛べない小鳥と、いつも河原でお留守番のぬいぐるみがポンと手を叩いた。

「盲点だったわね」

 黄色いポシェットを下げたカエルのぬいぐるみが、ふむと頷いている。

「安全第一じゃのー」

 フクロウのホー助が羽をバサバサさせる。

「えー?」

 対して。いつも空を飛び回っている美咲とゆらぎは不満そうだ。

「確かに安全かもしれないけど・・・・」

「なんか、地味!」

 珍しく息がぴったりな二人だ。

「ホー助のじーさんの言う通り、安全第一だ! 空中遊泳はワッフルを退治し終わってからでもいいだろ」

「あ、まあ。それもそっかー」

 空を飛ぶこと自体が禁止なわけではないと知って、美咲がコロッと態度を変えた。別に、ワッフルの倒し方にこだわりがあるわけではないのだ。空を飛べればそれでいい。

 ゆらぎの方も、少し考えてからミミーに賛同した。

「それもそうね。バックダンサーがワッフルとかゾッとするし。ちゃんと綺麗にしてから、天使の空中ライブのほうがいいか」

「よーし、そうと決まれば、まずは実践だぜ。小鳥」

「はい。準備、出来てます」

 ミミーが二人を説得している間に、小鳥は次のターゲットを捕捉していた。

 スクリーンに新しいワッフルが映し出されている。

「アタシにやらせて。本物のワッフル相手はこれが初めてだし。一回、試させてよ」

「分かったー」

 ゆらぎの宣言に、美咲はあっさり応じる。カプセル飛ばしは、まだ練習しかしたことのないゆらぎに、今回は譲ることにした。


「エンジェル☆カプセル!」

 人差し指を天に突き付けてゆらぎが叫ぶ。

 スクリーンの中のワッフルが、上下からカツーンと白いカプセルに挟み込まれる。ワッフルのカプセル詰めの完成だ。

「うん。スクリーン越しでも、問題なし! じゃ、いってらっしゃーい」

 ゆらぎが手を振ると、カプセルから羽が生えてきて、パタパタと空の向こうへ飛んでいって見えなくなる。

 たぶん、宇宙まで飛んで行った、はずである。

「羽が生えた卵が飛んでいくみたいで、ちょっと可愛いですね」

「生まれてくるのはワッフルだけどな」

「そうでした」

 ほわっとした笑みを浮かべた小鳥だが、ミミーの一言でしゅんと項垂れる。。

「次、わたし! わたしもやってみたい!」

「あ。分かりました。まだいないか探してみます」

 張り切った美咲がはいはいと手を挙げるので、小鳥は気を取り直して、スクリーンの映像を切り替え、ワッフル探しを始めた。



 本日のワッフルは3体限り。

 最後の一体も、美咲に問題なく宇宙へ送りこまれていった。



 取りこぼしがないことを確認し、早速綺麗になった空へ美咲が飛んでいこうとしたときに、繭を見上げていたゆらぎがぽそっと呟いた。

「あの繭をカプセル詰めに出来れば・・・・」

「へ?」

 空飛ぶほうきに座った美咲が、間抜けな声を上げる。同時に足元から、複数の息をのむ音が聞こえた。

 ゆらぎから足元へ視線を移すと、ぬいぐるみたちがゆらぎを見つめたまま固まっていた。

「繭をですか? あのサイズのカプセルを呼び出すのは大変そうですけど、でも、そうですね。それが出来れば、羽化する前に繭ごと宇宙へ送りだせますね。大量の鱗粉もばら撒かれずに済みますし、よい考えかも知れませんね」

 小鳥が首を傾げながらも、ゆらぎの言いたいことを読み取った。そう言うことだというように、ゆらぎはコクコクと頷いている。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「どう思う?」

「確かに、その方法ならば、鱗粉の被害なく繭を・・・・じゃが、もし失敗したら・・・・ううむ」

 ゆらぎの考えにキラキラと瞳を輝かせている魔法少女たちとは裏腹に、ぬいぐるみたちは頭を抱えて考え込んでいる。

 一体、何がそんなにぬいぐるみたちを悩ませているのか分からずに、少女たちは顔を見合わせる。

「うむ。その件は、とりあえず保留じゃ!」

 熟考の末、力強くホー助が宣言した。

「そうね。ワッフルの突然変異についても理由が分かっていないし。下手に繭に手を出すのは、危険かもしれないわね」

「魔法美少女もフルで揃ってるわけじゃねーしな。いや、揃ったからと言って、どーにかなるもんでもねーか・・・・」

 小鳥とゆらぎが目を合わせて頷きあった。

 ナチュラルに美咲は外されているが、ただ一人よく分かってなさそうな顔をしているので仕方のないことだろう。

「そのやたら慎重すぎる判断の理由と」

「ミミーさんの気になる一言については、森の化粧室でじっくり聞かせてくださいね」

 二人はひょいっと自分のパートナーであるぬいぐるみを拾い上げ、河原の片隅に不自然に生えている直径一メートルほどの大木に向かって歩き出す。その大木が、ホー助のメイクルーム森の化粧室への入り口となっていた。

「え? えと」

 事態についていけていない美咲は。

 化粧室へ向かう二人の背中とミミーを見比べた後、名残惜しそうに空を見上げ。

 あきらめたようにミミーを抱えて二人の後へと続いた。




「で。繭って、そんなにまずいの?」

 最後に化粧室へ入った美咲が切株型のテーブルに着くなり、ゆらぎが切り出した。

 ゆらぎはすっかり対ぬいぐるみ用の切り込み隊長だった。

「まずい」

「まずいわね」

「まずいのう」

 渋い顔でぬいぐるみが同時に答えた。

「誰か、食べたことあるの?」

「・・・・・・・・・・・・」

 美咲の的外れな質問はスルーされた。

「アタシたちの前に、繭と戦ったことがある魔法少女がいるってこと? で、あんまりよくない結果になった。それが、あんたたちが及び腰になってる理由なの?」

「魔法少女がフルで揃っていないとミミーさんが言ってましたけど、本当はもっと魔法少女がいたってことなんですか?」

 ゆらぎと小鳥が畳みかける。

 この件に対して、ぬいぐるみたちは口が重い。こちらから、どんどん切り込んでいかないと、話が進みそうにない。

 話についていけていない美咲は、とりあえず今は黙っていた方がいいんだなということだけを理解して、大人しくしていることにした。

「あー。魔法美少女は全部で5人。つーか、魔法のメイクが出来るぬいぐるみは、5体いた」

 魔法美少女呼びはミミーだけのこだわりだ。

「残りの2体は、一体?」

 今現在、2体がいないのは、もしや繭との戦いに敗れてしまったからなのではと、恐る恐る小鳥が尋ねる。

「1体は、まあ、いろいろあってな。心に傷を負って、引きこもっている。ただのぬいぐるみになっちまったんだ」

 引きこもりのぬいぐるみとは、一体。

 いろいろあっての、そのいろいろの部分が聞きたいのだが、ミミーが全身で聞いてくれるなと訴えているので、ひとまず置いておく。

「もう一体は?」

「あー・・・・・・。修行の旅に出てる」

「は?」

「シロウサ・・・・もう一体のぬいぐるみは、あんまりメイクがうまくなくてな。そのせいで、あいつの選んだ魔法少女は、みんな力が弱かった。あいつはそれを気にして、5年前に、メイクの技術を磨いてくるって言って出て行ったきり、音信不通なんだよ」

 名前からして、白いウサギのぬいぐるみらしい。ミミーがあえて魔法少女というあたり、その腕前が知れる。

「はあ・・・・そうなん・・・ですか・・・」

 なんというか。返答に困る内容だった。

「その、引きこもりのぬいぐるみの心の傷の原因っていうのは、自分の選んだ魔法少女が繭にやられちゃったからってこと?」

 少々ためらいながらも、ゆらぎは追及の手を緩めなかった。言いづらいことなのかもしれないが、本気で繭と戦うのなら、過去にあったことをちゃんと知っておきたかった。

「引きこもりの原因は、繭ではないのじゃ。あの時、ヤツの選んだ魔法少女が、ちと暴走してしまってな・・・・・」

 言葉を濁すホー助に、ゆらぎはふうんと頷いた。

「繭と関係ないんなら、その件は今はいい。なんか、言いたくないみたいだし。それは、置いといて。で、結局。繭に手を出すと、何がどうなるの?」

「分からん」

「はあ!? 分からんって、どういうことよ? 分からないで、あんなに反対してたってこと?」

 ゆらぎが片手でバンとテーブルを叩き、美咲と小鳥がひゃっと身を竦ませる。

「しょうがねーだろ! オレたちだって繭には絶対に手を出すなって、お嬢にきつく言われてんだからよ!」

「ちょっと、ミミー!!」

 慌てたエルに耳を掴んで揺さぶられて、ミミーは我に返った。

 皆の視線がミミーに集中する。

「お嬢って、誰?」

 美咲に無邪気に問われて、ミミーは頭を抱えた。

「あんたたち、何を隠してるの?」

 ゆらぎがジロリとぬいぐるみたちを睨み付ける。

「ぬいぐるみにも、いろいろ事情ってもんがあるんだよ」

 頭を抱えたまま、ミミーが呻いた。

 エルも気まずそうに俯いている。

 ゆらぎとぬいぐるみたちの仲が険悪になっているようで、美咲はドキドキした。どうして、ゆらぎがあんなに不機嫌そうなのか、美咲にはよく分かっていない。

 小鳥も、ハラハラとゆらぎとぬいぐるみたちのやり取りを見守っている。

「わしらぬいぐるみの一存では話せないこともあるんじゃ。わしらもすべてを知っているわけではないしのう。じゃが、これだけは分かってほしい。わしらは別に、おまえたちを騙そうとか利用しようとしているわけではない。わしらぬいぐるみの使命は、主役にはなれないと思っている女の子たちに、メイクの魔法で夢と希望を与えること。それだけは、本当のことじゃ」

 ゆっくりとした口調で真摯に語りかけるホー助に、ふっと小鳥が表情を緩めた。

「そうですね。私は、ホー助さんたちのことを信じています。だって、ホー助さんたち、いつも『安全第一、安全第一』って、私たちの心配ばっかりしてますよね。夢と希望の象徴である、私たち魔法少女の使命はワッフルを倒し、人々に希望を振りまくこと。でも、ホー助さんたちは、命をかけて戦って来いとは絶対に言わないんですよね。むしろ、その反対ばっかり。だから、信じます。ホー助さんたちにも事情があるのでしょうし、隠し事もあるのでしょうけれど、必要なことはちゃんと教えてくれてるはずだって。ね? ゆらぎさん?」

 小鳥に微笑まれて、ゆらぎは腕組みをして眉間にしわを寄せた。

「まあ、小鳥さんがそういうなら、今回はそういうことにしてあげる」

 ふてくされた様にそう言ったあと、キッとぬいぐるみ、主にミミーを睨み付ける。

「でも、アタシ知ってるんだからね。あんたたちが隠れてコソコソなんか深刻な話してること。なんか困ってることがあるんなら、ちゃんとアタシたちにも相談しなさいよ。綿しか詰まってないぬいぐるみの頭で考えるよりも、絶対いいアイデアが浮かぶから!」

「ゆらぎさん・・・・・」

 小鳥たちは驚いてゆらぎを見つめた。

 どうやら、これが言いたかったようである。不機嫌そうなゆらぎの頬はく赤く染まっていた。

「こういうの、ツンデレっていうんだっけ?」

 どうやら丸く収まりそうなことに安心した美咲の不用意な一言で、少しジーンときていたぬいぐるみたちと小鳥の肩がガクリと落ちる。

 ゆらぎは真っ赤になって、美咲の頭をぐしゃぐしゃにかき回している。

「おまえ、ちゃんと話聞いてたんだろうな?」

「むしろ、聞いていたからこその発言では?」

「どうだかな・・・・」

 ミミーと小鳥の言葉は、ゆらぎとじゃれあい始めた美咲には届かない。

 どうやら今日は、このままなし崩しに終わりそうである。




「まさか、ゆらぎがあんなことを言い出すとはのう」

「結構、よく見てるわよね、あの子。気づかれてるとは思わなかったわ」

「なんか、今回はいろいろイレギュラーなことが起こるよな。新しい風が吹く気がするぜ」

「ほうじゃのう」

「そうね」

 ミミーの言葉に、ホー助とエルが頷く。

 ぬいぐるみ同士で軽く目配せをしあったあと、ミミーがニヤリとしながら小鳥を見上げた。

「本当に頼りになるのかどうか微妙だけどよ。オレたちもちょっと考えをまとめて、そのうち相談させてもらうかもしれないぜ」

「はい! ぜひ、頼りにしてくださいね」

 ゆらぎのおかげで、ぬいぐるみたちと一歩距離が近づいたのを感じて。

 晴れやかな笑顔で、小鳥は力強く頷いた。

 


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